第10話:夢子が新潟料理屋へ就職

 そうして、家に戻り、風呂に入ってから、彼女が、来年春にも東京へ来るという話が、頭から離れず、眠れなくなった。しかし、翌日から、平凡な毎日が始まり、そんな事も、いつしか、頭から消えていった。12月になり、1974年の年末には、給料のほぼ全額を郵貯定額預金で増やし、遂に700万円に増えた。


 やがて1975年を迎えた。今年の冬は、スキーに行くこともなく、平凡な毎日の連続だった。1月、2月が過ぎて、少しずつ暖かくなった。やがて4月となり、4月2日に、夢子から、電話入り、今週の土日、4月5日、6日、東京へ行くので会いたいと言われた。今回の東京へ来る目的は、アパート探しだと言った。安田は、了解して、4月5日午後2時過ぎに上野駅で待ち合わする事にした。


 土曜日、12時に銀行を退社して急いで、上野駅へ向かった。1時半に到着して、2時に、改札で待つと、彼女が笑顔を浮かべて、階段を下りてきた。元気だったと聞くので、変わりないと言うと、夢子さんも変わりないと、聞き返すと、新潟は毎年と同じ大雪で、雪に閉ざされた世界だと言った。いつも東京に来る時、清水トンネルを抜けて、雲が消えて、青空を見ると天国に入ったような錯覚に陥ると話してくれた。


 多少寒くても、天気が良い冬は良いねと、喜んでいた。宿は取ったのと聞くと、今回はとれなかったと答えた。仕事の当てはできたのか聞くと、それが今勤めてる、食堂の仲間が東京に店舗を借りて、昨年から新潟料理、へぎ蕎麦の店を出したと言うのだ、今、忙しいと言われ、夢子を雇ってくれる様だ。給料は8万円、ボーナスなし、朝8時から20時まで、場所は立川と言った。立川って、俺の家の近くじゃないかと驚いた。自転車で10分だよと言った。


 そうなのと彼女は驚いた。この話を聞いて、安田は、両親に話して一緒に住もうかという考えが、頭の中をよぎった。だた、簡単に踏ん切れない気持ちが半分残っていて、複雑な心境になった。話してるうちに夜18時になり、喫茶店を出た。通りを歩き始めた時に、とっさに、安田が、ひょんな弾みで、俺の実家に来るかと言い、両親に紹介すると言ってしまった。


 これを聞いた夢子は、大粒の涙を浮かべて、人通りの多い道で、突然抱き付いて泣いた。それを見て、通行人は驚いた様に、我々の姿をまじまじと、見ながら通り過ぎた。そこで、早足で、上野駅に入って、京浜東北線で東京へ、中央線に乗り換えて国立へ着いて、家に電話し、昔、世話になった人を家に連れて行くと伝えた。国立駅から、徒歩15分で家に着いた。


 安田達夫は家に着くなり、両親に、以前、銀行の仲間3人と新潟に行った時に世話になった人で、名前は竹久夢子、実家が食堂で、そこの仲間が立川に新潟料理の店をつくったんで手伝いに来たんだと紹介した。結婚するかどうかは、まだわからないが、今、付き合ってると言った。母は、驚いた様に、その節はお世話になりましたと言い、食事はと言うので、食べてないというと、今、ハンバーグを焼くから少し待ってと言った。


 今日、ホテルがいっぱいで、俺の部屋に泊めて良いと聞いた。すると、父が、良いも悪いも、もう決めたんだろと言い、離れは、お前一人だから、構わないよと言った。夢子さんは、何も言えず、ただ、お世話になりますと言った。


 数分後、ハンバーグとサラダの入った皿と、御飯をもった茶碗を、母が出してくれた。味は保証できないけど、召し上がれと言った。達夫がいただきますと食べると、彼女もいただきますと食べた。少しして、お茶を入れて出してくれた。母が、いま、お爺さんとお婆さんは、老人ホームに入って、この屋敷には、達夫を含めて3人で住んでいるんですと言った。


 食後、ゆっくりしたら、寝る前にお風呂をどうぞと言ってくれた。母が、達夫に、お前が、彼女のことを全然言わないから驚くじゃないかと笑った。布団は、押し入れに入ってるから、良いのを離れに持っていきなと言った。達夫は、食事を終えて直ぐに、布団をかかえて、庭の向こうの離れへ向かった。少しして戻ってきて、風呂入るかと、彼女に言うといただきますと言ったので、先にい入れと指示した。


 彼女が風呂に入ると、母と達夫は、ちょっと気まずい雰囲気になり、母はいろいろ聞きたそうだったが、達夫が、そんな雰囲気ではなかったので困っていた。彼女が風呂から出た後、達夫は、ごちそうさまでしたと言い、直ぐに離れの部屋に2人で行った。母が風呂はと、達夫に聞くと、寝る前に入るかも知れないと言い、本宅を後にして、離れの部屋に戻った。

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