ひたすら西へ進む者
砂漠には骨と土しかない。全てはニンゲンが死んで生まれた。
私は立ち止まり、一滴もこぼさないように水筒を傾けた。ぬるかった。予備を探したが、手に持つ水筒それ自身がが既に予備であった。残り半分。
追い込まれた。こういう時に神は慈悲をくれない。私はペンダントを強く握った。
「おぉ、太陽の下に生きる同志よ。一つ、私の話を聞いて欲しい」
ここでは聞かない訛りだ。
誰かいたとは。こういう場所にいるのは、私のような修道士か、頭のネジが外れた奴か、はたまた頭のネジがハズれた修道士である。
青色の瞳。故郷の人間では無かった。
私は目を閉じた。修道士の格好は誰の目から見てもわかる。私はここで懺悔を聞くのか。めんどくさすぎる。
私は応えた。
「えぇ、さぁ、話してごらんなさい」
太陽がまだ真上を照らしている。暑い。彼がうなずきながら、
「私は信仰の下にあります。太陽の光に照らされ続けることが、私のすべてです」
「すべて?」
彼の青い目は、炎が内在しているかのようにつよくひかり、ゆらめいた。
「私はひたすらに、太陽と共にあります。太陽が昇り続ける間、私はただ西へ向かうのです」
私もつられて太陽を見た。大きく、ごうごうと燃え盛っていた。目が焼かれるような熱だった。
「歩き続けるのですか?」
「はい。私は常に太陽の真下にあります。なぜなら、そこが世界で一番太陽に近い距離です」
ここまでネジが飛んでれば、大体異宗教だ。ただ、同胞なら救いを出すべきであろう。
「私の手は必要ですか?」
「太陽は何もしない。伸ばされた手を取ることは誘惑です。悪なのです」
彼は断った。
「すべての生き物には光と陰があります。それは自然なことだと、あなたの宗教だと教えられるでしょう
「えぇ、そうですね」経典にもある。
「しかし、私はそうは思わないのです」
彼は手を顎に当て、空を見上げた。
「闇は悪魔の誘いです。陰は苦しみの表れです。光の力が無くなった途端、闇と戦うことになる。そして、ほとんどは勝てません」
「……」
こいつ、修道士に向いているんじゃないか、とふと思った。
「夜は死の時間です。邪な幕間だ。どうして、太陽に照らされている昼に、性愛、賭け事、暴力、血、全てが行われないでしょうか。それは太陽が夜を焼き払うからです」
「数千年前のことです。ニンゲン、という種族がいました。彼らは愚かでした。夜にしか動けない種族だった。お互いに傷つけあった。だから太陽に近づけなかった。彼らは死ぬことを理解していた。汚れた種族だったから。闇を抱えて生きていたから」
「……」
「太陽がニンゲンを焼き尽くしたのは、光があまりにも正しく、清く、美しかったからでしょう」
「昔のことを、ずいぶん最近の出来事のようにおっしゃる」
相当昔の物語だ。たしかにそうだが、9割は砂に埋め尽くされた。全てのニンゲンの亡骸の上に、私たちが立っている。
「えぇ、昔話です。でも、重要だ。我々もニンゲンと同じ過ちを繰り返してはなりませんから」
「それでは、対等にあなたの話を聞かせてください。太陽に捧げる言葉として」
私はいくつかそれとない話をした。生まれた場所と家族のこと、旅を始めた時のこと、前の街で起きた些細な出来事、今は東のオアシスに向かっていること。
私の予想と違い、彼は楽しそうに話をきいてきた。
「くだらない話、下賤な話は夜にしか行われません。それはいけない。言葉が太陽の光を授かれない」
「そうか」
「昼に話すべきことは、仕事の話ではありません。高尚な言葉でもない。全てです。その全てを太陽の元に晒すべきなのです」
褒めているのか貶しているのかよくわからないが、いいたいことが分かってきた。
「またひとつ、太陽に近づく準備ができました。私は向かいます」
言葉を選ばずに言った。
「西に歩き続けると、あなたに夜はない」
「えぇ、本望です」
「眠らないのか?」
「それも影に対する誘惑です」
くだらない。くだらないから、ここで仮説でも唱えてみよう。
「この世界が丸かったとしたら、お前はどうする?」
「ん?」
「この地球の端と端が繋がっていて、太陽の下にしても、ずっと辿り着かなかったとしたら?」
「何をおっしゃるのです。詭弁は身を滅ぼす。修道士ともあろうお方が、くだら……」
「くだらない。と言いたいんだろう。だから太陽の下に晒しているんだ」
怪訝な顔をした。
「まだ、私たちはそれを確認していません」
たしかに誰もこの世界の全てを渡った者はいない。
「じゃあ、丸いかもしれないじゃないか?」
「証明は悪魔です。滅んだ人間は数学で浪費したという」
「捨てた数学の正しさは分からないだろう」
「あなたは本当に修道士ですか?」
「えぇ、しかし本当とも嘘とも、証明をすることはできませんがね」
太陽が少し傾いた。暑さは変わらずだった。防熱装置を身につけなければ生きていけない。
この惑星に、ニンゲンは栄えていたのだろうか。
地平線に炎が見えた。太陽は誰かに天罰を下すのだろうか。
彼は歩き出した。
「では」
「えぇ」
「あなたの話、私は嘘だと思います。太陽に近づくことで、私は幸福になれる」
「死ぬかもしれない」
「それも救いです」
彼は一拍おいた。
「太陽に届かないという甘い言葉は、救いとはならない。絶望は、私の心を殺す」
私はペンダントを掲げた。
「祝福を祈ります」
たぶん、彼は死ぬのだろう。ニンゲンは太陽に近づけなかった。代わりに太陽が膨張し、地球に近づき、ニンゲンは滅んだ。
この星の砂漠は、ニンゲンが死んでから生まれた。
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