4章 友人(仮題)

4-1 友人(仮題)

ド レ ミ ファ ソ ラ シ ドー ドー ド シ ラ ソ ファ ミ レ ドー ドー


「男子の最高は何回だっけ」

「世界記録ではサッカー選手の375回ですが、高校生なら160回位が最高だと思います。最高点は確か125回です」

男性の声が機械的に163回と告げる。

「あいつらは一体何回まで続ける気だよ」

四時間目の終了時間を越えそうな勢いでシャトルランをしているのは陸上部員でもサッカー部員でもなく立派な帰宅部の二人だった。しかも女子。最早応援の声や歓声もあがらなくなり皆が体育館を右往左往する二人を呆然と眺めている。

「名倉、166回」

うち一人がダウンしたようだ。バタリと音をたて地面に崩れ落ちる体から床に垂れた汗が鏡のように太陽光を反射している。よくここまでやったな、と俺も声をかけてやりたいのだが……

俺は未だに体育館を飽きもせず往復する女を見た。もう、それが誰か言う必要もないだろう。その誰こと五十川麻紀は呼吸も乱さず姿勢も綺麗なままBPM208が遅く聞こえるようなテンポで奏でられるドレミファソラシドをバックに颯爽と走っていた。

キーンコーンカーンコーン

「ああ。惜しいですね。まだ217回ですよ」

「もうこれだけやったら十分すぎるだろ……」

「すまん五十川、チャイムで音楽が止まった」

謝る体育教師に五十川は短く「そうですか」と答えると何食わぬ顔で女子の群れに戻っていった。



授業が延長したせいで更衣が遅れに遅れ俺と古谷は教室で飯を食っていた。

「あやつは程々という言葉を知らんのか。あそこにギネスの審査員がいてみろ。世界記録に認定されただろうよ」

「音声が途中で終わったのでまだよかったでしょう。まさか最後まで走りきるとは僕も思っていませんでした」

古谷がため息をつく。

「流石にこれが理由でなにかあるとは考えにくいので良しとしておきましょう」

「五十川さんすごかったねー。私も頑張ったんだけど、超えれなかったわ」

俺の後ろの席で弁当をガサゴソやっているこの人はうちのクラスの委員長かつ自称帰宅部エースの名倉 皐月。外観はどう見ても文化部のおっとりした女子だが、中身はゴリゴリのスポーツウーマンで去年までの体力テストではどの種目もぶっちぎって一位だった。

「50メートル走も幅跳びも負けちゃったんだよねー。あんなに大人しそうな顔してて私を超えていくんだから大したものよね」

お前が言えたことではないと思うが口には出さなかった。

「ま、100回も行かない雑魚もいるわけだけど」

俺を見るな。一応103回は行けたぞ。

「面目ないです。来年は鍛えておくことにしましょう」

確か古谷は70回。平均にも入っていないが絶対本気出せばもっといけると思う。終わったあとなんかゼーゼーハーハー言いながら大の字に寝そべっていた。白々しい。

「でもね。五十川さんなんかパワーセーブしてるように見えるのよね。あの子本気出せばもっと出来ると思うの」

あいつが本気を出せばシャトルランの400回や500回余裕で行くだろうよ。

「そういえば次の時間は英語ですが宿題はやっていますか」

「あっやってなかったわ。古谷くん見せて」

委員長がカバンからノートを出しつつ言った。

「昨日は右腕が筋肉痛でね。そりゃもうペンを握れないぐらい痛くてさー」

原因はハンドボール投げか。

「ほんじゃあ、チャチャッと写すねー」

右手にシャーペンを左手に箸を持った名倉が鼻歌を歌いながら写している。両利きってスゲーな。

「誠さんはよろしいのですか?写さなくて」

ふははは。今日の俺はひと味違うぞ。ちゃんと家で宿題をやってきた。どうだすごいだろ。

「どうしたの……明日嵐が来るんじゃないの」

梅雨入りすらしていないのに台風を日本列島に上陸させるのは気が早すぎる。なんで宿題をしてきたかというと昨日家で麻紀にやらされただけだ。お陰でゲームする時間が減った。しかし教えられながらやったので結果的には良かったかもしれない。麻紀の教え方がとても分かりやすかったからだ。

「そういえば五十川って話しかけても全然返してくれないんだよね。会話のほとんどがうん。と、そう。だけで終わるの」

「転校生なんて最初はそんなものじゃないですかね。別になんともないと思いますが、」

こいつは心配するという動詞が頭から滑り落ちて行方不明になってるらしい。

「山瀬くんはどう思う」

そうだな。改めて考えてみると学校ではあんま喋んないなあいつ。

「別になんともないんじゃないかな。元々そういうやつなんだろ」

どうやら俺の頭にも心配の二文字は入っていないらしい。

「山瀬くんいっつも五十川さんといる気がするけどさぁ。ふーんそうなんだーへー」

「付き合ってるとかそんなのないぜ。五十川とはただのクラスメイトの仲だ」

ふーん。と名倉は俺の言葉を中途半端に受け流しながら弁当をかきこんだ。

「なんか食べ足りないから食堂行ってくる。古谷くん、ノートありがとね」

ミサイルのように飛び出して行った名倉と入れ替えに英語の教師がやってきた。

「さて、授業開始まであと二分を切りましたが我らの委員長は往復三分かかる食堂から無事帰って来れるのでしょうかね?」

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