第15話 森林

 森の中を真っ直ぐと進み少しずつ道幅も狭くなっていく。パルカは随分前に一度だけ訪れたことがあるという。まだまだエルフの国は先なのでこのぶんなら丁度日暮れくらいのところに大きな泉とキャンプに適した開けた場所があるのでそこで休もうと提案する。土地勘もないし目的も日程もないため反対することなく受け入れる。幾つかの曲道に多少の揺れはあるものの周囲の景色を楽しみながら魔導帝国についての本を読んでいく。


 本から読み取った内容からはエルフの古文書などから判断するにその帝国は一夜のうちに出現したという。かつては肥沃な湿原地帯であったというがそれが現れてからは月の満ち欠けが終わるごとにゆっくりと干上がり次第に草木も生えなくなりやがては大地は割れ崩れて砂漠になっていった。城壁なども最初は無く砂漠になる頃には今のように巨大で何ものも通さぬものが出来上がっていたが作業をしている人員などは確認されず大小のゴーレムが休み無く作業をしていたようだ。それからしばらくの間は不定期に大きな魔力の活動が確認されるも中の様子は分からずただ時間だけが流れていった。そしてデンテ公国が出来、人間族が流入してユーラウス皇国が建立された辺りに最後の大きな活動を行ってからは全く動きがなかった。稀に門が開きゴーレムが周囲を散策し草木の苗を植え申し訳程度の自然が取り戻されていく程度である。


 そこまで読んだ辺りでキャンプ地に着いた。泉は澄んでいて綺麗だ。小魚が苔を食べている姿までよく見える。泉に足をつけてみるが冷たい。これでは行水ですらやる気にならない。一瞬、泉を温めてお湯にしようかとも考えたがこれまでの経験上、よくて熱湯、悪けりゃ水蒸気爆発で森を吹き飛ばしここから追い出されるどころか死ぬまで付け回される事を考えると、この冷たい水で足をちゃぷちゃぷとするだけにしておいた。


 しかしエリルとファリーシアはためらいなく入っていく。もちろん私たちに覗くな、覗けば殺すと脅された。とはいえエルフらしい貧乳とはいえ綺麗なエルフとダークエルフがキャッキャウフフとなるとつい見てしまいたくなる。そう思っているとドゥガンは既に気配を消して草むらに忍び込み匍匐前進をしていくパルカは初めて会ったときの戦闘力を見ているのでとてもじゃないがついていく気はない。さてどうしたものかと思ったがドゥガン一人死地に向かわせるのもおかしな話だ。なので覗きについていく。彼が先導していく一度エリルが気づいたようで小石を正確無比に全速力で投げるが彼は見切り足で私を制して回避に成功した。彼女は気のせいかと怪しんだものの正解だ。だがドゥガンの方が一枚上手だった。他にも紐で別の草むらに結び音を鳴らせてからの大胆な移動。好機が来るまでの忍耐。そして、これ以上は近づけないギリギリのところまで来た。彼女らは木の影にいるもののたまにちらりと体が見え隠れする。隣にいるドワーフはまだまだ自分の隠形術もまだまだいけるといった面持ちだ。後は彼女らが帰っていく間際に現れる裸体を拝んで何食わぬ顔でキャンプに戻る、はずだったがファリーシアの笑いながらエリルに水をかける仕草に紛れて拳大の岩が飛来する。回転による遠心力で更に強化された殺人兵器が向かってくる。バレるバレないの問題でないのは一目瞭然だ。


 「シールド!!」


 どうにか岩の一撃による負傷は免れたものの大きく吹き飛ばされている。仕方なく元の場所まで戻り私はどういう言い訳を考えたものかと思って彼女らの帰りを待っていたがドゥガンはどこ吹く風とコプラの餞別で渡された酒を取り出し口をつける。言い訳は無意味と分かっているのだろうか美味そうに飲んでいる。そして二人のエルフが帰ってきた。冷静にこちらを見て言い訳を聞こうかといった感じだ。


 「よう、少しは胸も成長したんじゃねえか」

 酒をあおりながらドゥガンの自殺行為な発言にエリルは怒るも直ぐに怒気は薄れていった。ファリーシアなどは気にしていないようでもある。むしろあれを防がれたかと少し悔しがっている。彼は酒をエリルに渡しながら笑っている。


 「また負けたわ」

 エリルは酒を飲みながら言う。この攻防はこれまでもあったことで何度かドゥガンが敗れることはあっても未だ勝率は二割弱といったところらしい。今日こそは髭面にかすり傷でなく会心の一撃を食らわせてやろうと思っていたのにと拳を握り軽く素振りをしつつ合間に小石を混ぜて投げるも彼はナイフで弾いていく。彼女はファリーシアに酒を渡して寝転がる。


 「結構本気で投げたんだが爺さんのシールドは有能だな」

 エリルから渡された酒を飲みファリーシアは私の魔法を素直に褒めている。彼女は裸を見られることに対しての羞恥心よりも美しく鍛えられた体から生み出される膂力によって投げた岩がいとも簡単に防がれたことに恥じているようだ。とはいえ彼女は酒瓶を大きく傾けて全て飲み干しドゥガンに一撃を食らわす。


 ファリーシアはもう一本胸元にあるのは分かっているというようにドゥガンの体をいじくり酒の奪取に成功しエリルと一緒に一口ずつ飲みながら夜は更けていく。商人のパルカはどうしたかと思うと既に寝息を立てて眠っている。どんな状態でも眠りつき翌日からの商いに備える。正に商人の鑑みたいだと思いドゥガンらの酒の奪い合いを横目に私も横になり寝る。


 起きると既にパルカが朝食の準備をしている。その匂いに釣られて三人も起きてそれぞれ泉で顔を洗っていく。ドゥガンは首まで浸して豪快に頭の髪とヒゲを簡単に洗い軽く顔を振り水を飛ばす。ヒゲに関しては丁寧に拭きまとめるものの髪に至っては関心がないようで適当に絞り、そのまま食事に移る。


 食事も終わり荷馬車に乗り込み旅を続ける。パルカの見立てでは昼すぎまでには着くだろうという。それまで魔導帝国の続きでも読むことにする。彼らが植樹をしに出てくるようになってからその時を好機と見て中に入り込む者はかなりの数になるが生きて帰って来たものは誰一人としておらず、ユーラウス皇国が大規模な調査団を三回行ったときでさえ成功と言えるものは最後の三回目で持ち帰ったものは小型のゴーレムの残骸のみ。多数の死者を出して得たものが全くどうやって作られたのか分からない代物一つ。これ以降の大規模な調査はなされず全て遠くからの観察のみであるという。侵攻とも取れる行為にも関わらず魔導帝国は皇国に対して報復措置を行っておらず統治者は誰かどの種族なのかはたまた天使か魔族かと憶測だけが続いている。しかし貴重な生き残りによる証言からは門に入ると人気が全くなく廃墟のように静まりかえり幾つかの小さなゴーレムはこちらを認識した上で無視していたという。


 そこまで読んだ辺りでパルカからもうすぐ着くと言われて脇から前を見るとエルフの国が見えてきた。普通のエルフばかりダークエルフは一人もいないし、それに女性しかいない。パルカは前に来たときも同じで滞在していた間に彼女らの中でダークエルフも男性のエルフも見たことがないと言っている。また彼らの国に特定の名前はなく集落もこれ一つだけではないようだ。


 中に入ると遠巻きから見られ弓こそ構えられていないが敵意を感じる。パルカも以前来たときはここまでではないと言っている。コプラが言っていたように何かあったのだろうか。パルカが降りて誰かを探している。以前来たときに買い取りなど仲介してもらったという。名はアレクトラといい、ここでは珍しく中立のエルフという。ひとしきり探していると見つけたようでパルカは手を振っている。


 「いらっしゃい、また面白い物を持ってきてくれたようね。交渉に関しては向こうの子とお願いね。私は彼らと話があるから」

 そう言うとパルカは私たちとここで別れて彼女が指さした方向へ向かっていく。アレクトラは簡単に自己紹介をする。年齢は百二十で外交官の一人。主に人間族との取引に関わっているという。皇国との交流も彼女の仕事のうちで私たちに話したいと言ったことは皇国から人間族における時間概念の中で最近のより閉鎖的な状態の解消を求めているということ、つまり我々はまんまと皇国つまりはハインデル皇子によって問題解決の為に派遣されてしまったわけだ。

 「そういうわけで今私たちの周り、というかこの先の道にその問題があるのよ。それを解決してくれれば今の問題は無くなるから商人を定期的に入れることも出来るわ。まあ、それはそれとして女王様が会いたがっているの。案内するわ、こちらよ」

 彼女が案内するところは周りの巨木よりも遥かに大きく根が巨木ほどになっている御神木とでもいうべきほどの壮大なもので。その木のうろの中で一番大きいところへ行く。ドゥガンはまた仕事かよと愚痴をこぼすものの揉め事は好きなため何ごとか待ち遠しくもあるようだ。エリルとファリーシアは初のエルフだらけの国へやってきて少し驚き舞い上がっているもののエリルはどうして自分と同じ色のエルフがいないのか悩んでいるし何故周りからおかしな目で見られているのかと言っている。ファリーシアも大太刀を持って鎧を着ているとはいえそんなに珍しがられるのかと首を傾げている。エリルとは違って羨望にも似た眼差しでエリルは彼女にずるいと言って体当たりをしてじゃれ合っている。そうしていると女王が現れた。彼女の周りには大小様々な色の妖精がまとわりついていて、それを叱るように人型の竜のような出で立ちで体の殆どが炎で覆われた火の精霊と思われるものが揺らめきながら現れた。


 「こりゃ、幼子どもよ客人の前ぞ。遊ぶのはまた後だ」

 そう言うと大小様々な妖精は女王にまたねと言いながら彼の口に吸い込まれていった。げっぷをして妖精を飲み込むと女王に軽く礼をして炎の塊になって消えていった。女王が屈むのと同時に木の床から芽が出て休息に成長し椅子の形になった。彼女は私たちへ手を差し伸べると同じように私たちの椅子が出来上がった。


 「ようこそドワーフとダークエルフ、ハイエルフ、そして人ならざる者よ。たまにはあの皇子も素晴らしい者を寄越すのね」

 女王はやや傲慢に見えるもののその身から発せられる優美なオーラがそれを打ち消す。ドゥガンも彼女の威光にたじたじで呼んだ目的を聞きかねている。しかし私を人ならざる者と形容したのは大魔王の体に転生したことを揶揄してだろうか。彼女は私たちを見ながら笑っている。

 「私はカミラ。ここを任されて五百といったところね。色々と問題もあったけど今抱えているのが一番厄介かしら」

 手の平から地図を映し出して説明する。ここから真北、正反対の場所に点を打つ。ここに厄介なものがいるのだろう。彼女は深く息をつき苦労をしているように見せる。だが演技なのは私にも分かる。退治してもらいたいのだろうが私はともかく他の三人は報酬なしに動くことはない。

 「報酬なしに働く気はない。でもお爺さんはともかく三人は魔界に帰らなくちゃいけない」

 彼女は全てお見通しとばかりに秘密を暴く。周りのエルフたちの視線が強くなる。女王は皆を制し少し黙ってからおそらく世界地図を出す。地図上の点の殆どが大森林でエルフの国なのだろう。そして指を少し動かすと別の位置に点が移る。

 「私が知っている転送装置の場所よ。ここのは既に貴方たちが来たときに壊れたけどまだ世界にはまだこれだけ残ってるわ。報酬は正確な位置情報でどうかしら」

 ドゥガンはどうにか断る文句を考えているが正直なところ帰るあてが見つかるのはいいことだしとどうも何時もの調子でとはいかない。そこでファリーシアが立ち上がり女王を指差す。


 「何故自分でやらないんだ。相当な力を持っているのはここにいる誰にでも分かるぞ。女王でも敵わないのなら私たちがやっても無駄だろう」

 だが女王はそう言われるのも分かっていたという風に軽く人差し指で教師が生徒にいい質問だというように振るまう。女王は地図を自分たちの大森林に戻して今度は集落を中心に円を描く。


 「女王になると儀式により自然と一体化してその遥かなる力を行使出来るわ。だけどその代わりにこの円の外へは出れなくなるの。標的がここまで来る様子もないのが更に問題なのよね。来るなら迎え撃つし過去にはそうしたわ。でも今回のは目的があるような動きじゃないの。ふらふらとさまよってる感じ」

 女王は標的の移動した位置情報を地図上に示す。確かにばらばらに動いている。集落に近づいたかと思えば砂漠付近まで戻り集落とは逆の方向へ行ったりとまるで法則性がつかめない。ただ一つ分かるのはこのゴーレムが魔導帝国からやってきたということだけ。出てきてからの移動もまたばらばらに動いている。


 「ふぅ、しばらく戻る気はねえけど一応情報は欲しいな。どうする」

 ドゥガンは折れたように皆に振る。ファリーシアは強敵なら望むところだと意気込んでいる。エリルは特に構わないというかそれよりも聞きたいことがあるようで手を上げる。


 「ねえ、私みたいなダークエルフってここにはいないの、あ、それと男のエルフって魔界でも見たことないな」

 周りどこ見てもエルフばかり。それも女性ばかりだ。ただエリルもここに入ってからはおかしな目で見られることはなくなったものの気になるようだ。ただファリーシアに対する眼差しは変わっていない。


 「そうね、先ずダークエルフについてだけど。彼女らは本来、夜と闇を司る存在で今は丁度昼だから寝てるわ。この地下でね。そこにも私と同じようにダークエルフの女王がいるわ」

 今度は集落の地下に広がる幾つもの迷路のようになった地図を出す。ダークエルフは夜になると影に潜みながら集落をエルフに代わって守る。普通のエルフは夜には眠りにつき見ることはなく出会うことも当然稀なためエリルの肌の色を気にするという。

 「次に男だけど私たちも普通の種族と同じように性交渉によって子を孕む。その時の種族に関わらずほぼ確実にエルフの女性が生まれ稀に雄の力が強いといわゆるハーフエルフになる。そして極稀に先祖返りのようにハイエルフとして生まれる者もいる」

 最後にファリーシアを指差している。ハイエルフは先祖を尊敬の念を持って崇めているエルフにとって正しく古の神のごとく扱われ大抵は女王になるという。ただし普通のエルフほど集落や自然に対して執着心がないため旅に出て経験を積み戻ってくるか別の集落を率いるそうだ。

 「その更に例外として男が生まれるわ。男は強い力と強い冒険心を持ち二十にもなれば旅立ち、あらゆる世界を旅して殆どは戻ってこない。それこそ魔界に天界に異世界に。」

 この世界における勇者のポジションらしく破滅の危機を乗り切る神話にはよく男のエルフが登場するそうだ。ただし必ずしも善には染まらず時には世界を荒らす大厄災にもなり時と場合によればどちらにもなり何時の間にか世界を自力で渡り歩く術を見出し新たなる旅に出る。周期に関してはおよそ千年に一人らしい。

 「他にはないかしら」

 女王は私に答えられることなら何でもと言う。それならばと私からも質問をぶつける。


 「魔導帝国に入る方法はないもんかな」

 女王は軽く何度か手をクロスしながら無いという仕草をする。だが壁面はガタがきていて登ることもある程度のクライミング技術があるなら造作もない。だが登りきったところに彼らの洗礼が待っていて侵入することは無理とのことだ。唯一安全に入れる手段といえば不定期に植樹しに来るゴーレムを待つことだがそれも最近では全く出てこないという。他にはないか聞くとまたエリルが言う。


 「倒して戻ったらダークエルフの女王にも会わせて」

 女王はあっさり了承したが条件として会えるのはエリルのみと言われた。理由はダークエルフは秘される存在でその姿は例えハイエルフのファリーシアといえど見せられないという。だが決して容姿が醜いわけでも穢れているのでもなく一般的なエルフの常識で昔からの法という。エリルも私たちも頷く。


 「それじゃお願いね」

 そう言うと女王は席を立ち奥へ行こうとする、それを待っていたかのように妖精たちがあちこちから姿を現し女王に群がり話しかけている。それを軽くあしらいながらカミラは後ろ姿のまま私たちに手を振っている。


 表に出ると既にアレクトラが馬を用意して待っていた。彼女はこの依頼を受けると既に分かっていたような口振りだ。全ての準備が出来ていて後は馬に乗り彼女について向かうだけだ。肝心の敵に関して位置はほとんど変わらず今から向かえば夕方には着くという。お膳立てされていることに若干腹がたっているドゥガンだが仕方なく馬に乗り出発する。馬は精霊の加護を受けていて速さも体力も敏捷さも桁違いだ。アレクトラや他の三人はともかく乗馬経験のない私を振り落とすことのない極めて安定した走りをしてくれる。瞬く間に森を抜けていき目標がまだ見えない辺りで止まった。


 「ここから先には私は行けません。足手まといになりますので」

 アレクトラはエルフの作ったポーションを四つずつ配り敵についてより詳細な情報を言う。まず敵は高さ三メートルほど鋼鉄の蜘蛛で突撃して前足二本を力任せに振り回したり後ろ足で立ち上がり腹部についてある突起物から小さなトゲを高速で発射するという。中でも一番危険なのが背面が光り輝き放たれるマジックミサイルだという。同時に八つも出し威力も通常のものとくらべて極めて高く避けにくいためその時は木や岩陰に隠れるように言われた。そして最後に出来れば森を破壊しないようにして欲しいと頭を下げられた。


 アレクトラと別れて進む。徐々に敵の姿が見えてくる。黒光りしてうずくまるように固まって岩のように動かない。射程内に入るまではあのガード状態なのだろう破壊するなと言われたが厄介な敵であることは分かる。ここは魔法による先制攻撃が友好だろう。その上で皆と話し合って出したのが火竜戦で使ったアイスフロアで凍らせたところにストレングスとシールドを付けて突撃ということになった。ファリーシアの一撃で殺せればよし、そうでなければドゥガンとエリルにより関節の破壊をして動きを鈍らせてからじっくりと潰す。


 そうと決まれば敵が動き出すかという間合いにまで私以外の三人はギリギリまで近づく。ファリーシアは皆を制してこれ以上は無理という所まで来た。先ずは三人に魔法をかけて私の発動とともに突撃だ。皆は私に頷き準備が出来たと合図する。


 「ストレングス」

 「シールド」

 「彼の地を凍らせよ凍てつかせよ アイスフロア!」


 固まった状態の敵を半分辺りまで凍らせることが出来た。ファリーシアが大上段に構えて飛び上がり大太刀を叩き込みにいく。ドゥガンとエリルは左前足を頂きに突撃していく。ファリーシアの一撃は完全に決まったが背面に傷を付けただけだった。だがドゥガンとエリルの方はどうにか切断したところで敵はいとも簡単に氷の呪縛を破り右前足で地面を叩きつけて氷の床も破壊する。鳴き声はなく振動音が響いてくる。しかし夕闇に照らされたこの外見、どう見ても蜘蛛を模したロボットだ。しかしそうだとしても敵であることに変わりはない。既に攻撃もして相手もこちらを把握するように左右に並んだ八つの目が輝きだす。


 相手はこちらの戦力分析をしているようにドゥガン、エリル、ファリーシアと見てファリーシアを一番の脅威と判断すると前足で二人を追い払うと同時に立ち腹部からトゲを射出する。彼女も全て撃ち落とすのは困難とさとり木の陰などに回り込みながら敵の背面を取ろうとするがおそらく熱センサーなども持ってるのだろう常に彼女を前面に捉えている。ドゥガンとエリルは後ろから攻撃しようとするが後ろ足で正確に払い寄せ付けない。


 まだ相手は背面からの攻撃を繰り出そうとはしない。それならば彼らを支援するような魔法はないか魔術書をめくっていくがその間にもファリーシアは残った前足を切り落とそうと近づき攻撃するが盾のようになっている装甲で防がれている。小さな傷は付けられても切り落とす程のものではないようで苦戦している。後ろの二人も足で追い払われ近づくことすら出来ない。何かいいものはないかと探していると、ふと周りに漂う魔素に注目した。大森林なだけあるというほどに風や大地の魔素が濃い。そして目当ての魔法を見つける。魔素と自らの魔力に集中し唱える。


 「絡みつけ大地の根よ クライムルート!」


 地面に手を起き対象の地面を想像し発動する。大地を突き破り相手の足に絡みつく木々の根。足を力強く動かし引き千切ろうとするも千切った場所からも根は更に生えてより深く絡みつき相手の自由を奪っていく。三人はこれを好機とみなして攻撃を畳み掛けようとしたところに背部が輝きだすし発動する。だが八つのうち二つはファリーシアが付けた傷によってマジックミサイルはその場で爆発するも六つのうち一つずつが三人を襲いもう三つが地面から出る根を攻撃する。それでも三人とも攻撃をやめる気配はない。


 「シールド!!」


 私は咄嗟にシールドを重ねがけした。ドゥガンとエリルはギリギリまで引きつけ身をひねりかわすものの背後からの爆発は受けるが直撃と比べれば大したことはない。ファリーシアはもう一度大上段から飛び上がり爆発して広がった傷目掛けて大太刀を突き刺しにいく。攻撃はまともに受け爆発するも見事深く突き刺した。より深く入れようと力を入れるが内部からの放電を受け木陰に退散し大きく息を吐き腰を下ろす。体は大きな傷を受け血を流しているがまだ瞳に強い闘志を感じる。貰っていたポーション四つを体にかけて飲み干し傷を癒やす。根が足を地面に引きずりこむ力を見たドゥガンとエリルはそれぞれ後ろ足二本を斬り落とすことに成功した。しかし残り三つのマジックミサイルによって前足一本と左右後ろ足二本の開放に成功し根っこの呪縛から開放されつつある。


 私は背部から放電している傷に目を付けた。あれがロボットであるのなら電子部品に水は有効だろう。例え技術が進歩して耐水能力があったとしてもそれは傷の無い状態でのことだ。試して見る価値はある。私は皆に離れろと声をかけてから魔法を発動する。


 「ウォーター」


 相手上空から傷目掛けて大量の水を当てる。思った通りで放電は強く起き動きが目に見えて落ちていく。しかし急に相手の目が赤く染まり放電が更に大きくなり水を蒸発させていくがそれでも収まらない。ある想像が私の中に生まれ皆にもっと離れろと言い私はこのあと起きることに対して予防線を張る。


 「アースウォール」


 なおも放電し力が増していく相手を囲むように分厚い大地の壁を作り出す。そして天井部が光り輝き目もくらむほどになると爆音とともに相手は自爆した。壁はもちろん吹き飛ぶものの自爆による力の殆どは空いている真上に勢いよく放出し被害は最小限にとどまった。三人はこちらに戻ってくる。ファリーシアの傷は四本のポーションで治ってはいる。ドゥガンとエリルは大したことはないようだ。


 「お、おつかれ、さまでした」

 アレクトラが馬を連れて走って来た。私たちに簡単なねぎらいの言葉をかけて戻りましょうと急かすように言う。よく見ると彼女は眠たそうにしている。ふと気づいて辺りを見回せば既に日も落ちて夜になっている。彼女からすると夜になると眠気が襲ってきて早く帰って寝床につきたいそうだ。それに夜でなければダークエルフの女王にも会えない。仕方なく疲れは馬の背で休みながら帰路につく。


 二人の影が遠く離れた私たちを見守るように映像を投影して観察していた。

 「ふむ、中々やるものね。危なかったら手を貸そうと思ってたのに」

 木々の根と草木の葉で体を覆うように着込み褒めているのはダークエルフの女王。褐色の体と相まって深い森に住む魔女にも見えるが体つきはカミラとあまり変わりなく若々しく同じく妖精たちに囲まれている。ただ声はいささか冷たい。

 「そうでしょう」

 カミラは笑う。そして立ち上がり背伸びしあくびをして木の壁に背中をつけ目を閉じると根が彼女を包み沈み込みながらダークエルフの女王におやすみを言う。

 「おやすみ、さて私も迎えの準備、その前に少し馬に力を与えましょう」

 ダークエルフの女王は移動や力の行使の距離は大森林の全てに及ぶもののエルフの女王ほど強力なものではない。それでもあのロボットを一対一で倒すだけの力は持っている。


 与えられた力によって馬は驚異的なスピードで集落まで戻った。無論、来る時と同じくその速さとは無関係と思えるほどに安定し風の抵抗すらそよ風ほどにしか感じなかった。アレクトラは眠い目をこすりながらダークエルフの知り合いに挨拶して住処に帰っていく。知り合いはエリルに向かって言う。


 「エリルっていったっけ私の名前はダーナ、あなただけ着いてきて。他は休むなり待つなり好きにしてて」

 エリルの手を握り女王の間とは真下に位置するうろへと案内する。内部は小さなロウソクが闇をかすかに薄めるように灯されている。普通の人間ではまともに見えない暗さだがエリルには普通に見えている。階段を幾つか降りて丁度、エルフの女王の間の真下に位置する場所にダークエルフの女王はあぐらをかいて座っている。

 「連れてきました。失礼します」

 そう言うとダーナは周囲の影の中に入り込むように消える。女王は自分の近くの地面を軽く叩きエリルに座るように促す。彼女は女王と同じようにあぐらをかいて座ると女王はまた軽く地面を叩くと女王とエリルの間に湯気が出ている飲み物が二つ出てきた。


 「ようこそエリル。魔界で生まれたダークエルフよ。私はモイラ」

 そう言うとモイラは飲み物を取って一口すする。エリルも同じようにすする。爽やかなハーブティーのようで美味しい。女王は彼女の美味しそうに飲む表情を見て嬉しそうににやける。声も観察していたときと比べて穏やかで温かみがある。

 「さて、会うだけで終わりかい」エリルに何か頼み事はないか聞いてくる。


 「えと、それなら、もっと強くなりたいです」

 エリルは単刀直入に聞く。彼女はダーナがやったような影に潜む行動の他にも魔法を使ったりファリーシアのような力を求めていると話す。それを聞いて女王はもう一口すすり答える。


 「悪いが、影に潜むのはすぐに教えられるものじゃないよ。魔法もハイエルフのような力もそうさ。でも実は魔法は使っているんだよ。速く動きたいとイメージするから速く動ける。魔力もお前の体にしっかりとあるし魔素も自然に取り込み無意識に使いこなしている。それはあのハイエルフだって同じ。全ては想像力だよ」

 そう言ってモイラは自分の額を指で叩き素早く動くこと強く斬り込む想像をすること影に潜むことだって同じだと、影に入り込み意識を失わずに済むのは難しいことだがまだまだ私からすれば赤ん坊みたいなものだ。時間はあるのだからゆっくりと時間をかければ出来ると言いエリルの手を取り腕に力を注ぎ手を離すと入れ墨がいれられてある。

 「これであんたも我らの仲間さ。これさえ見せればどこの部族でもよくしてくれる。もちろん昼の奴らもね。さあこれを持っていきな。ハイエルフの嬢ちゃんにも同じものをやるよ」

 モイラはスクロールを手の平から出現させてエリルに渡す。受け取ったのを確認して辺りに響くように全ては想像力だと言い彼女は闇の中にかき消えた。そしてダーナが出現して手を取り戻っていく、その最中に何度か入れ墨を羨ましそうに見ていた。


 戻ると私も含めて全員が寝ていた。エリルはファリーシアを揺り起こして寝ぼけている彼女にスクロールを使う。すると彼女の腕にも同じ入れ墨が出来た。エリルは自分の同じ模様を見せてお揃いだといって彼女に抱きつきファリーシアはよく分からず一緒に眠りに落ちた。


 私はふと起きて、魔導帝国へ行ってみたいと皆に言おう。そう思った。

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