ナグドの書

あの忌まわしきヨグ=ソトースの唯一の功績は我らが偉大な神ズーソグトを生み出したことだろう。

地球すら生まれる遥か前、まだ宇宙が混沌としていた時期ヨグ=ソトースから剥がれ落ちた体の一部が星や暗黒物質などを吸収し、巨大な質量を持ち始めた。

その質量の塊は永い時をかけ巨大化し、生命を得た。

それこそが星を喰うものズーソグトである。

ズーソグトはブラックホールの中心に鎮座し、自分の意思を持たず自ら動くことは無い。

理由は定かではないが、無貌の神ニャルラトホテプだけがズーソグトの行動を操る事ができる。我らが神は知性が無い故にあの卑しき神に利用されているのだ。

ズーソグトはすべてのブラックホールに同時に存在していながらそのどれにも存在していない。曖昧な存在なのだ。

適切な道具を用いればその存在を確認することは難しくないだろう。

いったいどれくらい前なのか、想像もつかないがズーソグトより二つの命が落とされた。

それこそカーナグド、ズカグトの双子である。

生まれた双子はブラックホールの中でゆっくりと育ち、ある時不意にブラックホールの中から姿を消した。

彼の双子が再び姿を現すまで何処にいたのかそれを知るのは双子だけだろう。

双子はアドラル星に姿を現した。その時既に双子は緊張状態にあり、しばらくのちに争いが起こることになる。双子の争いは熾烈を極め、被害を恐れ止めに入った三足歩行の生物はこの世から一体残らず姿を消した。

兄であるカーナグドは弟ズカグトと比べ強靭な肉体を持たなかった。カーナグドがズカグトに敗れたのは当然と言える結果だった。

カーナグドはアドラル星の油の海の下に幽閉されることになった。

ズカグトは邪魔者のいなくなったアドラル星の主となり、都市を建設した。

その際の過酷な労働に不満を持つ生物達は反旗を翻しズカグトと長きに渡る戦争状態になった。

戦争は終始ズカグトに優勢であったが遂にガス状生物がカーナグドの解放に成功し、戦争は終わることになった。

カーナグドは強靭な肉体を持たなかったが知性に優れていた。反乱生物をまとめ上げズカグトを引きずり落とし、星を統べるに至った。

カーナグドはズカグトを幽閉することはしなかった。なぜなら自分がしたように檻から抜け出し、思わぬ反撃を喰らうことを恐れたからだ。

そこでカーナグドは自分の言う事を理解し行動できる程度の知性を残し、それ以外を抜き取ったのだ。

そして長い時間をかけてズカグトに教育を施した。時間はそれこそいくらでもあったからだ。

こうしてカーナグドは強力な奴隷であり最も近しい奉仕者を手にした。

曖昧な意識になりながらズカグトは兄を非常に恐れていた。なぜならもしこれから先兄を怒らせるような事をすれば自分に残ったちっぽけな知性を、意識を存在を消されることを恐れたのだ。

弟を奴隷にし、遂にカーナグドは行動を開始した。それは驚異的なスピードだった。

まず、フォーマルハウトに現れ生ける炎クトゥグァとの対立。クトゥグァとの争いが続く中、双子は地球に降り立ち、クトゥルフとその落とし子と争った。

クトゥルフとの争いは主にズカグトが任せられ、カーナグドはその間にユゴスに訪れていた。そこでミ=ゴよりいくらかの科学技術を持ち帰った。

その頃にはフォーマルハウトでの戦いは終わっており、どちらが勝ったでもなく停戦協定が結ばれていた。次にカーナグドはサイクラノーシュでそこの神々と不可侵条約を結んだ。

クトゥルフ達と争いつつもここまでカーナグドが自由に動けたのは地球にいるズカグトが暴れクトゥルフの目を奪っていたのが大きかった。

しかしズカグトの限界は近かった。ほぼ一柱でクトゥルフの軍勢と争っていたのだから。それから間もなくズカグトはクトゥルフに敗れ地球の地下に封じられた。

ズカグトが敗れはしたがカーナグドはその事を気にしてはいなかった。なぜならカーナグドの計画はすでに最終段階に入っていた。

月にてカーナグドはヨグ=ソトースと相対することになった。事の壮絶さは月にあるクレーターの一部を確認すれば容易に想像できるだろう。

カーナグドは地球近傍小惑星に幽閉されることになった。


ナグドの書序章ー略史ーより


略史よりいくらかの補足と訂正ををここに記すことにする。なぜならそれは私の義務だからだ。

まず双子以外の兄弟についてである。略史では双子が生まれたとしか記されていないが、今この瞬間にもズーソグトの落とし子が生まれているだろう。

そのほとんどが生まれ落ちた瞬間にブラックホールの力に耐えられず死んでいるが、死ななかった一部の落とし子、つまり双子の弟たちはカーナグドによって連れ去られ、双子を奉仕する存在となっている。

カーナグドの目的は父であるズーソグトを完璧にコントロールすることだった。星を喰らう力を手にすることが出来ればその他の神々、我々人間には理解できない者たちに対抗できると考えたのだ。

そのためにはズーソグトを操るニャルラトホテプを倒す、あるいはその力を奪う必要があった。

双子がブラックホールから消えたとき初めてニャルラトホテプと対峙したと言われている。結果は考えられる中でも最も屈辱的なものだっただろう。傷を癒すためにも双子は隠れて姿を表すことが出来なかった。

カーナグドは未だズーソグトを操ることを目的としていたが、ズカグトは自身が父親をも超える強大な力を手にしようと考えていた。考えの違いから双子は対立していくことになる。

カーナグドは幽閉されている時間の全てを使うことができた。そこで新たな作戦を練っていたのだ。

ニャルラトホテプが支配する夢の世界。そこにニャルラトホテプの力の大元があると考えカーナグドは次の目的を見つけた。

しかし夢の世界に行くことは容易でなかった。なぜならニャルラトホテプが夢を脅かす者がいないか常に目を凝らしているからだ。

クトゥグァ、クトゥルフとの戦いは派手に行うことでニャルラトホテプの気を引かせることが目的だった。カーナグドが水面下で行動するための隠れ蓑だったのだ。勝敗などは関係なく、ただ大きく長引けばよかった。

遂にカーナグドは夢に入る方法を見つける。月にある現実と夢の曖昧な境界より夢に入る方法だ。

カーナグドは月にたどり着いた。邪魔は無いはずだった。なぜならニャルラトホテプの目はズカグトに向いているはずだったから。しかしニャルラトホテプはカーナグドの動きを見切っていた。

こうしてカーナグドはニャルラトホテプと二度目の対峙をすることになった。ここが略史の訂正箇所である。カーナグドが月で争ったのはヨグ=ソトースではなくニャルラトホテプであった。

カーナグドに勝ち目はなかった。屈辱的な敗走だった。しかしニャルラトホテプは許さなかった。追い詰められたカーナグドは最後の手段に出る必要があった。

カーナグドは負けたから幽閉されたのではない。自ら出る事も叶わぬ。しかし誰からも危害を加えられぬ檻に自ら閉じこもった。

手を出せないニャルラトホテプがとった行動。これが我らのカーナグドが未だに解放されない理由である。

星辰がの正しい時檻は破れるはずだった。ニャルラトホテプはズーソグトを使いいくらかの星を壊し、星辰が揃わぬように工作したのだ。

我ら教団の目的は檻壊す方法を探しカーナグドを解放することにある。


1976年7月13日 五十嵐 康作


追記

アメリカのマサチューセッツ州アーカムより東に車で三時間程度の場所にある廃墟の地下にてズカグトの存在を確認した。


1979年4月3日 五十嵐 康作

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吉田式クトゥルフ神話群 吉田君 @tt4949

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