14 ついにお城に登城です⁉ その3
「龍翔様達は出られたけど……。オレ達が出るのは、もうちょっと経ってからだね。……って、さっきからどーしたの? 腹でも痛い?」
ひょこ、と安理に顔をのぞきこまれて、明珠はあわててぶんぶんと首を横に振った。
「ち、違います! お腹が痛いんじゃなくて、その……っ」
答えつつも、明珠は帯の上からお腹を押さえた手を放さない。
「龍翔様から預かった『
帯の下に小刀の固い感触を感じていないと、不安に襲われる。龍翔から渡された手紙も、小刀と一緒に帯に挟み込んである。
明珠の答えに、安理がぷっ、と吹き出した。
「なるほどね。てっきり、王城に行くのに緊張しているのかと思ってたけど……。明順チャンって、意外と大物?」
「そんなわけありません! 高価なお品を預かっているかと思うと、それだけでもう……っ。お腹が痛くなりそうですっ!」
明珠はお腹を押さえたまま訴える。が、龍翔からの預かり物だけは、何としても守らねばならない。
気合を込めていると、安理が苦笑した。
「ま、お腹を押さえてるくらいならいーけど。今日は下男や下女くらいにしか会わないだろーしね。ま、そのためにあーんな人目を集めるコトをするわけだし♪」
「確かに、龍翔様のあんなご立派なお姿、人目を集めずにはいられないでしょうねえ……。季白さん達まで一緒ですし」
あの四人がひとかたまりにいれば、老若男女の賛美の視線を集めずにはいられまい。
「いくら、陛下に拝謁するにしたって、ふだんならよう、あんな目立つコトなさらないんだけどね♪ まぁ、今日ばっかりはねぇ……」
「?」
思わせぶりに明珠を見た安理に、小首をかしげる。安理が楽しそうに喉を鳴らした。
「反乱鎮圧に辺境に赴かされていた
きしし、と安理が悪戯っぽく笑う。
「龍翔様ってば、宮女達の間で、ひそかに「
「え……? その、もしかして、龍翔様の今日の
驚きのあまり、かすれ声で問うと、笑顔のまま安理が首肯した。
「うん♪ もちろんさっ! 龍翔サマは敵が多い……ってゆーか、王城の中は敵ばっかりだからね、新しく従者を雇っただけでも、下手すれば
おどろおどろしく、しかしどこか楽しげに告げる安理の言葉に、明珠は顔どころか、全身から血の気が引くのを感じる。
龍翔に禁呪がかけられていることは、決して他人に知られるわけにいかない。
明珠は龍翔の宮の宮女頭をしている張宇の伯母・
明珠が少女であることはもちろん、解呪の特性を持っていることも、決してバレてはならない。
「……まっ、それだけ大事に隠しておきたいってコトなんだろーけど……」
「わっ、私! 龍翔様の足を引っ張らないように、全力で頑張りますっ!」
気合を込めて拳を握りしめると、何やら呟いていた安理が、ぷっと吹き出す。
「うんうん。でも、だいじょうーぶだよ♪ さっきも言ったように、今日はほとんど人に会わないだろうし、龍翔様の宮にさえ着けば、百戦錬磨のコワ~イばーさん達がいるからね♪」
「
龍翔に託された手紙の届け先だ。
龍翔の乳母を務めたのは張宇の母だが、梅宇は、張宇の父の年の離れた姉だそうだ。
昔、宮女として王城に勤めていたが、結婚を機に一度退職。その後、夫と死に別れたため、十年ほど前から、今度は龍翔付きの宮女として、宮で采配を振るっているのだという。
「張宇サンの身内だけど、梅宇サンはむしろ、女版季白サンって感じ? かなり手強いよ」
鬼上司・季白の名に、明珠は「ひいいぃっ」と戦慄する。
穏やかな張宇の伯母だというから、ほのぼのとした老婦人を思い描いていたのだが……。これは油断できない。
「な、なんか、王城へ行く前から、緊張でどうにかなってしまいそうです……っ」
両手で帯の上から『破蟲の小刀』と手紙を押さえて、小声で呻く。
手紙の内容が、「不出来な従者をみっちりしごいてやってくれ」だったら、どうしよう。
「だいじょぶ、だいじょーぶ! この安理サンがついてるんだから、不安なコトなんて一つもないって♪」
わしわしと犬でも撫でるように、安理が明珠の頭を撫でる。
安理の軽やかな口調を聞いていると、龍翔や張宇の安心感とはまだ違うが、なんだか大丈夫な気がしてくる。
「はい! よろしくお願いします!」
あらためてぺこりと頭を下げると、安理が目を細めた。
「ほんっと、明順チャンってば素直でいい子だよね~。……龍翔サマの叱責とは別に、ちょっと罪悪感に
「?」
小首をかしげた明珠に、
「まっ、でもオレ、過去は振り返らない主義だし~?」
と安理がにこやかに笑う。
「んじゃまっ、もう少しのんびりしたら、こっちも出よっか♪」
◇ ◇ ◇
「……あー。一個、注意しとくけど」
借りた馬車で王城のそばまで安理に連れてこられた明珠は、安理の言葉に、相変わらず両手でお腹を押さえたまま、ぴしりと背筋を伸ばした。
「はいっ、なんでしょうか⁉」
「いや、そんなに緊張しなくていーんだけどね? ただ……」
「ただ?」
安理がにやりと唇を吊り上げる。
「さっきから、王都の街並みのひとつひとつに、「ふわー」だの「すごい」だの歓声を上げている明順チャンを見てるのは、すっごく楽しーんだけどね? 明らかにおのぼりさんだってわかるその反応、新人だって丸わかりだから、王城の門をくぐったら、頑張って我慢してくれる?」
「はうぅ……。す、すみません……っ」
ついつい右へ左へと視線をさまよわせながら歩いていた明珠は、しゅんとうなだれ肩を落とす。
故郷の小さな町と、乾晶しか知らない明珠にとって、初めて見る王都は、どこもかしこもきらびやかで物珍しく、ついあちらこちらへ視線が捕らわれてしまう。
安理の言う通り、王城でも同じことをしていたら、挙動不審で注目されること請け合いだ。
「まっ、初めての王都だし、気持ちはわかるケドね♪ ただ……。王城の中はもー、別世界だから。覚悟しといた方がいーよ」
「べ、別世界ですか……っ」
明珠はごくりとつばを飲み込む。
脳裏をよぎるのは、今朝目にした龍翔達の盛装だ。着飾った龍翔達を見ているだけでも目がちかちかしたほどなのに、王城全体が絢爛豪華なのだとしたら……。
「ま、まばゆすぎて、目が変になっちゃったりしませんか……?」
本気で心配すると、安理がぶはっ、と吹き出した。
「そこまで心配⁉ だいじょ~ぶだって! 毎日、あの龍翔サマと顔を突き合わせて何ともないんだから、王城を見ても、目がつぶれたりなんてしないって!」
「なるほど……」
変な理屈だが、言われてみれば、龍翔ほど目にまばゆい存在は、見たことがない。
「じゃあ、大丈夫でしょうか……?」
安理がおどけた仕草で左手を差し出す。
「そんなに心配だったら、オレが手をつないで引っ張って歩いてあげよっか?」
「えっ、いいんですか? ありがとうございます!」
素直に右手を差し出すと。
「……オレが言えた義理じゃないケド……。明順チャン、もうちょっと警戒心を持たないと、そのうち龍翔サマ、胃痛を起こすよ……?」
「えっ⁉ 龍翔様も緊張でお腹が痛くなってらっしゃるんですか⁉」
「あーうん。そーゆーことにしとこっか……。ま、オレも龍翔サマにこれ以上睨まれたくないんで、手をつなぐのは最終手段ってコトで♪」
「はあ、わかりました……」
安理の言葉に、明珠はあいまいに頷いた。
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