犬も木から落ちる

 鍵をかけ、落とさないようにしっかりと鞄のポケットにしまう。学校への道は地図でしか見たことがないので、スマホのアプリを起動しながら歩く。周りを見渡しながら脳に通学路の景色を覚えこませる。

 バスや電車を使わなくて良い反面、道を間違えるとたどり着けなくなることが難点ではある。コンビニや目立つ家は覚えていて損はない。

 「次の角には公園があってっと。ん、もしかしてこの中突っ切った方が早いんじゃねえか?」

 視界の左前に見えてきた公園は入口の小ささとは反するように広く感じる。おそらく遊具の数が少ないことで広く感じるのだろう。

 小学生に見える子供たちがボールを使ったり、走り回ったりと、元気遊んでいる。

 すると公園の中央付近の木に何人かの男の子、女の子が上を向いて何か話し合っている。向いている先には枝にひっかかった赤いボールが見える。 

 (あー乗っかっちゃった感じかぁー。あの高さは小学生には厳しいだろうな)

 スマホの電源ボタンを押し、画面に表示された時間を見た。16時3分。少しなら大丈夫と子供たちの集まるところに向かう。

 「君たちボールを取りたいの?」

 結果論になるが、ここで声をかけたことを少ししてから後悔することになる。


 「なぁまだ取れないのかよお兄ちゃん」

 「早くとってよ~」

 「ちょっとそんな言い方ないでしょ!」

 「そーよ!せっかく取ろうとしてくれてるんだから」

 「女子はいっつもうるせーな」

 「なによあんたたち!」

 下では何が起きているんだろうか。バタバタと何人かの走り回る音がする。

 (あ、けんかか、、、おれいま頑張ってんだけどな~)

 後は手を伸ばせばとどくとこまで来たが、どうも少しとどかない。こういうときにもう少し背があればなんて思ってしまう。

 (あと少しなんだ。ここは危ないけど勢いをつけてっとっ)

 ボールに触ることさえできれば落ちてくれると信じて膝から勢いをつける。指にボールの感触がしたときに、安心してしまった。同時にバランスを崩し、ささえていた左手は空気をつかむような感覚に襲われる。

 「あっ、おちる」そう思いながら、とっさに目を閉じる。あとはお祈りだ。

 「よっと」

 誰かの声が聞こえ自分が落下していないことに気付く

 「君軽いね、ほんとに男の子?ありがとうボールとってくれて」

 目を開けると周りにいた子供たちよりはるかに大きな人が見える。そして気づいたのだ。腕に当たるやわらかい感触と足と背中に触れる手。

 もしやと思って見渡すとおれの予感は当たっていた。女の子にお姫様抱っこされていた。

 動揺で言葉が出ない。恥ずかしさとかいろんな感情で言葉が出ない。

 「おにいちゃん、ありがと。だいじょうぶ?」

 ボールを持った女の子がこっちを見ながら近寄ってくる。ボールは無事落とせたみたいで何よりだ。

 「大丈夫だよ。みんなに取れたって言ってきな」

 「うん!」

 元気そうに返事をすると走ってみんなのもとへ走り出した。

 「瑠希!もう帰るからみんなにバイバイしてきな!」

 頭の上で叫ぶ声がした。見上げようと首を傾けると太陽がみえ、まぶしさでとっさに目を閉じる。するとまた上から声がし、

 「あ、ごめんね。うるさかったかな?でもそろそろ降りてくれるとうれしいかなぁ。ちょっと腕がしんどくなってきたかも」

 きれいな長い髪がたれ、その間からすこしいたずらっぽく笑う顔が見える。そして状況を理解した。

 あわてて飛び降り、危うく転びそうになる。

 「そんな慌てなくてもよかったのに。なんか久しぶりな感じでうれしかったから」

 「い、いえいえ、助かりました。ほんとにケガするところでした」

 お礼のためとはいえ、きちんと相手の前に立つとはっきりと恩人のすがたを目視することができた。すらっとした手足と女性らしい体つき。顔も美人の分類に含んでいいと思う。主観的ではなく客観的にみても。服は、、おれにはわからないが、いいんじゃないだろうか。そして一番はおれよりも背が高いとこだ。

 「そんなに見られると照れちゃうよ」

 「あっ、ごめんなさい。ほんとに助かりました」

 一礼したものの、この後どうすればいいのか分からない。少しして後ろからこちらに走ってくる足音が聞こえてきた。

 「おねえちゃんかえろー」

 さっきのお礼してくれた子だ。やはり姉妹だったのか。どことなく似ている雰囲気がある。

 「よーし帰ろうか。じゃあね」

 手を振りながら公園の出口に歩いていく。その姿をただ見つめていた。残像でも目で追いかけるているかのように眺めていた。

 するとポケットで振動するスマホに気づく。なんの通知かと思いながら画面を見る。確認すると通知ではなくアラームだった。謎のアラームに首をかしげ少し考える。設定時間は17:00

 時計の分表示が01から02に変わった瞬間気づいた。今日最大のイベントの予定に。

 「冷静になろう。まずは道を確認して、そして寄り道しないこと。6時までに行けば最悪OK、最悪ね、、」

 言葉と裏腹に冷静になれていない。地図アプリを開こうにも焦って開かない。

  

 結局6時ぎりぎりに教員室に着き、先生も終始生暖かい目で今後の予定などを話してくれた。

 すっかり暗くなったものの帰り道には迷うことはなさそうだ。

 「それにしても最後の一言は効いたな。さすがに明日は早く起きよう」

 帰り際に先生に言われた言葉が思い返される。

 「今日は早く眠って、しっかり明日は起きてくださいね」

 決意しながらスマホのアラームを起動させておく。これで明日は遅刻しないはず。多分、、ていうか遅刻してないし。

 

  

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君を思えば死にともな 狐島 @tsukuito1313

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ