第14話 公国

 私はしばらく爆心地中央で寝転がり日が昇るのを待ってから荒野になった元田園風景に立ち尽くす。とりあえずの目的地として爆風によってなぎ倒された田園を発見して目印にして北へ向かう。もう少し魔力を抑えておけばなどと今更ながら後悔しつつ辺りを見回しおそらく公国へと繋がる道を見つけてゆっくりと歩いていく。


 一人ぼっちなんていうのは転生する前なら当たり前のようにあったが孤独感を全く感じていなかったのを思い出す。思えば孤独なんてものは他者がいて初めて成立するものだ。現に今私はエリルとドゥガンとファリーシアがいない状態で日も上り美しい風景を眺めていても少し寂しいという気持ちが湧いてくる。


 そういえば転生してから一人だけというのも棺から出てどうにか状況確認し脱出に失敗して崖から落ち魔術書を読んだりしながら崖を上がるまでで牢に入れられてエリルたちと共に行動し始めてからを考えると久しぶりの一人というわけだ。もっとも開放感というのはなく、またも何も知らない世界に取り残されて焦燥感が出てきそうで嫌な気分だ。


 どうにか気分を入れ替えようとする。彼らはどの道、公国に向かっているのだ。このまま歩いていけばどこかで出会うだろう。ドゥガンは皇国カードを持っているので滞在費に関しては全く問題ない。そうだ、このまま歩けばいいだけだ。そうすればまたスラムで生き抜いてきた生命力豊かな彼らと再び会える。


 そう思って前を見ずに足元を見ながら考えていると前方から馬に乗った兵士がやってきた。ついデュラハンに捕まり連れ去られたことを思い出して隠れようとするとも既に相手方からは確認の合図もあり逃げ場はない。周辺一帯の惨状は全て私のせいなのだがその責任全てを私に押し付けられそうな気がしたが相手は通信用の魔導具で私の名前に敬称を付けて報告していることを考えると大丈夫なのではと思った。


 「ツタフ様ですね。デンテ大公より仰せつかっております。お乗り下さい」

 私は軽く頷き馬に乗る。今度は縛られて荷物のように扱われることはないようで一安心だ。しかし周りの兵士からは大きな雷が落ちたと聞いていたがだのこの大爆発は何だと騒ぎになっている。私を乗せた兵はあえてなのか私に詳細を聞くことはなく一人先に走り出す。兵によれば既に賊についてもハインデル皇子の者から聞いていて三人も私が屋敷について日が暮れる頃には来るだろうという。


 馬の背に揺られながら地方を抜け丘を抜け森を抜けて運河が流れる都市にやってきた。流れ来る風からは潮の香りもする。海が近いようだ。幾つかの屋敷を過ぎて運河に沿って大公の邸宅に着く一際大きく豪華だが普通の扉の脇に金銀細工と見事な彫刻が付けられた小さな扉がある。馬から降りてこれは何かと思っているとそこからハーフリングが扉を開けて小さな胸を張りながら甲高い声で喋る。


 「おいらがデンテ公国の大公、デンテ・コプラだ。よろしくな」

 意外と気さくなようで握手を自らしに近寄る。私はその小さな手を屈み両手で包み馬を送ってくれたことに礼を言う。

 「気にせんでくれ。さあ入った入った」

 コプラは小さな扉から屋敷に入り私は普通の扉から続く。既に彼の姿は二階の手すりの上に乗って手招きしている。二階へ行き彼の通った方を向くとと扉のない部屋がありそこには豪華なご馳走とワインと蜂蜜酒とビールに新鮮な果物のジュースが並べられておりハーフリングたちが世間話をしながら料理をつまみ少し減ったかと思えばすぐ足されていき一向に減る様子はない。

 「さあ、ツタフ殿、お腹も減っているでしょう」

 彼は普通の席を用意させこの集まりに参加するよう促してくれる。早速座って見るも人の目から見ても大層な量の料理が並んでいる。とりあえずこの世界に来てから酒でなくジュースが飲みたいと思っていた私はぶどうのジュースを頂き鳥の手羽焼きを食べる。どちらも大変美味しいと言うと彼らは喜んでいる。


 彼らは食べながら飲みながら何を話しているかと言えば


 「偏屈者のポパが西の海に行ってドワーフの国へ行き見事な武器防具装飾工芸品を見て遺跡を発掘してきて結局持ち帰った物はガラクタばかりだったよ、ヌハハハ」むしゃりむしゃり。

 「三つ子のカハ・クハ・コハがエルフの国への抜け道見つけて騒いでいたら案の定見つかって矢だるまになりそうだったそうだぜ」がぶがぶずずずー。

 「この前リザードマンとオークとエルフの旅人がいたよ。道が同じだし珍しいもんだから見てたけど喧嘩ばっかりしてたけど戦いになったら息ぴったりで終わったらまた喧嘩だよ」ぐびりぐびりがつがつ。

 「エルフの国は閉鎖的でいけないよ。もっとあの素晴らしい品々を売買すべきだ」がばばば。

 「人間はまだ戦ってるみたいだねえ。でも一月前に何かあったそうだよ。一気に戦線前進だってさ」ちゅうちゅうがばがば。

 「砂漠にある魔導帝国の門は何時開くのかね。今度張り込んで開いた途端に入ってやりたい。中に何があるんだろう」ちびりちびりぱくりぱくり。

 「昨日の夜の雷は凄かったねえ、でもあそこはザグバのとこだっけ何かと嫌な噂しか流れてない奴だよね。雷でも当たればいいんだ、ハハハハ」どさっがばっごくりぐびり。


 ずっとこの調子でどこの誰それがといった話から自分が見たこと流れてくる噂にと話しては食い話しては飲みを繰り返している。厨房を見ていると作っているそばから味見とばかりに調理人も食べて飲んでて騒いでいる。しかし全く本当に一体全体彼らの食い物飲み物はどこへ消えているのか腹が膨れたかと思えば話している間に元に戻っている。そして話の種の気配に敏感で戦の話もそうだが昨日の夜の雷についてもつい反応してしまう。


 「何だい面白い話でもあるのかい、話してみなよ。大丈夫、おいらたちは話が物語が好きなのさ。ついでに皆に言ってしまえば雷が落ちたところにいたのが彼さ」

 コプラは私について人間の魔法使いで既にプラチナランクの冒険者でもあるということや皇国とも繋がりがあるといった事を面白おかしく話していく。彼らは少し食べる手をやめて私の胸元に光る勲章を見て驚く。このままでは何か言わなければいけないという雰囲気になり諦めて自分が落とした雷について話していく。彼の手駒のくノ一に騙されたこと、魔法の牢に捕まったことや、それを破るために体から雷を放ちついでに巨大な雷光によって辺り全て吹き飛ばしてしまった、彼らは一通り聞いて驚きつつも徐々に食べる手を動かしていく。


 「まあ、ザグバに関しちゃ仕方ないよね。前々から黒い噂がたってたし」ちびりちびり。

 「ヌハハハ、何してたか知らんが後一年で大公の番だったのに待てんかったのかのう」むしゃりむしゃり。

 「全くだ。これでまた選定のし直しだよ。困るなあ」ちゅうちゅう。


 後一年というところが引っかかったので聞いてみると公国はハーフリングによって建国されており偉くなったハーフリングたちによって五年ごとに入れ替わり大公をやるそうだ。彼らにとっては故郷とはいえ放浪癖が治るわけもなくこの五年という期間は辛いそうだ。出かける場所も皇国と稀にエルフとの交流くらいのみで退屈だから黒い噂がたっているからといって変える気はなかったようだ。そもそも書状を盗み出すのは何が目的だったんだろう。そう言うと彼らはまためいめい自分の推理を展開していき話に花を咲かせていく。


 時間もだいぶ過ぎ窓から外を見て夕方かと思った頃にドゥガン一行様は書状を持って当然のように食卓に着いて料理を貪り酒を飲み干していく。彼らはその食いっぷりに見事だとお世辞でなく褒め称えている。自分たちの口はどうしても小さいから一気に食べられないのが悩みだと誰かは言い。それに口々に同意していく。


 「はいよ、書状」ドゥガンは思い出したように書状をコプラに渡す。彼は書状の中身を確認しようとしない。ここでは見ないのかと思っていると。

 「何も書いてねえんだろ」ドゥガンは言う。頷き書状を開いてハインデル皇子のサインも入っていないただの紙切れを見せる。


 「君たちの読み通り、釣り餌だったわけさ。ザグバは用心深い割に短気だからね。そろそろ強引に食いついてくると思ってさ」コプラは悪びれることなく解説していく。

 「本当のところは彼の組織を無力化させた上でこの詰まらない仕事を押し付けようと思ってたんだけどツタフさんが強すぎたのがいけないのか、おいらが仕事を君たちに押し付けちゃったのが悪かったのか」コプラはまあ仕方ないよねといった感じでお手上げのポーズをする。


 「爺さんもこれで懲りたろ。ああいうのがご主人様に逆らうってのがありえねえのさ」

 ドゥガンは食べたあとの何かの骨で私を指して注意する。それにも同意するようにハーフリングたちは食べながら全くだ洗脳されているからねと言っている。私も頭をかいて反省している。


 「まあ、爺さんには、魔法があるから、大丈夫だと、思ってた、けどね」エリルは色んな料理に素早く箸をつけて口に入れつつビールで流し込みながら美味い美味いと言いつつ私の身の安全については何の心配もないようだ。


 「それに昨日のでかい雷は爺さんだろう。また派手にやったな」ファリーシアも大きな骨付き肉を持ちながら笑っている。


 流石に少しずつとはいえ昼から飲み食いしていれば腹にも溜まっていく。コプラに言って宿の紹介を頼むと三階に人間用の部屋が三つあるからどれでも好きなのを使っていいと言ってくれたので彼らと三人に軽く挨拶してそそくさと上がっていく。しかし体も口も小さいとはいえ私よりも勢いよく食べ続けて物ともしないというのは全くハーフリングどもの胃袋はどうなっているんだ。部屋はまた一番奥の部屋にした。大公の邸宅ともあって非常に作りもよくふかふかのダブルベッドだ。普段から眠気も疲れも特に感じないが今日のたっぷりの料理と世間話と少しの説教で大の字で寝転がると睡魔が襲ってくる。我慢することはなくそのまま眠りにつく。


 夢を見ている。


 どことも分からぬ病室で私が意識不明で寝ている。家族に説明していることを聞く限り脳死のようだ。脳死の場合は臓器提供のカードを持っていたはずだから、さっさとそうすればいいだろうと思ったが臓器を生きたままにするにはこの方が良いのか。


 そして時間が経ち何者かによって細工を施され拙速に死亡確認が行われ霊安室に向かうところでその何者かに私の遺体が渡される。急いで体に何かを注射して意識は戻らぬものの体は蘇生する。そこから体は病室にいるときよりも厳重に身体の機能をチェックし生命を繋ぎ止めたまま軍用飛行機に乗りどこかへと連れ去られている。


 全く私の体なんか何の役にも立たないだろうにどんな非合法な研究に使うのか夢の中で夢と判断している面白い状況のまま成り行きを見守っている。偽装されたバンに私を積み込み車は何事もなく移動していく。途中幾つかの偶然による検問も胸元から出された物で積荷を確認されることもなく通過していく。そして広大で何もない砂漠をひたすら突っ切り中にぽつんと建っている研究所。その前から既にちらほらと軍の兵が見回りをしていて研究所も見えないほど遠くから周囲を有刺鉄線付きのフェンスで囲んでいる。そして私が研究所に入ってからの映像は流れてこなかった。ここは夢の中だ本当かどうかも怪しいものだ。そもそも何故、俯瞰で見ているのだろうか分からない。何時まで待っても新しい映像は流れてこない。だが何となくだが本当のことのように思える。


 転生するまでの間にこんな事があったのかと今更ながらおかしな事というのは続くものだ。例え転生してから見せられているとはいえだ。欲をいえばこの研究所で何があったのか知りたいがやはりいくら待っても無駄のようだ。そう思っていると周りが光で埋め尽くされていく。眩しくてどうしようもなくなって、目が覚めた。


 寝た時と同じ大の字のままだ。窓を開けて空を見るともう日も上がって朝はとっくに過ぎているようだ。部屋に誰か別のものが入ったということもない。着の身着のまま、そういえば風呂にも水浴びもしていないなと思うも元々そんなに風呂に入る人間ではなかった事を思い出しローブの臭いを嗅ぎ大したことはないと判断して部屋を出る。


 二階に下りると昨日のハーフリングたちは帰ったようだが料理は出来たて大量に並んでいる。それを食べつくそうとしてるドゥガンとエリルとファリーシア。私に気づいて手を振るが食事の手を止める気はない。私もジュースをちびちびと飲みながら豪華な朝というかもう昼食を頂くとする。美味しい料理を頂きながら彼らは無尽蔵の胃袋と食材を持っているのだろうかとまたも不思議になる。そこでここの主コプラが嫌だ嫌だと悪態をつきながら部屋に入り席について料理を食べ始める。


 「全く政治ってやつは嫌だね、魔導具で通信して終わりでいいだろうに、今回の顛末を書いてまた書状にして送るんだってさ。面倒だよ。皇国はそれでいいけどおいらたちはもっと楽にしても罰は当たらないし効率的だね」そう言いながら様々な料理に手をつけていき色んな酒を次々と飲み干していく。

 「そういや君たちはこれからエルフの国に行くんだっけ。あそこは中々入れないけど素晴らしいところさ。きっと気にいると思うよ。まあ結構な閉じこもりやさんだけどね。あれだけ長く生きていながらずっと森の中でなんておいらたちからしたらゾッとするね」

 自分たちとは生き方が違うと言いながらもエルフの優美さと草と花と木々に動物の毛皮から作られる衣服に装飾品もまた素晴らしいと絶賛している。ただ最近は今までよりも閉鎖的だともこぼしている。


 しばらく食事を楽しみ携行食なども貰いエルフの国までの街道を行く。どうも入れはしないものの立派な観光地のようだ。入り口前までの馬車が幾つもあり宣伝している。その中に浮かない顔をしている者がいる。どこかで見たようなと少し考えて思い出す。オルマトイでキメラの騒動で足止めを食らっていた商人だ。彼もこちらに気づいて嬉しそうに近寄ってくる。


 「これは久しぶりですな。キメラの時は助かりましたよ。そういえば名前を言ってませんでしたな。パルカラパスといいます。気軽にパルカと言って構いませんよ。おおっとプラチナランクにもなっている」

 ひとしきり驚きつつ彼は今エルフの国で商売をしたいと思い入口前で陳情したものの全く反応がなくて困っているのだという。流石にあの国に入る方法などは持っていないでしょうねと私たちを見やる。そこにドゥガンが近づき耳をかせと合図する。


 「実はある。足代わりになれば一緒に入れるぜ」

 ドゥガンがちらりと皇国の証明書を見せる。彼は周りの同業者にさとられないように平常心を保ちながら私たちを隠すように荷馬車に乗せていく。今度はこれ一台のようで商品というのも山と積まれている古ぼけた本だ。パルカいわく各地にあるエルフの遺跡や今から行くところから比べれば開放的なエルフたちと交流して手に入れた書籍のようだ。エルフは自らの祖先が書き残したものを大事にするため十分な取引材料になるという。彼はこれらを工芸品と交換しにいくという。エルフの研究者もいるがやはり一般にエルフの工芸品はどこに行っても大変好まれている。お得意様などに持っていけば高値をつけてもすぐに売り切れ御免となるので面倒でもエルフとの取引はかかせないようだ。


 荷馬車は走り運河の都市も抜け田園風景も抜けていき徐々に人だかりと露店が増えてくる。そして迫り来る異様なほどの巨木が一本二本といわず壁のように生えている。そして現れる木々の根と蔦で作られた砦と道が続いているはずの場所も根と蔦で覆われていて開くどころではない。見張りのエルフはパルカをまた来たかと冷ややかな目で見ている。ドゥガンはパルカを押しのけて御者台に上がり皇国の証明書を見せながら言う。


 「ユーラウス皇国の証明書だ。通せ」

 乱暴に言うと証明書はいきなり光り輝き根と蔦の門に吸い込まれていき根と蔦は開けていき通れるようになった。証明書は塵となったがマジックアイテムだったようだ。エルフの国は門を開ける鍵の呪文を皇国に渡して皇国は信頼出来るものに証明書という形でスクロールを作り渡す。そして今発動された結果こうして道が出来た。見張りは早く通り過ぎるように言う。パルカは馬を走らせ通り過ぎながら後ろを振り向くと見る見るうちに根と蔦が再生するように門を覆っていく。道は整地され両脇は大小様々な木々で埋め尽くされ次第に入り口からの日の光も薄くなっていき大森林の中へ入って行くのだなと感じた。


 エルフの国は閉鎖的というから依頼なんてなければいいな。

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