爬虫類的ぷりぷり尻尾がある人生で人類が生み出しちゃった“食べられる敵”をどうにかする予定のレプア人である俺の話。

まくしえ

第1話 ぷりぷり尻尾と逃走劇

 こしの後ろから生えるぷりぷりした尻尾しっぽが視界を泳ぐ。

 女は俺の手を引いて走り続けた。


(リリリリ、リリリリリリ…)


 すでに全身が鉛のように重く、息をするのもつらい。

 自身のせ細った尻尾からもわかるようにスタミナも底を尽いている。


(リリ、リリリ、リリリ、リリ…)


 びゅうびゅうと吹く風を頬に受ける。女は俺よりも小柄こがらに見えるが手を引く力は強く、真っすぐゆるかやに下りになっている洞窟を転がるように駆けているせいで、ほとんど底なしの穴に落ちていくような感覚が続いている。時折、高低差の激しい段差に差しかると女のぷりぷりの尻尾の先端せんたんが顔をかすめる。ふっとわれに返って悪態あくたいをついてしまう。


「くそっ、まだ追ってくるぜ!」


 鳴きながらってくるコオロ牛こおろぎの群れ。ざっと100匹をくだらない大群が俺の尻尾に喰らいつかんと迫っていた。普段は食糧しょくりょうである家畜かちくも、大群で押し寄せれば脅威きょういとなる。黒い津波にも見える群れの合唱がっしょうが壁に天井に反響して、


(リリリ、リリリリリ…)

(リリリ、リリリリリ、リリリ…)

(リリ、リリ、リリリリリリリリ…)


 今しがた発した自分の声は果たしてちゃんと発音されただろうか。そろそろ耳が耐えられなくなってきたらしく、疾走しっそうする自分たちの足音すらもわからない。

 薄暗うすぐらい空間を落ちるように走り続けて、騒音の波にまれ続けて、頭がぼうっとする。ふと、意識が飛びそうになって、荒い呼吸をしぼり上げて、前を走るぷりぷりの尻尾のその先に声を飛ばす。


「あとどれくらいなんだ!?」


 何か希望が欲しいという気持ちが言葉になって出てきたセリフに、ぷりぷり尻尾から反応があった。尻尾がぶるんと右になびくと、前の女は走りながらも半身はんみでバランスをとって振り返り、短く口を開く。


「もうすぐだから!」


 そういうなり前を向き、ぷりぷり尻尾はまた俺の前で揺れだした。この騒音の中でも不思議と通る声は、すっと耳に届いた。その声に「もうすぐ」と言われればいくらか希望も湧いてくる。脚にぐっと力を入れなおして強く洞窟どうくつの床をる。女の引く力が少し弱まったと感じた瞬間しゅんかん ―――――――


「うわぁーー!」


 次にみ出して着地するはずのあしは空を切り、薄暗闇うすくらやみの中を今度は本当に落下することになった。そしてたっぷり二拍にはく置いて、


(ザパァーン)


 着水ちゃくすいの直前、視界に映る映像がスローモーションのように流れていた。

 いつの間にか引いていた手を自由にした女は水面へ向けて両手をそろえたかと思うと、そのままするりと水中に潜り落ちた。重力に従ってれていたぷりぷりの尻尾は女が水面に描いた波紋に吸い込まれていった。その映像を見届けるや途端に視界の映像は加速して、水面に叩きつけられた衝撃しょうげきがとどめとなって、俺の意識は痛みも感じないままその身体ごと水面下にしずんでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

爬虫類的ぷりぷり尻尾がある人生で人類が生み出しちゃった“食べられる敵”をどうにかする予定のレプア人である俺の話。 まくしえ @maku-shie

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ