3-4 告白

紙の束は兄貴の意見書とそれに対する回答書で構成されていた。その内容を要約するとこうだ。

人間の奴隷となったアンドロイド達はやがて自分達も人間と同レベルの扱いを受けるように要求してくる。しかし我々人間はその要求を飲まないであろう。そうなれば確実に人間対アンドロイドの戦争が始まる。彼らは人間よりも優れた高度な情報処理能力と体を持つため人間は必ず敗北して絶滅する。

それに対する回答は、

戦争が起こるようなことがないように感情を消してしまえば良い。そもそもアンドロイドを統制するアプリケーションをインストールしておけば良い。

「矛盾してますよね」

古谷が静かに言った。

「小田川博士が開発したのは人間と同じ思考回路を持つ人工知能です。人間と同じことを考えるには感情は必須、これまで人間と人工知能の考えの間に齟齬が発生していたのは彼らは感情を理解することが出来ても自分の感情を持つことがなかったからということはさっき話しましたよね。政府はそれを分かっていなかったようです」

そして、

「そこにも書いてあるように我々は渋々ですが政府の要求に沿ったアンドロイドを作り上げました。ですが、それは失敗作で我々の手に負えず暴走状態となり殺処分されます」

殺処分とか手軽に書いているだけあってアンドロイドを物のように扱っていたことがよく分かる。彼らは人の手によって作られてはいるがれっきとした生物だ。しかも高度な知性を持っている。

「技術者の方達も自分達で作り上げたそれこそ我が子を殺せと言われたのです。その気持ちは考えるまでもありません」

「そうだな」

ですが、

パンっと古谷が手を叩いた。

「この話には続きがありましてね。その後にも試作のアンドロイドは作り続けられました。僕も正確な数までは知りませんが少なくとも数十体のアンドロイドが造られては処分されたそうです」

しかし多大な努力と犠牲、血と涙の後には「失敗」しかなかったと報告書は物語る。

「最終的に頓挫したものの政府は実験結果を経てひとつの代案を出してきました。それは我々に自立思考型のアンドロイドを製造させ、他の会社の作った人型のプログラムで動くロボットとコンペをさせるというものです」

なるほど、つまりそのコンペに使うのが五十川でそのコンペで勝つために不安な要素は少しでも取り除きたい。だからお前がその監視員うんぬんをやっていると。

「お察しが良くて助かります」

古谷が俺からタブレット端末を取り上げつつ言った。

「先程の話の続きですが、我々は五十川さんに全てを賭けています。我々がライバル会社に勝つためには五十川さんに「人間」になってもらう必要があるんです。つまり生体アンドロイドを少子化対策になる純百パーセントのホモ・サピエンスの替わりの新たな人類にするという内容でこのコンペを戦おうとしてるのです」

だが、アンドロイドが人類の頭数に入れられるかもいいのだろうか。第一身体が人工である限り生物じゃないと思うが。

「そうですね。そこはまだ上も揉めてる最中なので結論は言えませんが、僕は我々の製造するアンドロイドは免疫、骨、神経、内蔵、全て私達と同じものを持っているので生体アンドロイドを「人類」と定義してもいいと思います。しかも彼らは生殖機能も持っていますし。帰ってから試されてみてはいかがですか」

一昨日人生が終わりかけたからやめにしておく。

「ちなみに僕の義肢は機械式ですが動力は人体のものを流用といいますか使用といいますか……とにかく血液で動いてます」

古谷は証明に掌を向けた。確かにしたから見てみるとうっすらだが赤くなっている。

「私達ホモ・サピエンスは長く地球の王であり続けました。しかし悪しき王は早く新しい王に玉座を譲るべきです。自分の命を守るためなら革命に抵抗するのではなく潔く引くのが正解です。彼らが新しい王になれば私達ホモ・サピエンスも王ではなくなりますが種としては生き永らえることができるかもしれません」

えらく話が壮大になったな。そこまで行くと到底俺では付き合いきれん。

「すいません、僕の妄言です。忘れてください」

妄言にしてはやけに本気っぽかったな。

「まあ、冗談はこのくらいにしておいて話の続きです。政府はとりあえずGOサインを出してきました。あとは戦うだけです。五十川さんが人類にとって悪にならないと、いや人類であると証明するために僕や小田川博士は動いています」

そういえば、

「昨日五十川から上の方がこの計画を阻止したがってると聞いたがそれはどういうことなんだ?」

「我々も一応大企業ですので、組織が大きい分いろんな意見が出てきます。実はこのプロジェクトにはかなりの金を使っていますが、会社としての利益はほぼゼロなんです。しかも一歩でも間違えたらどうなるかわからない。面倒なことや赤字から逃げたい上の気持ちもわかります」

ですが、

「僕にとっても小田川博士にとってもこの計画はこれまで人生を賭けてきたものです。途中で投げ出したくはありません。しかも今回の実験の主人公たる五十川さんには「感情」があります。それがなかった彼女の兄姉は何も感じることなく死んでいったでしょうが、彼女は違います。それに彼女はあなたにとっても大事な人。そんな五十川さんをみすみす「処分」にすること許す訳にはいきません」

古谷の姿はまるでいざナポレオンからモスクワを取り返そうと息巻くアレクサンドル一世のようだった。

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