第6話小さな一歩
「ありがとうございました、では次に・・・・」
自分の話に対して質問などはなかったので、逆に発言もできなかった。しかし次に話し始めたのは、あの模様の男性だった。
「最初に提示された金額に・・・・遥かに・・・及ばない」悪いが彼女の通訳を聞いているようなふりをしなければならなかった。何故なら、こうなった理由がわかってしまっていたからだ。
「最終問題はどこなんだろう、それ用の街を作ったりして」
そう考えていた人間はきっと世界中にたくさんいたはずだ。
「最初は・・無地の日用品を無料で・・・支給されていたが・・・後日買取という話に・・・」
その言葉には半分驚いた。もしかしたら始めから無地の物かもと思ったことはあったが、まさか買い取らせていたとは思わなかったのだ。だんだんと話している男性が熱を帯びてきているのが判った。にらみつけるようにゲーム会社の人間を見て、指を指した。「まあ、まあ」と民族衣装を身に付けた他の人が彼を止めた。
「落ち着いてください・・・・・」
しばらく休憩をはさんで、今度はゲーム会社の人間の話から始まるということだった。僕は急いで席を立ち、あの国の人の所に行こうと思ったが、彼の方がさっと動いてしまい、話す機会を失ってしまった。
そしてゲーム会社の言い分はこうだった。
「我々の文字を消すシステムは完ぺきではありません。コンピューターの画像処理で行ったものですから、画像処理で復活させることも可能なのです。結果このことでイタチごっこが始まってしまいました。この方法で簡単にわかって楽しいという人と、面白くないという人が出てきました。しかしこのゲームは有料なのです、楽しませなければなりません。案の定コンピューター処理での回答では、人を満足はさせませんでした。もっと難しいものを、もっとわかりにくいものを、究極の奥地ではなくて、ということになったのです。その結果が私たちのとったことでした。最初は街の人たちは面白がってやっていてくれたのです。一応書面通りに・・・」というや否や
「それは違う! 」とあの男性が大きな声をあげた。
「契約書類は後でもってくるから、お金も前と後で払うからということを言ったのだろう? 」言い合いが始まってしまった。
「通訳しなくていいです・・・大変でしょうから・・・」
僕は彼女にそういった。
そうだ、想像通りだったのだ。はじめは面白半分でお金がもらえるからと、一部の人が始めたのかもしれない。だが文字のない生活はだんだんと不便になった、想像以上のものだったのだ。それに対する対価が低すぎると感じた。そしてそうだ、こんなことは絶対に日本ではできない。ゲーム会社はそれを知ってやった、そのことが国際問題へと発展してしまったのだ。「自分がされて嫌なことは、人にはしない」小学校の教科書に載っているような事なのに、それをやってしまった、何のため、ゲームのため。
「あ、はい!」突然通訳の女性の声がした。
「いいよ、私が言う」日本人男性の声がして
「ゲームをやっている側の人間としての君の意見が聞きたいとみんなが言って
いるんだが、お願いできないかな。この中にはこのゲームをやったことのない人間ばかりだから」
「わかりました」僕はすんなり答えた。
「僕はこのゲームが好きでした、今でも面白いとは思っています。でも先ほどの話を聞いて、この状況を作り出した一因は僕らにも大きくあります。僕もフィルターをかけて、文字を見たことがあります。正直に言うとこの最終問題も無駄だと思いながら、最初はかけてみました」
「無駄だと思った? 何故? 」日本人の彼は聞いた。
「最初の・・・二枚の看板にペンキの刷毛の跡を見つけたので」
一分ほどして、部屋全体から「ほおー」という声がした。
「ゲームの街を作るかもしれないという予想はありました。でも、本当にそうなってしまうと大変なことだったと思います。事件のあった日も、刷毛の跡を再確認しました。でもそれよりもクリアーしたい、世界で一番になりたいという気持ちが、あまりにも強かったのです。確かに不思議な事でした。市場で値段票のようなものが一切ないのですから。多分商品を並べる順番などもゲーム会社から要請があったのでしょう、そうなったから、きっと市場の人たちは怒った。商売に支障をきたすようなことになったから。
ゲームで、街を作り替えるなんてあってはならないことだったんです、ましてやけがをするなんて、それ以上のことが起こるなんて僕は思いもしなかった。お願いです、教えてください、僕のためにカメラを嫌々ながら動かした人はどうなったのですか? もしゲームのせいで僕のせいで人が死んだなんて・・・遊びのために何も見えなくなって人を殺してしまうなんて、あってはならないことです。そんなことになったら、これから僕はどうやって生きていけば・・・」
しばらく間があって彼女は通訳し始めたが、それが終わる前にあの町の国の人間が席を立って自分の所にやってきて
「ヒー イズ アライブ」
にこやかにそう言った。自分でもなんとか分かった。そう、彼は生きているのだ。きっとけがはしているだろうけれど、でも彼は生きている、そうか、男だったのか、きっとそんなに年を取った人間でもないだろう、とにかく・・・良かった。
彼はポンポンと僕の肩を叩いて話し始めた。彼女はもちろん通訳してくれた。
「あの街の人間だって彼一人が悪い訳じゃないことは十分承知している。ただ誰かがカメラをたたき割ろうとして、それをかばった手を痛めたようだ。あの後すぐに町は普通に戻った。看板にも文字が入っているよ。君がそこまで心配してくれているとは思わなかった。どうも有難う。彼にもそのことを伝えておくよ」
よく見ると柔和で、賢い感じの人だった。僕は何度も頷いて
「ありがとうございます」というのが精いっぱいだった。半分泣いていたのだから。
結局この委員会で結論など出はしなかった。会議が終わると、何故かいろいろな国の、ここにいられるような偉い人から同じようにポンポンと体を叩かれた。
「ご苦労だったね、ありがとう」日本人の男性からも言われたが
「いえ、僕はとにかく彼の無事が知りたかっただけなので」と正直に答えた。
だが部屋を出るとやはりどこかふらふらして、やっと一階ロビーにたどり着くと、見た顔の日本人がいた。
「ご苦労様でした、無事終わったようですね」成田で会った彼だ。気が付くとあの通訳の女性はおらず、彼の横にボディーガードが立っていた。
「実は僕は明日休みなんですよ、よかったら一緒に観光でもしませんか? 」
「でも・・・せっかくのお休みでしょうに」
「正直言いましょうか? 日本語が話したいんです」
「そうですか、それならお手伝いできそうです」そう言うと、彼はボディーガードに英語で何か言うと、
「オーケー」と言って僕をハグして
「ハバ ナイス トリップ」とにこやかにほほ笑んで去っていった。僕にとって今回のニューヨーク旅行の想い出は、彼という人間だったのかもしれない。
次の日、結局博物館に行くことにした。
「いいんですよ、ボディーガード兼なのですから、街に出ても」
「ありがとうございます、でもなんだかゆっくりしたくて、それに・・・やっぱり知らないといけませんよね、もっといろんなことを」
それに対して彼は何も言わなかった。だが博物館は広く、逆にはぐれないようにするのはお互い大変だと笑った。そして彼は面白いことを僕に聞いた。
「あの、僕は動物に例えると何でしょうか? 」
「え? 初めてあった時にチーターだと思ったんですが」
「チーター・・・その、僕の先輩からはチーターの様になれと言われていて」
「十分にそうですが」
「いえね、その、お前はライオンみたいだって言うんですよ。もっとチーターのように、一見猛獣に見えないような感じじゃないといけないって」
「確かにチーターの顔は可愛いですね・・・でもなんだか難しい話です」
「そうなんですよ、例えがわかるような、わからないような・・・」
こんな話は日本語の方がいいに決まっている。彼ですら、やはり悩むことも考えることもあるのだろう。
帰りの飛行機は全くの一人だった。そこでこれからのいろいろな事を考えざるを得なかった。今まで生きてきて何も向き合わなかったこと、南北問題、戦争、貧困
それが今回のことで嵐のように一度にやってきてしまったのだ。
「あの国に行きたい? 大変ですよ」
「でも、いつか行きたいんです、行かなければいけないと思っているんです、義務と思うんです」博物館を見学しながら話した。
「そうですか・・・義務・・・そうですね、そう考えるのは大切な事なのかもしれません」彼はそう言ってくれた。
「でもまず体力作りからしなければ」
「そうですね、日本に帰ってから」
「それでは遅い、飛行機の中でもできますから」
「すごいですね・・・されているんですか? 」
「時々、エコノミークラス症候群にならないように」
「気を付けます」
その時の忠告に従って飛行機の中足を少し動かし始めた。
「少しずつ、少しずつだ。僕の義務を果たすために」
遠い道のりだ。でもとても小さな一歩を僕は飛行機の中で踏み出していた。
小恐怖 文字のない街 @nakamichiko
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