第62話 ヒビ割れた日常
今日のLHRで決まったのは、誰が執事をやるのかと実際に出すメニューまでだった。初日からこれだけ決めることが出来れば十分だろう。好スタートと言える。俺たちの心情を無視すれば、の話だが。
「なんで転校二日目でうちのクラスにまで魔の手が伸びてるんだよ……」
「世奈とまひるさんは相性良かったんだろうなぁ……」
うちのクラスでやることになった執事喫茶。柏木から話を聞くところによると、どうも今日の昼休みにまひるさんから接触されたらしい。昨日の放課後に起こった惨事もあったから多少は警戒していたらしいが、これが結構話しが合うらしく。見事まひるさんに懐柔された柏木はあの人の言いなりになって我がクラスで執事喫茶をやることに成功。
なんで執事喫茶なのかと聞いたところ、俺と朝陽の面白い姿が見れるから、らしい。ちなみにその現場には広瀬もいたそうな。いや止めろよおい。
「クラス違っても関係なかったな」
「いや、同じクラスならもっと直接的ななにかしらをされてるだろ」
「例えば?」
「俺と真矢の恥ずかしい失敗談とかクラス中に暴露されたり」
「俺レベルになると人生失敗ばかりだからな。今更その程度痛くもかゆくもない」
「真矢が昔まひるさんに告って振られたこと暴露されたり」
「それ言い出したらマジで鬼だぞあの人」
いや、まひるさんだって大した関わりのないやつらにその辺の話を吹聴したりしないだろう。夏休みの時にあの人の口から葵に教えたのは、俺の彼女だから、という側面があるだろうし。側面もなにもそれが正面だわ。それ以外に理由なんてなさそう。
さて。場所は変わって放課後の第一会議室。我が校には会議室が三つほどあるが、その中でも一番デカイのがここだ。各クラスの文化祭実行委員二名ずつと生徒会の面々が集まり、週に一度ここで進捗等の確認を行う。
俺と朝陽は終礼が終わってからすぐに来たから、会議室にはまだ疎らに人が集まるのみ。そんな中、他学年にも関わらずこちらを見てヒソヒソと話す女生徒が何名か見受けられる。さすがは朝陽。学年を超えての人気者とは恐れ入る。
「知ってるやついればいいんだけどなぁ」
「お前のことを知ってるやつは大量にいそうだけどな」
「一方的に知られてるってだけで結構怖いもんだぞ。まあ、しゃーないところはあるけどな」
「そういう風に振る舞ってるお前も悪い」
「違いないな」
くつくつと笑う朝陽だが、そういう風に振る舞わざるを得ないことくらい、俺だって分かっている。中学の頃からずっとそうだった。
本人が生きたいように生きているのに、周囲からの過度な期待がいつの間にかその在り方すらも歪めてしまう。
その期待に応えることが出来てしまうのが、なによりタチの悪い話だ。
ただバスケを頑張っただけ。少しでも友人と仲良く騒いでいたかっただけ。本当にそれだけだったのに、気がつけば周囲の人間からそれ以上を求められ、そうあることが当たり前なのだと誤認する。
ともすれば、俺だってそんな人間の一人かもしれない。
「自覚があるなら、やめればいい。それだけで肩の荷は下りるはずだぜ?」
「……っ!」
「うおっ! ビックリしたぁ!」
突然聞こえた銀鈴の声に肩を震わせる。朝陽なんかは大袈裟にも声を出して驚いてる。背後に振り返れば、銀の髪を靡かせたまひるさんが立っていた。その後ろには葵の姿も。
「やあ二人とも。君たちのまひるさんだ」
「こんにちは。お二人も実行委員だったんですね」
「葵はともかく、なんでまひるさんまで……」
「実行委員になったからに決まってるだろう。そんなことも分からないとは、君もいよいよ脳の退化が始まったか?」
転校二日目のくせにもうクラスの代表やってんの? 行動力の化身かよ。
いや、葵の方も意外と言えば意外ではあるか。彼女はたしかにリア充グループに属していたとはいえ、こう言った目立つことは率先してやらないタイプに見えたのだが。
「葵は今年もか。よろしくな」
「はいっ! 去年は伊能くんに色々と任せっぱなしでしたからね。今年は頑張りますよ!」
「え、葵って去年もやってたの?」
「真矢お前……同じクラスだったろ……」
露骨に呆れてため息を漏らす朝陽には悪いが、俺は本当に去年一昨年の文化祭なんて覚えてないのだ。興味なかったからね。仕方ないね。
座る場所は特に決められているわけでもないので、葵が俺の隣に、さらにその横にまひるさんが腰掛ける。そうなると自然、この一角が注目を集めてしまう。なにせ美男美女が三人もいるのだ。校内カーストトップでバスケ部のエースとして後輩たちからも人気の朝陽、三年の中でも一つ頭抜けて可愛い(俺調べ)葵、そしてなにより目立つ銀髪と人間離れした美貌を持ち、昨日学校中で噂になった転校生のまひるさん。
注目されないわけがない。
「俺だけ明らかに浮いてるんだよなぁ……」
「ボクたちのような美男美女に囲まれているパッとしない男。それだけ聞いたら周りが何を思うのか。想像に難くないね」
「学校でもちゃんと髪整えて来いよ。そしたら周りがお前を見る目も変わると思うぞ?」
「めんどいから却下」
「真矢くんはそのままでも素敵ですよ! 自信持ってください!」
「ありがとな葵」
人は見た目よりも中身。なんて言葉をよく聞くけれど、それには重大な落とし穴があることをどれだけの人間が知っているだろう。
そう、見た目がよろしくなければ中身を知ろうとなんて思わない、ということだ。なにより、その様な内面まで理解してくれているという時点で、その相手は相当踏み込んだ仲だということになる。たしかに中身の方が大切なのかもしれないが、それにしたってまずは見た目を整えるところからだ。
それが分かっていながら未だに俺がこんなザマなのは目を瞑って頂きたい。
「それで、なんでまひるさんはまた実行委員なんかに?」
「クラスに馴染むには手っ取り早いと思ってね。特にボクみたいなのは周囲から浮きがちなのは自覚している。教室ではネコを被ってるとは言え、ボクだって君と同じで中学の二の舞は御免被るからね」
この見た目な上に、病弱で学校も休みがちだったまひるさんが周囲に馴染めなかったのはもはや言うまでもないだろう。
優れた人間には二種類の道が用意される。朝陽や葵のように、周囲の信頼を勝ち得て期待を寄せられ集団のど真ん中に位置するものと、集団から弾き出されてしまうものだ。
まひるさんは後者だった。だからこそ、俺に手を差し伸べてくれたわけだが。
「さしづめ、葵はまひるさんの監視役ってか」
「葵みたいな優等生が監視役なら、教師も安心だろうしな」
「失礼ですよ二人とも。私も立候補しようと思ってたのでちょうど良かったんです。まあ、先生からは微妙にありがたそうな目で見られましたけど……」
だろうな。転校二日目でこんな役回りを任せられるわけないし、しかし立候補を突っぱねるわけにもいかないだろうし。
学年トップクラスの優等生である葵が一緒にいるなら安心だと教師も思ったのだろう。その見立ては甘いとしか言いようがないが。
「一応先に言っときますけど、変なことしないでくださいよ」
「変なこと、とは?」
「うちのクラスのやつに手を回して執事喫茶なんて妙なことやらすなってことだよ!」
「ああ、それか。世奈から聞いたよ。無事に君たちが執事をやることになったんだってね」
肩を震わせ笑いを堪えているまひるさん。随分と楽しそうでなによりですよ本当に。
しかし距離の詰め方がえげつない。柏木のことも呼び捨てにしてんのかよ。そんなに仲良くなったの? 今後が怖すぎるわ。
「マジ勘弁してくださいよ。俺と真矢はともかく、まさかうちのクラス全部巻き込むなんて思いもしなかったっすわ……」
「くくっ、安心したまえよ。ボクは今回、君たちの執事姿を楽しむのに全力を尽くすことにしたからね」
「なんも安心できねぇぞおい」
全くもって朝陽の言う通りである。なんで転校してきてすぐに他のクラスを掌握出来ちゃうんだよ。魔王か何かなの?
しかも執事姿を楽しむ、と聞けば他になにも手出ししてこないように聞こえるが、裏を返せば俺たちの醜態を楽しむためにはなにをしてくるのか分からない、という意味だ。広瀬もまひるさんには逆らえず言いなりになるだろうし、柏木は悪ノリしてくるだろうし。マジで明日からが怖い。
「私も楽しみです、真矢くんの執事姿!」
「葵まで……」
「諦めろ真矢、俺たちに味方はいないんだ……」
周りはみんな敵だらけ。セガールかよ。
しかし朝陽の言う通り、諦めるしかないわけで。俺はセガールのように世界と戦えるほどの度胸もないわけで。
「まあ、葵が楽しみだっていうなら仕方ないか……」
俺のモチベーションはそれただ一つ。男である以上、彼女にはカッコいいところを見せたいのである。
「君、少し夜露に甘すぎないかい?」
「言っても無駄っすよまひるさん。こいつのこれは筋金入りっすから」
「あはは……」
うるさいやい。別にいいだろ恋人には多少甘くても。
第一回目の文化祭実行委員会はつつがなく進行された。とは言っても、生徒会から配布されたプリントにクラスの出し物を記入し、それを提出したくらいだ。それから連絡事項をいくつか伝えられただけで、これと言った仕事はなにもなかった。
葵とまひるさんのクラスはまだなにをするのか決まっていないらしいが、まひるさんがああ言った以上、四組の生徒は犠牲にならずに済むのだろう。あの人はどれだけ無茶苦茶なことをやろうと、嘘はつかないから。
「さて、と。やることやったし、一旦クラスの方戻るか」
「なんだ、もう戻るのかい?」
「誰かさんのお陰で忙しくなりそうなんでね。誰かさんのお陰で」
「褒めるなよ」
「褒めてねぇよ」
まひるさんとの会話を適当に打ち切り会議室内を見渡して朝陽を探せば、少し離れたところで葵と談笑している姿を発見した。
そんな二人に、下級生たちも男女問わず注目している。きっと誰が見てもお似合いの二人に見えているんだろう。なにも知らなければ、去年までと同じ立ち位置だったのならば、俺だってそう見えていたのかもしれない。いや、今だってそうだ。お似合いの美男美女に見える。見えてしまう。
そのことが、胸に小さな棘を残す。
俺は葵の恋人だ。それに自信がないはずもなく、一学期の頃にも葵から叱咤された。ただ、なにかどこかの歯車を掛け違えていれば、葵の隣にいたのは朝陽だったかもしれない。あの光景が当たり前になっていたのかもしれない。
「一度ヒビが入ってしまったものは、二度と元に戻ることはない」
横からそんな声が聞こえてきた。寒々とした印象を与える、透き通るような銀鈴の声。それを聞いているのは俺だけだ。
周りの生徒にも、談笑している二人にも聞こえていない。
「元に戻そうと思えば思うほど、そのヒビは広がっていく。やがて跡形もなく割れてしまう。修復なんて不可能。最初から作り直すしかない。だったら、次に作り直す時にやり易いよう、自分の手で敢えて壊すのもひとつの考え方だとは思わないかい?」
「思いませんね。そもそも、作り直してしまったらそれはもう別のものになってしまう。それなら俺は、どれだけ継ぎ接ぎだらけでも壊れないようにしますよ」
「いずれ瓦解すると分かっていても?」
「望むのは現状維持。それも長いことは望まない」
「相変わらず、君は愚かだね」
「なにが言いたいんですか」
くくっ、と笑い出したまひるさんをつい睨め付ける。しかしそれで臆するわけもなく、どころか力強い光を携えた銀色が、俺の金色を覗き込む。
こちらの全てを見透かしているかのような、透明な瞳が。
「ヒビが入って継ぎ接ぎだらけにしなければいけない時点で、現状維持もクソもないだろう。本当にそれを望むのであれば、君は彼女に告白するべきではなかった。彼女の好意を受け取るべきではなかった」
「それは……」
「分かっているくせに見て見ぬ振りはいけないぜ? ボクが最も嫌う最も愚かな行為だ」
どうにか誤魔化してやってきたこれまでのことを、この人は見逃してくれない。間違いは容赦なく晒しあげられる。
だからこそ、認めるわけにはいかない。俺の持つ彼女への想いが間違いだなんて。彼女が示してくれる好意が、間違っているなんて。
「まあ、しばらくは傍観者の立場で楽しませてもらうとするよ。ただまあ、決定的なミスを犯した時は知らないぜ?」
「あんた、誰の味方なんですか……」
本当に心底から楽しそうな笑みを浮かべたまひるさんは、誇らしげにすら聞こえる声で言ってのけた。
「昔から言っているだろう。ボクは君の味方だよ、真矢くん。それ以上でもそれ以下でもない」
こんなに恐ろしい味方はいらねぇよ。胸の内で小さく呟いて、俺は朝陽と葵のもとへ向かった。
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