5 不埒で不遜な従者達? その1
「あ、お出になられたみたいっスね~。うーん。思ったより、短かった?」
廊下側の扉にぴたりと張りつき、気配をうかがっていた安理が呟くのを、周康は黙って見守っていた。
季白から、隣の部屋に響くような大きな物音を立てるなと、厳命されている。
そのせいか、先ほど龍翔と入れ違いに内扉を通ってやってきた安理は、今にも吹き出しそうなのを、必死で我慢していた。
龍翔と明珠が隣室を出て行ったので、もう解禁してもよいと思ったのだろう。
扉を離れた途端、もうこれ以上はこらえきれないとばかりに、安理が「ぶぷ―――っ‼」と思い切り吹き出した。
「ぶっひゃひゃひゃ……っ! いや~っ、面白かった~っ‼ やっぱ明珠チャンってばサイコ――っ‼」
「馬鹿笑いをしていないで、さっさと報告なさい! 首尾は?」
厳しい声で問うたのは季白だ。
この十日間、なかったことだが、今日は龍翔と明珠と張宇が別行動をするということで、三人は一足早く宿を出ている。今、残っているのは、周康と季白と安理の三人だ。
季白の問いに、安理はあっけらかんと答える。
「ちゃーんとご指示通り、龍翔サマを
安理の言葉に、周康は思わず顔をしかめる。
周康が明珠に接触するように安理がそそのかしたのは、やはり企みがあったのだと。
「わたしの知らぬところで、道具としていいように使われるのは、はなはだ不快です。わたしも殿下の従者の一人であると認めてくださっているのならば、今後はやめていただきたい」
きっぱりと告げた周康は、にやにやと笑っている安理と、難しい顔をしている季白を交互に見やる。
「いったい、何を企んでいるのですか?」
「龍翔様にかけられた禁呪を解くことに決まっています」
きっぱりと断言したのは季白だ。
「周康殿。あなたは、禁呪をどうやって一時的に解呪しているか、遼淵殿から聞いているでしょう?」
「ええ、解呪の特性をお持ちの明珠お嬢様が、龍玉を手にし、龍翔殿下に《気》を渡すことで、一時的に禁呪を弱めていると聞いております」
「《気》を渡す方法については?」
続く季白の問いに、周康はわずかに口ごもる。
《気》をやりとりする方法はいくつかあるが、龍翔は若い男で、明珠は愛らしい娘だ。となれば。
「その、やはり男女の……?」
龍翔の明珠への態度も
「くちづけですよ」
あっさりと季白が告げる。周康は目を
「くちづけだけで禁呪を……⁉ ということは、龍玉にこめられている《龍》の気はよほどのものか、あるいは明珠お嬢様の解呪の特性がお強いのか……。どちらにせよ、あれほどの強力な禁呪を、一時的にせよ、弱められるとは……っ!」
「そう。くちづけ程度で禁呪を弱められるなら、もっと多量の《気》を一度に得れば、禁呪を破ることも不可能ではないと思いませんか?」
季白の問いかけに、周康の心臓がばくりと跳ねる。
一瞬、脳裏をよぎりかけた光景を、周康はかぶりを振って打ち消した。
「それは……。その可能性がないとはいえませんが……。しかし、龍翔殿下のお身体のご負担も、相当なものになるのでは……?」
「もちろん、その
季白の切れ長の目に、冷徹な光が宿る。
「万が一、禁呪のことが周囲に
季白の言葉に、ひやりと周康の背筋を冷たいものが走る。
《龍》の気を封じるほどの禁呪。並みの術師が、それほどの禁呪を扱えるとは思えない。
そして、その術師の向こうに控える黒い影もまた――。
周康はあえて思考を止める。
我が身が可愛いのなら、これ以上の詮索はするべきではない。周康はただ、遼淵に命じられたことだけを為すべきだ。
龍翔と共倒れになる羽目にだけは
「いやー、でも季白サン。まだまだ先は長そうっスよ?」
「ぶくくくくっ!」と笑いながら口を挟んだのは安理だ。
「さっき、明珠チャンから直接、聞いたんスけど……。最近、龍翔サマがこちらの部屋へいらっしゃるのに時間がかかっていたのは、どうしてだと思います? オレはてっきり、季白サンの厳命をこなした後、いちゃいちゃしてるのかと思ってましたケド……」
「ぶぷ――っ!」と安理がこらえきれぬように吹き出す。
「オレ、長くくちづけできないんですけど、どうしましょうって明珠チャンから相談されちゃって……っ! もーっ、予想外過ぎっス! さすが明珠チャン! しかも、
腹を抱えて爆笑しながら安理があっさりと暴露する。
季白が思いきり顔をしかめ、目を怒らせた。
「まったく! あの小娘のていたらくは……っ! 龍翔様の寛大なお心につけこんで、務めを果たさぬなど……っ‼ まったくもって
「えーっ、そこで責任を明珠チャン一人に押しつけるのは、ちょーっと可哀想じゃないっスか? 手を出しかねる龍翔サマも龍翔サマで……あ、やべ。また面白くなってきたっ!」
安理がぶっひゃひゃひゃ、と馬鹿笑いをこぼす。
「いいえっ! そもそも小娘が悪いんですよ! あの娘が、男女の
「えーっ、明珠チャンはあれがオモシロ――」
反論しかけた安理が、季白に刺すような視線で睨まれて、首をすくめる。
「まっ、確かに、刺激の強いのに慣れたら、くちづけ程度、お茶の子さいさいになるんでしょーけどね?」
こてん、と首を傾げた安理が、動作とは裏腹に、この上なく人の悪い笑みを浮かべる。
「あんな無知で可愛い子に、手取り足取り一つずつ教えていくってのは、すっごく楽しそうですケド……」
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