裏切りの山
碧野氷
第1話
本作は『ソード・ワールド2.0/2.5』の二次創作作品です。
1話完結の短編作品となります。
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ルキスラ帝国で帝位継承を巡って内乱が起こった頃というから、今からちょうど百年ほど前の話だ。
ザルツ地方北部、ルキスラ帝国の城塞都市バーレスから西に2日ほど歩いたあたり、漆黒の砂漠と内陸部を隔てる山地。
一人の冒険者が、麓の街から探索に来ていた。
「この辺りに宝石の鉱脈があるって、本当だろうな……」
山地の向こう側は、漆黒の砂漠から砂嵐で巻き上げられた毒砂が降り積もっていると言われている。それが時々山を越えてくるのか、この辺りは草もほとんど生えない荒れ地だった。そのため、蛮族も危険な野生動物も見当たらない。その代わり、手持ちの水が尽きればすぐ干上がってしまうだろう。
鉱山街らしき遺跡を見つけたのは、日も大きく西に傾いた頃だった。
「せめて、魔動機でも見つかりゃいいんだが」
崩れた石造りの建物の間を奥に進むと。
突き当たりに、妙に大きな、影があった。
「丘の巨人……」
立ち上がれば、身長は5、6m。2階建ての天井ぐらいの高さはあるだろうか。
ヒルジャイアント。巨人族に分類される蛮族である。巨人族の中でも最も弱い部類だが、それでも人族の騎士が束になってようやく対等に戦えるというところ。
その巨人が、山に穿たれた坑道に右腕を突っ込んでいる。人族用の坑道のため、体が入らないようだった。
「キラキラ、もっどねえがなァ?」
(念のため、巨人語も覚えておいてよかった……まあ、今あいつのやってることは巨人語がわからなくても大体想像つくが)
巨人は、宝石の原石を欲しがっているようだった。
(ともあれ、俺一人じゃ一瞬であいつの夕飯だ)
このところ金に困っていたこともあり、一攫千金を狙って一人で来たのが仇になった。
(ここは早くこの場を離れないと……)
焦っていたのか。
足が小石を蹴り上げてしまい、コツンと音を出す。
「なんだァ?だでか、そごにいんのがァ?」
ヒルジャイアントは腕を坑道から引き抜き、立ち上がった。
「しまっ……!」
「おー、にんげんだァ」
巨人族は巨体だがそのイメージに反して意外と機敏に動く。万事休すか。
「ま、待て!」冒険者は思わず叫んだ。
「あーァ?」
「キラキラが欲しいんだろう?その穴の奥に入ってもっと取ってきてやろうか!?」
自棄になってまくし立てると、ヒルジャイアントは坑道と冒険者を交互に見た。
「おめぇなら……穴のなが、入れっがあ?」
「ああ、入れる!!」
「よおし、はやぐ取っでこい」
いつでも食えると判断したのかもしれないが、巨人は地面に腰を下ろした。
「あ、ああ、すぐ取ってくる」
冒険者は袋の中からランタンとハンマーを取り出した。
(……待てよ。もし鉱脈が枯渇してたら、どうする?)
坑道の中に入ってからそう思ったが、どの道彼に選択の余地はなさそうだった。
幸い、鉱脈は枯渇していなかった。
「おぉー、キラキラがいっぱいだァ」
原石を手にしたヒルジャイアントは子供のように目を輝かせた。
巨人が宝石に夢中になっている間に逃げる、というのが最も無難で賢明な選択だったろう。
だが、巨人の様子を見て、冒険者の心に邪な思いが芽生えた。
ヒルジャイアントは頭が悪いため、他の蛮族に使役されていることもあるという。ならば、俺がこいつを操ることもできるのでは?
「なあ、もっとすごいキラキラ欲しくないか?」
「なにい?」
冒険者は、妖精魔法用の研磨済みの宝石を見せてやった。
「うぉぉぉ、ごりゃすげええええ」
「お前が持っているキラキラも、これと同じくらいすごいキラキラにしてやれるぞ」
「ほんどがァ!?」
「ああ、その代わり、俺の頼みも聞いてくれ」
「うおぉぉ、いいぞぉ、いいぞぉ」
巨人はぶんぶんと首を縦に振った。
冒険者は鉱山労働者を集め、鉱山の採掘を開始した。
鉱山から労働者が掘り出した鉱石を、ヒルジャイアントが途中の中継点まで運んでいく。ここで、冒険者たちが街の宝石職人に研磨してもらった宝石や、巨人用の食料と交換してやるのだ。巨人には『宝石をはんぶんこする』と冒険者は言っていたが、『すごくキラキラにすると小さくなる』という名目で巨人の取り分は大分ごまかされていた。労働者たちも最初は巨人を恐れていたが、ヒルジャイアントが宝石に夢中になっているのを見て、次第に警戒も薄れた。
このラクシア世界においては、人族と蛮族が不倶戴天の仇敵というのは誰もが知っている常識だ。しかし最弱の蛮族コボルドは従順で実直な性格から、人族社会で働くことも珍しくないし、蛮族社会に馴染めない一部の例外的な蛮族が冒険者となって、人族の冒険者と友情を結ぶこともあった。
この巨人と冒険者の関係はかなり歪なものではあったが、決して許されざる禁忌とも言い切れなかったのである。
ところが、この奇妙な蜜月関係は一年と持たなかった。
冒険者の知人が怪しんだのか、労働者の中に不満を持つ者でもいたのか。密告があったのだ。
冒険者は街に戻ってきたところを衛視や他の冒険者に取り囲まれ、即刻吊し上げが始まった。
「一体何を考えているんだ君は!」
「あ、いや、その、奴は宝石さえ与えてりゃおとなしくて」
自己弁護も兼ねているが、冒険者は不思議と巨人をかばっていた。
「奴がずっとおとなしいと誰が保証できるんだ!?」
「まあまあ、こいつも最初は仕方なしにやったことですし」
いきりたつ町長を、冒険者の店の主人がなだめた。
「それに……なあ君、奴は分け前の宝石を自分のねぐらにしこたまため込んでるんだろう?」
「え?あ、ええ、まあ……」
冒険者は、妙に寒々しい空気を感じた。
「なら、奴を退治して、奴の宝石を詫びにしてはどうだね?」
「あ、え、それは……」
「何も君一人でやれとは言わんさ。ヒルジャイアントともなれば、この街の脅威だ。他の冒険者にも依頼を出そう」
「え、ええ……」
蛮族は敵。それも、コボルドならまだしも相手は恐るべきヒルジャイアント。だというのに。
冒険者はためらいを覚えた。
「なんだその態度は!まさか、君は奴に寝返っているのか!」
町長は冒険者の胸ぐらをつかんだ。
「ち、違います!」
「じゃあなんだ?!」
「落ち着いてくださいまし」
割って入ったのは、始祖神ライフォスの聖印を身につけた女性だった。聞くところによるとライフォス信仰の総本山セフィリア神聖王国で聖戦士となり、修行と伝道のため各地を旅しているそうだった。
「長く接していれば、情が湧いてしまうのはヒトとして当然の感情です。たとえ、それが巨人族だったとしても」
「し、しかしですな……聖戦士どの」
「ええ、ですが」
女性は冒険者に向き直り、穏やかに諭した。
「調和と平和を愛するライフォス神は、過去何度も蛮族との融和を試み、その度に裏切られてきました」
女性は悲しそうにかぶりを振った。
「蛮族は人族の敵なのです。それに、巨人族は気まぐれなもの。宝石に飽きてしまえば、再び人族を獲物として狩り始めるでしょう」
「……」
「あの巨人は、あなたをいつでもひねり潰せるのですよ?たまたま、今までそうしなかっただけです」
「どうしだ?今日はやすみじゃないのがァ?」
ねぐらでのんびり空を見上げていた巨人が、冒険者に視線を移した。
「いや、お、お前に贈り物があるんだ……」
「おぐりもの?」
遺跡の中央にある広場に、宝石が山と積まれていた。
「お、おお、すげえええ、キラキラだあ」
「あ、ああ、全部、お前にやるよ」
冒険者の声が震えたのは、感づかれるのを恐れたのか、後ろめたさのためか。
「キラキラあァ!」
巨人が宝石の山に駆け寄ると、目前で地面が凹んだ。
「な、なんいであァァァ!?」
巨人の体重で崩れるように細工された落とし穴、その底には鋭利な杭まで埋め込まれていた。
「よし、今だ!」「応!!」
死角に潜んでいた男たちが仕掛けの紐を引き、落とし穴に土砂を流し込む。
「撃て撃て!ありったけ撃ち込め!!」
他の冒険者たちが、土砂に埋もれた巨人に魔法や銃弾を雨あられと浴びせかけた。
「いでぇっ、ごれなんだ!?ごれなんだァ!?」
悲痛な叫び声を上げるヒルジャイアントに、冒険者は思わず目を背けた。
「てめえはあいつにだまされたんだよ、図体ばかりでかい間抜けが!」
ぴくりとも巨人が動かなくなると、さっそく人間たちはねぐらに向かった。
冒険者は最後にもう一度だけ、巨人を見た。
「悪い。だけど……蛮族ならいつか俺を裏切るだろ?だったら……」
ごにょごにょと言い訳がましく言いつつ、男は背を向けた。
「おでの……おでのキラキラァ!!」
巨人のねぐらに咆哮が響き渡ったのは、ちょうど人間たちが宝石を拾い集め終わったときのことだった。
「い、生き返った!?」
「ち、違う、アンデッドだ……ぎゃっ!!」
怨念のあまり不死者として蘇った巨人が、怒りのままに足下の人族を蹴り飛ばしたのだ。
「おでのキラキラァ!がえぜえええ!!」
ーそして現在。
「おでのキラキラァ……がえぜえ!!」
「ゴッド・フィスト!」
神官戦士の放った神の拳が、巨人にとどめを刺す。
「お、おでの……ッ」
巨人は仰向けに倒れ、付き従う亡者の群れを押しつぶした。
「よっしゃ、片付いたな。思ったより手こずったぜ」
「……」
神官戦士の非難じみた視線を受けて、エルフの魔術師は肩をすくめた。
「そう睨むなよ。確かに、あまり聞いて愉快な由来話じゃなかったな」
「……みんな、弔うよ」
「ああ。また復活されても困るしな」
仲間の武闘家や妖精使いにも手伝ってもらい、巨人と人族の遺骸を荼毘に付した。
「それにしても」
天に昇っていく煙を見ながら、神官戦士の少年が言った。
「ん?」
「どうして、すぐにハイレブナント(アンデッドの一種)になったんだろう」
「おう、先生、解説どうぞ」
女武闘家に肘打ちされて、魔術師は顔をしかめた。
「そりゃ、怨念や無念を持って死んだ、弔われずに放置された、その上元々魂に穢れの多い蛮族だろ?」
エルフは指折り数えた。
「一通り条件は満たしてる、わな」
「うん……でも」
仲間たちと比べて頭一つ低い神官戦士は、鉱山を見上げた。
「何か引っかかるような……」
「百年前の話だ。気にしたって仕方ないさ」
武闘家は少年の背中をバンバンとたたいた。
「ほら、妖精使いの奴は先に帰っちまったぞ?」
「街の連中も鉱山の再開を心待ちにしてるんだ。なにせ、百年の悲願だからな。とっとと帰って教えてやろうぜ」
………
……
…
巨人の怒りはとどまるところを知らず。
なんとか彼の矛先を逃れた幸運なものたちだけが、命からがら山を駆け下りていく。
その光景を、聖戦士と名乗った女性が遠くから眺めていた。
「蛮族は人族の敵なのです。ですから」
女性は、ライフォスの聖印をぽい、と放り捨てた。
「蛮族ならば、人族に常に本当のことを言うとは限らないじゃないですか?」
裏切りの山 碧野氷 @aonoao_83
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