夢から覚めて。

タッチャン

夢から覚めて。

僕の話を聞いて欲しい。大勢じゃなくていいんだ。

君一人に聞いてもらいたいだけなんだ。

僕が実際に経験した事を聞いてもらいたい。

とくに真剣に聞かなくても構わないよ。

テレビを見ながらでもいいし、家の事をしながらでもいい。ただ君のどちらかの耳を貸して欲しいだけ。

相づちも、辛かったね、とか自己責任だ、とかは話の途中で言わないで貰いたい。君が思った事は話終えてからちゃんと聞くから。


僕は23才の頃、アルコール依存症になった。

まだ若かった頃の僕は、周りの人の事なんて少しも考えていなかった。もっと酷い事に他人を見下してさえいた。

そんな傲った気持ちを持って生活してると、自分の思い通りに事が進まないとストレスが溜まる。

ストレスが溜まると酒に手が出る。

酒に手が出ると少しだけ気持ちが落ち着く。

そしてまたストレスが溜まると酒を頼る。

それを繰り返して僕はアルコールの下僕に成り下がった。

酒じゃなくて他の事、趣味だとか、友人に愚痴を吐いたりすれば良かったんだと今になって思うけど、

僕は昔から人に愚痴を言ったり、悩み事を相談する人間じゃなかったんだ。

唯一の逃げ道はアルコールだけだった。それもとびきり強いやつ、ウイスキーを好んだ。

当時僕はウイスキーのボトルを常に鞄の中へ入れていた。そして飲み続けた。いつでもどこでも。

仕事に向かう時も、仕事中も、部屋に帰って風呂に入ってる時も、ボトルから直接飲み続けたんだ。


ある時、仕事が忙しくて酒を飲む事が出来ない日が1日だけあった。その時に気づいたんだ。

両方の手が震えていた事に。

そのせいでろくに仕事も出来なくて、苛立ちを感じてたと思う。でもそれよりも勝っていたのが恐怖感だった。

震えは手から上っていって、次第に体全体が震え始めたんだ。目もチカチカして痛くて、喉は渇いていた。

スポーツドリンクとか他の飲み物を飲んでも喉の渇きと体の震えは収まらなかった。

その後すぐにいつものボトルを買って直ぐに飲み干した。すると震えは収まっていた。

僕は余計に怖くなったんだ。これから先、死ぬまでずっとこのボトルが手離せれないと思ったから。

毎日、毎日毎日毎日飲み続けた。

睡眠時間を削ってまで飲み続けた。

さっきも言ったけど、ストレスで頭がどうにかなりそうだったんだ。外に吐き出す事を知らない僕は、

どうしようもない程どん底に落ちていたんだ。

心の中でそれにブレーキをかけたがる僕が居たけど、僕はずっと無視して過ごした。

そんな腐った生活が1年近く続いた。


ある寒い夜に僕はいつも通りボトルを2本空にしてから眠った。

夢の中で僕を呼ぶ声が聞こえる。

暗闇の中からずっと僕の名前を呼んでいた。

僕はその声のする方へ歩く。

果てしない暗闇の中をただただ歩く。

夢の中でも僕の手はずっと震えていた。喉も渇いていた。目も痛みだして、体中が震え始めた。

僕は走りだした。走って走ってやっと出会えた。

小さな男の子がずっと僕を呼んでいた。

その子は僕に話かける。ここで何をしてるの?と。

僕は答える。

わからないと。

その子は言う。

なんでわからないの?と。

僕は答える。

なんでかな。わからないよ。君はここで何をしてるの?。

その子は言う。

お兄ちゃんを見ていた。

僕は言う。

僕を?何で?僕の事なんかほっといてよ。

その子は言う。

震えているね。寒いの?

僕は答える。

別に寒くないよ。酒を飲みたいだけ。

その子は言う。

本当に?本当に飲みたいの?それは必要なの?

僕は答える事が出来なかった。

その子は言う。

昔の僕は今よりもっとみんなに優しかったよ。

お兄ちゃんは忘れた?僕の事、忘れたの?

僕の前で喋るそれは形を変えて昔の僕になった。

僕は思い出した。

周りの人と同じように持っていた、謙虚さと優しさと、他者への思いやりを信条にしていた僕自身を。

僕は両方の手を見た。震えは収まっていた。


目を開けると僕は眠りながら泣いていた事に気づいた。

顔を洗って、鏡に写る僕の目を見ると輝いている様にその時は思えたんだ。

それから僕は禁酒した。

本当に一口も飲まない日々が続いた。

手が震えると思い出す様にしていた。

夢の中で本当の心を取り戻した事を。


今の僕は嗜む程度で飲む様にしてる。

実際、昔の様に飲み過ぎる事も無くなったんだ。

何事も程ほどに、だね。

君に聞いて貰えて良かったよ。

僕の話を最後まで聞いてくれて有り難う。

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夢から覚めて。 タッチャン @djp753

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