第16話 帝国
朝。起きてアレクトラから近くの泉に案内され顔を洗う。他に誰もいないようなのでローブを脱ぎ手ぬぐいで体を拭く。あらためて見ればこれが本当に大魔王の体なのだろうか。そう思いながら拭き終わりローブを着たところで他の三人も案内されて来たようだ。私はドゥガンに魔導帝国まで行ってみたいと切り出すとあっさりとオーケーが出た。元より皆入れなくとも近くまで行きたかったようだ。よしこれで行ける。私の考えではあのロボットはどう見ても転生前の世界の技術に非常によく似ている。もっともあれほどの自立した行動となると相当の未来からやってきたのかもしれない。私は先に戻りアレクトラに魔導帝国までの馬を借りたいと言う。
「構いませんが、馬は大森林を出ることは出来ないのそれ以降は徒歩になりますよ」
しかしユーラウス皇国から行くにはおそらく別の許可証が必要なことと距離からしても大森林からの方が楽だという。おまけに馬が砂漠の入り口に着く頃には夕方になり朝になるまで歩けば植樹された林に出るので暑さ対策も万全という。
皆が戻ってから説明している間にアレクトラは準備を済ましてくれた。出発する前にエリルは入れ墨のことを聞いている。モイラが授けた入れ墨を見たエルフは皆一様に驚き昨日とは違うように畏怖と畏敬の念が入り混じったような目だ。アレクトラも最初見たときは同じように反応したが今は普通に接してくれている。
「その入れ墨は、大森林の女王モイラの友、というものです。ダークエルフと言えど女王の名において宣言されたもの。その力は絶大です」
その説明を聞いてファリーシアが腕まくりして入れ墨を見てみると周りから歓声が上がった。そしてエリルへの目は確実に嫉妬となって襲う。しかしそれに動じる彼女ではない。逆に彼女はファリーシアに抱きつき周りを挑発して楽しんでいる。私はわざとらしく咳をしてそろそろ出発しようと合図を出す。ドゥガンも呆れているようで既に馬に乗っている。
アレクトラに見送られて出発する。馬は相変わらず素晴らしい速度で駆けていく。そして途中でロボットの残骸を見ようと思ったが爆発の跡も含めて綺麗にならされているのか、どこにも戦いの跡は見当たらなかった。夜の間にダークエルフたちが整備でもしたのだろうかと考えていると突如馬が停止する。ドゥガンが前を見ろと指差すとそこには飛行物体が群れをなしている。しかしよく見るとドローンだった。しかし三人には昨日の奴の仲間に見えるようだが一向に襲ってこないのを察して近づいていく。ドローンは何十体と飛び交いながら爆発四散した部品を回収している。奥には昨日破壊したものとよく似ているが二回りほど大きい。部品は大きなロボットに設置されたカゴに入れられていく。全て集め終わったのかドローンも収納して走り去っていく。それを追いかけるように馬を走らせていくが追いつくことは出来ず徐々に離されていった。しかし彼らの帰るところは分かっている。魔導帝国だ。アレクトラの言う通り夕方には砂漠の入り口についた。馬から下りるとそれぞれ帰っていく。
砂漠にはロボットが走り去った跡が一直線に魔導帝国まで伸びている。その跡を追うように砂漠を行く。固く締まった大地と違い歩きにくいが夜通し歩けば昼の暑さより夜の寒さの方がいいに決っている。それに動けば多少は体が温まるものだ。風が吹き砂が口に目に入り厄介なのはどちらでも同じで出来るだけ顔を覆うように下を向いて黙々と歩いていく。
どれだけ時間が過ぎただろうかと思っていると先頭のドゥガンが林を見つける。顔を上げてみると確かに月夜に照らされているが緑に見える。魔導帝国が近づいてきた。皆の足取りも心なしか軽くなり歩く速度も上がった。日が上がろうかという頃には林にたどり着いた。そして思ったのがこの林は防砂林ではないかととはいえ壁の高さまで伸びている木はない。どれも三分の一くらいだ。とりあえずロボットが通った時に木々を倒した跡から奥へ進むと開けた場所に出た。流石に疲れたのでテントを設営する。近くの木々に半ば入り込むように作ったテントで少しばかりの休憩をとった。
日も昇り暑さは増しているが疲れも取れたので壁に向かう。そびえ立つ壁に沿って移動すると門らしきものがある。右端にはカードリーダーらしき挿入口があり上部にはおそらく手のひらによる生体認証らしきパネルだろう。試しに地面の砂を掘ってカードがないか探すが当然ながら見つからない。ファリーシアの大太刀でこじ開けようとするも隙間にも入らない。早くも途方にくれていると上空からドローンがやってきて書状とカードキーを渡して去っていった。皆は書状に飛びつくも何が書いてあるのかさっぱり分からないようだ。私に書状を投げつけるように渡されたので見てみるとありえない言葉が並んでいた。
「おかえりなさい」
文字は明らかに日本語で平仮名だ。驚きながらもカードキーを差し込むとパネルが点灯する。そこに手のひらをつけると一瞬の閃光によって私の生体情報は読み取られたのだろう。予想通り扉が音もなく滑るように開いていく。それと同時にドローンがまた出てきて私以外の三人に今度はこの世界の言葉で言いながら首から下げるゲストカードを渡す。
「研究所内及び敷地内ではこのカードを見えるように首からかけて下さい。そうしない場合における命の保証は出来ません」
そう言うとドローンは去っていった。何ごとか分からない三人だがこのカードを首に下げていればいいのだとという事は分かったようだ。扉をくぐり幾らかの長い通路を歩き内部に入ると地面はアスファルトで覆われている。道路だ。だがかなりの年月が経っているのが分かるように幾つか隆起し陥没して合間から草木が生い茂っている。そこに昨日戦ったロボットが巡回するように歩いて来た。近くの私たちを認識すると向かってきて私を除いて三人の首にかけられたカードを青い光を放ち読み取ったのかすぐさま巡回ルートに戻っていった。その後も警備ロボットは来るが情報の共有化がなされているのか巡回しながら左右の目によって一瞥して去っていく。三人はこのカードを驚きながら見るも何故私はカードを首にかけてなくてもいいのか不思議に思っていてドゥガンが真っ先に聞いてくる。それに対する答えは曖昧なものだ。
「それは、おそらく、ここに、私が強く関係しているからだろう」
そう答えるしかない。まだ研究所の入り口も見つけていない。建物の外観からしてここは裏手のように見える。眺めているうちにもう一機やってきたので試しに日本語で聞いてみた。
「研究所の入り口はどこですか」
すぐに認識すると予想通りと予想外の答えが返ってきた。
「反対側です。乗っていきますか」
そう言うと機体は背を向けて屈み折りたたみのスロープを出して乗るように示す。ご丁寧に掴まれるように柵も出ている。皆が乗り込むと研究所の入り口へ向かって歩いていく。建物は荒廃しほとんどの窓は割れている。どうも人気が全くない。もしかすると研究者はもう既に全員死んでいてAIが全てを管理している状態なのだろうかと背に乗りながら考えている。二階の天井も見えたがいくつかの板が壊れて配線などが出ている。そうこうしていると着いたようだ。再度スロープを出して皆が降りたのを確認してから巡回ルートに戻っていった。
玄関に研究所名などのプレートは見つからない。ドアは引いても押しても開けれる普通のガラス製のドアだ。蝶番はかなり錆びついているようだが問題なく開けることが出来る。誘われるように私は中に入っていきそれを皆が心配してかついてくる。床のホコリはかなり溜まっており私たちの開けたドアから入る風と歩くことで舞い上がる。前方にこのホコリの積もり方からして不自然なほど綺麗で巨大な円柱がある。よく見るとエレベーターのようだ。開閉用のボタンだけが付いていて押してみると何かが下からやってくる音が聞こえてくる。ドアが開くと巡回しているロボットが楽に入るほどの大きな部屋だが手すりがついており中に入ると右にパネルが設置され屋上のRと点灯している1FそれにB3、B11、B15がある。どれを押すか迷っているとスピーカーから女性の声でそれぞれの階を紹介された。
「Rは屋上。1Fは現在地。B3は各部点検区域。B11は研究者居住ブロック。B15は研究ブロックです。私はこの場所を任されているAI、通称リサです。よろしく」
試しにB11を押すと間違いをした際に鳴るようなビープ音が聞こえてきてリサが回答する。
「B3から下へはゲストカードで行くことは出来ません。ゲストカードの方はお降り下さい」
三人は私を見ながら何ごとかと見ている。どうやら私だけを入れたいようだがここはゴネてみる。私だけで行くのには不安でもある。
「リサ、三人のカードの権限を研究員クラスまで上げろ。そうでなければ私は今すぐ帰り二度と訪れることはない」
そう宣言し返答がしばらくないことに落胆しつつ本当にエレベーターから出て帰ろうとするとカードを渡したタイプのドローンがやってきて三人のカードを読み取っていく。
「三人のカードを研究員クラスまで上げました」
ゴネた甲斐があったものだ。エレベーターに再度入りB15を押す。今度は何事もなく扉が閉まりかすかな浮遊感とともに降りていっている。三人はどうも落ち着かない様で手すりに捕まっていたり何が起きてもいいように武器に手をかけて集中している。私はエレベーターが今いる場所を示すランプを見ながら何故自分だけが特別扱いなのか考えているが明確な答えは全く出てこない。そのままB15につき扉が開くと荒廃した地上とは変わってSFに出てくる宇宙船のような印象を受ける。壁も床も天井も白く一定距離ごとに黒いゴムのようなもので区切られている。通路には塵一つ落ちていない。むしろ我々の体から歩きこぼれ落ちる砂や泥が床にまき散らされていて異様だ。途中に01から始まるドアが幾つもあるもののキーカードも生体認証も全く受け付けない。仕方なく通路を進んでいくと大きなドアに行き当たったかと思えば音もなく開き私たちを受け入れる。部屋の中には真ん中に大きなスクリーンがありそれを挟むように少し小さいものが備え付けられまた操作するためのコンソールと思しき台がある。
「ようこそ。スリーニー」
不意に大魔王の名で呼ばれるも日本語で話しかけらたために三人には理解不能だった。
「必要な時にあなたとは日本語で会話していきます」
リサはそう告げると私と三人に椅子を出現させて座らせる。特に拘束するような行為には出ないようで安心した。私は彼らにしばらく彼女と会話すると説明する。彼女は三人にも分かるようにこの建物の説明を始めた。
「この研究所の最初の名前は次世代エネルギー研究所でした。枯渇していく資源に対して新たなエネルギーを研究する代わり映えしないものです。しかし2000年の初めに資金難と実績不足によりスポンサーが離れようとしたところに初代所長アーノルドの危険な実験により新物質の発見に至り乗り切ることに成功しました」
危険な実験とは何か尋ねたがその時にリサはまだ存在しておらず後でAI開発の際に研究者から聞かされたことを覚えているだけだそうだ。話は続く。
「その後、同様の研究によって新物質の性質についての研究に切り替わっていき次第に分かっていきます。そして五年で地球上でも宇宙でもなく全くの別世界からの物質であると結論付けられました。新物質研究所による発見。それがこの世界に溢れる魔素です」
当時はこれがダークマターではないかと言われたが却下されたようで専門的な説明は流石に私も理解出来ないためにやめてもらった。簡単に魔素について説明すると地球上のあらゆる物質に完全に擬態し当初発見した途端に消えたのは崩壊でなく周囲の物質に付着したためだと後になって分かった。またある程度魔素が積み重なるとそれ以上は弾くようになることも分かり保存方法も確立していく。
「次に魔素の供給元になる異世界の門を開ける研究になっていきそれは一年で達成し極小の穴からはおかしな色をした空と巨大な建造物のある月が映し出され異世界研究所と名前を変える頃にはアメリカによる秘密の研究所となり対外的には閉鎖されたことになりました」
突如スクリーンに映し出される動物実験と明らかに非合法と思われる人体実験の数々。そしてそれらは一様に老衰のように死んでいた。動物も人間も魔素は毒であったものの摂取した全てのものは一時的ではあるが飛躍的な能力向上が起きた。またそれと同時に異世界から採取する事に成功した物質を植え付ける事によってある程度の量の魔素に対して耐性を獲得することが分かっていく。また人種に関わらず極稀に魔素に対しての耐性を持つものも現れてくる。彼らのクローンを作り試してみると耐性の質は同じであることも分かった。更に研究を進めていき、ある遺伝子が関与している事も分かった。
「そして2050年に私の正式バージョンが出来上がったころには魔素による人体強化兵が問題なく運用されていて様々な実験体による異世界探索が始ろうとしていきます。実験体と観測機器を通すためにより大きな穴を継続的に開ける事に成功して十二時間が経過した瞬間にこの研究所はいわゆる人間界の湿地帯に丸ごと転移されたのです」
これがこの世界の魔導帝国と呼ばれるものの始まりだったのかと三人も多少ついていける話が出来てホッとしている。三人とも魔導帝国についてはある程度の話を魔界でも聞いていたようでだから私が行きたいと言った時よりも前に最初から行くつもりだったという。ちなみに転移された後も当たり前のように観測している実験体は魔界の生き物によって食われたそうだ。
「そして壁を作りながら研究を続けていったのか、戻る選択はなかったのか」
私は当然の質問をしたがその頃には研究者にも魔素による人体強化がなされており精神的にもおかしい状態でむしろ研究が捗れば何時でも戻れるとも思っていたようだ。しかし実験を重ねていく度にその希望的観測は打ち消されていき転移したあの時が一番現実世界と異世界が近かった為に起きた現象だと分かっていったという。それでも研究を続け転移装置を世界の各地に設置して魔界との行き来をする事によってデータを集め大量の魔素を急激に大地から吸い上げていきそれと同時に魔法について解析をしていった。現実世界で植樹をして砂漠化を止める手法によって草木が魔素を集めて大地に溜めることも分かり安定的な魔素の抽出方法も出来た。
「魔法についての解析は比較的楽に進められました。それまでも魔法による攻撃を何度となく受けて集められていたデータをもとに魔素に意味を持たせ発動する魔術語が完成しましたがテストをした研究者が低級な魔法を発動しただけで急激に衰弱して死んだのです」
この時、既に警備ロボットは完成しており転移する前から大量に配備されていた為に改造して魔法の発動は成功しおかしな動作はなかったという。この答えは現実世界に存在していた我々ではこの世界に存在している者と魂の構造が違うため魔法を発動すると魂が拒否反応を起こして体から離れ死ぬということだった。
「この問題は最後の実験体によって解決されました」
そう言うと真ん中のスクリーンが上へ押し上げられ入り口が現れた。
「これに関しては彼にだけ話します。奥へどうぞ」
皆を振り返るとドゥガンはグッドラックとでもいうように親指をつきたて行って来いと合図する。エリルは話についていけないから待ってるとファリーシアに至っては既に寝ている。その様子にかすかな安心感を感じ私は奥へと進む。そしてリサは頼むように言う。
「どうか怒らないで下さいね」
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