CHAPTER1. つぼみ

第6話

────星と星とを繋いで産まれた、願いの欠片かけらが私を包むよ

遥か宇宙そらまでこの声響かせ つばさを広げて咲かせてく花水樹────



アコースティックギターを爪弾いて、静かに隠れる様に歌う少女がいた。


ちげぇよ、私が弾きてぇのは……」


弾きたいのは、どんな曲だ?

自問自答、何年も答えは出ていなかった。


「……なぁプロデウスさんよ。私はどうしても、才能って奴が無いのかね……?」


どの民家にも一冊はある【伝説】の写本を睨み付けて、少女はアクビと共に背伸びする。

月が蒼白い面で少女を見つめていた。


「……っだぁぁ!考えてもしゃーない!!もう今日は止め、寝るっっ!!」


ギターピックをパジャマの胸ポッケに入れて、少女はベッドに飛び込んだ。

天井から彼女を見つめるポスターの人物は、彼女が敬愛する女流奏者である。


「────【M∀RIA】……。私もアンタみたいになりてぇよ……」




色とりどりの花が咲く道を俺とロゼは歩いていた。香の良さに心が踊っているらしい、ロゼはスキップをしながら嬉しそうに、俺の三歩先を歩いていた。


「ねぇタクト、二人の旅はやっぱり楽しいですわね!こんな楽しい時間が、誰にも邪魔されなければ良いのに……」


そうだ、この旅は決して永遠にこの安寧が約束されたものではない。勇者と7人の【歌姫】をこの世界から探し出し、魔王を倒すという使命があるからだ。

俺は恐らくそのうちの一人がロゼであると確信していた。言い伝えにある様な不思議な力を持っている訳ではないかも知れないが、俺は彼女の存在にもう何度も助けられている。

この世界に来てまだ一週間ほどだというのに、だ。


『癒しの力』────その存在が真実なら、そこにあてはまる人物はロゼ以外いない様な気が俺はしていたのだ。




と、ロゼが道の先の方に何かを見つける。


「あら、あれは…………【楽隊バンド】ですわ!しかもあの旗印、【キャラバン】かも知れませんわよ!?」


【キャラバン】……?

俺は一瞬現実世界に実在する車の姿が頭を過ぎったが、すぐにその認識は間違いであると気付かされた。複数人の、楽器を演奏しながら道を練り歩く様子が視認出来たからだ。


「……お父様は今の仕事をする前、【キャラバン】に所属していましたの。今でこそ人前で演奏しなくなりましたけれど、お父様にベースを持たせたら豹変するんですのよ?」


……ローゼンマリアさんがベーシスト?

想像し難い絵面だが、ロゼもローゼンマリアさんも嘘をつく様な人とは思えなかったし、何よりそんな嘘をつく理由も分からないし。

ともあれ俺はこの言葉を信じる事にした。


どうやら【キャラバン】は俺達が来た方、つまりロンバー邸方面へ旅をするらしい。

もう少し聴いていたい気もするが魔王は音楽鑑賞する俺達を待ってはくれないだろう。

別れの名残惜しさも旅の一興かな、俺はロゼと旅路を急ぐ方を選択した。

いつかはあんな風に、楽しく曲を弾いたり聴いたり出来たら良いな、と思った。


と、道の先に翡翠の塔が見えた。ロゼが教えてくれた【グラン=モリア】という都市は、全ての建物が緑色で統一されているという。


特に街の役所の役割を担う塔は外装と内装、そのどちらもが翡翠で出来ており、そこに継ぎ目は無く、所々に金もあしらわれているという。塔の先端にも、この距離──恐らく100メートルくらいは離れている──で目視出来るほど大きな金が見える。


「この街はかつて金鉱で栄えたんですのよ。お父様も取引先としているのでお話はよく聞くんですけれど……」


ロゼは何かがどうも腑に落ちないらしい。

眉をひそめて、考え込んでしまう。


「────やけにあの塔ばかりが目に入りますわね……妙な気分が致しますわ」


言われてみれば確かにそんな気がする。まるであの塔の下に広がる街を、そこに住む人々を見るべきでない忌むべき者とでも言う様な、奇妙な『圧』を感じざるを得なかった。




「────え、入れない?何でですか?」

「先日【グラン=モリア】議会長の元に差出人不明の脅迫文が送られて来た為に、通行許可証がなければ街に入れる事は出来ないのだ。例外は無いから、理解して貰えれば助かる」


何と俺とロゼは街の手前に設けられた関所で足止めを食らってしまった。衛兵二人に止められ、事情が事情だから仕方ないと俺は思ったのだが…………。


「その脅迫文を出した犯人探し、私達に捜索させて頂けませんこと?協力する代わりに、通行許可証の発行をお願いしたいですわ」


なんと大胆な事か、ロゼはこの街に無理にでも入ろうと取引を持ち掛けたのである。俺ははっきり言って探偵の真似事は嫌だったが、ロゼの取引はあっさり受け入れられてしまった為に言い出せなかった。


名探偵ディテクティブロゼの出番、ですわね!」


俺はやはり振り回される運命らしい。

ロゼの笑顔に、俺は何も言えないのだ。


かくして俺達は【グラン=モリア】の街の中へ『唯一の特例』として入る事となったのだった。




『へぇ……あの娘凄いなぁ。いやあの衛兵がダメダメ過ぎるのかな?』

『いや、我々の策を潜り抜けてここまで来たのだ。どちらにせよ只者ではなかろう』

『早急にあの勢いは削いでおかねば。後回しでは手遅れになりかねんぞ』

『じゃあボクが行ってこようかな。だってあの娘達面白そうじゃん?』


5つのローブ姿が1つ欠ける。

円卓の最も大きな席は後ろを向いたまま微動だにしない。


『良いのか?このままでは【メイル】は【アーチ】を消してしまうぞ』

『────替えは効かぬ故、止めよう。忠言しなかった我の責任もある』


後ろを向いたまま、一人だけ異質な存在感を放つローブの男はふふ、と息を漏らした。


『────この時を幾星霜と待ち侘びた。貴様がこの世界に戻って来る、この時を……』

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