推理する泥棒

池田蕉陽

第1話 盲目少女と泥棒


 真夜中、電柱の影に潜む男がいた。辺りには男を除いて誰一人としていなかった。


 男のいる場所は少し貧相な住宅街。道を照らす、今にも消えそうな点滅する街灯のせいで不気味さも増していた。


 街灯の先には、この住宅街に似合ったアパートがある。男はスマホを覗いている振りをしながら、横目で僅かな光を頼りに、そのアパートを眺めていた。


 昔住んでいたアパートによく似ている。小学生の時に、母と二人だけで暮らしていたあのアパート。男は懐かしく思った。


 そういえば、あの頃だったな。


 ふと、昔話が蘇る。二十年前、男がまだ小学四年生の時のことだ。




 当時、男のクラスではカード集めが流行っていた。あるお菓子のオマケでついてくるキャラクターカードのことだ。


 その頃の少年達は、そのキャラクターの格好良さに魅了されていた。男もその中の一人だった。小遣いを握っては、カード目当てで駄菓子屋によく足を運んでいた。


 レアカード何かが出たりすると、次の日が待ち遠しかった。早く友達に自慢したい、すごいと言われたい、そんなワクワクした気持ちだったのを覚えている。


 そんなある日のことだ。男の友達が超激レアカードをクラスの皆に見せびらかしていた。


 そのカードは一番手に入れる事が難しいと言われていたものだった。その友達以外、誰も手にしていなかった。カード収集に小遣いを全て費やしていた男でさえも、それは持っていなかった。


 当然、誰もが友達を羨ましがった。彼を褒め称えるような言葉も出てきた。


 男は、それを気に食わないと思った。いい気になるな、たかが運が良かっただけじゃないか、と心の中で友達を罵るようにもなった。


 もし自分が友達の立場なら、どれほど気分の良いものかと考えるようになってしまった。


 しかし、それは羨望ではなく嫉妬心だった。


 それは徐々に増した。友達を称える言葉を耳にするだけで、苛立ちすらも込み上げてきた。


 次第に男の心に悪魔が取り憑いた。何度もそれに抵抗した。いや、違う。倫理が悪魔を邪魔していたのだ。


 男が悪魔に魂を捧げたのは、そんなに遅くはなかった。


 その時、教室にはトイレか何かで友達は不在だった。だが、他のクラスメイトは勿論いる。


 どうやってばれずに盗むか。


 それしか頭になかった。いつの間にか友達に対する負の感情さえも、不思議なことに綺麗さっぱり無くなっていた。


 しかし、それは冷静になったという訳では無い。鼓動は少し早くなっていた。


 僅かな不安から来るものだったが、返ってその緊張感が男をワクワクさせていた。


 男自身、その感情を理解出来なかった。


 何故自分は、こんなにも今の状況を楽しんでいるのか、考えてみたが答えは出ない。


 様々な思いを心に残したまま、男は行動に移すことにした。


 男は友達の机へと近づく。ドキドキした。そこに行くまでの間、周りの視線が全て自分に集まってるような気がした。


 だが、それは錯覚。心配は杞憂に終わり、他のクラスメイトに止められること無く、友達の机に辿り着いた。


 机の上に筆箱がある。そのサブポケットに例のカードが隠されているのを知っていた。


 誰にも見られていないか確認し、大丈夫となった所で手を伸ばす。


 サブポケットを開ける。物差し、分度器に混じってそれはあった。


 まるで、ダイヤモンドのような輝きを放っていた。筆箱の中は暗闇だったので、余計に目立っていた。


 気づいたら、既に超激レアカードは男の手中に収まっていた。


 思わず見とれてしまうほどの美しさだったが、ゆっくりと拝んでいる暇もないので、男は即座にそれをポケットに入れ、自分の席についた。


 そのタイミングで友達が教室に戻ってきた。


 騒ぎは直ぐに起きた。


 早速クラスで犯人探しが始まった。


 カード集めを好む男子生徒全員が容疑者となった。そこから犯人が絞られていく。


 犯人探しの間、常に男は肝を冷やしていた。


 当時のドラマで出てきた犯罪者の気持ちが、十一歳にして分かってしまった。


 意外にも、カード事件の騒ぎは直ぐに収まった。一ヶ月も経たずに、犯人探しは終わってしまった。


 幸いなことに、男が犯人だと突き詰められることはなかった。事件の解決は未遂に幕を閉じたのだ。


 残ったのは、カードと喪失感だった。


 欲しいカードは手に入った。これさえ手に入れば、心は満たされると思っていた。


 しかし、これっぽっちも嬉々とした感情はなかった。むしろ、喪失感の方が大きかった。


 何故こんなにも物足りなく感じるのか、自分の事が分からなかった。


 自分は本当は何を求めていたのか、何故こんなにも満足出来ないのか、男は考えた。


 そして、一つの結論に辿り着いた。


 それは、悪事を犯す前の高鳴っていた胸が関係している。


 やはり自分は、もし犯人が自分だと皆に知れたらどうしようという状況下で生まれる緊張感、そして盗み自体を心の底から楽しんでいたのだ。


 つまり、快感だった。


 それに気がつくと、カード集めなんてどうでもよくなった。


 新たな楽しみを追い求めた。




 それから二十年。


 こうして男は泥棒になった。


 だからといって、男は無職という訳ではなかった。盗んだ物を売っぱらった金で生計を立てているそこらの泥棒とは違う。


 男は大手企業に勤めるサラリーマン。金にも困っていない。泥棒で求めるのは金ではなくスリル。


 そんなに盗みを犯すのが好きなら、いちいち仕事なんかせず、他の泥棒見たく盗んだ物を金に換えて生活していけばいいのではと聞かれるかもしれないが、それは出来なかった。


 もしそんなことをすれば、すぐに警察に捕まってしまうだろう。


 たいてい泥棒が捕まってしまうケースは、その泥棒自身が無職だという事だ。


 犯行現場に足跡を残した泥棒は別だが、そうでない場合、警察側は当然犯人を複数人の中から絞らなければならない。


 そうなってしまった場合、必然的に無職の人間が怪しまれる。


 男はそうならないために就職した。それも大手企業の会社員。警察側も金に困らない地位のある人間が、盗みを犯す馬鹿な真似はしないと推測するはずだ。


 そのため二十年間、男の元に警察がやってきたことはなかった。


 だが、前提として一番大事なのは、やはり犯行現場で証拠を残さないことだ。手掛かりを残してしまうのは、泥棒にとって致命的なミス。それだけは絶対に避けなければならない。


 今回もそうだ。警察に足跡を辿られないように計画を練ってきた。


 だが今回の目的完遂は、さほど難しくはない。場所が場所だからだ。


 いつもは多大なる快感を得るために、侵入難関な豪邸に足を踏み入れるのだが、たまには監視カメラもないセキリュティレベルの低い古いアパートを狙おうとなったのだ。


 腕時計で時刻を確認する。午前三時を回った。


 いよいよだ。


 これから侵入するアパート二階、108号室在住の宮本家が、午前三時の時点で眠りについている可能性が高いのは確認済みだった。


 それも計画を企てるための下積みだ。次の日の会社が休みな場合は、夜の散歩を口実にこの道を歩いていたので、それを知ることが出来たのである。


 しかし、宮本家が何人暮らし、どんな人が住んでいるのかは把握していなかった。今回は必要ないだろうと判断したからだ。


 もっとセキュリティレベルの高い豪邸に侵入する場合は、何週間も前から住人の私生活などの情報を入手し、そこから計画を企てていく。


 だが今回は貧乏のお宅。何時に消灯するかを知っていれば、なんとかなるだろうと男は思っていた。


 侵入して盗むもの盗んで退散する、それはターゲットの家が貧乏であればあるほど容易になってくる。


 宮本家もまさか自分の家に泥棒がくるなんて思ってもいないことだろう。宮本家も災難だな、と男は思った。


 今度は侵入する準備が整っているかを確認する。


 髪の毛を部屋に残さないためのニット帽、顔を隠すために白いマスクとメガネ、盗んだものを入れるリュックサック、服装はスポーツジャージ。


 冬だからといって夜中にこの服装で出歩くのはさすがに怪しいが、かといって顔を晒したまま不法侵入をする訳にもいかない。


 もし仮に住民が起きていて、顔を知られとなったらそれは終わりと言っていい。今までそんな事はなかったが、念の為だと思った。


 準備は整った。行くか、そう思いスマホをポケットに入れかけた。


 だが、男は直ぐにその手を止めた。


 人がいた。男の目の前を人が通り過ぎていく。遊び帰りなのか、少しオシャレな中年男性だ。


 少しおかしいなと思ったのは、その男性がやけに下目線で歩いていることだ。


 そんな男性をスマホを片手に見つめる。目が合った。


 そのまま過ぎ去ると思っていた。しかし、その男性は進行方向を変えて、男の方に寄ってきた。


 ドキリとした。これからする行いがばれてしまったのかと思った。だが、違った。


「あのーすみません。この辺にスマホ落ちてるの見ませんでしたか?」


 男はすぐに返答出来なかった。何度が瞬きした後、マスク越しに口を開いた。


「あ、いや、見てないですね」


 その男性は、あからさまにがっかりした表情になり「そうですか、困ったな」と呟きながら、また元の方向へ下目線で歩き始めた。


 男は怪しい格好だったが、男性は怪訝にしている様子は見られなかったので、一安心だと思った。


 一応そのまま男性が見えなくなるのを待つことにする。男性の背を、やや焦れったい気持ちで眺めていた。


 すると、なんと男性は古いアパートに入っていった。角を曲がると思っていたが、まさかのアパートの住人だった。


 一瞬厄介だなと思うも、それも杞憂だと気づいた。まだその男性が宮本家の住人ならまだしも、他の部屋に住んでいる可能性の方が大きいのだ。


 部屋は複数あるんだ、大丈夫、問題ない。


 男はそう言い聞かせた。


 しかし、思いは届かなかった。男性は宮本家の扉の前で足を止めた。


 まじかよ。


 運が良いのか悪いのか分からないが、とりあえず様子を窺うことにする。


 暗くてよく見えないが、どうやらインターホンで宮本家を呼び出しているようだ。


 数秒後、宮本家の扉が開いたように見えた。


 ここからでは男性の背が邪魔で、どんな人が彼を迎えたのかは見えない。


 男性はすぐに家には入らず、数秒止まっていた。正確には宮本家の誰かと話をしているのだろう。


 そして、男性は部屋に入っていき、扉は閉められた。


 溜息が漏れた。


 さてと、どうするかな。


 あの男性は宮本家の住人なのかは分からない。だが、そうでないと考えるのが普通だろう。


 もし男性が宮本家の住人なら、あんな真似はせずに鍵を開けて入ればいいだけの話だからだ。


 しかし、ただ鍵を無くしてきただけなのかもしれない。


 男性はさっき、男にスマホを見なかったかと聞いた。もしそのスマホが手帳型で、ポケットの所に鍵をしまっていたのだとしたら、男性が宮本家の人間だと考えることは出来る。


 どっちにしろ、あの男性のせいで宮本家は目を覚めてしまったことは確かだ。


 重要なのは住人が寝てるか寝てないかだ。今宮本家の部屋に侵入したら、間違いなく通報されるだろう。


 極限のスリルを追い求めるのは快感だが、死ぬとわかっていてそれをする馬鹿はいない。


 ここでターゲットを変えて、このアパートの別の住人にするのもありだが、それは何となく宮本家に負けた気がするのでやりたくはない。


 男はしばらくどうするか考えた。数分後、結論が出た。


 仕方ない。今日は中止にしよう。


 男は引き返そうとした。


 しかし、その瞬間、宮本家の扉が開くのが視界に捉えられた。


 男はまたその様子を窺う。


 扉から出てきたのは先程の男性だけだった。そのまま階段を降りて、さっきの道、つまり男がいる方に戻ってくる。


 男が違和感を覚えたのは、男性の足の速度だった。異常な程の早歩き。


 何を焦っているんだ?


 点滅する街灯、その光が男性を照らした時、さらに男は訝しくなった。


 大量の汗が男の顔を伝っていた。さらに真っ青な顔で、男のことなんか目もくれずに通り過ぎて行った。


 不気味だった。


 いったいあいつに何があったんだ?


 それだけが男の心にまとわりついた。それほど異常な光景だったからだ。


 少ししてから、男はどうするべきか再び考えた。


 あの男性が結局何者かは分からないが、とりあえずさっきの状況に戻った。


 とは言え、男性のせいで宮本家の住人がまだ起きている可能性は十分に考えられる。


 しかし、宮本家も寝ているところを起こされたんだ。すぐにでも寝たいというのが心理なはずだった。


 ここで引き下がり、さっき考えた延期が得策なのだろうが、やはりそれも宮本家に負けた気がする。それはどうしても嫌だった。


 やるしかないな、男はそう思った。


 壁にもたれていたのをやめ、電柱から離れた。


 ポケットに手を突っ込み、アパートに近づいていく。


 緊張が走ってきた。


 これだ、これ。これを味わいたくて泥棒になったんだ、と言わんばかりに男は興奮していた。


 アパートに入り階段を登る。ひどく錆び付いた鉄の階段で、一歩登るたびに崩れるんじゃないかとさえ思った。


 二階につき、出来るだけ足音を立てないようにして、108号室の所まで歩いた。


 扉の前で止まる。横に使い古された洗濯機が置いてある。壁には郵便受けがあり、そこに『宮本』と書かれている。前にここで名前を確認した。


 鍵を開ける前に、男はリュックから軍手を取り出し、そのままはめた。


 そして鍵を開けようと、ポケットからピッキングツールを取り出す。


 この手の扉は容易に開けることが出来る。数分もかからないだろう。


 余裕の笑みで、鍵穴に目をやる。


 え?


 男の表情から笑みが消え去った。鍵が開いてたからだ。


 普通なら住人のミスを喜ぶのだが、さっきのこともあって男は少し動揺していた。


 なんだか嫌な予感がする。


 しかし、その予感が更に男をワクワクさせた。


 さっきの男性は鍵を閉めずに出ていった。鍵を失くしたとしても、合鍵くらいは家にあるだろうから、それを男性が持ってないとすると、やはり男性は宮本家の住人ではないと推測出来る。


 でも、だったら宮本家の住人が中から鍵を閉めるはず。


 ただ単に忘れただけなのか?


 何にしよ、色々な意味でラッキーだった。


 男は気持ちを落ち着かせ、ドアノブを握った。


 静かに手前に引いていく。段々と中の様子があらわになる。


 完全に扉は開かれた。


 電気はついていない。だが、既に目は慣れているので、中の様子は薄らと分かった。


 小さな玄関を含んだキッチンルームだ。おそらく、その先にメインの和室があるのだろうと男は思った。


 男は玄関に足を踏み入れ、音を立てないようにゆっくりと扉を閉めた。


 今の段階で特におかしな様子はなかった。音は何一つしない。やはり既に寝ているのか。


 男は土足のまま、キッチンを歩いた。足跡を残さないように、靴裏に使い捨てカイロを貼ってある。


 右手側に扉があった。恐らく風呂、手洗い場だろう。


 そして、すぐに和室は見えた。ガラスの引き戸で仕切りにされてるのだろうが、今は開かれていた。


 和室から素足が見える。その先の胴体は引き戸が邪魔になって見えない。寝ているようだ。


 キッチンルームから何か奪えないかと思い、身の回りを探索することにする。


 キッチンルームの真ん中には食卓がある。端っこに紙類などが置いてあった。


 その中で一枚の紙を手に取った。算数のテストだった。名前欄に『4年1組、宮本 千穂ちほ』と書かれてある。見事満点だった。


 男も昔は算数のテストで毎回満点を取っていたことを思い出した。算数のテストだけではない。ほとんどの教科がそうだった。


 懐かしいなと思い、男の顔が緩んだ。


 そして、どうやら子供がいるらしい。ということは、あの和室で母親と父親と娘の三人が寝ているのか。狭いなと思った。


 どんな風に寝ているのかと気になり、音を立てないように引き戸前まで近づく。半分顔を隠すようにして、和室を覗いた。


 先程の素足の先の胴体が露になる。


 三人で寝ているのだと思っていた。


 だが、違った。


 横になっているのは一人の中年の女。女の目は見開いていた。焦点は合っていなかった。


 男が目線を下に落としていくと、女の腹に出刃包丁が突き刺さっているのが分かった。


 そこから大量の血が出ていて、女を取り巻くように床に広がっている。


 女が死んでいるのは一目瞭然だった。


 金縛りにかかったように体が動かない。死体に目を釘付けにされる。


 ようやく足が後ろに動いた。死体を初めて見た恐怖で声がでそうだが、そうするわけにいかない。


 何が起きているのか全く分からなかった。頭の整理がつかない。ただ、ここにいたらまずいという意識だけが働いた。


 逃げなければ。


 そう思い、男は部屋を後にしようと振り向いた。


 だが、すぐに男の足は硬直した。


 キッチンルーム、食卓の横に幼い少女が立っていたからだ。


 幼稚園上がりたてくらいだろうか、薄ピンクの寝間着姿にボブヘアーという出で立ちだった。


 最悪な状況だ。人に見つかってしまった。死体に意識を奪われ、別の存在のことを忘れていた。


 まずい……。


 どうするか悩んだ挙句、やはり逃げる選択肢しかなかった。


 そう思い、走り出そうとしたその時だった。


「誰かいるの?」


 え……?


 この状況では、あまりにも荒唐無稽すぎる言葉に、男は意表をつかれてしまった。


 いくら部屋の中が暗いからといって、人がいるかいないかは判断つくはずだ。


 まさかこいつ……。


 今の少女の様子を窺い、男の考えは案の定そうだと確信した。


 少女の視線は彷徨うようにキョロキョロとしていて、男を捉えていなかった。


 少女は盲目だった。


「ママ? ママなの?」


 何かに怯えながらも、少女は周りの物を頼りにして、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


 男は少女とぶつからないように端に寄ろうとする。


 だがその際に、足のかかとが引き戸にぶつかり、ガラスの揺れる音が部屋に響いてしまった。


 少女が小さな悲鳴をあげた。


「だ、誰……? ママじゃない……」


 返事をしないことから、そう察したのだろう。少女の顔が一気に恐怖で青ざめた。


「お、驚かしてすまない。俺は警察だ」


 なんでこんなことを言ってしまったのか、男は自分でも分からなかった。素直に逃げていればよかったものを、男はそんな嘘をついてしまった。


「警察……? お巡りさん?」


 安堵したようで、少女の顔が緩んでいく。


「ああ、そうだ。さっき変な男がこのアパートから出てきてね。何かあるんじゃないかと思って調査しにきたんだ」


「そうなんだ……」


 我ながらひどい言い訳だと思ったが、幼い少女は怪しむことは無かった。


「さっきね……突然知らない人がおうちに来てね、それでね、ママがおトイレに隠れてなさいって」


 その出来事を思い出したのか、再び少女の顔に不安さが宿った。


 男はその知らない人と聞いて、自分がさっき見た焦燥を浮かべていた男性と同一人物だと思った。


 じゃああの女を殺したのは……。


「ねぇママは? ママはどこにいるの?」


 今にも泣きだしそうな少女が、キョロキョロと探すように顔を動かす。


 なんと答えていいのか分からず、男は口ごもってしまった。


「ねぇ、ママは!」


 このまま大声を出され続けては困るので、やむを得なく説明することにした。


「君のママはもういない」


 すると、少女は首を傾げた。


「どうして? ママはいるよ? さっきお話したもん」


「君のママは殺されたんだ。多分さっき来たおじさんが、その犯人だと思う」


 ようやく男の言っている意味が伝わったようで、少女は口を少し開けた状態で固まってしまった。


「嘘だよ……ママが死ぬはずない……お巡りさんの嘘つき、嘘はいけないことだってママ言ってた」


 男は頭を掻いた。


 まだ少女の中で、母親が死んだことが信じられないでいるらしい。それも当然だとは思った。その年頃は母親が大好きで仕方ない時期だ。現実を受け止めろと言う方が無理な話なのだ。


 それでも証明しないと話は進まない。そして、その方法は一つしかないと思った。


 男は少女の手を握り、女の死体がある和室へとゆっくり移動する。そのまま女の死体の前まで来さすが、当然少女の視線は死体に向いていなかった。


「そこに君のママは倒れている。触って確かめるといい」


 本当ならばこの場合、警察の捜査のことも考えて何もしないというのが正しいのだが、泥棒の男にとっては関係なかった。


 そして少女は、男が言った後にすぐにそうしようとはしなかった。


 しかしやがて決心したのか、恐る恐るしゃがんで、小さな手を母親の肩に触れた。


「ママ? ママ? ママ?」


 少女は何度も母親を呼び掛けながら死体を揺らす。


 無論反応はない。少女は数分間そうしていた。男はその光景を黙って見ていた。


 そして、ようやく少女の頭の中で、自分の母親は死んだのだという事実が植え付けられたようだった。


 その証拠に、少女の頬には涙が伝っていた。


 男は少しひやりとした。


 しかし、少女の様子を窺い続けていると、それは杞憂に終わった。


 同時に一つの疑問が生まれた。


「我慢しているのか?」


 少女が歯を食いしばって、嗚咽を漏らすのを堪えているように思えた男は、そう聞いた。


「ママが……泣いちゃダメだって……」


 厳しい母親だなと思った。そこで一つ思い出した。


 男の母親もそんなことを言っていた。


 母の「男の子は泣いちゃダメよ」という言葉が、男の中で反芻はんすうされた。


 しかし、それは男の子だったからそうであって、女の子にそれを言う事はあまりないのではと疑問に思った。


 腑に落ちなかったが、家庭の事情は様々ある、男はそう片付けておくことにした。


「でも、泣いていい時は泣いていいと思うけどな」


 そうして欲しくはないはずのに、何故か男はそう言った。言った後に、どうして自分はこんなことを言ったんだろうと少し不思議に思った。


 結局少女もそれには首を振り、男は少女の涙が止まるのを待った。


 数分が経った。もう少女の頬に涙は流れていなかった。


 男はスマホを取り出した。


「なにをするの?」


 スマホを取り出す音に反応したのだろう。少女が聞いてきた。


「警察に連絡する」


 男がダイヤルに番号を入れながら答えた。


「美穂がする」


「え?」


 男は手を止め、少女に顔を向ける。


「美穂がするの」


 美穂、少女の名前らしい。


 少女は義務感に捕われている様子だった。


 断っても無駄と判断した男は「どうぞ」とスマホを渡した。


「ううん、いらない。電話あるもん」


 美穂はそう言って、和室の端の方に駆け走った。


 目が見えないはずだが、自分の家内では慣れているのだろう。


 確かに小さなタンスの上に、少し古いタイプの電話機が設置されてあった。


「番号わかるのか?」


「うん……」


 少女は背中で答えた。


 少女は受話器を耳に当て、応答を待っている。少し心配だったが、すぐに繋がったようで少女が声を上げ始める。


「お巡りさん? うん。うん。えっとね、悪い人がお家にきてね、それでね、その人がママをね……うん。おうち。〇〇〇の〇〇」


 一通り話が済んだようで、少女は受話器を置いた。


 まだ言葉はたどたどしいが、意外にもしっかりしている子らしい。抽象的にではあるが、状況も説明出来ていたし、住所まで覚えていた。


 男はそこで言っておかねばならないことを思い出した。


「なあ」


 呼ばれた少女が暗い顔を振り向かせる。当然男と目は合っていないが、気にせず話を続ける。


「俺がここにいる理由、君が助けを呼んだことにしてもらえないか?」


「どうして?」


 少女は不思議そうに首を傾げる。


「さっき警察とは言ってたけど、実は元警察なんだ。だから今、俺が君の部屋にいるのは少しおかしいことなんだよ。言ってる意味わかる?」


 出来るだけ子供にも分かるように説明した。


「んーよくわからないけど、とりあえず美穂がお巡りさんを呼んだってことにすればいいの?」


「えっと、今はお巡りさんじゃないんだ。通りすがりのおじさんと思ってくれて構わない」


 やや首を傾げていたが、数秒後理解したようで「わかった」と声を出した。


 男は一安心し、ニット帽、マスク、メガネ、軍手を外しリュックにしまった。


 そして靴も脱ぐ必要がある。男は貼ってあったカイロを取り外し、靴を玄関に置いて戻ってきた。


 今の男の風装でイメージできるのは、夜中にランニングをするお兄さんといった感じだ。


 夜中のランニング中、外で少女に声をかけられ家に入った。この設定で通用するだろう。


 しかし、とんだ一日だ、男はそう思った。


 まさか不法侵入した家に死体。盲目少女に存在がばれ、この騒動に付き合わされる。


 逃げたいのは山々だが、どんな口実でも今そうすれば、少女がこのことを警察に話し、不審に思うに違いないだろう。


 疲れがどっと押し寄せ、ため息と同時に座り込む。


 視界の端に死体が映りこんだ。吸い寄せられるように死体に目を向ける。


 この女、美穂という少女の母親を殺したのは、十中八九あの男性だろう。男はそう確信していた。


 男性、少女美穂の話に出てきた知らない人。そいつは少女の母親と関係があるのだろうか。


 もうすぐ警察も来るので、何かを盗む訳にもいかず、暇つぶしに推理することにした。少女は隅の方で、ただじっと座っていた。


 少女は家に来た人を知らない人と言っていた。その男性の声を聞いてそうなったのだろう。


 第一、少女の母親と男性にどんな関連性があるのか。


 もし仮に何の関係性もないのなら、娘もいるのに知らない男性を家に入れこんだりはしないだろう。強引に入った様子も見れなかったので、それは無いと考えられる。


「一つ聞いていいか」


 男は隣の少女に声をかける。少女は声のする男の方に向くが、視点は定まっていなかった。


「どうしたの?」


「知らない人が家に入ってきたと言っていたな。君のママとその人はどんな話をしていたんだ?」


 んー、と少女が唸る。


「よく覚えてない」


 少女が少し顔を下げ、暗い面持ちで答える。母親が死んだのだから、脳が正常な状態ではないのだろう。


 男も無理には聞こうとしなかった。そう思ったが、少女は何か思い出したように顔を上げた。


「思い出したのか?」


「うん……なんかね、知らない人の方は、よりを戻してくれ、みたいなこと言ってた気がする」


「よりを戻してくれ?」


「うん」


 なるほど、となった。その男性と女は元恋人同士。それなのに少女は知らないということは、この子が産まれる前の彼氏だったと推測できる。


「それで、君のママはなんて?」


「んー……。ママの声は聞こえなかった。美穂おトイレに隠れてて、その人の声しか聞こえなかったの」


 そう言えばそうだった。女は娘をトイレに隠していた。


 しかし、それが何故だか分からない。その男性が少女に危害を加える可能性があったからだろうか。でもそれなら、男性をわざわざ部屋に入れる必要はない。


 恐らくだが、男性が女を殺した動機は「よりを戻してくれ」という解答にNOが返ってきたからだと推測出来る。


 そんなことで女を殺すクレイジー野郎なら、少女をトイレに隠す理由は分かるが、そもそも部屋に入れた女の考えが読めない。


 女も何か男性に伝えることがあったのだろうか。


 だとしたら何なのだろうか。女は男に何を伝えたかったのか。


 母親の恋愛関係、夜中に押し寄せる男性、頭の中で可能性を絞っていく。


 不倫か。


 その答えが出たところで、少女に聞きたいことが出てきた。


「そう言えば、君のパパは何をしている?」


「パパ? パパはね、知らない」


「知らない?」


「うん。美穂ね、パパのこと知らない。美穂ずっとママと二人だけだったもん」


「ママからパパのことは聞かされていないのか?」


「ママに聞いてもね、教えてくれないの。あのね、美穂がね、ママにパパの話をすると、見えないけど、なんだかママが嫌そうにしてるのが分かるの。だから美穂も話さないようにしてるの」


 どうやら少女が物心つく前、もしくは産まれる前に離婚をしているらしい。だとしたら不倫ではないのか。


 なら一体なのか。


 そこまで考えていた所で、男の肩に少女が触れ、意識がそっちに移ってしまった。


「ん? どうした?」


「怖い……」


 少女は言った。とても弱々しい声だった。男は黙ってしまった。


「これから美穂、どうなっちゃうの?」


「え?」


「ママもいない……パパもいない……美穂、どうすればいいの?」


 親を無くした子の心情を考えれば、その不安は当然のことだろう。突然の孤独、それは何よりも辛いことだ。


 男も母を病気で亡くした身だ。高校生の時だ。


 愛しの母を失ったからって、男の盗み癖は治らなかった。むしろ金に困るので、バイトをしたり、奪うしかなかった。その頃は盗品を金に変えて生活を送っていた。


 かと言って、将来大手企業に勤めるために勉強も惜しまなかった。苦しい時代だった。


 男の場合はそれで生きていけたが、この少女は違う。まだ小学一年生、男のように盗癖もない。


「施設に送られるだろうな」


「施設?」


「ああ。君のように両親がいない子供達が集まる場所だ」


「ヤダ! そんなとこヤダ!」


 どうやらこの子、時に頑固な所があるらしい。


「でも、君一人で暮らしていけないだろ?」


「おじさんと暮らす」


「は?」


 変なことを言い出すので、思わず声が裏返ってしまった。


「おじさんと暮らしたい」


「それは無理だ」


「ヤダ!」


「そもそもどうして俺なんだ」


「だっておじさん優しいもん。美穂のおうちに来てくれたもん」


 本当は君の家に泥棒として入ったなんて言えるはずもなく、男はただただ黙ってしまった。


 どうしたものやら、そんな思いで頭を悩ませていると、ふと、ある事を思い出した。


「君、お姉ちゃんはいないのか?」


 気のせいだろうか、少女の瞳が揺れた気がした。


「お姉ちゃん……」


 少女は俯いて、悲しそうに呟いた。


 男が少女の姉の存在を知っていたのは、食卓の上にあった算数のテストだ。四年生の千穂という姉がいるはずだった。


「お姉ちゃんは……事故で……」


 少女の顔が翳る。


「そうか」


 男は察した。そして、この少女は不幸だなと同情した。泥棒が同情なんて皮肉だなと男は思った。


 やや重苦しい空気が続いた。部屋は暗いままだが、電気をつける気にはなれなかった。男はただ部屋を見渡していた。


 すると、ある物に目を奪われた。


 奥の端の方、さっき少女が電話をしていた辺りだ。電話機が乗っているタンス、その横に女が使っていたであろう化粧台がある。そこに化粧品と混じって、あるものがあった。


 写真立て。どんな写真が飾られているのは、暗くてよく見えない。


 男は立ち上がった。その音に反応した少女が「ん?」と声を出す。


「何にもない。そこにいてくれ」


 男は化粧台に近づく。目の前まで行くと、写真の内容がはっきりと分かった。


 家族写真だった。写っているのは、死体の女、それを殺したであろう男性、そして何より目を疑ったのは、男性が抱えている女の子。


 女の子と言っても本当に幼い、一歳二歳くらいだ。


 そしてその女の子、成長してるからといって誰かは判断つく。少女の美穂だ。


 あの男性は少女の父親だった。写真の頃の出来事は、少女がまだ幼すぎて覚えていないのだ。


 少女の母親を殺したのは、少女の元父親だった。


 衝撃だった。写真で真実を知ってしまった。


 だがしかし、何か他にこの写真に違和感を感じる。男はそう思った。


「おじさん?」


 すぐ後ろで少女の声がした。いつの間にか、こちらに近づていたのだ。


 男は振り向き、少女の顔を向く。少女はこちらを見ていない。


 違和感の正体は不明なままだ。それとは別に、男は少し動揺していた。これを話すべきかどうか躊躇ためらった。


 知らぬが仏とは言う。だがしかし、どんなに残酷なことでも、知っておかねばならない事実だってあるのではないだろうか。


「おじさん? どうしたの?」


 男は決心した。


「あのな美穂……」


 その時だった。


 玄関の方で、扉が乱暴に開く音がした。


 警察が来た。そう思ったのと同時に、不可解な事が起きた。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 耳に障るくらいの悲鳴をあげている。あの少女がだ。


 男は意味もわからず、ただ甲高い悲鳴に顔を引きつらせていた。


 視界左に何人かの警察が姿を現した。


 男はそちらを一瞥いちべつし、また少女の方に視線を戻す。


 その時、初めて少女と目が合った。


「や、やめて……千穂何も悪いことしてない……だから殺さないで」


 化け物でも見るかのように、怯えた表情で男の目を見据えている。


「千穂! 大丈夫か!?」


 キッチンルームから飛び出し、そのまま少女に抱きついたのは先程の男性。少女が言っていた知らない人。


「警察だ! 動くな!」


 人生で初めて拳銃を向けられた。二名の警察官が強ばった顔で男を睨みつける。


 男は手もあげる事が出来なかった。


「署まで同行してもらう」


 一人の警官が俺に照準を合わせ、もう一名が男の所まで来て、そのまま手錠をかけた。


「パパ……怖かった……」


 少女が号泣しながら知らない人に抱きつく。確かにパパだが、少女からしたら見知らぬ人のはずなのに「パパ」と訳の分からないことを言っている。


「ほら、行くぞ」


 警官二名に連れられ、キッチンルームに移る。


 それを機に、男は我に戻った。


 千穂? パパ? 盲目? 矢継ぎ早に噴きでてくる疑問が、男の頭にナイフのように突き刺さった。


 ろくに働かない頭を精一杯にフル回転させる。


 状況が把握できない。何がどうなっているのか。どうしてこうなったのか。


 困惑してる中、一つ分かったことがある。少女が男を騙していたことだ。


 でも何故、男を騙す必要があったのか。男は最初から順番に整理していく。


 男性はスマホを見なかったかと男に聞いた。男はないと答えた。男性は宮本家のインターホンを鳴らす。誰かが出てくる。


 それは少女の母親だと思っていた。でも、果たしてそうなのだろうか。


 さっき少女は知らない人を「パパ」と呼びながら抱きついた。男性の方も何も疑うことなく少女に抱きついた。


 二人は間違いなく父娘だろう。


 男性はスマホと家の鍵を無くし、アパートに帰ってきた。インターホンで家族を呼び出す。


 出てきたのが少女だとする。仮にその時点で女が死んでいるとすればどうなるか、男は考えてみた。


 今までの少女の嘘。あれが無意味な嘘じゃない限り、女を殺したのは少女とならないだろうか。


 そしてその事実は、男性すらも知らない。知っていれば、わざわざ警察を呼びに行ったりしない。


 男性は和室で女の死体を目撃する。男性は娘である少女が犯人だとは疑わなかった。当然だ。きっと少女は、さっきのような怯えた表情で、父親である男性にそう思わせたのだ。


 警察を呼ぶ時、男性は電話機を使わなかった。それは壊れていたからだと男は推測する。


 男はスマホを無くしていた。女はスマホを持っていたとしても、仮にパスワードが分からなければ無いのと一緒。自宅の電話機は壊れている。となれば、必然的に直接警察署に出向かねばならない。


 少女一人を部屋に残し、男性は警察署に向かった。扉の鍵を閉めなかったのは、中の少女に閉めさせればいいだけの話だからだ。


 そして、そこに向かっている最中の男性と男はすれ違っている。男性は焦燥を浮かべていた。今思えば、あれは人を殺したことによるものではなく、女の死体を目撃した恐怖によるものだったと考えられた。


 アパート一室に残された少女。少女は考えていたに違いない。どうやって自分の疑いが生まれないようにするかをだ。


 考えているところに、少女にとっても想定外な出来事が起きた。


 泥棒だった。


 少女自身が女を殺しているので、鍵なんか閉める必要はなかった。しかしそれは、最悪のようで、実は少女に好都合だった。


 女の死体、泥棒、少女が部屋にいる状態で警察が来れば、当然男が捕まるに決まっている。


 少女はその状況を作るために、今までの嘘をついた。


 男に警察に連絡させず、少女は警察に連絡をしたふりをしていた。少女が何故男にそうしたかは、混乱を防ぐためだろう。


 少女の目的は、男と少女がいる状態で警察に来させること。


 それなのに、後から男からの連絡が警察に届いているとなれば、弁護士は必ずその点に注目する。少女はそう考えた。


 盲目と思わせることで男を油断させ、同情を誘う話で油断させ、自分が幼い少女だと思わせ油断させる。


 少女は幼稚園上がりたてなんかではない。四年生だ。名前は美穂ではなく千穂だ。美穂は存在しない。姉もいなければい妹もいない。少女は自分の幼さを利用して、男を騙したのだ。


しかし、そうしたのは偶然だった。実は少女は、男が算数のテストを見ていたことを知っていた。トイレからこっそり覗いていたのだ。


算数のテストを見られたからには、盲目を騙るのは難しいと少女は考えた。テストにはきちんと文字がかけているからだ。そこで少女は美穂と名乗るのことに決めた。


 少女は何故そこまでする必要があったのか。それはきっと、少女からしても男が怖かったからだ。


 男が少女を殺してしまうことだって十分に有り得ることを、少女自身は理解していた。


 少女は小学四年生にして天才でペテン師だった。


 写真の違和感はこれだった。離婚をしているはずのに三人の写真を飾ってる、姉と思っていた千穂もその写真にいない。


 もっと早く気づくべきだった。今更全てを知ったところで遅いのだ。


 リュックサックには犯罪者が持つような道具が揃っている。男が刑務所に入れらることは間違いないだろう。


 それでも男は少女を恨んでなどいなかった。ただ一つ、気になることがあるだけだった。


 少女の動機だ。何故少女は母親を殺したのか。


 男は警察に玄関まで連れてこられた。


 男は最後に振り向いた。


 少女がいた。少女は男に笑っていた。なんの汚れもない、綺麗で純粋な笑みだった。


 男は思った。


 一緒だなと。

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推理する泥棒 池田蕉陽 @haruya5370

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