第7話

『トリル……トリル!!』


男の怒声に嫌気がさして、トリルと呼ばれた少女はギターをケースに丁寧に仕舞って、手に持つものをピックから弓に変えると、バイオリンを弾き始める。


い加減降りて来なさい。お前に客が来てるんだ』

「────私に?」


訝しんで、トリルは下の階へ降りた。応接間まで父親に誘導され、トリルはそこで客人の顔を見た。


「あっ、キミはあの時の────」


驚いた様子の青年は今から数時間前、トリルと初めて会った旅人である。この青年は隣の金髪の少女とパートナーらしいのだが……。


「私はトリル・ピコン。妖精族の街たる【グラン=モリア】の次期町会議員にして、偉大な演奏家ムジーク・ピコンの曾孫ひまごよ」




数時間前、【グラン=モリア】市街地。

街の人で賑わう商店街の中、俺とロゼは脅迫文の詳細を知る為、街の観光がてら聞き込みに勤しんでいた。

だが無論、街の外から来た俺達に気さくに色々話してくれる様な人はかなり少なかった。この街は北側に森があり昔から魔物が湧きやすい。その為魔族が奇襲に使いやすく、街の人々は警戒心が強い様である。


「どうも情報が少ないなぁ。このままだと探偵と呼べないけど、どうする?」

「タクト、諦めは成功を産まなくてよ?何事も地道な努力が大切、とお父様も申しておりましたわ」


確かに言う通りだ。諦めたらこれまでの事が無意味になってしまう。しかしこのまま収穫が無いのではらちが明かないのもまごうことなき事実だった。


『……お困りみてぇだな、お客さん?』

「!タクト、危ない!!」


ロゼが軽く俺の体を突き飛ばす。そしてそれまで俺のいた場所に小さな影が軽やかに舞い降りた。避けなければ直撃は免れなかった。


「あなた────何者ですの?」

「敵じゃねぇさ。危害を加えるつもりはなかった。……ほら、武器は持ってねぇ」


その影は妙な格好をしていた。

袖が余るぶかぶかの黒ジャケットに硬そうな生地のハーフパンツ、背中には大きな何かのケースを背負い、お世辞にも綺麗とは言えない服装とは対称的な、無邪気さの残る顔立ちと健康的な小麦色の肌のこの人物は、100センチメートル程度の低身長女子だった。


「私の事小さいって思ったろお前」


図星である。俺は身長164センチメートル、クラスの男子を見た限りそんなに背の高い方では無かったのだが、女子だとしても100センチメートルのクラスメイトはいなかった、と記憶している。口振りは同年代のそれだが見た目だけで言うなら同級生と言うよりこの少女は────。


「……『妹』っぽい。いないけど」

「はぁ?……何言ってんだお前。悪いモンでも食ったのか?」

「悪いもの?タクトはそんなものでお腹を壊す様な人じゃありませんのよ」


ケンカしないでくれ……この位の言葉の応酬は俺でも全然平気なのだから。

俺はこの少女に経緯と事情を説明する。時たま出てくる『歌姫』とか『アイドル』という言葉に強く反応していたが、その時の俺はそんな事が顔から読み取れる程コミュニケーションは上手くなかったのだった。


「よし分かった、交換条件を飲むなら良いぜ。とっておきの情報くれてやる」

「良かった。で、条件は何?」

「私の事を誘拐してくれねぇか?自由に楽器が弾ける……そんな街までで良いから」




それから色々準備して数時間、トリルはわざと街中で見つかって家に連れていかれ、全てのコマを敷き終えた所で、彼らはトリルの家を訪れたのである。ここまでは全て、事前に取り決めた通りに事が進んでいる。


(さあ旅人くん、あとはお前だけだ)

(お前の提案で、全てがカッチリはまる)

(逃走用のパズルが完成するんだ)


「────ピコンさん。実は俺は次期【プロデウス】です。【歌姫】であるお嬢さんを、魔王討伐の為に連れて行きたく、こうして相談に参りました」

「…………はぁ!!?」


予想の斜め上どころか範疇の外を行く提案にトリルは自分の耳を、タクトの正気も疑った。


「ど、どどどどういう事だ手前ェ!?」

「客人に手前とか言うんじゃない!!」

「だってだって!コイツ約束破ったし!!嘘つきだしペテン師だし!!!次期【プロデウス】とか有り得ないでしょ!?」


確かにそうだ、有り得ない。

タクトは聴きながらそう思っていた。そもそもこの発言自体ハッタリなのである。


「今から証拠をお見せします、これです」


俺は先の戦闘中、手の甲に突如現れた紋章を見せる。変わらず赤黒い紋章はそこにあった。


「これは────ッ」


ピコン氏が書架へ駆け、何かを探し始める。

戻ってきた時手にあったのは、表紙が淡い黄色、梔子クチナシ色の【Produce Note】であった。


「ここを見て欲しいのだ」


タクトの手の甲にあるものと同じものが、剣をかたどった紋章が描かれていた。


「やはり貴方は……」

「────はい、俺こそが。娘さんを危ない目に合わせてしまうかも知れないですが、その時は俺が守ります。どうか」




俺はピコン邸を出る。

右隣には変わらずロゼがいる。

左隣に新たな仲間を加えた事だけが、これまでと唯一違う事であった。


「……ありがとうな、でももう、ここまでで大丈夫だ」


そう。この仲間は同盟の様なもの、事態を収拾した後は解散である。


「────またいずれ会おうぜ。お互い旅をするんだ、近いうち再開はあるだろ」

「……だな。それじゃあ、また」


そう言って道を違えた直後、どこからともなく悲鳴が挙がった。さらに数秒と経たないうち、視界の半分が粉塵を散らして吹き飛んでしまう。

それが大砲による爆撃と気付くのに、俺は数秒どころか十数秒かかった。ロゼはどうやら理解出来たらしいが、一様に脚が動かない。

二人共々、恐怖に足がすくんでいたのである。


「やあ!祝砲はお気に召したかなぁ?」


どうも言動からして黒幕と思しきローブ姿が突然、爆撃の混乱に乗じて現れた。ロゼはその姿を視界に捉えるや否や、怒りに染まる顔と声色で反駁はんばくした。


「祝砲……?街の人々を傷付けて、一体何のつもりですのっ!?」

「君には興味ないから教えてあーげない」


現下、ローブは消えた。

そして俺の耳許みみもとで、ソイツは嬉々としてささやきを漏らすのだった。


「────ボク達【キャメロット】は、キミの復活を待っていたんだ、タクト。

ボクの名前は【メイル】と覚えておいてね。キミの事が、前世から好きだったんだ」


囁く息が首を這い回る。俺の背筋は妙な寒気に凍てついていく。


「ふふふ、今回は。次会う時はもっと【なかよし】になろう?」


幼稚だが、どこか威圧感のある言葉使い。

俺はその場を動けず、【メイル】の言葉だけが脳をとろかす様に耳を侵してくる。


「じゃあ、ボクのタクト」


ローブは今度こそ本当に消えた。

俺の耳で奴が囁いていた事をロゼは認識出来ていなかったらしい。身動き出来ずにいる俺を見て、どうしたのかと肩を揺すってしばらくの間心配してくれていたのだ。


「────ありがとう、大丈夫だ」


大丈夫な訳ない。爆撃は終わらないし恐怖で膝は笑ったままだ。


「兎に角」


ロゼがいつにもなく凛とした声を挙げる。

瞳には降り注ぐ砲弾の雨が映っていた。


「この雨を晴らしましょう。これ以上の破壊を、黙って傍観は出来ませんわ」

「────だな」


俺はロゼと手を繋ぎ、砲弾の発射点へ共に歩いていく。

視界に見えた船は、見慣れない色の単色旗を自慢げに掲げていた。


「ロゼ、行けるか?」

「もちろんですわ」


いつの間にやら手の甲に光る紋章は、握るロゼの右手から俺へ、力を分け与えてくれる。

俺はロゼをお姫様抱っこの要領で抱き抱えると、脚にめいっぱいの力を込めて跳んだ。

砲弾の発射点たる船の甲板、少し濡れたそこに俺達は見事着地し、やけに静かな船内へ、宣戦布告ともとれる言葉を吐くのだった。


「【グラン=モリア】をこれ以上砲撃するなら、俺達がお前らを止める……!」

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