4-2 友人(仮題)
結局五時間目の授業に間に合わなかった名倉は廊下で説教を食らい彼女はその絶妙な受け答えの仕方で授業の開始を遅れに遅らせクラスメイト達につかの間の休息を与え、教室に堂々ご帰還なさってから数時間後。つまり今は放課後である。
俺たちコンピュータ部員達はいつものように来ない部長を除いた全員は、チャイムが鳴ると三三五五根城であるコンピュータ室へ真っ直ぐ向かうのが基本になっている。何故なら副部長以下二年生二人は廊下でくっちゃべるようなの友達がいるわけでないし、唯一の一年坊主は自分が部活しっかりやってますよアピールをしたいからと言っていた。しかもその一年は毎日職員室に鍵を取りに行ってそのまま廊下を走ってやってくる。そんなに元気なら運動部に入りなおせと言ったら「肌が焼けるから嫌」と返してきた。
まーそんなどうだっていいことは廊下の隅のゴミ箱にでも捨てておいて本題に入ろう。
「なあ東。そんなところにどうして隠れてるんだよ。とっとと出てこい」
「先輩、これには込み入った事情がありまして……」
コンピュータ部唯一無二の一年坊主、東里穂は何故か俺のいつも使ってる机の下で頭を抑えて隠れていた。
「かくれんぼでもするんだったらほかを当たれ。そうだ男子トイレの個室にでも隠れておけ。性欲を持て余した鬼がお前を食いにやって来るからなぁ」
「言っときますけど私、武道やってたんで襲ったら倍にして返しますよ。まあ先輩はドMですからむしろご褒美になるのかもしれませんけどね」
「なあ副部長よ、この阿呆をこっから出してくれ」
女子を引っ張り出すならこいつに頼むしかいない。俺がやったら犯罪だが古谷にやらせれば俺は罪を被らずに済む。しかし答えたのは古谷ではなかった。
「なあ東はいるか?」
いきなり部屋のドアが開いた。そしてそこには制服を着崩した不良がポケットに手を突っ込んで突っ立っていた。
「ああ東ならここにっ…」
言いかけた途中で俺は机の下に引っ張られた。
「何してるんですか。私はあの人が嫌で隠れてたのに」
「いや今初めて聞いた」
「そんなことはどうだっていいんです。なんとか誤魔化してください」
「俺は面倒事に関わるぐらいだったら可愛げのない後輩の命を明け渡す方がマシだと思う」
立ち上がろうとしたら今度は後ろから襟を掴まれた。やばい首が絞まる。
「とりあえずここはやり過ごしてください。お願いしますから」
「こういう時に日頃の態度がモノを言うということを教えてやろう」
俺は逆に東を引っ張り出してやろうとしたが…
「おい、そこで何コソコソやってんだよアホ、邪魔するぞ」
なんと不良が部室に乗り込んでこようとした。だが、
「ちょっと待ってください。見学はいつでも歓迎ですが、部長に一声かけてからというものが礼儀ではありませんか?最も部長が不在なので副部長の私でも良いのですが。それに土足禁止の教室に靴を履いたまま上がるような野蛮な真似は慎んでいただきたいものです」
部屋の向こう側から古谷がすっ飛んできた。口論でまずあやつに勝てるやつはそうはいない。不良相手にどこまで通用するかは知らないが。
「は?そこどけよ。てめぇに要はねえ」
それに対し、てめぇこと古谷は鼻で笑い、
「私が入室を許可した覚えはありません。早急にお帰り願いたいたく存じます」
と仰った。
「いいからどけっつってんだろ根暗野郎」
不良は綺麗な斜め四十五度をしている古谷を押しのけようとした。だが古谷は足と地面を固定しているとかと思うぐらい動かなかった。一瞬ビクついた不良はさっきより強い力で古谷を押しのけようとした。
「実力行使に出るとは感心しませんね」
「いいからどけよ……」
なんだか不良が可哀想に思えてきた。そいつの手足は機械仕掛けだからいくらやっても動かねえぞ。
「なんだ、殴られてぇのか?」
「そうですね。私は馬鹿ではありませんのでまだ拳は出したくないです。なので私よりも馬鹿なあなたからどうぞ」
不良は頭に血管を浮き出し今にもキレそうなオーラを纏っていた。普通の人間ならここにたどり着く前に狼狽えるのが当たり前であるが、その清々しいまでの笑顔を崩さずにいる古谷は狼狽えるどころか両拳を合わせてボキボキいわせてやがる。
「死ね」
とうとう耐えれなくなった不良が右手の拳を古谷の顔面に叩きつけようと振り上げた。あーあ。やっちゃったな。古谷が歯数本で済ましてくれればいいが。しかし改造人間相手にどこまで一般人の力が通用するのか気になることもない。
「ゴラァ。君達そこで何をしている」
拳がぶつかり合う直前、廊下中に怒声が響いた。
「これはその……」
「言い訳は生徒指導室で聞こう」
声の主は渡耒先輩だった。
「あのですね渡耒先輩、これは……」
流石の古谷もそこに立ってる不良よりも恐ろしい形相をした渡耒先輩を見て産まれたての子鹿のように足をブルブルさせている。
「殴り合いなら柔道場でやってこい」
「ちっ」
不良は本来の目的を達成するのは不可能と判断したらしくその場から立ち去ろうとした。
「お前もだ」
再び響く怒声。先程よりも更に大きい声で机がガタガタと振動した。思わず机の下にいた俺と東は「「ひぃ」」と悲鳴をあげる。
「確かバスケ部の田中くんだったけ?君、制服改造してるでしょ。ていうか着崩してる時点でアウトだ。たしか今朝通算九回目の指導受けてたと思うが、十回で生徒指導ということは知っているだろう?」
生徒指導室へご案内します。
渡耒先輩が告げた言葉は皆の間で死刑宣告と呼ばれている。それは校則が比較的緩い我が校で発動される一番厳しい指導。それより軽い刑が反省文だから本当に罰金刑と終身刑ぐらいの隔たりがある。
生徒指導室に軟禁されて行われる指導は停学になるくらいならまだいいと感じてしまうの程の壮絶な説教が体育教師プラス進路指導の先生総勢十七人によって数日に渡って繰り広げられる(その間の授業は勿論欠席扱い)というものであり、日頃から悪いことばかりやってる不良も事後最低一週間はげっそりするような代物である。
不良…田中くんは必死の抵抗も虚しく渡耒先輩の怒声で駆けつけた数人の教師に連行されていった。
「ほんじゃあ私は仕事があるからもう行くよ」
じゃあね。と渡耒先輩は短く告げると廊下をスキップし階段へ消えた。生徒会室へ通じる階段は反対側だから仕事をしに行くのではなく直帰するつもりだろう。
「たつ先輩。ありがとうございました。お陰で助かりました」
「東よ。俺に言うことはないのか?」
「むしろ美少女JKと机の下でイチャコラできたお礼はないんですか」
監禁罪と強制わいせつ罪で訴えるぞ。
「ところでさっきの田中くんはなんであなたを付け回してたのか教えてくれませんか」
古谷よ。いいことを言ったな。 それは俺も知りたい。
「いやぁ、こないだ言ってた私に告白してきた人があの人だったんですよ。何やら噂を聞いていたら粘着質の男だったので返事せずブロックしてたらずっとストーキングしてたようで……でも今回のことがあったのでもう近寄っては来ないでしょう」
「ほとんど自業自得じゃねえか。お前も生徒指導室行ってこい」
しかし東はヘッと嘲笑った。
「先生はあんな不良より優等生の私の言うことを信じると思いますが」
「まあ一件落着ということで部活に戻りましょうか」
古谷の一声で俺たちは活動を再開した。が、
「誠、無事だったのね。よかった」
ん?今しがた変な声が聞こえてきたのは気のせいだよな。まあ、気のせいだろうと思って声がしてきた場所、俺が先程まで隠れていた俺の机の下を覗く。
「なんでお前も机の下にいるんだ」
今度は俺の机の下に今度は麻紀が隠れていた。
「校舎の外にいたらここからものすごい声が聞こえてきたから、ひょっとして真がタコ殴りにされてるのかと思って壁を登って様子を見に来た」
確かにさっきまで閉まっていた窓が空いている。道理で涼しいわけだ。
にしてもどいつもこいつもサイボーグだの人造人間だのやばい奴らばっかりだな。
「とりあえずそっから出ろ」
麻紀はするすると机から出てくるとセーラー服を正してスカートのホコリを払い、部屋の出口に向かっていった。今気づいたが靴は何処にやったのだろう。
「あれ。なんでこんなところに麻紀さんがいるんですか?」
麻紀に声をかけたのは東だった。
「東、五十川と知り合いなのか」
「えっと…小学校が同じ…だったんですよ…」
わー。っと抱き合って部屋の真ん中でクルクル回る二人を見ながら俺は思考する。麻紀はたしか高校より前の学校は行っておらず、ずっとどこかの研究所にいたはずだ。つまり東が麻紀と出会う為にはそのどこかしらの研究所にいなければならないことになる。つまり、
「古谷、東を借りていいか」
古谷はキーボードを叩いてる手を止めてため息をついた。
「何時間でもどうぞ。僕も言いたいことが色々あるので先にお願いします」
「な…なんの話しでしょうか…」
俺と古谷を交互に見ながら東は「やらかした」とばかりに後ずさった。
「ちょっと…私は御手洗に…」
「五十川。そこのアホを捕まえろ」
麻紀は首を縦に振ると逃走しようとしている東を捕まえた。東は無駄な抵抗をしていたが、小脇に抱えられると流石に諦め動かなくなった。
「準備室が空いてるのでどうぞ使ってください」
「へいへい。使わせて貰うよ」
準備室に入っていこうとする俺と麻紀(と小脇に抱えられた東)の背中に向けて古谷は、
「ドア閉めると監禁罪が成立するので半開きでお願いしますね」
と言った。
人造嫁は青春する 氷ノ内(ひょうのうち) @hyounouti
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