16 第一印象から最悪です? その1


「ここが、黒曜宮こくようきゅう……」


 だだっ広い王城の庭をどれほど歩いただろう。

 木立の向こうに見えた建物に、明珠はぽつり呟いた。


 黒曜宮という名前にふさわしく、黒に違い茶で塗られた柱に、白い漆喰しっくいの対比があざやかだ。


 だが、第二皇子の住まいだというのに、他の建物に比べると、ずいぶんこじんまりしている気がする。


「玄関はこっちだよ♪」

 安理に案内され、建物の角を曲がったそこには。


乾晶けんしょうでのお務め、お疲れ様でございました」


 ぴしりと姿勢の良い五十歳過ぎの侍女が、明珠と安理を待ち構えていた。


「あ、梅宇ばいうさん、たっだいま~♪ いや~、相変わらずのきびしー顔つきっスねっ。あ、こっちが……」


「明順、でございますね」


 若い頃はさぞかし美人だっただろう梅宇ばいうに鋭い視線を向けられて、明珠はぴんっと背筋を伸ばした。


「明順と申します! 不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します!」


 腰が直角になるほど、深々とおじぎする。


 事前に女版季白と安理に言われていた通り、厳しい雰囲気を放つ梅宇は、穏やかな張宇の伯母には、とても見えない。明珠を検分するかのような鋭い視線は、季白と通じるものを感じさせる。


 明珠が頭を下げたまま、じっとしていると。


「従者を増やすことになった点については、龍翔様からのお手紙で存じております。詳細は、戻った時に話すとも。とりあえず、お入りなさい」


「は、はいっ!」

 梅宇の言葉に、明珠は顔を上げると安理の後に続いて黒曜宮へ入る。


 黒曜宮の中は、ちり一つないかと思うほど、美しく掃き清められていた。


 入ってすぐ、小さな足音がしたかと思うと、梅宇と同じくらいか、二、三歳若い程度の侍女が二人現れる。

 顔立ちがそっくりなので、この二人が龍翔から聞いていた双子の梓秋ししゅう梓冬しとうだろう。


「あらあら、安理ちゃん、おかえりなさい」

「まあまあ、その子が新しく龍翔様にお仕えするっていう明順ちゃん?」


 にこやかな笑顔で明珠に詰め寄ろうとする梓秋と梓冬を制したのは梅宇だ。


梓秋ししゅう梓冬しとう、新しい従者が気になるのはわかるけれども、みっともない真似はしないでちょうだい」


「あら」

「まあ」


 梅宇の厳しい物言いに、梓秋と梓冬が目を円くする。


「梅宇が一番、気にしていたじゃないの」

「いったい、どんな子が来るのかしら、って」


「龍翔様の宮を預かる者にとって、新入りを気にするのは当然のことでしょう? ましてや、わたくし達に何の相談もなく従者を増やされるなど、今まで一度たりともなかったこと。これが気にせずにいられましょうか?」


 梅宇の厳しい声音に、明珠の胸にむくむくと不安の暗雲が湧き上がる。


 なんだか、梅宇にはあまり良い印象を抱かれていない気がする。最初から悪印象だなんて、幸先悪いことこの上ない。


 龍翔からは、手紙では誰の目にふれるかわからないため、明珠の正体などについては、顔を見て、梅宇達に説明すると聞いている。


 「明順」が実は娘だと、さらには梅宇の遠縁だと偽っているのだと知ったら、さらに険悪になるのではなかろうか。


 明珠の不安をよそに、足音一つ立てない上品な所作で梅宇が廊下を進む。明珠と安理が案内されたのは、宮に入ってすぐの部屋だった。

 おそらくちょっとした客の応対をするための部屋なのだろう。部屋の中央には卓と椅子が置かれ、品よく調度品が整えられている。


 梓秋と梓冬も興味津々といった態でついてくる。


「これが龍翔サマからの手紙っス~♪」

「あっ、私も龍翔様から梅宇さん宛の手紙を預かっています!」


 椅子に座った安理が、懐からきっちりと封がされた手紙を取り出し、梅宇に差し出す。明珠も懐から龍翔に渡された紙を取り出し、うやうやしく梅宇に差し出した。


「ではまず、安理様の手紙から拝見いたしましょう」


 安理の正面に座る梅宇が手紙を開くと、梅宇の後ろに立っていた梓秋と梓冬が、すかさず後ろからのぞきこむ。


「梓秋! 梓冬!」


 梅宇が眉をひそめて二人を振り返ると、姉妹は「だって」「ねえ」と愛嬌のある仕草で顔を見合わせた。


「龍翔様からのお手紙なら、わたくし達も一刻も早く内容を知りたいわ」

「そうそう。一緒に読んだ方が早いでしょう? それとも、内容を読み上げてくれる?」


「……わかりました。では一緒に読みましょうか」


 梅宇が吐息して頷き、三人が顔を寄せて手紙を読み始める。


「あら」

「まあ」

「……」


 三人そろって、時折、顔を上げては、何かを探るように明珠を見るのはなぜだろう。気になって仕方がない。が、それは安理も同じだったらしい。


「あの~、オレ、中身知らないんスけど、何が書かれてるんスか?」


 安理の問いかけに、「読み終わりましたから」と梅宇が手紙を差し出す。

 受け取った安理が、


「えーと、なになに。『くわしくは宮に戻った時に話すが、やんごとない事情で、このたび明順という者を従者として迎え入れることになった。わたしと同室にするので、明順用の部屋を新たに設ける必要はない』……って、龍翔サマ、いろいろ省略しすぎっ! そりゃ、梅宇サン達も気になるっスよ~!」


 ぶっひゃっひゃっひゃ、と馬鹿笑いをする。


「いやまあ、下手に文章に残せないのはわかりますケド……っ! で、そっちの手紙にはなんて書いてるんスか?」


 明珠が龍翔から預かった方の手紙を見て顔をしかめている梅宇に、安理が手を差し出す。

 梅宇は険しい表情のまま、無言で安理に手紙を渡した。


「えー。『わたしが戻るまでの間、決して明順を宮から出さぬように。菓子でも出してやってくれ。張宇には許可はとってあるから、張宇用の買い置きを出してかまわんぞ』って。ぶぷ――っ! さっそく甘やかしまくってるじゃないっスか!」


 安理の馬鹿笑いが再び爆発する。


「笑いごとではありません!」

 ぱしっ、と片手で卓を叩いたのは梅宇だ。


「いったい、これはどういうことでございますか⁉ 龍翔様の御身に何があったのです⁉」

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