韋孝寛⑨玉壁に出征せざるを得なかった高歓の都合とは?

▼高歓、13年目にしてホンキを出す。


大統十二年(546)、

高歓は西魏の平定に本腰を入れます。


孝武帝が長安に逃れて13年目、

西魏では宇文泰を中心とする体制が安定、

河東の玉壁ぎょくへき

河南の弘農こうのう

の防備を固め終えており、

遅きに失した感は否めません。


しかし、

西魏の勢力はまだ蜀まで及んでおらず、

国力を比較すれば東魏の優位は明らかです。


そもそもなぜこの時期までずれ込んだのか、

という問題もあるわけですが。




▼東魏って実はけっこう大変なのです。


東魏の体制を考えるに、

国力では西魏を圧倒しておりましたが、

それをすべて西魏に振り向けられる状況

でもなかったのです。

・南東の淮水わいすい方面に梁との国境が展開

・北の陰山いんざん南麓に柔然との国境が展開

これらの国境地帯にそれなりの兵を

常駐させなくてはならなかったのです。


一方の西魏は国土の狭さもあり、

漢中と荊州でちょっと梁との国境があるだけ

数年後、潁川も失ってしまいました。


また、

武官=鮮卑=武人

文官=漢人=官僚

の対立がありました。


孝武帝が長安に逃れた際、

洛陽の官僚はほとんど従いませんでした。


これはつまり、

西魏には洛陽の官僚機構と漢人豪族が

ほとんど流入しなかったということです。


これが、

西魏の超人官僚=蘇綽そしゃく

活躍の余地を与えるわけですが、

それはそれとして。




▼宿命のライバル、水と油の鮮卑系武人と漢人士大夫


官僚機構と漢人豪族を引き受けたのが、

東魏です。


そもそも、

高歓の軍事力の基礎は爾朱榮から高歓という

非漢人軍閥に従ってきた鮮卑や匈奴の武人、

それに六鎮の乱に参加して爾朱榮に降った

鮮卑中心の兵力、この二つによっています。


高歓は豪族層の出身ではなく、

累代の部下はおりません。


結果、

勲貴と呼ばれる成り上がり武人の多くは、

爾朱榮に従っていたけど爾朱氏没落に際し、

高歓に乗り換えた人々。


元は高歓の同僚でもあります。


だから、

たとえば宇宙大将軍=侯景のように、

「高歓には従うけど

 他のヤツには従わないよ」

という自由奔放なタイプが多かった

と思われます。


そんな勲貴のみなさんを放し飼いにすると

ナチュラルに行うのは、

「汚職と蓄財」です。


お金って素晴らしい。


「こちとら命を的に軍功を稼いでるんでい。

 戦がなきゃイイ暮らしさせてもらうゼ!」

というわけで、

州刺史や郡太守に任じられるや、

「民を慈しむとかなんの冗談でえ」

くらいの勢いで蓄財に勤しんだわけです。


気持ちは分かりますので、

これは勲貴を地方官に任じた

東魏がよろしくない。


こういう方々には、財貨と栄誉を与え、

飼い殺しに甘んじて頂くよりないのです。


高祖劉邦

「粛清しちゃえばいーじゃん」


たしかに高祖の仰るとおりであり、

それがベスト。


しかし、

西魏と梁が健在であり、

軍事力を弱めるわけには参りません。


そのため、

勲貴の横暴を抑制しつつ軍事力を維持する、

という無理ゲーが高歓の子の高澄こうちょう

漢人官僚ズに与えられるわけです。


この命題にチャレンジした

漢人官僚の一群があり、

 杜弼とひつ

 陳彦康ちんげんこう

 崔暹さいせん

 楊愔よういん

 崔季舒さいきじょ

 祖孝徴そこうちょう

といった方々が命を賭けて挑み、

敗れ去っていきました。


しかも、

おおむね終わりをよくせず、

素の暴力を喰らって

片目がデロンと飛び出した人がいるくらい、

凄惨な終わりを迎えた人もいたのです。


楊愔さんなんですけどね。シャレにならん。


そんな東魏は国=利権の大きさもあり、

鮮卑武人と漢人士大夫の争いが止まず、

高歓をはじめとする高氏のみなさんは

手綱をとらなくてはならなかったのです。


これに手間がかかった、

ということもありましょう。




▼衝撃! 実は東魏は3つに分断された国家だった!!


そもそもですが、

東魏の体制にも問題がありました。


先にもちょっと触れましたが、

東魏は政治的中心と軍事的中心を分けた

特殊な体制にありました。


しかも、これは河北限定です。


河南は宇宙大将軍=侯景の専制に委ねており

その前段で東魏は二つに分けられるのです。


要するに、

 河南=侯景

 河北

 ・軍事的中心

  =山西(晋陽)

  =高歓

  =勲貴&鮮卑系将兵

 ・政治的中心

  =山東(鄴)

  =高澄

  =東魏帝と漢人官僚ズ

こうなっておったのです。


河南では侯景が専権を許されており、

こちらは

高歓が存命中は安定していられました。


一方、

晋陽にある高歓は鮮卑系武人の面倒を見つつ

子の高澄を介して政治的中心の鄴にも睨みを

利かせなくてはなりませんでした。


当然、

東魏帝の周囲には

高歓を憎む宗室の元氏もいたわけですから、

こちらも目が離せません。


圧倒的な国力差から高歓有利

と思い込みがちですが、

東魏の体制を読み込んでいくと、

大きな問題が見えて参ります。


史書からの引用は煩雑なので省略!




▼東魏=高歓は追いつめられて西魏に出征せざるを得なかったかも知れない、というお話。


そういうわけで、

国力は圧倒的と言われながらも色々と

足をとられていた東魏=高歓ですが、

いよいよ晋陽の大軍を動員して

西魏を滅ぼすべく動き出しました。



『周書』韋孝寬伝

十二年,齊神武傾山東之眾,

志圖西入,

以玉壁衝要,

先命攻之。


 十二年、齊神武は山東の眾を傾け、

 志は西に入るを圖る。

 玉壁の要に衝たるを以て,

 先に命じて之を攻めしむ。



『北齊書』神武本紀によると、

晋陽に軍勢が揃ったのは八月のこと、

玉壁を包囲したのは九月とされています。


九月は季秋きしゅう

つまり、

秋の終わりです。


これから冬にかけて

関中平定戦を想定していたのでしょう。


この点は注意が必要でして、

先に邙山ぼうざんの戦で西魏軍を破った後、

追撃に消極的な武人たちは、

「野に青草がない」と言い訳しておりました。


彼らにとっては騎馬での戦が前提です。

当然、馬に飼葉を与えないといけません。


夏はその辺の青草を食ませればよいのですが

冬になるとそうは参りません。


この時、

東魏軍は十分な糧秣を用意していたはずです。

冬に戦しようというのですから、

そりゃあそうでしょう。


で、

飼葉の準備は春から夏にかけて、

茂った青草を刈って

乾燥させなくてはなりません。


十二年の春夏は

そういうことをしていたのです。


つまり、

東魏の本格的な侵攻は前年の末には

決まっていなくてはならない。


何しろ、

「山東の眾を傾け」ですからね。

総力戦です。


ご利用は計画的に。


その前年、西魏の大統十一年(545)、

高歓は50歳になりました。


一方、

宇文泰は39歳、

玉壁を守る韋孝寛は37歳です。


さらに言えば、

高歓の子の高澄は25歳です。


これは、

高歓が焦る理由も分かろうというものです。


ハナシが逸れますが、

高歓は齢50にして

柔然じゅうぜん頭兵とうへい可汗かがんの娘を

新たに皇后として迎えました。


エロオヤジ。


これを蠕蠕ぜんぜん公主こうしゅと呼びます。

柔然と結んで侵攻を抑制するためでした。


糟糠の妻である疋婁昭君ひつるしょうくん

了承し、自ら正妻の座を退いています。


この逸話の興味深いところとして、

頭兵可汗は弟の禿突佳とくとつかを随行させ、

「子が生まれるのを確認してから帰国せよ」

と命じておりました。


当然、禿突佳としては

チャッチャと子を作って還らせて欲しい。


そんな折、

高歓は病に伏し、

公主を訪れられなくなります。


早く帰りたい禿突佳は非常に怒り、

それを知った高歓は輿に乗って

公主の許に赴いたそうな。


蠕蠕公主は10代後半だったと思われます。


R18のギャルゲーかよ!


ちなみに、

蠕蠕公主の嫁入りは玉壁出征の前年八月、

高歓が病に臥したのはそれより後、

おそらく冬のことでしょう。


こうなると、

高歓が自ら亡き後の東魏を

憂えたとしても不思議はありません。


先に見たとおり

東魏は三つに分裂した国家であり、

高歓が亡くなれば侯景は必ず自立を図る。


そのことは高歓も重々に承知していました。


そうなる前に

西魏を平定しなくてはならない。


圧倒的優位と思われがちな東魏ですが、

実は追いつめられていたのではないかな、

と解釈もできなくはない、

そういうお話でした。


そんな事情もあってか、

高歓はこのタイミングで

大挙して西魏に侵攻したわけです。

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