邢子才④生命の危機×2を華麗にスルーして北齊建国まで生き延びました。


▼洛陽から嵩高山に逃げて殺戮を回避してみました。


強運により奇跡的に河陰の変での

血祭りを避けた邢子才さんですが、

永安の初めには中書侍郎となり、

詔の起草などに関わっています。


それ以降の足跡を追ってみましょう。




『北齊書』邢子才伝


及尒朱榮入洛,

京師擾亂,

卲與弘農楊愔避地嵩高山。


 尒朱榮の洛に入るに及び、

 京師は擾亂せり。

 卲は弘農の楊愔と與に地を嵩高山に避く。




ここで言う爾朱榮の入洛は、

武泰元年(528)ではありません。


永安三年(530)9月を指します。

河陰の変から2年半ほど後ですね。


この時、

爾朱榮に擁立された孝荘帝=元子攸は

爾朱榮の専権を嫌い、計略を案じます。


しかし、

当時の北魏朝廷はメロメロです。

しかも、

爾朱榮の腹心も多くおりました。


機密情報はダダ漏れになっており、

爾朱榮が晋陽を発したと聞くと、

「爾朱榮は必ず叛くだろう」

「皇帝は爾朱榮を害するのではないか」

人々は口々にそう言ったそうです。


政局が誰でも分かっておったのです。


何しろ、

孝荘帝が爾朱榮暗殺を企てていることは、

当の爾朱榮の耳にも入っていたくらいで。


ただ、

爾朱榮はよほど孝荘帝を見くびっていた。

わりと無用心に洛陽に入ってしまいます。


その結果、

爾朱榮は孝荘帝により誅殺され、

10月には爾朱榮の従子の爾朱兆が

別に皇帝を擁立して挙兵します。


12月、爾朱兆は洛陽に攻め込み、

孝荘帝の身柄を拘束します。


なんというか、

自爆に近い感じですよね。


洛陽に入った爾朱兆はモロモロを

やらかします。


爾朱皇后の子を撲殺したり。

バルバロイにもほどがある。


つまり、

河陰の変に続く殺戮であります。


孝荘帝は同月のうちに晋陽で弑虐され、

これより北魏末は新局面に入るのです。


さて、

この混乱の直前、

邢子才さんはあっさり洛陽を捨て、

郊外の嵩高山に身を隠しました。


まあ、

それだけ情報がダダ漏れならば、

洛陽を捨てるのも当然ですかね。


しかし、

邢子才さんの嗅覚はスゴイです。

ヤバイと見るとあっさり逃げる。


サバイバル能力が激烈高いです。


で、

今回のお供は楊愔という人です。

相変わらず一人で行動しません。


この人は後に北齊政界における

大立者になる人でもあります。


残念ながら、

終わりをよくしないのですが。


ってか、

北齊の執政者で天寿を全うした人、

ほとんどいないです。


皇帝に気に入られる=死亡フラグ


こんな王朝はちょっと珍しいです。


ちなみに、

楊愔が属する弘農楊氏ですが、

一族の楊侃が爾朱榮の暗殺に

深く関与しておりましたため、

けっこうな虐殺を喰らいました。


当然、楊愔は血涙を流し、

爾朱氏への復讐を誓います。


これはこれでドラマチックなのですが、

別の機会に詳しくお話できれば、です。


それはさておき、

邢子才さんはこの度も洛陽から離れ、

虐殺被害者に加わることを避けました。


もはや、

これは一種の才能と言ってよいでしょう。



▼爾朱兆の政権に加わってみましたが、ヤバイ感じだったので実家に帰らせて頂きました(特別手当付き)


嵩高山を下りた後はどうしたのでしょう。



『北齊書』邢子才伝

普泰中,兼給事黃門侍郎,

尋為散騎常侍。

太昌初,勅令恒直內省,

給御食,

令覆按尚書門下事,

凡除大官,

先問其可否,然後施行。

除衞將軍、國子祭酒。

以親老還鄉,

詔所在特給兵力五人,

並令歲一入朝,

以備顧問。

丁母憂,哀毀過禮。


 普泰中、給事黃門侍郎を兼ね、

 尋いで散騎常侍と為る。

 太昌の初め、勅して恒に內省に直せしめ、

 御食を給わる。

 尚書門下の事を覆按せしめ、

 凡そ大官に除するに、

 先に其の可否を問い、然る後に施行さる。

 衞將軍、國子祭酒に除せらる。

 親の老ゆるを以て鄉に還るに、

 所在に詔して特に兵力五人を給せしめ、

 並びに歲ごとに一たび朝に入り、

 以て顧問に備えしむ。

 母の憂に丁り、哀毀すること禮を過ぐ。




普泰は永安3年(530)の翌年のことです。


この頃、

北魏朝廷は爾朱兆をはじめとする

爾朱氏により支配されています。


爾朱榮の頃と何ら変わりない、

というわけでもなく、よほど

朝廷の権威は失墜しています。


鉄と馬とバイオレンスの世界です。


それが証拠に、

普泰に改元した理由は、

それまでの皇帝を廃し、

新帝が即位したためです。


完全に傀儡です。

本当にありがとうございました。


この時、

邢子才さんは大赦を宣する詔を書きます。

官は給事黃門侍郎を加えられていますね。


つまり、

嵩高山で洛陽の混乱を避けた後、

ノコノコ洛陽に戻っているのです。


そして、

しれっと爾朱兆の政権に加わる。


うーん、痺れますね!憧れますね!


時の皇帝は元恭という人、

後に節閔帝と称されます。


節閔帝。


もう、字面からして気の毒。

ぜったいロクな人生じゃない。


一方の邢子才さん、

すぐに散騎常侍に除任されると、

中書省に住むようになります。

しかも、

食事は皇帝と同じ御食です。


どんだけ重用されているのか、と。


尚書門下に集る案件を処理し、

さらに大官の人事についても

先に意見を求められています。


翌年には衞將軍、國子祭酒の官に

昇進していますが、

いきなりここで辞任を願い出ます。


理由は、

両親が高齢のために面倒を見たい。


孝を否定できる人はおりません。

まんまと洛陽から故郷に帰ります。


これはもう、

爾朱兆の政権を見限ったのでしょう。

相変わらずの嗅覚です。


それにも関わらず、

勅命により郡縣は5人の兵を与え、

年に一度は洛陽に入朝を命じる、

そういう特権まで与えられてます。


つまり、

故郷に逃げ帰る気マンマンなのに、

政権側の理解まで得てしまってる。


なんというかもう、

立ち回りの上手さに驚愕ですよ。


ただ、

故郷で暮らす最中に母を失いました。


その悲しみは甚だしく、

食事や睡眠の不足から体を壊した

史書にはそう記載されていますね。


いずれにせよ、

しばらくは故郷の河間で過ごした、

そういう時期であったことです。


これが、35歳頃のお話です。



▼北齊建国に到達、ほぼこの頃が人生の最盛期だったような感じです。


爾朱氏の朝廷を退いた邢子才さん、

これまた正解でして、

爾朱氏は高歓により滅ぼされます。


普泰元年の10月、

高歓は新たに皇帝を立てます。


爾朱氏からの独立を図ったわけですが、

それより約1年で爾朱氏は滅亡します。


この間、邢子才さんはおそらく、

故郷の河間にいたのでしょう。


当然、爾朱氏が滅びた後、

しれっと東魏に加わっています。


東魏にあっても栄達しており、

その頂点が北齊建国の頃です。




『北齊書』李渾伝

天保初,除太子少保,

邢卲為少師,楊愔為少傅,

論者為榮。


 天保の初め、太子少保に除せらる。

 邢卲は少師と為り、楊愔は少傅と為り、

 論者は榮と為せり。




北齊が建国されると、

天保に改元されます。


その初めの頃、

李渾が太子少保、

邢子才さんが太子少師、

楊愔が太子少傅

という官に任じられています。


これは、

皇太子の教育係ですよね。


李渾は邢子才さんと一緒に青州に行き、

楊愔は邢子才さんと嵩高山に逃れ、

それぞれに縁がある人でありますね。


邢子才さんは幸福だったでしょう。

文学が分かる知人ばかりですから。




『北齊書』邢子才伝

後楊愔與魏收及卲請置學。

累遷太常卿、中書監,攝國子祭酒。

是時朝臣多守一職,

帶領二官甚少,

卲頓居三職,

並是文學之首,

當世榮之。


 後に楊愔と魏收及び卲は學を置くを請えり。

 太常卿、中書監,攝國子祭酒に累遷す。

 是の時、朝臣は多く一職を守り、

 二官を帶領するもの甚だ少し。

 卲は頓に三職に居り、

 並びに是れ文學の首、

 當世は之を榮とす。




また、

楊愔、10歳下の魏収とともに、

国子学を置くよう求めました。


これも北齊の天保元年(550)と思われます。


文宣帝紀の天保元年八月條に、

郡縣に学を置く詔が発されています。


この年、東魏の禅譲を受け、

北齊が建国されました。


置学も禅譲に絡んだ請願だったのでしょう。


この時、

邢子才さんは54歳になっています。


北齊の初め、邢子才さんは

太常卿、中書監,攝國子祭酒という

三つの官職を兼任します。


北齊の朝廷では兼職する官僚は少なく、

文学に関わる官職を3つ兼任したため、

栄誉であると見なされておりました。


その一方、東魏から北齊までの間、

伝にはあまり記事がありません。


つまり、

政治の中心からは遠くなっていたのでしょう。

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