信頼できない語り手
影から男の声がした。仮に彼をAとしよう。
「昔の方がもっとやばかったよな、ははっ」
影からうなずく二人。仮にBとCとしよう。
低い声のBが答えた。
「千葉さんがむちゃくちゃだったんですよ。四人斬り事件の時も…」
笑い声を高らかにあげながら、Aがおしゃべりを始めた。
「ははっ。あの時は千葉さんがおかしかったんだよ。全然仕事しないんだもん。だからさぁ、ははっ、俺はちゃんと怒ったよ。『いやいや、千葉さん、それはあんまりじゃないですか』って、ははっ」
Bが口を開いた。
「あー、千葉さん、今は干されて出向してますよね」
「えっ、千葉さん、そうなの?」
「あー、そっすよ。去年の時にセクハラで…」
「あー! セクハラか! ふふっ、あいつはやりかねん。てかまだいたんだ。もう居ないかと思ってた」
「なんなら遅すぎるぐらいですね」
三人の笑い声が響いた。
Cが口を開いた。
「千葉さんいないから、だいぶ平和になりました?」
Aがすかさず答えた。
「いや、福島さんがまだいるわ」
三人の笑い声。
Bが口を開いた。
「まだまだ無理っすね。『七人の侍』の最後の一人ですね」
Bが笑う。Cも笑った。
Aが答えた。
「あー、七人の侍のね! 黒澤作品だ。ははっ。俺らの頃は『十二人の怒れる男たち』って呼ばれてたよ」
「えっ、まじすか。そんな呼び方あるんすね」
「てか、五人増えてないですか」
「いやー、そうだなぁ、ははっ、俺らの時はもう少し上にもっとやばい爆弾がいたんだよ」
Bが受けて、Cが話を渡し、Aが盛りあげた。
「爆弾ですか」
「そうだよ、爆弾なんだよ、千葉福島の上に、無の香川がいて…」
「あー、香川さんですか」
「ふーん、香川さん?」
Bが同調し、Cが不思議そうにうなずいた。
「あー、そうか、知らないもんなぁ。知らないよなぁ…」
「すんません」
「いやいや、謝ることじゃない。君は知ってるよね?」
「えぇ、はい。自分はわかります、香川さん。全部シャットダウンさせた香川さん、は聞いてます」
「あー! あったなぁ! いやー、ははっ。懐かしいな。あれ、いつだっけ?」
「僕が入ってすぐだったので、10年くらい経つんじゃないですか」
「いや、そんな昔なのか。それは、まだ君はいないよね」
AがCに尋ねた。
「そうっすね。前のとこにいたぐらいですね」
沈黙。それぞれが酒を飲み、Aが口を開いた。
「けど、今はかなり平和になったもんな」
BとCがうなずく。Aがぽつんと呟いた。
「昔の方がもっとやばかったよな、ははっ」
先輩が社会システムになった時の水乃のショートショート短編集 水乃 素直 @shinkulock
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