爾朱榮⑧北魏朝廷との関係を考えてみます。part.1

▼朝廷が自爆して六鎮の乱が山東に飛び火しました。


爾朱榮はなにげに肆州の城を陥れ、

一族の爾朱羽生を刺史に任じました。


普通なら討伐の兵が派遣されるレベルです。


しかし、

時は六鎮の乱の真っ最中、

そんな暇はありません。


朝廷も軽くスルーしました。


一方、

六鎮の乱は拡大の一途をたどり、

叛乱は山東にまで飛び火します。


時に孝昌二年(526)春、

破六韓抜陵の挙兵が正光四年(523)秋なら、

それから約二年半が過ぎたことになります。


定州といえば山東です。

なぜ陰山南麓で広がった叛乱が定州に?


この経緯は なかなかにマヌケでして、

前年の孝昌元年の夏に蠕蠕の阿那瓌が

破六韓抜陵の叛乱軍を大破しています。


場所は黄河の最北地点に近い五原とか

そのあたりだったと見られます。


破六韓抜陵は黄河を南に渡って

逃げたようですからね。


その時に投降した叛徒は20万人!


いきなり20万人の食糧が必要になります。

食糧がなければ、掠奪に走ることは必至。


その際の処遇は、

叛徒を定州、冀州、瀛州の三州に移す、

というメチャクチャなものでありました。


現場に出ていた廣陽王の元深と元纂は、

叛徒の故郷に近い朔州の北に安置して

食糧を供給すれば叛乱は勝手に解体する、

となかなかの提言をしたのですけどねえ。


で、

流民の群は黄河の最北端からひたすら東し、

代の南東の飛狐口あたりから定州に入った。


当然ですが、山東に移らせた理由も

山東に食糧あっからそっちに行けや、

というものだったと想像されます。


孝昌元年(525)秋から翌年春にかけて、

20万の流民が移動していたわけですね。


途中で餓死や凍死が続いたであろうこと、

おそらく疑いありますまい。


その結果、

定州に入ったところで不満が爆発、

鮮于脩禮を担いだ叛乱が発生します。


なるほどですね。

北魏の朝廷って、バカなのかな?




▼六鎮の乱の発生以降も爾朱榮と朝廷はポツポツ遣り取りしていました。


定州の叛乱を知った爾朱榮、

「コイツはヤベえ」と思ったんでしょう。


何しろ山東から太行山を越えれば山西、

山西と言えば爾朱榮の本拠地ですよ。


しかも、

叛乱が起きた左人城は定州の治所である

盧奴の西北の地と推測されますが、

そこから南西に行くと井陘に到ります。


井陘は太行を越える主要な関の一つ、

西に抜ければ定襄、九原を経て狼盂、

狼盂と言えば秀容の目と鼻の先です。


いつの間にか

叛乱軍がご近所、なんてなりかねません。


朝廷に上奏して山東出兵を願い出ました。




『魏書』爾朱榮伝


鮮于脩禮之反也,榮表東討,

復進號征東將軍、右衞將軍、假車騎將軍、

都督并肆汾廣恒雲六州諸軍事,

進為大都督,加金紫光祿大夫。

 鮮于脩禮の反するや、榮は東して討ぜんことを表し、

 復た號を征東將軍、右衞將軍、假車騎將軍、

 都督并肆汾廣恒雲六州諸軍事に進め、

 進みて大都督と為り、金紫光祿大夫を加う。




ちなみに、この頃、

爾朱榮は斛律洛陽を平定しており、

まだ肆州の城を襲っていません。


肆州攻めはこの年の秋のようです。


また、ここで言う「表東討」が、

・朝廷の兵を山東に派遣する

・自分に山東への出兵を命じる

いずれを求めたのか不分明です。


一応、朝廷は長孫稚と河間王の元琛という

二人に山東への出征を命じておりますので、

前者であれば実際に出兵が行われており、

後者であれば爾朱榮の出兵は許さなかった、

ということになります。


それでも、朝廷は嘉して軍号を与え、

大都督、金紫光祿大夫に任じました。


露骨なご機嫌とりですね。


次に朝廷から爾朱榮に詔が下るのは

孝昌四年(528)春のことですから、

実に二年後となります。




『魏書』爾朱榮伝


時杜洛周陷中山,

於時車駕聲將北討,

以榮為左軍,不行。

 時に杜洛周は中山を陷れ、

 時に車駕は將に北討せんと聲し、

 榮を以て左軍と為すも、行わず。




鮮于脩禮は定州城を攻めたものの、

楊津ようしんという人が堅守して攻めきれず、

離間の計によって部下に殺されます。


ここでの楊津の防戦は凄まじく、

賊が地下道を掘って進んでくると、

炉を設けて熔かした鉄をブン投げ、

一歩も城に近づけませんでした。


これを賊は「楊公の鉄星」と呼んで

何より懼れたそうな。当たり前だ。


熔けた鉄とかシャレになりません。


その後、叛乱軍内はゴタゴタしつつも、

懐朔鎮将であった葛榮という人が掌握し、

冀州に転じて主要な城邑を落としました。


一方、

杜洛周は北京の北の上谷で叛乱し、

幽州を破って南下してきました。


その軍勢が定州に攻め寄せたわけです。


救援を欠いた楊津は抵抗をつづけますが、

長史の李裔という人が内から城門を開け、

盧奴は杜洛周の手に落ちました。


このことを受け、

北魏の朝廷は孝明帝の親征を宣言し、

爾朱榮を左軍に任命しましたが、

実際には行われなかったのですね。


しかし、

どうも時期が合わない気がするなあ。


『通鑑』によると、孝明帝の孝昌年間の

親征に関する記事は以下の三つ、

・孝昌元年冬

 :曹義宗が荊州に侵攻した際

・孝昌二年五月

 :鮮于脩禮の討伐に失敗した際

・孝昌三年正月

 :四方の叛乱が平定できないことによる

探せばもう少しあるのかも知れませんけど、

孝昌四年の記事は見あたりませんでした。


引用したなのが四年の親征の記事、

とも言えなくはないんですけどねえ。


で、次がこれです。




『魏書』爾朱榮伝


及葛榮吞洛周,

凶勢轉盛。

 葛榮の洛周を吞むに及び、

 凶勢は轉た盛んなり。


榮恐其南逼鄴城,

表求遣騎三千

東援相州,

肅宗不許。

 榮は其の南して鄴城に逼るを恐れ、

 表して騎三千を遣りて

 東のかた相州を援けんことを求むるも、

 肅宗は許さず。


又遷車騎將軍、右光祿大夫,尋進位儀同三司。

 又た車騎將軍、右光祿大夫に遷り、

 尋いで位を儀同三司に進めらる。



葛榮が杜洛周を殺して軍勢を奪うのは、

孝昌四年の二月、定州失陥の一月後。


どうも間が詰まりすぎている気がする。


洛陽と秀容の間の往復だけでも十日から

半月くらい普通にかかりそうですからね。


山東の情報が洛陽に入るにもさらに

半月くらいはかかるでしょうから、

何とも茶番クサイ記事であることよ。




▼実質的に肆州と并州を支配して独立国家「山西」を樹立しました。


爾朱榮の上奏は許されませんでしたが、

自衛のために勝手なことを始めます。




『魏書』爾朱榮伝


榮以山東賊盛,

慮其西逸,乃遣兵固守滏口以防之。

 榮は山東の賊の盛んなるを以て、

 其の西に逸るるを慮り、

 乃ち兵を遣りて滏口を固守して以て之を防ぐ。




マジか。。。


滏口ふこうって鄴の西北、

滏水ふすいの上流にあります。


山西の晋陽と山東の鄴の間にあり、

どうも壷口関ここうかんの山東側出口っぽい。


山西側の所在地は并州上党郡、

肆州よりだいぶ南になります。


そもそも所管エリアじゃなくない?


この問題をどう考えるべきでしょうね。


まず、当時の并州刺史が誰だったか、

おそらく元天穆げんてんぼくという人と推測されます。


伝に六鎮の乱発生後に并州刺史となった

と明記されています。


この元天穆という人は

六鎮の乱の平定に向かう軍勢に従い、

途中で秀容にいる爾朱榮と会いました。


出会いは偶然であったらしいですが、

元天穆と爾朱榮は意気投合し、

毎度おなじみ義兄弟になっています。


ちなみに、

元天穆が兄で爾朱榮は弟です。


で、

その元天穆が并州刺史となった経緯を

列伝から抜き出してみますね。

 未だ幾ばくもせず、

 (爾朱)榮は天穆の行臺と為るを請うも、

 朝廷は許さず、

 改めて別将を授けて秀容に赴かしむ。

 是の時、北鎮は紛乱して所在は蜂起し、

 六鎮は蕩然として復た蕃捍するなし。

 惟だ榮のみ當に路衝を職りて

 散亡を招聚すべし。

 天穆は榮の腹心と為り、

 并州刺史に除せらる。


少々長いですが、重要な箇所です。


つまり、

元天穆は爾朱榮の要請により洛陽から

別将として秀容に遣わされたのですね。


そして、

爾朱榮の腹心として任を果たすうち、

并州刺史に除任されたということになる。


除任の時期ですが、

おそらくは肆州の城を落とした後でしょう。


肆州の北の恆州は六鎮の乱の混乱状態、

爾朱榮が支配領域を広げるにあたって

最も手を出しやすいのが南の并州です。


その地の刺史に元天穆を用いることで、

爾朱榮の南下を回避したのでしょう。


ただし、

元天穆と爾朱榮は義兄弟の間柄、

さらにその腹心でもありますから、

実質的に肆州と并州は二つながら

爾朱榮の支配に従ったのでしょう。


それゆえ、

爾朱榮は并州に兵を送り込めた。


そう考えると、

滏口への出兵も腑に落ちるのです。


逆に、

北魏としてはそれでいいのか、

という疑問の方が大きいのですが。


この頃、

山西は北魏から半独立状態にあった、

つまり、そういうことなのですよね。

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