短編奇妙な話(単発)

@legacy_of_00s

第1話「出てくる」

ある日寝ようとすると、腹の中に異物感があった。どうやら内臓が腫れているらしい。まさか酒を飲み過ぎたせいでついに肝臓がダメになったか。

異物感が腹の左側を圧迫している。触ってみるがわからない。まずい、寝られない。

どうにかして腹の圧迫を軽減して寝なければ。今、仰向けになっているから、重力が下にかかって圧迫されているのかもしれない。うつ伏せになれば、内臓がズレて、楽になるかもしれない。

ダメだ。うつ伏せになることでお腹が潰れ、むしろ苦しくなってしまった。

ならば横向きならどうだ。

脇腹の下に、内臓が傾くのを感じた。少し体を浮かせ、スペースを作らないと苦しい。浮かせるのに疲れてきた。関係ない背中や腰まで痛くなってきてしまった。

どうしようか。圧迫された内臓は、ギュルギュルと音を立てている。まるで何かが動いているようだ。肝臓にはガスはたまらないから、きっと肝臓に圧迫された腸のガスの音なのだろう。

反対の横向きになる。右側を下にした体勢だ。しかし、これはダメだと一瞬で戻した。水風船のように思い内臓が重力で下に落ちてくる。このままでは内臓がもげてしまうのではないかと思ったくらい苦しかった。

そうこうするうちに、1時間、2時間と時間が過ぎていった。心なしか、さっきより腫れがひどくなっているような気がする。それに加えてギュルギュル音もさらにひどい。まるで、内臓だけが成長し、蠢き始めたかのようだ。そう考え出すと、私は急に怖くなった。肝臓が腫れていることも怖いには怖いが、自分の中に、突如自分ではないものが現れ蠢き始めたのだ。

恐怖とは不思議なもので、考えなければいいのに私の頭の中はこのくだらない妄想に取り憑かれてしまった。幾度となく体勢を変え、大きくなる腫れとギュルギュル音に耐える度、私は腹の中から何かが出てくると思うようになったのだ。

4時間が経ち、もう外は明るくなり始めていた。腫れは、ついに腹の両側まで広がり、外から触ってもわかる何かがそこにはあった。その瞬間、私は腹の中に今まで感じたことのない衝撃を感じた。内側から外側への、衝撃。その時私は、妊婦の人のよく言う、胎児が蹴ったと言う感覚を思い出した。私は男なので一生経験できないが、それはこのようなものなのだろうか。

その時、私の腹に急な激痛と吐き気が起こった。私はそれらを自然と、陣痛とつわりと呼んでいた。しかし違ったのは、「それ」の出てくる場所だ。腫れは、いや、「何か」は、ヘソを中心にしている。腹の中で今や活発に動くそれは、少しずつ、膜を1枚、2枚と押し破り、私のヘソから出てこようとするのだ。

私はそこで久しぶりに、恐怖の感情が戻ってきたのを感じた。最初は冗談で思っていた「何か」が、今確実に、1枚、また1枚と腹の膜を押し破ってくる。最後の膜が破れた時に、自分が死ぬのではないかという恐怖と同時に、腹の中からどんな怪物が出てくるのかと言う恐怖があった。恐怖による「ひっ、ひっ」と言う声は、皮肉にも妊婦のそれとそっくりであった。

体が恐怖で震えながらも、最期に、何が出てくるのか見てやろう。その一心で私は腹を捲った。ヘソの穴は10センチほどに広がり、穴からは最後の皮膚を突き破ろうと何かが飛び出しているのが見えた。

そして、ついに「プツン」というあっけない音と共に、私の意識は無くなってしまった。

それから何時間が経過していたのだろうか。私は意識が戻り、生きていることに気がついた。外からは小鳥の声が聞こえる。もう朝になってしまったのだろう。

最初に私は、なぜか全身が濡れていることに気がついた。暗くてよく見えないが、感触は粘液のようだ。それに、今までは足がはみ出していた布団に、私はなぜか両手両足が収まっている。今までの事は悪い夢だったのだろう。そう思い立ち上がるが、何かが変だ。立ち上がったのに視界の高さが変わらない。まるで体が小さくなってしまったようだ。なんとか蛍光色に光る電灯のリモコンを押した。部屋が明るくなった時、私は信じられないものを見た。私自身だ。それは布団に横向きに寝そべっている。しかし、腹には大穴が空き、大量の血が流れ、布団に溜まっていた。そこにいる私は抜け殻のように動かない。

そこでやっと気がついたのだ。私の体についているのは血だ。私は小さくなっている。そして、何かは私の体を押し破り、外へ出たのだ。

「何か」は私自身だ。腹の中で蠢いていたのも、それで怯えていたのも、すべて私自身。

謎の安堵感に包まれ、これからどうしようと考える頃には、外の小鳥の鳴き声も収まっていた。

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