第17話 真実

 怒らないで、とはどういうことかと考える暇もなく小さな部屋にスクリーンとコンソールと椅子がある。そこへ座れということだろう。椅子へ座りタブレットタイプのコンソールにキーボードが出てスクリーンには『魔素について』とある。内容はこれまで聞かされた事が簡略化された日記のようだ。


 2000年 新物質の生成に成功した。これで研究所は存続できる

 2001年 相変わらず生成には成功するものの崩壊してはいないようで不思議だ

 2002年 新物質は崩壊してもいないし消えてもいない。周囲の物質と同化している

 2003年 生成する量も増えてきているが未だに一瞬にして周囲と同化していく

 2004年 新物質が何かに弾かれた瞬間を確認

 2005年 新物質の保存方法を確立。同時にこれは異世界のものだと断定

 2006年 新物質の安定的な生成の過程で異世界への扉が開かれる。同時にスポンサーが国防総省に変わる。対外的には閉鎖されたことになり動物実験が開始された

 2007年 新物質の人体実験にアーノルド所長が自ら立候補した。最初の数時間は身体機能の異常な向上が見られるもその後昏倒し三ヶ月の間あらゆる治療措置を受け付けず老衰。新所長にクライドが選ばれる

 2008年 新物質の投与による生存率は未だあらゆる実験動物、植物、人間、共にゼロである。穴から見える世界をファンタジー好きの研究者から魔界のようだと形容され新物質の名前を魔素にすることが提案され次第に浸透し以後新物質の名称は魔素となる

 2009年 偶然開いた異世界の穴から小さな生命体が入り込んだ。外見はコバエに酷似しているが観察後に解剖してみると体内にこれまで実験動物に与えられていた魔素を遥かに超える量が検出されると同時に死亡後も魔素が周囲に散逸しないことが分かる

 2010年 生命体の死体の一部を植え付けることにより魔素への耐性が上がることが分かるがそれでも量に関わらず身体機能の向上と共に死のカウントダウンは始まり止める手段はない

 2011年 今回の人体実験の中に魔素の耐性が極めて高い個体が発見される。残念ながら死なせてしまったもののこれまでのデータから遺伝子の違いなどを見極めていく

 2012年 運良く同じような実験体が二人見つかる。これもまた死なせてしまったが人種がどれも違うために耐性の関係性を除外。やはり遺伝子が有力か

 2013年 魔界から小さな岩を採取する。全てが魔素の塊であることが分かる。極少量をカプセルにして体内に埋め込むと耐性が更に高まる。それでもまだ死のカウントダウンが伸びるだけ

 2014年 これまでの耐性者のクローンが出来た。いずれも同等の耐性がある。遺伝子説が真実味を帯びてきた。またカプセルを埋め込んだ個体の中に一週間の生存を確認。埋め込んだ部位によって大きく生存率が上がるのかもしれない

 2015年 耐性者の遺伝子の中で一致するものを大量に調達。人種年齢性別を出来るだけ分散した結果、耐性者の遺伝子が特定される

 2016年 研究所は耐性者の獲得に対してあらゆる国の医療情報と共に強引に確保していく。更に研究者の中に耐性者の遺伝子を持っているものがいることが分かる。彼女は耐性カプセルの最適な埋め込み部位の特定を条件に実験体になることを承諾

 2017年 非耐性者で耐性カプセルの最適部位を探る。結果心臓に直接埋め込むことで非耐性者でも一ヶ月の生存を確認。彼女は実験に同意し耐性カプセルを埋め込んだ。今のところ身体機能の増加は見られるが昏倒や精神障害などの問題は起きていない

 2018年 正式に彼女、トレイシーを生存体と認定すると同時に新所長に選ばれた

 2019年 彼女の知能向上及びデータ蓄積によってより効果的な耐性カプセルが開発された。また研究所は耐性者200名を獲得し十分な量であることによって強引な確保作戦を終了する

 2020年 ほぼ完全な耐性カプセルが出来上がる。埋め込まれた非耐性者の九割がこの年を生き残った。支援AIシステムの制作が開始される

 2021年 非耐性者の半数がこの年を生き残った。また改良した耐性カプセルに取り替えた場合も問題なく生存した

 2022年 非耐性者の死が確認されなかった事から耐性カプセルはバージョン1として非公式に忠誠度の高い兵士に埋め込まれ特殊部隊が設立された

 2023年 耐性者実験体の多くが結託し反乱を起こす。特殊部隊による制圧が完了するも設備の大半が破壊される。研究者は全員生き残ったもののほぼ全ての職員が死に研究再開に多くの時間を要することになる。また耐性カプセルが完成されていることにより全ての生存している耐性者非耐性者を殺処分する

 2030年 研究所はいまだ再開されてないが研究は細々と行われていた。耐性カプセルは完全に機能しているようで何れも戦闘以外での死亡は確認されていない

 2032年 研究所の再開が祝された。所長はトレイシーのままだ。14年の歳月が経っているものの彼女の外見は全く衰えていない。寿命の限界が上がるのかそれとも限界が来ると即死するのかは未だ分かっていない。ただ彼女の体は完全な健康体であることは間違いない。この頃には研究者及び職員全員が耐性カプセルを埋め込まれていた

 2050年 遂に異世界を旅する。実験体ケントは高純度の魔素カプセルを埋め込まれ非常に強靭な力を持ち愛国心にも優れる。魔界旅行の経過は良好だった。最初の二時間で大小様々な植物や生物を捕らえていった。六時間経っても順調に各種機器は正常に働いていた。だがその六時間後に国防総省との通信が切れるトラブルに見舞われたものの通信以外に異常は見当たらずケントとの通信は続けられていた。そして一時間が経過した頃に穴から戻ろうと穴に腰を掛けて観測機器を下ろし彼も戻ろうとした時に巨大な顎が彼の全身を飲み込み咄嗟に穴を閉じた。彼は巨大な顎を持つワニの様な生物とともに死んだ。そして通信が全く回復しないが機器に異常はない事を確認しつつ外に出るとそこは見たこともない湿地帯だった

 2051年 トレイシーと我々はこの世界に転移出来たのなら研究を続ければ何れ帰れると思い職員に告げると彼らからも同意された。また異常事態のため合成麻薬の提供を開始した

 2070年 最初の魔界転移装置が完成する。最初のテストにはドローンによって成功し次に職員のサムが行きそして帰ることに成功した。出現場所は毎回一定の場所であるようだ。今回は平原で位置が悪いため湿地帯を移動しつつ周囲に鱗で覆われたトカゲのような人型生命体を発見するが好戦的なため研究所の周囲に壁を建設する。トカゲ人の手によって手品にしては実に現実的なもの。魔法の発見に至り研究開始

 2090年 大地から魔素を吸い上げることが出来るようになった。この大陸に住む知的生命体の言葉の解読に成功する。森に住む者は正にファンタジーのエルフそっくりで美しい。また彼女らに男が存在していないことも気になったがトカゲ人よりも遥かに苛烈な魔法攻撃により探索は困難になった。森の探索は光学迷彩のドローンで極めて慎重に行った

 2120年 余りに研究に夢中なため気が付かなかったが職員全員が麻薬の過剰摂取によって死んでいた。異世界つまりここから戻れる見込みがないとかなり前に発表したせいだろうか。だが今や彼らの手は必要ない。それよりも周囲の砂漠化が心配だ。このままでは砂塵によって壁が侵食されてしまう。防砂林の為に植樹をすることになった

 2150年 植樹によって安定的な魔素抽出が可能になり魔法の解析も終わりドローンによるテストも無事終わりいよいよ研究者バートンによるテストが行われたがまさかの衰弱死となった。体を調べてみるが異常は全くない。それどころか余りにも急激な死に方に驚く

 2160年 エルフによる魔法発生時の身体状態を調べ上げつつ研究者が次々に死んでいく。もはや残っているのはトレイシーと私ことジョージにAIのリサだけだ。そして魔法の発動にはこの世界の魂が重要になると結論付けられた。エルフが魔法を発生する際により多く魔素が集まる部位が心臓でこれまで死んでいった仲間たちが発動していった際にも心臓に魔素が急激に集まっていた。異世界に来て100年以上も経っていれば魂の存在すら肯定できる。問題はどうすれば我々が魔法を行使出来るかだ

 2161年 私は心臓だけでなく各臓器に耐性カプセルを限界まで埋め込み魔法発動の実験をすることにした。トレイシーは反対したが上手くいけば魔法を使いこなし世界に干渉することがより容易になる。この実験によって私は神になってみせる

 2161年 実験は失敗。残りは所長である私とリサだけ

 2180年 ある事を思いついた

 2181年 各生命体を集めている

 2280年 小人がエルフの森南に小さな港町を作った。実験体が集まってくる

 2300年 私たちと殆ど変わらない人型の生命体がデンテという港町から渡り住んできた。一人連れ去り解剖したがやはり臓器から脳まで私たちと変わらない体だ

 2330年 エルフ、小人、ドワーフ、トカゲ人、豚と猪を合わせたオークに獣の耳をした人間にそっくりの者にこの世界の人間を加えたおそらくこの世界の人型の生命体を集めた。これで最後の実験体が作れる

 2331年 遥か昔に確保作戦が終わり殺処分もした耐性者だが生きているものを処分しただけで実はもう一体いる。2020年、通達ミスによって行われた強引な確保作戦の失敗によって眠り続けている脳死状態の日本人だ。彼は今この間も冷凍保存されている。彼を使う

 2332年 彼の解凍が終わった。実験に移る

 2333年 彼が出来上がった。各種族の良い所を破損した臓器に置き換えつつ彼に合うように再構成した。耐性カプセルもこれまでの技術の粋をつぎ込んだものだ。また心臓は最も魔法に適しているエルフ。脳はナノマシンによって幹細胞を製造させて修復させ目を覚ますことにも成功した。彼の実験名はどうしよう。そういえば日本人研究者がよくジャパニーズジョークを言っていたことを思い出しそれに習い222番目の実験体としてと呼んだ。彼は私に反応しているが知能が著しく衰えているが好都合だ再教育すればいい

 2335年 再教育完了。魔法の発動も既に確認済み。後は彼に魔界への旅をしてもらいつつ魔法の深淵に足を踏み入れてもらいあらゆる魔法を使えるようになってほしい。彼にはこれまで解析してきた魔術書を渡し命令の記憶も完璧だ。さあ行けスリーニー

 2600年 彼は遂に帰ってくることはなく流石に私の寿命も終わろうとしている。何度かユーラウス皇国とやらが侵攻してきたお蔭で臓器の替えは出来たが魔素による緩やかな脳の汚染はナノマシンで除去出来なかった。リサに最後の命令、私も含め全ての研究者と職員を焼却し灰にして研究所の周辺に撒くこと、そして万が一、彼が帰ってきた場合は彼を所長として任命する


 「終わりです。今は3361年になります。ふたつ様とお呼びしますか、それともこちらでの名前ツタフ様にしますか」

 リサは淡々と尋ねてくるが何ということだ。


 「私はに転生したのか」

 半ば放心しながら笑ってしまっている。いや大笑いだ。こんな事があってたまるか。


 「やはり怒りましたか」

 リサは尋ねるが私は首を振る。


 「いいや、転生してからというもののおかしな事が立て続けに起こって笑っているだけさ」

 もういい、帰ろう。ドゥガンらと旅をしよう。立ち上がり部屋を出ようとするとリサは一冊の本を出した。手に取って見ると『改訂版魔術書』とある。


 「これまでずっと解析してきた魔術書です。どうぞお持ち下さい」

 私はそれに目も通さず懐に入れて部屋を出る。


 「そうだ、名前はツタフで」

 「かしこまりました。ツタフ様」


 どのくらい時間が経ったのか分からないが皆は椅子に座ったまま手を上げ歓迎してくれる。そして躊躇なく私は自分のこの体の名がスリーニーである事を告げると二人は驚くが一人ファリーシアだけは驚かなかった。訳を聞くとまだまだ意外な答えがあるものだと感心した。


 「お前がディ・ヌーグを殺した後に魔王クルルクス様からテレパシーが届いた。実に奇妙な命令だったぞ。大魔王スリーニー様をこれまでと変わらぬように接しついていけ、だ」

 その後は上位天使との騒動後も全く命令は来なかったという。ただ私を指さして何故あれだけの力を持ってるかの謎が解けてスッキリしたという。それ以上は特に思いはなく命令でなくてもついていったと言う。


 「それでこの後どうするよ」

 ドゥガンは聞いてくる。まだ旅をするかだろう。エリルも興味津々といった顔だ。


 「当然旅をするさ。留守を頼むぞ、リサ」

 「お任せ下さい。そして三人様の顔と声と名前は登録致しました。そのカードはもう必要ありません。何時でもここに来ていいです」


 私たちは研究所を後にして門を抜け夕闇に輝く空を見て旅立つ。


 何をするにせよもっと世界を見てみよう。


 彼らと旅をしよう。


 さあ行くぞ世界よ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

爺転生 中田中中高 @waruituti

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ