3-3 告白

「僕は五十川さんと同じ種類の人間です」

古谷からでてきた言葉に俺は絶句した。

「安心してください。僕は貴方や彼女の敵ではありません。むしろ仲間です」

「ちょっと待て。お前が五十川と同じ種類とはどういうことだ」

五十川は自分がアンドロイドであることは隠して欲しいと言っていた。ここで古谷が何を言うかわかっていない以上、それを先に言うことはできない。

「まあ、ここで立ち話をするのもなんですし、そこの公園で話しましょう。自販機で飲み物を買ってきます」

俺が声をかける前に古谷は自販機へ走っていった。



仕方ないので公園のベンチに座って待ってると古谷が缶コーヒーを二本携えて戻ってきた。そして至極当然のように俺の横に一本置いてもう一本を美味そうに飲み始めた。

「別に俺は頼んだわけじゃないんだが」

缶コーヒーを指さして言う。

「お代は結構です。お時間をとってしまうお詫びと思って受け取ってください」

あ、うん…

プルタブを開けて黒い液体を喉に流し込む。

「さて、では僕の正体を明かしましょう」

思い出したように古谷が言った。

「僕はJHMT社の派遣調査員です。五十川さんのことを監視することが仕事です。まあ監視と言っても一日でどんなことをしてるかみたいなどうでもいいことを報告するだけの簡単なものですが」

「でも五十川は先週越してきたばっかりだろう」

「それまではあなたの観察をしていました。元々はあなたが五十川さんとの同居実験するのに足りる人材かどうかを見極めるために送り込まれたのです」

「じゃあ、今まで俺に絡んできたのはそのせいか」

それもありますが、

「僕はあなたを友人として慕っていますし、あなたはいい人だと思います。でなければここまで関わりは持てません」

なんだか裏切られたような感じだな。仕事で俺をつけまわしてたと言われてみるといい気はしない。

「お気分を害してしまったのなら謝ります」

「いや、別にそんなわけじゃない」

それよりもさっきこいつの言った「五十川さんと同じ種類の人間」という言葉が気になる。

「それはなんと説明したらいいのでしょうか」

「もしかしてお前もアンドロイドなのか」

いいえ。

「僕生体アンドロイドではなく、サイボーグです」

は。サイボーグだと?言っていい冗談と悪い冗談があるくらいお前にもわかるだろ。

「生体アンドロイドがいるのですよ。サイボーグがいても不思議ではないと思いますが」

なんだか摩訶不思議なことばかり言われて頭がパンクしそうだ。

「アンドロイドは日本語に訳すと人造人間、サイボーグは改造人間。作り出すより改造をする方が簡単だと僕は思いますけど」

「どっちでも変わらん」

そうですか。古谷がほくそ笑む。

「どうやら信じて貰えていないようですね。小田川さんからはもう聞いているかと思っていましたが……。ひとまず僕がサイボーグであることの証明をしなければならないようですね」

小田川?兄貴の名前をなんでこいつが知ってるんだよ。新たな謎が浮かんできた。

一方の古谷はベンチに缶コーヒーを置いて公園の隅のほうでしゃがみこみ何かを探していた。

「これがいいですかね」

そう言って古谷が持ってきたのはレンガブロックだった。

「それをどうするんだ」

「百聞は一見にしかず。です。一回しかやらないのでよく見ててください」

古谷は右手に持ったレンガを俺に見せた。

「いきますよ」

バキッ。

バキッ、よりもボロッ。と表現した方がいいかもしれない。レンガは古谷の手の中で赤茶色の粉と破片に変化していた。

「種も仕掛けもありません。これは純粋に僕の右手の握力だけで潰しました」

ちなみに握力は最大一トンまで出せます。

「俺も試してみていいか」

「どうぞ試してみてください」

俺は地面に落ちた破片の中で一番握りやすそうなのを選んで潰そうとした。

これをどうやって潰したんだよ。片手だけでなく両手でも試したが無理だった。

「まっ。普通の人間はそうですよ」

古谷は俺から破片を奪うと顔色も変えず今度はそれを親指と人差し指だけで破壊した。

「信じていただけたでしょうか」

「お前はあまり運動ができないもんかと思ってたのだがどうやら違うようだったな」

「全力を出すのは簡単ですがパワーセーブは見かけより難しいのです。それにもし僕が本気を出したら最悪死人が出ますしね」

柔道の授業中に頭を握りつぶす古谷の映像を想像してしまった。おお怖い。

「続きの話は違うとこでしましょう。想像以上に目立ってしまったみたいですし」

古谷の向こうで幼稚園児とその母親達があんぐりと口を開いてこちらを見ていた。



「ただいま」

「おかえりなさい。お友達連れてきたのね」

「お邪魔します」

喫茶店やファミレスに行く訳にも行かないので古谷の家に来た。

「私は今から買い物に行くから」

じゃあごゆっくり。と言って古谷の母親は出かけていった。

「さて、これで水入らずゆっくり話せますね。いっそのこと今日は泊まっていきますか」

遠慮する。とっとと俺の知りたいことだけ話てくれ。せっかく部活がなかったんだから早く家に帰りたい。

「彼女の待つ家にですか」

この野郎……


古谷とテーブルに向かい合って座った。俺は野郎を睨む。こいつは一体何者なんだ。知り合って一年ぐらい経つが俺はこいつがあんなんことができるなんて知らなかった。

俺が真剣に考えている反対側で古谷は茶を美味そうにすすっていやがる。

「さて、本題に入りましょう。僕はどこまで話せばいいですか」

「知っていること全部だ」

「全部ですか」

古谷は湯呑みを置いて横に置いてあったタブレット端末を取って画面を操作した。

「これを見てください」

俺は古谷から渡されたタブレット端末を見た。画面に表示されているのは何かのレポートのようだ。Mk.5の研究成果について という題名の下に俺の知らないカタカナ語が踊っていた。

「貴方はMK計画なるものをご存知ですか」

「なんだそりゃ」

「まあ、国も絡んでいる重要な企業秘密をそう易々と知られていても困りますが」

古谷が苦笑いした。

それはこの「Mk.5」と関係があることなのか。そもそもどんな計画なのか。

「MK計画は生体アンドロイドの開発及び製造をするプロジェクトの名前です。そして報告書はMK計画の一環として行われた実験の結果を記したものです」

俺の考えを読んだかのように古谷が喋り出した。

「僕はその計画に被験者として絡んでいます。人用機械義肢Mk.5装着者及び被験者古谷龍和。それが僕です」

レポートをもう一度見返してみると確かにこいつの名前や義肢に関する記述があった。

「元々は再生医療の一環として欠損した人体のパーツを補う機械義肢を作るところから始まったのがMK計画です。名前は義肢のタイプをマーク何何と読んでいたところからつけられました」

「お前の過去はわかったから、五十川や俺の従兄弟の兄とお前の関係について話してくれ。俺が聞きたいのはそっちだ」

まあまあちょっと待ってください。

「僕のつけてるような機械義肢は定期的なメンテナンスが必要でデメリットも多く、Mk.8からは生体義肢が実験されるようになりました。その途中で国に目をつけられてこの計画は変貌することになります」

古谷は俺からタブレット端末を取り上げ何やら操作して俺に返した。

今度はレポートではなく報告書のようだ。

「ここで貴方のお兄さんが登場します。貴方のお兄さんは大学時代に人工知能の研究に大きく貢献しました。具体的には人間とほぼ変わりのない思考回路を持つ人工知能を開発したんです」

今まで俺は機械は人間を上回ることは無いと思ってたのだが、今の科学技術はその上を行っていたわけか。

「ここのところは企業秘密どころではなく国家機密なので他言はしないでくださいね」

「じゃあ知らなきゃよかった」

明日学校に黒スーツの集団がやってきたらぜひとも俺の代わりにやっつけてくれ。

「面白いこと言いますね。この件は本来、我々生物にとってかなり由々しき問題なので表向きには公開を控えているようですが、そこまで秘匿すべき情報でないとお偉いさん方は考えたようです。現にただの調査員である僕が知っているのですから」

そして古谷は本棚から分厚いファイルを出してきた。

「国は我々に再生医療の技術と貴方のお兄さんの人工知能の技術を組合わせてアンドロイドを作れ。と言ってきました。目的は将来不足する労働力の確保、ゆくゆくは人間の仕事を全てアンドロイドにやらせること。要するに人間にとって都合のいい奴隷生物を作ろうという算段です」

「それってロボットでできることじゃないのか。わざわざ人に似せたアンドロイドを作る理由はないんじゃないのか」

いいえ。古谷は首を横に振った。

「機械は意外と脆い上に定期的なメンテナンスが必要です。しかも案外人型じゃないとできない作業は案外多いですよ。特に道具を使う仕事は普通の機械では不可能です。例えば大工とか」

言われてみれば家を建てるロボット、とかなんて聞いたことは無い。

「それに目的をただ達成しようとすることや前例から最良の答えを導くだけではこなせない仕事は沢山あります。例えば殺人事件の裁判官。検察官の出す資料と被害者の言葉しか聞かなく冤罪の可能性やその背景にあった出来事を全く考慮しないのが従来の人工知能の裁判官。これは被害者や加害者の感情は読み取ることは出来ても、自分がその立場にあったらどうするか。を考えられない、感情がないのでそれを思うことすらできないということに起因します」

「それはプログラムされてたらできるんじゃないのか。それ以前の問題として既に人間が以前に出した判例からその事件に似たものを探し出せば解決することだろ」

「成程。あなたの考えはわかります。ですが、」

異議あり。古谷が某ゲームの弁護士のように俺に人差し指を突きつけた。

「前例や六法全書だけでは解決しないことがあるから裁判があるんです。常にその事件によって最良かつ納得できるオリジナルな判例が求められるから上告というシステムも存在します」

もうひとつ。

「プログラムで考えるように支持させてもやはり従来の人工知能は前例から答えを導き出そうとします。そもそも人工知能はそのために作られたものですから。人間と同じ思考を持つアンドロイドが求められるのはこれが理由です」

俺は反論できなかった。確かに機械に裁判をされて冤罪でもかけられたら悔やんでも悔やみきれない。こんなこと考えるのも俺が人間だからか。

話が少々脱線しましたね。古谷がこっちに向かい直す。

「しかし、貴方のお兄さんはあまりこの計画には乗り気でなかった。なぜだかわかりますか」

「俺に聞かれてもそんなもん知らんよ」

「そうですか」と古谷は言うとファイルからホチキス止めされた書類を俺に差し出した。

「彼は人工知能であっても感情が持てる。ということを理解していました。もし仮に出来上がったアンドロイドを奴隷として扱ったらどうなるかということも。続きはその意見書を見て頂いた方がわかりやすいかと」

俺は古谷に渡された紙を読んだ。俺はパラパラとページをめくるにつれてだんだん強くなる憤りを感じた。

「これは、許せねぇな」

「僕も貴方と同意見です」

俺と古谷はほぼ同時にため息をついた。


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