17 美少年を見つけて放っておくワケがないっスよ その1


「伯母上!? 大丈夫ですか!?」


 くらり、とかしぎかけた梅宇の身体を、隣に座っていた張宇が、あわてて支える。


 梅宇の顔は紙のように白く、今にも気を失いそうだ。梓秋と梓冬も、梅宇と同じく、顔色を失っている。


 龍翔に促され、全員が移動したのは食堂だった。

 大きな卓を囲んで座り、梅宇達が茶と菓子を用意して席に着いたところで、龍翔が自分の身にかけられた禁呪について説明したのだが。


「大丈夫です、張宇。驚きがあまりに大きすぎて、とっさに受け止めかねただけですから……」


 緩くかぶりを振って、甥の手を押しとどめた梅宇が、ぴん、と背筋を伸ばして椅子に座り直す。


「龍翔様。決してお言葉を疑うわけではございませんが、今のお話はまことなのでございますか? 《龍》の気を封じる禁呪が存在するなど……! にわかには信じられません」


 梅宇の視線を受け止めた龍翔が、ゆっくりと頷く。


「お前の疑念はわかる。わたしも、己自身が禁呪をかけられなければ、信じられなかっただろう」


 龍翔が深く吐息する。


「だが、事実だ」


 静かな龍翔の声が刃のように空気を切り裂き、き乱す。

 息を飲み、身を震わせたのは、果たして何人か。


「ですが、今の龍翔様は乾晶に行かれる前と、何一つお変わりのないように見えるのですが……」


 かすれ声で紡がれた梅宇の問いに、龍翔が「もちろんだ」と頷く。


「そう見えねば困る。今のわたしは、一時的に禁呪を弱めているのだ。――明順の持つ《龍玉》と、解呪の特性の力によって」


 梅宇と梓秋と梓冬の視線が集中し、明珠は射抜くような視線の鋭さに、思わず洩れそうになった悲鳴をみ殺す。


 と、不意に横から伸びてきた龍翔の左手が、卓の下で明珠の右手を握りしめた。


 着物は正装のまま、堅苦しいと冠だけは外した龍翔が、明珠に視線を合わせ、安心させるように柔らかな笑顔を浮かべる。


 が、それも一瞬のこと。

 いつもの凛々しい表情に戻った龍翔が、梅宇達を見回す。


「決して、禁呪のことを他者に知られるわけにはいかん。同時に、「明珠」の存在についてもな。梅宇、梓秋、梓冬。お前達に打ち明けたのは、お前達を信用しているのと、同時に王城にいる間、明順を守ってもらうためだ」


「えっ!?」


 思わず明珠が龍翔を振り向くと、秀麗な面輪を申し訳なさそうにしかめた龍翔が、苦く吐息する。


「わたしがずっとお前についていてやれればよいのだがな。さすがに公務が多くて、そういうわけにもいかぬ。季白と張宇にも補佐をしてもらわねばならんし、すまんがお前は黒曜宮で留守番を――」


「いえっ、私が宮で働くのは始めから承知していますけど……っ! その、梅宇さん達だって、お仕事があるのに、私のお守りまで……」


「お前から目を離せるわけがなかろう‼」


 厳しい龍翔の声に、明珠はびくりと肩を震わせる。


「王城の者どもを甘く見るな! いったいどこで――」

「あのぉ~。そのことなんスけどぉ……」


 ものっすごく嫌そうな顔で、おずおずと手を挙げたのは安理だ。


「早速で申し訳ないんスけど、龍翔サマに一つ、ご報告とお詫びを申しあげないといけない件が……」


「何があったっ!?」


 龍翔が厳しい声で問いかける。

 安理は渋面のまま、心の底からの嘆息を吐き出すと、歯切れの悪い声を出した。


「すんません。宮に来るまでの間に……。よりによって、玲泉れいぜんサマにかち合っちゃったっス……」


「何だと!?」


 叩きつけるような声に、安理だけでなく、その場にいる全員が身を震わせる。


「確かに、玲泉様は拝謁の場にいらっしゃいませんでしたね……」

 季白が眉をひそめて呟く。


「オレだって、玲泉サマがいるとわかってたら、絶対に別の道を通ったっスよ‼ まさか、あんなところにいるなんて……っ!」


 安理が情けない声で叫ぶ。


「安理。お前は今、「かち合った」と言ったな? 玲泉は、明順の姿を見とめただけなのか? それとも――」


 ひやりとした威圧感が、部屋を満たす。

 安理が、諦めたように吐息した。


「玲泉サマが、美少年を見つけて、そのまま放っておくワケがないっスよ……。オレだって、興味を持たれないうちに退散しようって、必死に、ホント必死に頑張ったんスよ!? けど……っ!」


「けど? 何だ?」

 冷ややかに、龍翔が続きを促す。


「あーっ、もうっ!」


 安理が自棄ヤケになったように大声を上げた。


「ひょんなコトからに気づかれちゃったんスよ‼ それでその、明順チャンの手を素手で握られちゃって……っ‼」


「っ!?」


 龍翔だけではない。


 明珠以外の全員が、息を飲む。


 明珠は明珠で、右手を握る龍翔の手に、ぐっとこもった力の強さに驚いたのだが。


「それで!? 玲泉はどうなったのだ!?」


 龍翔が険しい声で問う。


 明珠がそっと卓を見回せば、季白を筆頭に、全員が息をひそめて安理の答えを待っていた。


 名前を聞かれて答え、手を握られただけなのだが……。もしかして、身分の高い方とは、手をふれるだけで不敬罪になってしまったりするのだろうか。


 だとしたら、今、龍翔と手をつないでいることも……。

 と、恐れおののく明珠をよそに、安理が途方に暮れたように頭をがしがしと掻き乱しながら、口を開く。


「それが……。ふれた瞬間もその後も、玲泉サマに何の変化もなかったんスよ……。まったく平然としておられて……。もしかして、アノ噂は、嘘か、かなりの誇張だったん――」


「そんなはずはありません!」


 安理の言葉を途中で遮ったのは梅宇だ。


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