爾朱榮⑲やることやったので晋陽に還らせて頂きます。

▼河陰の変の影響さまざま


爾朱榮による朝権の奪取は、

御覧の通りの強権発動というか、

バイオレンスによるものでした。


おおむね、

暴力というものは通常の手続きでは

動かない現実をムリに動かす手段です。


当然ですが、

その反動も非常に強いものになる。


宗室で爾朱榮に従わなかった人々の

動きをチラッと見ておきましょう。




『北史』元悅伝

及尒朱榮舉兵向洛、

悅遂奔梁。

梁武厚相資待。

 尒朱榮の舉兵して洛に向かうに及び、

 悅は遂に梁に奔る。

 梁武は厚く相い資待せり。




オモシロ皇族NO.1の声も高い元悦、

孝文帝の子、宣武帝の弟です。


かいつまむと、

・仏教狂い

・シャブ中

・同性愛者

 ※『北史』の列伝記述の順に従う。

という属性のカタマリみたいな人です。


そんな元悦は河陰の変を知ると、

江南、つまり南朝の梁に逃げました。


梁に逃げた人は他にもおりまして、




『北史』元彧伝

後以本官為東道行臺。

會尒朱榮入洛、殺害元氏、

彧撫膺慟哭、遂奔梁。

 後に本官を以て東道行臺と為る。

 會々尒朱榮は洛に入りて元氏を殺害し、

 彧は膺を撫でて慟哭し、遂に梁に奔る。




元彧は太武帝の子、臨淮王の元譚の

曾孫にあたるのでけっこう疎族です。

しかし、

安豐王の元延明、中山王の元熙とともに

博学と文学で名声を博した人だそうです。


宗室の重鎮の一人ではありましょう。


これらの二人は事が落ち着くと

梁武帝の許しを得て帰国しています。


なぜこんなにカジュアルに宗室連中が

江南に亡命しているかと言えばですね。




『北史』元樹伝

尒朱榮之害百官也、

樹時為郢州刺史、

請討榮。

 尒朱榮の百官を害するや、

 樹は時に郢州刺史たり、

 榮を討つを請う。


梁武資其士馬、

侵擾境上。

 梁武は其れに士馬を資し、

 境上を侵擾せしむ。




獻文帝の子、孝文帝の弟に

咸陽王の元禧というのがおり、

甥である宣武帝の弑逆に失敗、

自殺を命じられています。


元樹は元禧の子ですね。


『梁書』元樹伝では、

「樹は魏に仕えて宗正卿と為り、

 尒朱榮の亂に屬き、

 天監八年を以て國に歸せり」

としていますが、

天監八年=509年ですから宣武帝の治世、

六鎮の乱も始まっていない時期です。


嘘つき、イクナイ。


咸陽王の死は北魏の景明2年=501年、

その後、

子の元翼が会葬を願って許されず、

これも梁に亡命しております。


元樹はさらにその後に亡命したらしい。


んで、

元樹は梁の郢州刺史だったわけですが、

河陰の変の情報を得て好機と見た、と。

梁武帝も兵馬を与えて北魏に侵攻させた。


この元樹の存在が大きいでしょうね。


で、最後に亡命したのが元顥という人。




『北史』元顥伝

武泰初、為相州刺史、

以禦葛榮。

 武泰の初め、相州刺史と為り、

 以て葛榮を禦ぐ。


屬尒朱滎入洛、

推莊帝、授顥太傅。

 尒朱滎の入洛に屬き、

 莊帝を推して顥に太傅を授く。


顥以葛榮南侵、

尒朱縱害、

遂盤桓顧望、圖自安之策。

 顥は葛榮の南侵し、

 尒朱の害を縱にするを以て、

 遂に盤桓顧望して自安の策を圖る。


事不諧、

遂與子冠受奔梁。

 事は諧わず、

 遂に子の冠受と梁に奔れり。


梁武以為魏主、

假之兵將、令其北入。

 梁武は以て魏主と為し、

 之に兵將を假して其れをして北に入らしむ。




この人は河陰の変の時には相州、

つまり鄴とかその辺にいました。


当然、

葛榮の南下を防ぐための出兵です。


河陰の変の後、

孝荘帝からは太傅に任じられ、

相変わらず相州にいたものの、

葛榮には勝てないわ、

洛陽に爾朱榮はいるわ、

将来が不安で不安で仕方ない。


そんなわけで、

生き残る方策を探っていましたが、

どうにも上手くいかず、

結局は江南に泣きながら逃げます。


梁武帝はこの人を利用し、

混乱を極める北魏に出兵します。


この人は後に爾朱榮にも関係するのです。




▼孝荘帝政権のイカレたメンバーをご紹介します。


江南に逃げる宗室も現れる一方、

孝荘帝の政権の中核はこんなメンバーでした。


 元繼:太師、司州牧

  → 爾朱榮と仲がよかった元叉の父

 元顥:太傅、開府,相州刺史(留任)

  → 孝文帝の弟の北海王詳の子

    ※江南に亡命

 李延寔:太保(→太傅)

  → 隴西李氏、孝荘帝の母の兄弟

 元天穆:太尉

  → 皇室の疎族、爾朱榮の義兄弟

 楊椿:司徒

  → 弘農楊氏

 穆紹:司空,領尚書令

  → 爾朱榮の妹が嫁いだ穆建の従弟

 元諶:尚書右僕射

  → 孝文帝の弟のである趙郡王幹の子


御覧のとおり、

元顥も孝荘帝政権に含まれています。


ここに、


 爾朱榮:

  使持節、侍中、都督中外諸軍事、大將軍、

  尚書令、領軍將軍、領左右


が加わって孝荘帝政権の中核となります。


ざっと見る限り、

孝文帝の直系の子孫がいませんね。


孝荘帝=元子攸が孝文帝の甥、

孝文帝の弟である彭城王の元勰の子ですから、

孝文帝直系の血筋がいるとおかしくなります。


孝文帝の血筋では、

京兆王の元愉の子の元寶炬が孝文帝の孫にあたり、

「属性のカタマリ」元悦は孝文帝の子ですから、

孝文帝との関係では元子攸よりも直系に近いです。


 獻文帝┬孝文帝─┬宣武帝─孝明帝

    │    ├元愉──元寶炬◀

    │    └元悦◀

    ├彭城王勰─元子攸(孝荘帝)◀


実際、孝荘帝の即位は獻文帝から見ると、

長子からその弟の血筋に皇統が移っており、

正統性の観点ではちょっとおかしい。


宣武帝の男児は孝明帝しかおらず、

孝明帝は男児を残していませんから、

別の皇統から跡継ぎを選ぶのなら、

孝文帝の血筋が優先されるはずです。


爾朱榮としては、

「孝文帝の子孫にロクなのがいない」

という理由で獻文帝まで遡り、

孝文帝の弟の彭城王の血筋から選んだ、

ということなのでしょうね。


ただ、

ここでも爾朱榮の孝文帝キライが

チラチラと見え隠れする気もします。




▼最後の布石として娘を皇后に建てました。


一方、孝荘帝が即位したものの、

皇后はまだ冊立されていません。


チャンスです。


そこで、

爾朱榮は自分の娘を皇后とするよう

孝荘帝に求めました。



『北史』爾朱榮伝


榮女先為明帝嬪、

欲上立為后、

帝疑未決。

 榮の女は先に明帝の嬪と為り、

 上り立てて后と為さんと欲するも、

 帝は疑いて未だ決さず。


給事黃門侍郎祖瑩曰、

「昔文公在秦、懷嬴入侍。

事有反經合義、

陛下獨何疑焉?」

上遂從之、榮意甚悅。

 給事黃門侍郎の祖瑩は曰わく、

 「昔、文公の秦に在るに懷嬴は入侍せり。

 事に經に反して義に合するあり、

 陛下は獨り何ぞ疑わんや?」と。

 上は遂に之に從い、榮は意に甚だ悅ぶ。




ところが、

爾朱榮の娘は先に孝明帝の

後宮に入っていたのですね。


そのため、

孝荘帝としては躊躇せざるを得ない。


礼に悖る可能性があります。


似たような事例は、

唐の高宗の武皇后=則天武后とか、

そんな感じだったようですね。


当然、爾朱榮はイライラです。


そこで、

給事黃門侍郎の祖瑩という人が

孝荘帝の説得にかかります。

「秦の穆王の娘の懷嬴は晋の人質となった太子圉に妃として与えられましたが、太子圉が母国に逃げ帰った後、秦を頼った晋の文公=重耳の妃になりました。儒教の教えに反して見えても、義理に叶った行いというのはあるのですから、陛下のご懸念はあたりません」


この祖瑩の子は祖孝徴という奇人変人、

祖瑩もたいがいロクな人ではなく、

空気を読んだ感ヒシヒシです。


儒家らしく故事を引いた説得を受け、

孝荘帝はついに爾朱榮の娘を皇后に

冊立することになります。


当然、爾朱榮は大喜びです。


グランパ、すなわち爾朱代勤は

太武帝の皇后の賀氏の外舅として

なかなか優遇されました。


一方、

爾朱榮の娘は皇后ですから、

国舅というヤツですねえ。


爾朱氏も来るところまで来た感じです。


そんなこんなをするうちに夏五月、

爾朱榮は洛陽での用事を済ませて

北の晋陽に帰ることにしました。




『北史』爾朱榮伝

五月、榮還晉陽。

 五月、榮は晉陽に還る。


乃令元天穆向京、

為侍中、太尉公、錄尚書事、京畿大都督,兼領軍將軍、

封上黨王。

 乃ち元天穆をして京に向かわせ、

 侍中、太尉公、錄尚書事、京畿大都督,兼領軍將軍と為し、

 上黨王に封ず。


樹置腹心在列職、

舉止所為、皆由其意。

 腹心を樹置して列職に在らしめ、

 舉止、所為は皆な其の意に由る。




ちなみに、

『魏書』孝明帝紀によると、

爾朱榮が洛陽を発ったのは辛酉の日、

洛陽入城が辛丑の日ですから、

洛陽滞在は21日ということになります。


この間、

爾朱榮は娘を孝荘帝の皇后とし、

要職に部下を置いて行動を監視、

さらに、

入れ替わりに晋陽にあった腹心の

元天穆を洛陽に向かわせています。


北魏の朝廷を支配して皇帝さえも

抗えないようになったわけですが、

葛榮をはじめとする六鎮の叛乱は

相変わらず健在でございます。


晋陽に還った爾朱兵団はいよいよ、

本領「狩り」に向かうことになります。

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