平成27年1月17日17時46分52秒

 神戸市王子公園

 20年ぶりにここに来た。


 災害派遣の後、親父の店を継ぐため30歳で自衛隊を退職した。

 横須賀に帰り、自転車屋の2代目として頑張った。

 結婚のチャンスこそ逃したが、道交法改正でバイク離れが加速したおかげで自転車と原チャリの売れ行きは好調だった。

 販売の他は、近所の中高生相手にチャリ修理

 呑気でそこそこ順調な人生である。


 毎年、1月17日前後に見る夢がある。

 1人の女の子の夢

 災害派遣以降、毎年1つずつ年をとっていく。

 缶詰をあげた少女に似ているが、違う事を知っている。


「おじいちゃんが死んだんは悲しいけど、順番通りって思たらまちがいないやん」

 おばあちゃん……

 全てが順番通りでも無かったよ……

 俺たちの小隊が1番最初に発見したご遺体は……

 生後4ヶ月の女の子だったよ……

 お母さんにご遺体渡した時、半狂乱で泣きつかれたよ……


 その子が毎年夢に出てくる。

 基本的にオカルトは信じないが、なぜか毎年夢に出てくる。

 1月17日前後には必ずニュースで流れる「阪神・淡路大震災から〇〇年」

 それを聞くと必ず夢に出てくる女の子

 トラウマとかPTSDとかいうやつなんだろうな。


 平成27年1月16日19時

 店を閉めて店員に言う。

「悪いけど、明日休む」

「別にいいっすよ、どうしたんですか?」

「ちょっと神戸行ってくる」

「は?」

「明日だけ店頼んでいいか?」

「いや、いいっすけど……まあ……」


 新横浜発の新神戸行き最終のぞみに間に合った。

 乗る前に買ったハンバーガー・ポテトとビールで遅い夕飯を食べ、スマホで宿を取る。

 「一度会いに来てーな。今年私、成人式やし」

 行ったところで会えるのか?


 新神戸に着き、予約した安宿に行く。

 もう24時近い。シャワーを浴びてとっとと寝る。

 すぐ爆睡した。


「来てくれたん?」

 20歳の可愛い女の子が微笑む。

「お前が来いっちゅーたんやろが!」

「いや、ホンマ来るって超ウケるわ。頭おかしい」

 女の子が晴れ着姿になる。

「どう?成人式の晴れ着」

「似合う」

「はあ?そんだけ?兄ちゃんモテへんやろ」

「いらん世話じゃ!」

 面白くなさそうな顔をして、女の子が高校の制服姿にもどる。


 その制服は、当時集結していた王子公園の上にある女学校の制服

 震災から1ヶ月、公共機関が一部復活してようやく通学できた少女達

 集結地のフェンスの向こうを笑顔で通学するのを見てると、自分たちの行動に意味があるのを少しだけ感じられた。


 俺は、助けられなかった女の子に何を求めているんだろうか?

 缶詰をあげた少女の顔を映して……

 神戸で一番見慣れた服を着せて……

 生きていると仮定して……


「毎年ゆーてるけど、助けられんかった事気にせんでえーよ」

「そう言うてもな……」

「兄ちゃん結婚せーへんの私のせい?」

「いや、単純にモテへんだけ」

「知ってた」

「お前ホンマむかつくな!」

「あはははは」



 次の日、普通に目が覚めた。

 昼前に王子公園についた。

 元の集結地を目指して坂を上っていく。


 坂道の途中、フェンスの向こう

 元はテニスコート

 当時はテントやドラム缶、発電機や各種物資が所狭しと並んでいた。

 フェンスの入り口にある公衆電話

 携帯が高級品だった当時は、夜遅く家に電話をする隊員たちが列をしていた。

 今は完全な更地、仮設住宅の土台が名残として残っている。


 フェンスのこちら側には、当時誰もいなかった。

 やがて、山の上の住宅街から人が買い物のため降りてきて

 次に、家を修理する建材を積んだトラックが走り始め

 坂の上の女学校に少女たちが通学し

 休日には、坂の下の動物園に来る人たちも……

 自衛隊が撤収する頃には、この坂道は日常を取り戻していた。


 東遊園地には夕方着けばいい。

 結構な距離だが、歩くことにした。


 通りすがりのお好み焼き屋で遅めの昼食を食べる。

 復興が少しずつ進んできた頃、1台の車がお好み焼きを売りに来てたのを思い出した。

 集結地近くに夜遅くやってくる1台の乗用車

 ブロック塀にでも潰されたのかボンネットはベコベコだったが、トランクの中にはパック入りのお好み焼きが一杯積まれていた。

 マグライト片手にお好み焼きを買いに行く隊員たち

 そんな事を思い出しながら、豚玉定食を食う。


 店を出て、街並みを見ながら歩く。

 完全に復興した神戸

 完全?

 何をもって完全と言うのか?

 現に俺は、まだ引きずってる……


 うろうろと色んな所を歩いていたら、しっかりと日が暮れていた。


 神戸市役所の南、フラワーロードの西に広がる東遊園地

 あの時グシャっと6階が潰れた2号館

 潰れた階層に水道局があり、水道の復旧は大幅に遅れた。

「こんなん、どうやっても直らへんやろ……」

 そう思っていたビルは、しっかりと5階建ての庁舎に改修されていた。

 

 俺はとりあえずここに来た。

 何か所かある神戸市内の会場のうち、何故だかわからないがここの追悼式典に来た。

 横須賀を出るときからそう決めていた。




 平成27年1月17日17時46分52秒

 立ち並ぶロウソク

 本日3回目の黙とう

 俺もみんなと一緒に目をつぶり頭を下げた。





 帰りの最終のぞみ号

 高いが、グリーン席を取った。

 案の定、誰も乗っていなかった。


 中華街で買った豚まんの包みと2本のビールを取り出す。

 最近はスメルハラスメントやらでシウマイ弁当も新幹線では食べられないとか……

 世知辛い世の中になったもんだ。

 再度誰もいないことを確認し、豚まんの包みを開き、ビールを開ける。


「私も飲んでええ?」

 振り袖姿の少女が隣に座っていた。

「なんでかな?来るとおもったわ」

 もう一本のビールを開けて、少女に渡す。

「「乾杯」」

 2人してビールを一口飲む。

「うまいか?」

「苦い……」

「やろね。」


 少女はビールを両手で持ちながら言った。

「ありがと。やっと来てくれたなぁ」

「ゴメンな。来る勇気なかったんや……ちゃんとあの時の神戸が復興してるか、見に来るのがイヤやったんや」

 少女はビールを一気に開けた。

「ぷっはーっ、苦い!」

「台無しやな!」

「この世の最後のビールやし」

 少女は空き缶を置いて、俺の手を握ってきた。

「私もそやけど、死んだ6400人は誰1人『助けてもらえんかった』なんて思ってないから」


 ああ

 そうか……

 俺は……

 この一言で救ってほしかったんだ……


 この子に対して……

 半狂乱で泣きわめく母親に対して……

 何もできなかった俺を……

 この一言で救ってほしかったんだ……


 生き残った少女の顔を映して……

 生き残った少女たちの制服を着せて……

 「生きててほしかった」という神でもかなえられない傲慢な願いを……

 この一言で救ってほしかったんだ……


「兄ちゃんも頑張った。みんなも頑張った」

 冷たい手がぎゅっと握られる。

「ありがとな……」

 この手を離したくない……

 でも……

 それでもこの冷えた手が薄く消えかかってる。

「ほしたらな、兄ちゃん。神戸まで来てくれてありがとうな?」

 隣の席には、テーブルの上に置かれた空き缶だけが残っていた。



 次の日の朝

「あ、店長お帰りなさい」

 ちょっと遅刻して自転車屋に行くと、店を任せていた店員と高校生が話していた。

「おじさん、おととい預けたチャリ直ってる?」

「ほいよ」

 チェーンが外れただけの自転車を修理して、高校生に渡す。

「こんな簡単なモン、彼氏に修理してもらえよ」

「彼氏いないし!」

 彼女はむくれながら学校の方に向かっていった。


 

 冷えた手に軍手をはめる。

「さあ、1日休んだし、頑張るかな?」

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それでもこの冷えた手が----平成7年1月17日5時46分52秒 鮮魚店のおぢさん @jinjin4989

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