第9話 だって立派な男子高校生だし
大神くんとのデートから一日が経過した。
男の子と二人きりでお出かけなんて初めてで、着て行く服も観る映画もとても悩んだけど、それでも大神くんは満足してくれていたし、私も楽しかった。
それに、ちゃんと言えた。あの時のお礼を。二年間、ずっと伝えられなかった言葉を。
私の好きなもので楽しんでくれて、私の願いを肯定してくれた。
昨日のことは、そのどれもが夢みたいだった。でも、夢じゃない。私の記憶には、ちゃんと焼き付いている。
大神くんの声を、言葉を思い返すだけで、胸に暖かいものが広がる。その熱が顔にまで伝播して、抱きしめた枕が腕の中で潰れてしまう。
でも、ひとつだけ後悔があるとしたら。
「好きって、言えなかったな……」
告白の意味で言おうとしたわけじゃない。ただ、あの綺麗な瞳が、私は好きだと。そう言いたかっただけなのに。
私の口は動かなくなって、言葉は喉につっかえたまま。その言葉を口にしたら、彼がどんな反応をするのか、怖いから。
そんな臆病な自分が嫌で、変えたくて。
強く、なりたくて。
首を振って思考を掻き消す。こんな後ろ向きなことを考えていても、なにも始まらない。そうありたいと願うなら、そのための努力をしないといけない。
大神くんは、私は十分強いって言ってくれたけど、そんなことないと思ってしまう。私はまだまだ臆病な弱虫なままだと。
そう思うことがないくらい、強くなって、勇気を出して。それで今度は、彼に伝えるんだ。
「よしっ」
気合いを入れて枕から顔を上げる。ゴールデンウィークはまだまだ始まったばかり。残りは一週間もある。この休みの間に、あわよくばもう一度、大神くんと会えたらな、なんて。
でも、彼と会うってなっちゃったら、また服を選ぶのに苦労するし、お化粧とか髪の毛のセットとかも悩んじゃうし。なにより私の心臓が持たないかもしれない。それでもやっぱり、会いたいと思っちゃうから。
「好き、だな……っひゃい⁉︎」
呟くと同時、傍に置いてあったスマホの着信音が鳴り響いた。誰にも聞かせられない言葉だったから、必要以上にビックリして肩を震わせてしまう。
まさかと思ってスマホの画面を覗いてみれば、凪ちゃんからラインの通知だった。どうやら彼からじゃないみたいで一安心。
ホッと息をついてラインを開いてみれば。
思わず、えっ、と声が漏れてしまった。
『明日、大神の家行くから夜露も来ること』
葵とのデートが終わったからといって、ゴールデンウィークが終わるわけでもない。残り一週間近くは休みがあるのだから、部活に入っているわけでもない俺がダラけるのは、もはや必然。
姉からもらった使わなくなったカチューシャで前髪を上げ、マイフェイスフルオープン。視界良好。世界が変わって見えるぜ。
なんてことはなく。俺の世界は今日も今日とてなにも変わらず回り続ける。
より具体的に言うなら、部活が休みで暇な朝陽と、未だ昼前だというのに家でずっとゲームなう。
「お前さ、リア充のくせに友達と遊びに行ったりしないわけ?」
「あいつらと遊ぶより、真矢とゲームする方が楽しいからここにいるんだろ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「惚れてもいいんだぜ?」
「うるせぇ」
大乱闘がリアル大乱闘に発展しそうなセリフを吐きながらも、朝陽のキャラが俺のキャラに華麗なスマッシュを決めやがりゲームセット。負けた。
まあ? 本気出してたわけじゃないし? 持ちキャラ使ってたわけでもないし? ゲームなら俺がこいつに負けるわけないし?
心の中で言い訳を並べても虚しくなるだけ。負けは負けだ。この後の勝負でコテンパンにすればいいだけのことよ。
「そういや、後で凪も来るって言ってたぞ」
「人の家を溜まり場にしてんじゃねぇよ」
「別にいいだろ、減るもんでもないし」
「俺の一人の時間が確実に減ってるんだよなぁ」
「嫌だったらそもそも俺を上げてないだろ、お前」
「まあな」
どうせ今家の中には俺と朝陽、それから姉ちゃんしかいないのだし。まあ、両親がいたところでこいつらなら特に問題もないが。
そもそも幼馴染以外に俺の家に来る奴なんていないから、最初からなんの問題もないんだけど。
「さて、ゲームはそろそろ終わりだな」
「は? 勝ち逃げするつもりか?」
「ばっかちげぇよ。この前黒田のやつからあいつの秘蔵コレクション借りたからよ。それを持ってきてやったんだよ」
「ほお?」
コントローラーを置いて朝陽に向き直る。黒田とは、朝陽がクラスでよくつるんでる取り巻き連中の一人だ。お調子者でバカ。
朝陽はよく、そいつからエロ本を借りて俺の家に持ってくる。まあ、我々も結局は健全な男子高校生なわけでして。いくら爽やかイケメンと言えど、人間の三大欲求の一つには勝てない様子。全くけしからん。いやマジでけしからんのだけどね。幼馴染が変なもん見てないか、俺も監視しなきゃだからね。仕方ないね。
「てか、この後広瀬来るんだろ?」
「今更凪に隠してもしゃーないだろ」
「なに、その取引バレてんの?」
「まあな」
「ダメじゃねぇか」
二人して吹き出した後に、朝陽がカバンの中からブツを取り出した。
ほほう、なるほどなるほど。こいつはまたけしからんのを持ってきてやがるな。
テーブルの上に広げられたそれを手に取ろうとした、まさしくその瞬間。
ピンポーンと、チャイムが鳴った。
遅れて、はいはーいと姉の声。
「おい、広瀬来たぞ!」
「やべぇ隠すぞ!」
「バレてるからいいんじゃなかったのかよ!」
「バカお前、お前バカ! それとこれとは話が別だ!」
ドタバタとどこぞのコメディのように慌てながらも、ブツをどこに隠そうかと一瞬思考する。カバンの中に戻せばいいものを、冷静さを著しく欠いていた俺たちにその考えがよぎる事もなく。
「テーブルの下置いとけ!」
「すぐバレるだろバカ朝陽!」
「誰がバカだこのバカ! 脚フェチ派はこれだから!」
「んだと⁉︎ 胸にしか目が行ってないアホは黙ってろ!」
テーブルの上に残されたブツも放ったらかし、醜い争いを繰り広げていれば、ガチャリ、と無慈悲にも扉は開かれ。
「お邪魔するよ大神ー……って」
「お邪魔しま、す……」
朝陽と二人、扉の方に視線をやると。蔑んだ目で俺たちを見る広瀬と、顔を真っ赤にした葵がなぜかいて。
男子高校生二人が綺麗な土下座に移行するまで、残り五秒。
「ったく、あたしだけならなんも言わないけど、夜露に変なもん見せないでくれる?」
「いや葵が来るとか聞いてなかったんですけど……」
「言い訳すんなエロガッパ」
どことなく肩身の狭い俺が言えば、広瀬が睨みながら暴言を返してくる。そもそもあれ、俺のじゃないんだけど。
しかし、更に肩身が狭いのは朝陽だ。自分の想い人にとんでもないものを見られた上、しかもそれが広瀬の手によって処分されてしまったのだから。しかもあれ、朝陽のでもないし。黒田のだし。まああれが誰のものかはどうでもいいけど。てか誰だよ黒田。俺一回も話したことないぞ。
「てかマジで、なんで葵も連れて来たんだ?」
「なんとなくだけど」
俺や朝陽以上に肩身が狭そうにしている葵に、三人の視線が向けられる。
「えっと、どうしました……?」
「いや、広瀬に無理矢理連れて来られたんなら、なんか申し訳ないなと」
「だな。凪はちょっと強引なとこあるから、嫌だったら断って良かったんだぞ?」
「あんたら揃いも揃って……あたしのことなんだと思ってるのよ……」
不機嫌な目がこちらに向いたので、サッと明後日の方を向いた。
しかしどうやら、葵的には特に無理矢理と言ったわけでもないらしく。
「その、たしかに凪ちゃんには強引に連れて来られましたけど、嫌ってわけじゃないので、大丈夫ですよ?」
「まあ、ならいいけど」
話がひと段落したところで、タイミングよくコンコンと扉がノックされた。こちらから声をかける前に開いたそこからは、客人の前でも部屋着のままな上に、薄く茶色に染めたボブカットの髪もボサボサな姉が。
「お茶持ってきたわよー」
「あ、どうもです加奈さん」
広瀬が四人分の麦茶を乗せたお盆を受け取る。
俺の姉、大神加奈は朝陽や広瀬とも既知の仲だ。まあ、俺の幼馴染と姉なのだから、当たり前と言っちゃ当たり前なのだが。
ゴールデンウィークで仕事も休みだからとダラけるのは姉弟で似た者同士だが、葵が来てるんだからせめてもうちょいちゃんとした格好をして欲しい。
「ところで、葵夜露ちゃんだっけ?」
「あ、はい……」
姉の興味が葵に向けば、まるで蛇に睨まれたみたいに縮こまってしまう。可哀想だからやめてやれよ。ただでさえ慣れない他人の家なのに。
「真矢と朝陽、どっちの彼女さん?」
「か、かのっ……⁉︎」
「残念、夜露はあたしの彼女ですー。あんなエロガッパどもには渡しませーん」
「なんだ夕凪のかー」
あははと笑い合う姉と、葵を抱きしめている広瀬。そしてちょっと苦しそうにしてる葵。微笑ましい光景だが、エロガッパ扱いはどうにかならないだろうか。ならないか。自業自得だわな。
「んじゃごゆっくりー」
ひらひらと手を振って、ようやく姉は部屋を出ていった。二度と立ち入らないでもらいたい。
さて。この四人がこの家に集まったわけだが、なにをしようか。葵がいるのにいつも通りゲームするってのも、なんか気が引けるし。
なんて考えていると、その葵がチラチラと俺を見ているのに気がついた。
「なに、どうかしたか?」
「あ、いえ、その……」
心なしか朱に染まった顔を、すぐに逸らされてしまう。はて、俺はまさか早々になにかやらかしてしまったのだろうか。既に一発どでかいのをやらかしてしまっているが、まさかあのブツに関することじゃあるまいな。
あれのことで何か聞かれても俺はなんも答えられんぞ。てか答えたくない。
「あれだろ。真矢、お前カチューシャしたままだ」
助け舟を出してくれたのは朝陽。言われて、前髪を上げたままだったことに気がついた。
つまり、普段は隠している俺の目が露わになっている。
二日前のデートで、葵が綺麗だと言ってくれた、俺の瞳が。
「さすがの大神も、夜露の前だと隠す気にはなれない?」
「うるせぇ。カチューシャ取るの忘れてただけだ」
「まあそのままで良いんじゃねぇの? 葵はそこらへん気にするやつでもないし」
「はい。私も、そのままでいてくれた方が嬉しいです」
ニコリと微笑みながら言われてしまうと、今更隠そうとも思えなくなる。
顔が熱くなってるのは、二日前のあの会話があったからだろうか。
こちらを見る六つの目に耐えかねて、姉が持って来てくれた麦茶で喉を潤した。さて、これから四人でなにをしようか。
もうゲームでよくないですかね。
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