第10話 眩しい嘘つき

「私、このゲーム得意ですよ」


 葵の意外すぎるその一言で始まった、四人での大乱闘。

 正直完全に舐めてかかっていた。さすがの葵も、まさか色々出来る才色兼備だと言ってもゲームは俺に勝てないだろうと。得意だと可愛いドヤ顔で言ってみせた葵には悪いが、ここは俺の腕前を披露してやろうと思っていた。

 まあ、結論から言うと葵の完全な一人勝ちだったのだが。


「全然勝てねえ……」

「ふふん、甘いですよ大神くん。私のキャプテンに勝とうなんて100年早いです」


 そもそも使うキャラがイメージとかけ離れすぎている。なんでキャプテン使ってんだよ。もうちょっと可愛いキャラ使えよ。ピンクの悪魔とか。

 ツイッターに昼飯の画像載せるしか能のないキャラだと思っていたのに、使う奴が使えばこんなに強いのか。パンチめっちゃ当てられたんだけど。


「夜露がこんなに上手いの、あたしも知らなかったんだけど」

「葵とゲームとかしたことなかったもんなぁ」


 俺よりもずっと長いこと葵との親交がある二人でも、この結果は全く予想できなかったもののようで。まあ、朝陽が勝てないのは俺が集中的に狙ったからなのたが。

 しかし本当、どこでその強さを手に入れたのか。広瀬も知らなかったと言うことは、家に置いてあるわけでもなさそうだし。


「そろそろ昼だけど、飯どうするよ?」


 朝陽の言葉に時計を見てみれば、十二時になろうとしている頃だった。そう言えばまだお昼前だったか。葵が家に来たのと意外なゲームの強さの驚きで忘れていた。


「いつも通りでいいんじゃないの?」

「広瀬に賛成。外食いに出るのも面倒だし」

「今日は四人だし、二人にしようぜ」

「あ、あの、いつも通りって……?」


 話についてこれていない葵に、広瀬が説明する。

 この二人が俺の家に来た時は、大体じゃんけんで昼飯係を決めている。俺と朝陽の料理スキルは似たようなもの、小学生の調理実習レベルだが、広瀬はそれなりに出来るので、彼女がじゃんけんに負ければいつも必要以上に喜ぶのだ。

 ということで、今日は四人なのでじゃんけんに負けた二人が昼飯係。あわよくば女子二人が負けて美少女の手料理と洒落込みたいところである。


「あの、そんなことしなくても私はお手伝いしますよ?」

「いいのいいの。この家のルールなんだから、夜露も従っときなさい」

「ここ俺の家だけどな」


 別にルールなんて大それたもんでもないし。


「んじゃ、サクッと決めちまおうぜ」


 朝陽が右手を前に出し、俺と広瀬がそれに続けば、葵も控えめながら最初のグーを出してきた。

 二人はともかく、葵は客人なのだから参加しなくてもいいのだけど。まあせっかくだ。広瀬が言うところのルールとやらに、従ってもらうことにしよう。





「何作るんだ?」

「チャーハンでいいんじゃない? 白ご飯炊いてるでしょ?」

「四人分はあると思うぞ」

「んじゃ決まりね。てかあたし一人でやるから座ってていいよ」

「それはさすがに」

「一人の方が早いって言ってんの」

「邪魔で悪うござんしたね」


 じゃんけんの結果、俺と広瀬が昼飯係に。朝陽と葵を部屋に残して、二人でキッチンまでやって来たのだが。残念ながら俺は早々に戦力外通告。妥当な判断である。

 部屋に残した二人がどんな会話をしているのか気にはなるが、俺がなにを言ったところで面倒なことになるだけだろう。地雷源にヘッドスライディング決めるようなもんだ。

 これが先月までなら、心置きなく口出ししていたものを。しかし、それはそれで葵がこの場にいることもなかった上に、そもそも彼女と関わりすらなかったのだから、それはあり得ない、たらればの話だ。

 言われた通りなにもせずリビングで寛ぐと言うのもなんだかあれなので、すぐになにか手伝いが出来るよう、キッチンの壁にもたれかかる。


「見られてるとやりづらいんだけど」

「朝陽に見られてるよりマシだろ」


 肩越しに睨みながら、広瀬は冷蔵庫から野菜を取り出していく。怖いからやめて欲しい。いや、今のは俺が悪かったのか。

 トントンとまな板を叩く音は、聞いていて心地のいいリズム。

 野菜を切るその姿は、ギャルっぽい見た目と反して実に家庭的だ。爪はなにも塗らず短く切り揃えているし、ピアスの穴なんて開けてもない。化粧だって、学校の日ですらそこまで濃くない。その上面倒見のいい姉御肌だし、他者との距離感というものをよく弁えている。

 それが広瀬夕凪という女の子。幼馴染のために怒り、親友のために頭を悩ませ、そして当たり前のように恋をしている。そんな、普通の女の子だ。


「広瀬さ」

「なに」

「葵に色々吹き込んだりしてんだろ」

「……」


 一瞬だけ、リズムが崩れる。

 なにもおかしなことは言っていないが、はてさて、こいつは今の言葉になにを読み取ったのか。


「あんま変なこと教えるなよ。お前なら十分知ってると思うけど、あんだけ純粋なんだから変に信じ込むぞ」

「大神に言われるまでもないし。そもそも変なことなんて吹き込んでないし」

「既に前科があるんだが?」

「夜露が勝手にやったことでしょ。あの子が自分で考えて自分で行動したんなら、あたしが口挟む義理はない」


 誰かの理念、誰かの想いに他人が口を出すなんて、そんな権利は誰も有していない。

 葵の気持ちに広瀬が口出ししないように、広瀬の気持ちに俺がなにかを言うなんてのは、間違っている。それは広瀬が自分で考えて決めて行動に移しているものだから。


「あんたこそ」

「ん?」

「まだ朝陽に変な遠慮、してんじゃないの?」

「なんで」

「だって、夜露に一ヶ月近く迫られて惚れてないとか、あんたが同性愛者でもない限りそうとしか考えらんないでしょ」

「冗談でもやめてくれ」

「朝陽は男にも人気あるって聞いたけど」

「そっちじゃねぇよ」


 惚れてるわけではないけれど、なにも想わないわけがない。それくらいは、こいつも分かっているとは思うけれど。

 本当に朝陽への遠慮がなくなっていないのなら、とっくの前に葵との関わりは絶っている。

 卵の殻を割った音がした。次いで、お椀の中に入れた卵をかき混ぜる音。俺たち以外に誰もいない静かなキッチンの中では、やけに響く。


「まあ、なんでもいいけどさ。夜露がいい子なのはあたしが保障するから、さっさと応えてあげなよ」

「お生憎様、あん時のはなかったことにするようお願いされてるんだ」

「ならあんたから告白しなさい」

「自分のこと棚に上げてるやつに言われたくはねぇだろうよ、葵も」


 炊飯器からどんぶりに四人分の白飯を移した広瀬は、それを一度置くと、瞑目してため息を一つ。開かれた黒い瞳は真っ直ぐ前を向いているけれど、写している景色は果たしてどこなのだろう。


「大神は知ってる? 誰かに恋してるやつの横顔って、凄い綺麗なのよ」


 今まさしく、お前が見せているその顔みたいにか。

 言われなくても知っている。なにせ、もう何年も前から見せられていたのだから。ここ二年の間に、もう一人増えてしまったが。

 そう言う顔を出来てしまうのは、とても羨ましいことだ。俺には到底真似出来そうにない。


「……初耳だな」


 だから、おどけてみせた。

 苦笑交じりに放った言葉が、料理に戻った広瀬に届いたかは分からない。








 凪ちゃんと大神くんがお昼ご飯を作るために部屋を出て行くと、当たり前だけど、残されたのは私と伊能くんだけになる。

 伊能くんとは一年生の頃から友達だ。クラスは違ったけど、凪ちゃん経由で知り合った。二年では同じクラスになって、それまでよりもよく話したり、凪ちゃんと三人で、時には他の友達と大勢で遊びに行ったりもした。

 それだけじゃなくて、大神くんの幼馴染でもある。

 とてもいい人で、部活も頑張ってるし後輩にも同級生にも慕われる、ちょっと尊敬してる人。それが伊能くんに対する印象だ。


「葵はさ、真矢のこと好きなんだよな?」

「へ?」


 けれど、それも今日で、少し改めなければならないかもしれない。

 なんの脈絡もなく放たれたその質問は、目の前でイタズラっぽく笑う伊能くんからのもの。いつもよりも子供みたいな笑顔で、学校での大人っぽい印象とは大違い。

 そんなことよりも。どうして、伊能くんがそのことを知っているのだろう。凪ちゃん以外には誰にも打ち明けたことのないんですけど……。まさか、凪ちゃんが……?


「さすがに見てたら分かるぞ。多分俺じゃなくても」


 私だった。

 え、そんなに? そんなに分かりやすいですか? 嘘ですよね? 結構頑張って隠してるつもりなんですけど……。


「あの、まさかとは思いますけど、それって大神くんも……」

「さて、どうだかな」


 くつくつと喉の奥を鳴らして、伊能くんは含みのある言い方をする。その顔もまた、あまり見慣れないものだ。

 きっと、私と話しているからと言うわけじゃなくて、今この場、大神くんの家という環境がそうさせているんだろう。幼馴染として長い時間を過ごした大神くんの家だから。

 凪ちゃんだって、今日はいつもよりちょっとダラけてる感じがしてた。

 そういう関係が、少し羨ましい。なにも飾らず、ありのままの自分をなんの衒いなく見せられる相手がいることが。

 私は凪ちゃんくらいしかそう言う友達がいないけど、この三人はお互いにそう思えるだけの仲になっている。それだけの時間を過ごしている。


「えっと、一応聞いておきますけど、いつから気づいてました……?」

「そりゃ去年からずっと。なんなら一年の頃からじゃねぇかな」

「そ、そんな前から⁉︎」


 ここ最近の行動を見られて、と言うなら悔しいことに気づかれても仕方ないかなーなんて思ったりするけど、まさか一年生の頃からなんて……。うぅ……やっぱり大神くんにも気づかれてそうですよ……。


「まあ、そん時から気づいてたのは、さすがに俺と凪だけだったとは思うけどな。ほら、葵ってよく真矢のこと見てたし」

「そうですかね……」

「そうでしたよ」


 た、たしかに、気づいたら大神くんを目で追ってることはありましたけど、まさかそれだけで分かるなんて……。

 さすが伊能くん。人気者の秘訣はこう言う、心の機微に敏感なとこにあるんでしょうか。


「顔を見ればすぐ分かったよ。葵は、真矢のこと好きなんだなって」


 ふっと笑ってみせたその顔は、やっぱり学校で見るものとは違っていて。でも、さっきまでみたいな子供っぽい顔でもなくて。

 私には上手く言語化できない。それに相当する言葉を私は知っているのだろうけれど、伊能くんがどういう感情のもとで、その顔を浮かべているのか。私には分からない。


「んで結局、葵はなんで真矢のこと好きになったわけ?」


 けれどすぐに元の笑顔に戻ってしまって、正体は分からないままだった。

 だから私も、それ以上考えることはせず、伊能くんに初めて大神くんと会った日の事を話した。彼に助けられた日の事を。

 それから、凪ちゃんに大神くんの存在を教えてもらって、すぐに同じ人だって分かって、お礼を言うタイミングを見計らってるうちに、彼のことを少しずつ知って。

 気がつけば、私の中でその存在が大きくなっていて。


「へぇ、それでついに勇気を出して告白に踏み切ったものの、テンパった挙句嫌いだって言っちゃったと」

「まあ、そんなところです……」


 あの日の屋上での出来事は、思い出しただけでも死にたくなってしまう。叶うのならあの日に戻りたい。そしたら今頃、もしかしたら今頃、私は大神くんと……。

 いえ、たらればの話をしても仕方ないですよね……。それに、あの日ちゃんと気持ちを伝えられたからって、そう言う関係になれたとは断言出来ないですし。


「真矢は難攻不落だからなぁ。結構頑張んないと、中々陥落しないぜ?」

「凪ちゃんにも同じこと言われちゃいました」


 ああ、そうだ。凪ちゃんだ。最近は私の相談ばかり聞いてもらってるけど、凪ちゃんだって恋する乙女の一人なのだ。まさしく、今私の目の前にいる男の子に。

 えっと、タイミングいいし聞いた方がいいんでしょうか。凪ちゃんのことどう思ってるのか。

 でも、頼まれたわけでもないのに勝手にそんなこと聞くのは、なんだか悪い気もしますし……。もしこれで色よい返事がもらえなかったら、今度は私が困っちゃいますし……。


「どうした?」

「へ? な、なんでもないですよ? ちょっと考え事してただけで」


 誤魔化せた、かな?

 とりあえず、聞くのはやめておこう。藪を突いてなんとやら、と言いますし。キングコブラが出て来た日には大変ですし。それに、蛇モチーフのヒーローにはちょっとトラウマがあるので。


「でもまあ。葵が真矢のこと好きになってくれてよかったよ」

「あ、あの、あんまり好きって言うのは、その……」


 ちょっと恥ずかしいので……。そもそも、私ですらろくに言えないそれを、他人の口から聞かされるのもちょっと……。


「真矢も昔に色々あったからさ。だから、葵みたいなやつが近くにいてくれるなら、俺たち幼馴染と安心ってもんだ」

「色々、ですか……?」

「おう、色々。そこを勝手に話すのは、さすがに無理だけどな」


 多分だけど。あの綺麗な瞳のことで、なにかがあったんだろう。外では必要以上に隠そうとする、その理由が。

 いつか、聞いてみたいと思う。でもきっと、それはつらい記憶だと思うから、聞く勇気が今はない。私に話すことで、大神くんが傷ついてしまうんじゃないかって、怖くなるから。


「いつか本人から聞いてくれ。葵になら、あいつも話すと思う。だからまあ、頑張れよ」

「はい。私、頑張りますね」


 そのためにも、もっと。もっと大神くんと仲良くなるために、頑張らなきゃ。

 欲張りだけど、彼の全部を知りたいと思っているから。

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