第3話
前に仁王立ちで立っていたのは『観測隊』の隊長、ルークだった。
彼女達が見上げるほど背は高く、顎に真っ黒で所々尖ったような髭を生やしている。
昔は飛行機に乗れば、誰よりも高い技術で他の飛行士達を圧倒したそうだが、現在は観測隊の長として、様々な仕事をしている。
「えーと、なんでこんなとこにいるんだ…?」
パーフィーは少し姿勢を低くして恐る恐る聞いた。
普段は誰に対しても陽気に接するのに、この態度では、まさに天敵が現れたようであった。
「二人が何をしたかはこちらで全て把握している」
ルークは腕を組み、目を細め、二人を睨みながら言った。
二人はその発言に戦き、小さくなってしまった。
だが、決してルークは怒りはしなかった。
確かに獲物を狙う鷹のような目で瞬き1つせずじっと睨んでくるのだが、長々と注意や軽く叱るばかりで、頭ごなしに怒鳴り付けることはなかった。
「…まあこんなところでいつまでも叱っていては仕方がない」
そう言って、後ろを向いて歩き出そうとしたが、思い出したようにエア達に言った。
「ああ、そう言えば」
その発言に、やっと説教が終わったと思って気を抜いていた二人は、びくっとして目を無理矢理開かせた。
「規則違反と、修理・点検の期間もあって、二人には試験の結果が出る1ヶ月先まで休みをとってもらう」
休み。聞こえは良いかも知れないが、二人にとって休みとは、退屈すること他ならなかった。
特にエアは、一向に父親が見つかる手掛かりが見つからない上、焦っていたため、1ヶ月は永遠に近いと言ってもいいほど長く感じられた。
パーフィーはというと、父親の営む工房で下働きをしなければならないので、退屈を越えて苦痛の域に達しようとしていた。
1ヶ月後─────
「あら、エア。今日はどこに行くの?」
朝早く、まだ空は完全な青に染まりきっていない頃。町の中心の大通り(と言っても町自体それほど広くないのだが。)を駆けるエアにそう話しかけたのは、この町のパンの店で働くアリアだった。
「森までパーフィーさんとピクニック行くんです!」
エアは、走りながら前に向けていた体をくるりと反転させて大きなはつらつとした声で言った。
「うわっ!」
エアがつけていた足場の感覚が無くなると同時に、勢いで後ろに倒れこんだ。
「いててて…」
彼女はぶつけた腰をさすりながら前を見ると、心配そうな顔をしたアリアが目の前にいた。
「大丈夫?」
真っ白な三角巾をつけたアリアが目の前で心配そうに手を差しのべていた。
エアは、すみませんと言って手を取ると、引き上げられる手と一緒に立った。
「はい、これ。二人で食べてね」
そういうと、彼女は地面に置いていた木を編んだ篭をエアに手渡した。
篭の中からは微かに良い匂いがして、それは焼きたてのパンだと考える間もなく解った。
「ありがとうございます!」
エアは満面の笑みを浮かべてお辞儀をすると、また振り返って森の方へと走っていった。
森の中は所々に遥かな天空から木漏れ日が降っていた。そしてそれは、真上に広がる雲1つない青空が、森の木や、草や、花を、生き生きと彩っている様だった。
「おーい!」
エアを呼ぶ声が聞こえた。
声がする方を向くと、パーフィーは手を振りながら草の上に敷いた白い布の上に足を投げて座っていた。
エアは彼女の隣に座ると、傍らにまだ温かいパンの入った籠を置いた。
「なんだそれ」
籠を見てパーフィーはエアに聞いた。
「これ、アリアさんからもらったんです」
「ふーん」
エアが話す間も、パーフィーはずっと籠を見て腹を鳴らしていた。
「…食べます?」
─────
「はぁー食った食った」
アリアから貰ったパンを完食した二人は、満足そうな顔をしてリラックスした顔で寝転がって空を眺めていた。
「今日は試験の結果の発表日だから、昼前には帰りましょうか」
エアは体を起こして独り言のようにパーフィーに言った。
「…パーフィーさん?」
エアが彼女の方を向くと、彼女はとても気持ち良さそうな表情で寝ていた。
─────
昼頃、港町は海に面した町の端に、人だかりが出来、がやがやと騒いでいた。
暫くすると、台が皆の目の前に設置され、そこにルークが上がった。
何やら片手に綺麗に折り畳まれた小さな紙を持っていた。
さっきまで騒がしかった人だかりは静かになり、皆ルークを見ていた。
ルークは皆が静かになったことを確認すると、ごほん、と咳払いをしてこう続けた。
「これより、第4期観測隊の試験の結果を発表する!」
彼は、どこまでも広がる青い空をバックに、世界中に響き渡るような大声で言った。さすが長といったところだろうか。
「観測隊は4つの観測所からなる。今回参加した物は20名!その中から選ばせてもらう!」
皆の表情が固くなり、辺りに緊張感が漂った。
「1人目!今回は、第3隊から発表する」
第3隊。数年前、本部に通信が入った直後、謎の事故によってそこにいた観測所ごと隊員と共にいなくなってしまった。
エアは、その時、あのとき海で拾った紙を思い出した。
(もしかしたら…)
そんなことを考える暇を与えずルークは続けた。
「エア!お前は第3隊で活動してもらう!」
「えっ」
おぉ、という声がエアの周りにいた人達から漏れた。間もなくして誰かが手を叩いた音がした。それは周りに広がり、彼女の周りは拍手で包まれた。
「やったな!」
パーフィーがいつの間にかエアの肩に腕を回していた。
満面の笑みは、エアまで笑顔にさせた。
「ありがとうございます」
─────
試験結果の発表が終わった昼過ぎ、エアは発着場に置いてある古い椅子に座りながら、あの紙と第3隊が消えた原因について考えていた。
エアは、そもそも飛行機が自由に使えるようにしたいが為に試験を受けていた。観測隊に入隊してしまえば本部で管理している飛行機が自由に使う事ができる。エアは、パーフィーの父の協力によりルークを説得し、特例で本部の管理下で、ルークの許可を得ることで使用できるようになっていた。
観測隊は1年間で交代し、15才以上であり、試験に合格さえすれば観測隊に入ることが出来るのであった。
観測隊自体は何十年も前からあるそうだが、5年前、本部兼飛行機の発着場の港町の下が火災で記録が一切失われたため、当時既に隊長だったルークが、それなら1からやり直せばいいじゃないと言うことで、現在に至る。
エアは、父がどういう経緯でいなくなったのかしっかりとは分かっていなかった。
事故の時に助けに行って巻き込まれただとか、エンジンが壊れて動けなくなったままだとか、色々な憶測が飛び交っている。
ただ、なぜ父がいなくなったのか、今どこで何をしているのか、ただ知りたいが為に活動を続けていた。
──そんな時。
「おい!エア!大変だ!」
港町の地下に焦り混じりの張り上がった声が響いた。
こちら、雨雲観測隊。 Mii @Mappy_deforme
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