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 階下で忙しなく足音が聞こえる。右往、左往、そしてまた右往、と、薄いフローリングが振動と音を二階にまで届けてくれるおかげで、僕は毎朝起きることが出来る。

 ベッドから上体を起こすと、すぐ右側にある窓からはカーテンを下げているにも関わらず溢れ出るような朝陽が射し込んできており、安物のカーテンでは何も遮る事は出来ないんだと、かぶりを振った。

 ―今日も、何一つ変わることのない日常が始まる。

 そう思うだけでひどく憂鬱になる。

「……起きるか」ベッドから下りて立ち上がると、大きく伸びをしながら殺風景な自室を見回す。勉強机とクローゼット以外全く何もない。まあ、捨ててしまったのだから当たり前か。

 自室を出たタイミングで、母が僕を起こしに来たようだった。階段の上と下で目が合った。

「おはよう、瞬。ご飯だから下りてきなさい」

「……うん」

 一階に降りると、パンの焼ける香ばしい匂いが漂ってきて、同時にフライパンで何かを焼いている音もする。母はまた、忙しなくキッチンとリビング間を動いているようだ。

 ―これも、日々のルーティンの一環。

 さらに気が滅入る。

 リビングにはいつものように父がいた。座っているだけなのを母に注意され、父もまた出来た料理を忙しそうに運んでいる。

「おう、おはよう。瞬」

「……うん」

 全く変わらない日々。そしてそこに、愛犬だったハナの姿はもうない。ハナの家があったリビングの端は、今では母のダイエット器具の置き場となっていて、まるで、存在自体消した、と言わんばかりに、我が家では場所はおろか、ハナの話すら一切ない。

「瞬、突っ立ってないで、ストーブ、灯油なくなっちゃったから、給油して!」母の声におずおずと従った。 

 朝は忙しなく、この営みの先に何があるのかを僕は知りたい。それを続けることで、両親のように大切だったモノを簡単に忘れるような大人になれるのだとしたら、僕は一生大人になんてなりたくない。

 ピー、ピー、と早く灯油をよこせと言わんばかりのファンヒーターに灯油を与えると、僕は、一足先にテーブルに付いた。目の前には食パンとハムエッグが、食欲を掻き立てる湯気を迸らせている。

 疲れた表情を一切見せない母と、わざとらしく息を切らした父が、僕に続けてテーブルに付く。

「いただきます」

 今 日 も ま た 、 陰 鬱 な 一 日 が 始 ま る 。





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夢の軌跡 蒼りんご @apple-of-blue

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