Epiroge of Episode0

「これは、あなたからの贈り物ですね」


 アルフォンシーノの前には、一人の女子生徒。

 普段から真面目で、授業でもいい成績を残していた、いわゆる優等生だ。


 彼女とアルフォンシーノを挟むテーブルの上には、以前アルフォンシーノに送られた毒化した鉱石が置かれている。

 ガビーロールによって封をされた鉱石は、どこか禍々しい雰囲気を感じてならない。

 それを挟む両者はしばらく黙り込んだが、アルフォンシーノは追及を続けた。


「筆跡鑑定をさせていただきました。定規を使って誤魔化していましたが、どうにも抜けない癖はありますね……さて、どうしてこんなことを?」


 彼女は口を結んだまま、黙り込んでいる。

 後ろめたさからなのだろう。耐え切れず、ホロホロと目頭から涙を零す。


「彼が……付き合っていた彼があなたのことに夢中で、あなたに告白するから、別れようって……だから、だから許せなくて……逆恨みだってわかってるのに、でも、でも私――」


 ハンカチを渡す。

 アルフォンシーノは静かに吐息し、彼女が落ち着くのを待った。

 アルフォンシーノにはなんの咎もなく、彼女の言う通り限りない逆恨みに違いないというのに、責めるようなことはしない。

 叱責もせず、ただ黙って彼女が泣き止むのを待つ。


 その沈黙が一種の恐怖をそそらせて、彼女が泣き止むのを遅くしているのをアルフォンシーノは自覚していない。

 ようやく泣き止んだ頃に始まる先生のお説教は一回も怒鳴ることなく、静かに言い聞かせるもので、元々真面目である彼女も充分に反省したことだろう。


 そして舞台は、放課後の学食へと移る。

 すでに帰宅してしまっている生徒が多い中で、わざわざ学食でお茶している生徒は少ない。

 故に教師と生徒の秘密の恋を邪魔する者もなく、二人は紅茶とクッキーを楽しんでいた。


「あの鉱石騒動も、あの佐久間という男の犯行だと思っていました」

「だからこそ、犯人特定に時間を要しました。私を狙ったそもそもの理由は、私に外されたからなのですから、彼には鉱石を送り付ける理由がなく、ましてや彼に鉱石を手に入れる手段もない。だから関連付けて考えたときに、どうしても彼は浮上しなかったのです」

「鉱石騒動も含めての犯行ではなく、鉱石騒動があったからこその犯行、というわけですか。それにしたって彼も先輩も、逆恨みばかりで……先生は何も悪くないのに」

「恨みや嫉妬とは、知らぬ間に買うものです。しかしそのお陰で今回は、一人の命が救われました。結果だけ見れば、まだよかった」

「よくなんて、ありませんよ。ただの逆恨みで、先生がこんなに酷い目に遭うことはなかったんです、から……先生は、もっと被害者の顔をしてもいいし、ぼやいてもいいと、思います」

「そうでしょうか」

「そうですよ」

「そうですね」


 恭弥きょうや青年が伸ばした手を、アルフォンシーノの手に包むように重ねる。

 アルフォンシーノは一拍遅れて手を返し、彼の指先を包むように握る。


 二人がこのような関係になったのは、事件直後のこと。

 どちらが告白したというわけでもなく、好意を伝えたというわけでもなく、ただ自然な流れでそうなったと後に語る二人だが、本人らもそう表現するしかないくらいにこれといったきっかけもなくそのような関係になっていた。


 しかし他人からしてみれば、命を賭してまで自分を助けるために駆けつけてくれた青年に惹かれたのだろうことは明白である。


【魔導剣士】として実力がある彼女は、もはや助けられる側ではなく助ける側で、誰かに助けてもらった経験は戦場でこそ少ない。

 故に命を賭してまで駆けつけてくれた青年の気持ちに心打たれても、なんらおかしいことはなく、初めての相手であるが故に自然な流れと言えた。


 そして青年もまた彼女には言わないが、元々彼女を追いかけてゲートに入学するくらいパーティで会ってから彼女に惚れこんでいて、彼女のために命を賭けるのは当然のこと。

 勢いで彼女の頭を撫でてしまって以来変な勇気が湧き、精一杯のアプローチをすると彼女が応えてくれるものだから、それが延長して付き合ってしまえたという偶然な流れであった。


 そんなわけで偶然と自然が折り重なり、このときの二人は友達以上恋人未満の、しかし手は恋人繋ぎで繋いでしまう関係にあった。


「だけどあの佐久間という、男。どうやって、毒の調合に必要な魔術を、会得したのでしょうか。あれはゲートに通っていても、本来習わないものだったのでは?」

「彼に教授した者がいると見て、間違いないでしょう。そればっかりは、証拠も何もありません。警察の捜査が実ることを祈るしかありませんね」

「そう、ですね。できることならもう、関わりたくないです。何より先生は、もう、関わっちゃいけないと、思うんです。また危険な目に遭わないともわからない」

「それはその人物が、私の生徒を狙わない限り……そうですね。そうならない限りは、対峙するつもりもありません。専門外ですので」

「そんなこと言って、今回の先生は少し探偵のようでした。探偵の周りではよく事件が起きますから……気を付けてくださいね」

「そうですね。そうします」


 この事件の六年後――三一歳になったアルフォンシーノ。


 ゲートを卒業した青年と四年間の交際を経て、二年前にめでたく結婚。

 鞘師さやし家に嫁入りし、鞘師アルフォンシーノとなった。


 そしてそこから始まっていく。

 次々と巻き起こる事件の数々と、それに立ち向かっていく鞘師アルフォンシーノの記録が。


 彼女の手帖へと記されていく、彼との対決の物語が。


 エピソード0、了――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【魔導剣士】鞘師アルフォンシーノの事件手帖―Episode0・Lost chain― 七四六明 @mumei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ