ソーシャル・ネット・イーティング
髙 仁一(こう じんいち)
ソーシャル・ネット・イーティング ver1.01
とあるカフェの店主は頭を悩ませていた。
なんとか若者に支持される新メニューを考案し、店の知名度をぐっと上げていきたいところだ。
最近は味より見た目を重視するお菓子が流行っている。
それは写真を撮って、他人に「いいね!」と言われたい人間の心理、承認欲求を利用したうまい商売だ。
手軽に可愛いお菓子の写真を共有できる今の時代ならではの商売だ。
その流行りに乗ってみようと息巻いてみたものの、アイデアというものは体に力が入ると出てこないもので、
かれこれ3時間も進展がないままだ。
というか、面倒くさい。
デザインを考えるのが面倒くさい。
カラフルにするのが面倒くさい。
食材を考えるのが面倒くさい。
最低限の味を確保するのが面倒くさい。
ご飯を炊くくらいの丁度いい手軽さで客が来て欲しい。
若者のことを考えるのが面倒くさい。
女子高生の気持ちになってみるなんてことは面倒くさいというか無理。
店主は感覚的な発想が苦手であった。
右脳と左脳のバランスは幼少期から崩壊していた。
右肩下がりだった。
ただ、金だけはあった。
店主は、大手インターネット検索サイト「イヤホッッゥウウウ!!」で適当な催眠術師にあたりをつけ、数十人を集めた。
商店街の貸会議室には訳わかんない格好の、訳わかんない者たちが集まった。
店主「えー、皆さんにはこれから催眠術をかけてもらいます。」
催眠術師A「いや、たくさんお金をもらっていますからね。大抵のことはご協力しますけど。こう同業者がたくさんいるとやりづらいですね。」
催眠術師B「おやおや、Aさんはよほど自分の手の内を知られたくないと見える。私ほどの腕なら全く見られても問題ないですねどね。真似できるわけがないですからね。」
催眠術師C「それで、誰に催眠術をかけるんです?」
店主「全世界です。」
催眠術師D「は?」
催眠術師E「え?」
催眠術師F「なんと!」
催眠術師G「全世界ですか。それはまた大きく出ましたね…。」
催眠術師H「ははは…そんなことできるわけがない。」
催眠術師I「くだらない。俺は降ろさせてもらう。」
店主「ほう。やはり催眠術師というのはただの詐欺野郎どもの集まりだったようだな…。」
催眠術師J「なんだと!?」
催眠術師K「なん…だと…?」
催眠術師L「聞き捨てならないな…。」
店主「もう一度言ってやる!!!お前らはクソどもだ!!」
催眠術師M「なん…だと…?」
催眠術師N「なん…だと…?」
催眠術師O「なん…だと…?」
店主「お前らはTVショーでしょうもない暗示を芸能人にかけ続けるだけのただの機械だ!暗示は全くかかっていないにも限らず、『全然催眠かかってないけど、かかった感じの方がテレビ的にいいんだろうな』的なアイドルや芸人の配慮からクソ詐欺野郎ということを運良くバレていないだけの一般人だ!」
催眠術師P「なん…だと…?」
催眠術師Q「なん…だと…?」
催眠術師R「なん…だと…?」
店主「だけどな、俺は分かっている。お前らがこれまで幾多の苦難を乗り越えたことを。人とうまくコミュニケーションが取れずに、孤独の道を選んだことも。クソくだらない心理学本を読みあさり、実践によって生きた技術を得たことも!!」
催眠術師S「店主…」
催眠術師T「店主…」
催眠術師U「店主…」
店主「今こそ!!己のコミュニケーション能力を解き放ち!!!!全世界を騙してやろうではないか!!!お前ら一人一人の力は小さくても、集まればそれは巨大なうねりとなって宇宙を圧倒するであろう!!ワンフォーオール!!!!オールフォーワン!!!!」
催眠術師A~Z「店主!店主!店主!店主!店主!...」
そして総勢26名の催眠術師による一大プロジェクトが始動した。
(中略)
ソーシャル・ネットワーキングは伝染する。
これは本当に小さい、可愛らしいお菓子だ。
だが人類にとっては偉大な…えーと偉大な…アレだ。ほらなんとかっていう…まぁアレだ。
小さいものほど意外と強いっていうのはよくあることだ。
風邪菌よりインフルエンザウイルスの方が強いし、
鎧を脱いだサムライの方がなんか強かったり、
なんだかんだスッキリしたシンプルデザインの最終形態の方が強かったりする。
そんなこんなで、我がカフェはソーシャル・ネットワーキング・サービスを嵐のように席巻していた。
このお菓子は写真を撮って人に見せたくなるように作ってある。
26人の詐欺師の能力を結集しそういう風に作った。
あいつら詐欺師のくせになかなかやるじゃないか。
我がカフェからは全世界に画像電波が飛び交っていて、ハエみたいにうっとおしいくらいだ。
女子高生も、OLも、サラリーマンも、プロレスラーも。
ただ、ちょっと失敗したこともあった。
このお菓子は『「写真を撮って」人に見せたくなる』ように作ってある。
そのため、画像を見た人も写真を撮りたくなるのだ。
つまり、
①自分のデバイスで画像を見る
②写真を撮りたくなる
③画面の写真を撮る
④人に見せたくなる
⑤インターネットに公開する
⑥(以下①〜⑤のループ)
自分のデバイスの画面の写真を撮りたいがために、わざわざデジタルカメラやスマートフォンをもう一台買うっていうんだから、催眠にかかりやすい人間っていうのは結構多いらしい。
このループを繰り返すもんだから、菓子の写っている画面を撮って、その画面を撮って、その画面を撮って…
中にはメインであるはずの菓子の大きさがカスみたいになっている写真がある。
鏡と鏡を合わせたことある?あんな感じ。
催眠の効力が弱まっちゃうんでやめてほしいんですよね。
お、また客が入ってきたぞ。んん?客…ではないな。
催眠術師V「お疲れ〜。例のお菓子、ある?」
店主「久しぶりだな。どうした?」
催眠術師W「ちょっとお菓子をアップデートしようと思ってね。」
店主「おお!ついに次のバージョンが!」
催眠術師X「そういうわけだ。再確認の意味でも例のお菓子をいただきたいな。」
店主「そういうことなら。」
いつもなら入店をお断りしているだろうわけわかんない格好の集団だが、
新商品の開発のためということで、喜んでスウィーツを出してやる。
催眠術師Y「これこれ!!これが食べたかった!(パシャッ)」
店主「おお〜自分で開発したお菓子だもんな〜久しぶりに食べたいという気持ちもわからんでもない…」
店主「…パシャ?」
催眠術師Z「(動画配信用機材一式を取り出して)はい、ということで、今回はあの人気のカフェ、『MINSAI』に来ています。実はこれ、私が開発したんですよ〜。」
店主「おいお前ら、自分で催眠にかかってんじゃねぇ!」
そのとき、歴史が動いた。
具体的にはお店の外で、「ドゥオオおおおおおおおおおおおおおおおおオンンンンンん!」という爆音が鳴った。
店主「なんだ!?」
急いで店の外に出てみると、向かいの店が三軒ほど、大きな岩に潰されていた。
良かった。向かいのライバル店が潰れたゾ(物理)。
催眠術師A〜Z「なんだなんだ?」
岩の表面には稲妻のようなヒビが入りまくっていて、赤く燃えまくっていた。
催眠術師A〜Z「なんやなんや。」
その燃えがだんだんとおさまってきた所で、大きな岩にぽっかりと穴が開き、中からズルズルと人が出てきた。
催眠術師A〜Z「なんぞなんぞ。」
そいつの肌は緑色で、耳は長く、目は大きかった。年々でかくなるiPhoneの液晶くらいでかかった。
大怪我をしているようで、全身から血が出ている。
血は赤いんですね。
緑の人「pHグヴァhrvfんhpvゴアrH着おアレンfvピオアH着おHr後;愛pH着おdphf替えHをポエtgjf;あ」
と言いながら、店主の方へ歩いてくる。
怖い怖い怖い怖い。
超怖いんですけどぉ〜。
緑の人は店主の目の前に立った。
その長い人指し指を店主の目の前に差し出してくる。
思わず店主も人差し指を合わせてしまった。
ああ、このまま連れ去られちゃうのかな…空飛ぶ自転車で…
と思った。
「こんにちは…今…あなたの脳内に直接語りかけています…」
なん…だと…!こいつ!脳内に直接語りかけてくる…!
店主「こいつ!脳内に直接語りかけてくる…!」
緑の人「あなた…思ったことが口に出ちゃうタイプなんですね…」
店主「俺は思ったことが口に出ちゃうタイプらしい…!」
緑の人「そんなことはどうでもいいんです!私はある目的があってここに来たんです。」
店主「目的…?」
緑の人「あなたを殺しにきました。」
それから、緑の人は聞いてもいないのに自らの境遇を語り始めた。
緑の人「私の出身は第2星雲、ググラテア星。ググラテア星の国々は第3次世界大戦の真っ只中で、強国3国の核ミサイルの飛ばしあいの最中でした。特に私の国では宇宙制空権を重要視し、衛星軌道に宇宙防衛軍を配備し成層圏の外側からの支配を画策していました。しかしある時、人工衛星のアンテナがとある画像ファイルを受信しました。」
緑の人「それは、本当に小さい、可愛らしいお菓子でした。」
緑の人「それを見た宇宙飛行士は、あろうべき事かインターネット上にそれを拡散させたんです。『宇宙でおいしそうなお菓子の画像拾ったwww。これ世紀の発見じゃね?www』というコメントと共に。」
緑の人「宇宙から受信されたそのお菓子の画像は瞬く間に世界中で話題となりました。その画像がこれです。」
緑の人が差し出したホログラムには、小さく小さく、カスみたいな大きさのあのお菓子が写っていた。
お菓子の画像を写真に撮って、さらにその画像を写真に撮って、さらにその画像を写真に撮って…。
鏡と鏡を合わせたことある?あんな感じ。
緑の人「このお菓子を誰しもが食べたくなりました。しかし、私の星にはありません。偉い人もこのお菓子を食べたくなりました。しかし、私たちの星にはありません。もう、お菓子を食べたすぎて戦争どころではなくなりました。
宇宙中から小さなお菓子を見つけるためには、世界中の協力が必要でした。『お菓子を見つけるための休戦協定』。
当初はつかの間の休戦協定と思われていました。
しかし宇宙は広い。結果的に永遠の休戦協定となってしまいました。」
緑の人「私の星の住民は、小さなお菓子に夢を見て、全員が、ええ、本当にすべての住民がそれぞれの宇宙船で宇宙に飛び立ったのです。
それはある種の人海戦術でした。ですが、宇宙はあまりに広すぎ、あまりにも危険でした。
宇宙嵐、人食い星、ブラックホール…様々な災害に飲み込まれ、残ったのは私だけ。」
緑の人「ついに、私は見つけました。あなただったんですね。私の故郷を滅ぼした元凶は。私の故郷を欲望で食い尽くした元凶は。
私も長旅で疲れました。血が足りなくて今にも倒れそ…」
店長は、今にも倒れそうな緑の人を力一杯ぶん殴った。
見た目よりも大分軽いようで、その緑の体は1mくらい吹っ飛んだ。
(パシャ…)
店長「『宇宙人を成敗しました。これって世紀の大発見じゃね?最後の一人ってことで、報復のことを考えることなく、安心して殴れました!』」
店長「『このツイート、バズりそうなんで宣伝しときますね!宇宙一写真に映えるMINSAIのスイーツ。大好評販売中です。よろしく!こちらからは以上でーす。』」
ソーシャル・ネット・イーティング 髙 仁一(こう じんいち) @jintaka1989
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます