Gun’s Memory ~受け継がれる魂~

@shirogane-kotetu

第1話

 ここはアメリカ、時はまさにゴールドラッシュ。


 しかしアメリカ全土がそんな輝かしい時代だったわけではない。


 これは、そんなとある田舎町で始まった物語。






四方を荒野と赤土に囲まれたこの寂れた街には五十人に満たない人々が生活していた。


木造の建築物の立ち並ぶウエスタンな街並みの一角、そこには今にも消えそうな文字で『BAR ムーンライト』と看板に書かれた酒場がある。


『準備中』と書かれた札が店の入り口にかかっているが、中から何やら陽気な鼻歌とリズムのいいブラシの音が聞こえてくる。


「ふんふんふ~ん♪」


中を覗くと、一人の少女が店の床を丁寧に掃除していた。


歳は十二、三歳ほどであろうか?


赤い上着、白いスカート、その上にフリルのついた手作りのエプロン。


白い頭巾からのぞく金髪のショートヘアが元気で活発そうな印象を与える。


「よし、床掃除終わり」


 ピカピカに磨き上げた店内を見回す少女は、とても機嫌の良さそうな顔をしていた。


「お~い、リコ。掃除は終わったか?」


 ちょうどその時、酒場の奥の部屋から父親と思わしき痩せ気味で白髪交じりの金髪の男が顔を出した。両手には大きな樽を抱えている。


「もちろん! いつでも開店できるわよ、パパ」


「そうか、じゃあリコは井戸に水を汲んできてくれ。あ、開店の札もひっくり返しといてくれよ」


 カウンターに立ったリコの父親は、それだけ告げると忙しそうに周囲の酒をチェックしていく。


「え~、嫌だよ重いもん。ママは?」


「ママはもう店の料理の仕込みをしてるよ。頼むよ、水を汲んできたら店が忙しくなる時間まで遊んでていいから……」


 父親の困った表情がリコの目に入る。困った顔をされると断れないのがリコのいいところであり、悩みでもあった。


「んもぅ、しょうがないな……」


 リコはほっぺを膨らませながら店の前にかかっている『準備中』の札をひっくりかえした。


 札の裏側には『街一番の酒場はココ!』と書かれている。


「うちしか酒場はないんだから当たり前じゃない」


 誰に言ったわけでもない独り言を呟いて、リコは町はずれの井戸場へと向かっていった。






 リコは驚いて持っていたバケツを落としてしまった。


「ひ、人が倒れてる!?」


 リコの目の前に、男が倒れていた。テンガロンハットに厚いコートを身にまとった一人の男が。


 慌てて倒れている男の元へ駆け寄ったが、男はピクリとも動かない。最悪の事態がリコの頭をよぎる。


「……うぅ」


 どうやら息はあるようだ。かすかに漏れるうめき声がリコの心臓の負荷をわずかに緩めてくれた。


「よかった、生きてる」


 リコが安堵のため息を吐いた。


それにしてもこの人、見知った人ではない。流浪人といったところだろうか。


男の目がゆっくりと開いた。思ったより若い、歳は三十くらいだろうか?


 長身の割にしなやかなで無駄のない筋肉、ボサボサの黒い髪に意志の強さを表すようなきりっとした眉毛、少し伸びた無精ひげがなければあと五歳は若く見えるだろう。よく見れば二枚目といえる顔立ちをしている。


 全体の雰囲気を一言でいえば野性的、どことなく狼や豹のような印象を受けた。


「だ、大丈夫ですか?」


 リコが声をかけると、男は力なく片手を空へ向かってのばした。


まるで太陽を掴もうとしているかのように。


「あの……」


 リコが困ったような顔をしていると、男がかすれた声で何か呟いた。


「えっ?」


 あまりに唐突で小さな声だったため、男の声はリコには聞き取れなかった。


 男はリコに視線を向けると、もう一度力を振り絞るように呟いた。


「く……くいもの」


 これが二人の初めての出会いだった。






「いや~、助かったぜ嬢ちゃん。危うく死ぬところだった」


 リコに貰ったおやつ用干し肉を凄まじい勢いで平らげながら、男は眩しいほどの笑顔を見せた。


「俺はジョージ、お嬢ちゃんは?」


「あっ、えっと……リコです。リコ・アーレント」


「リコ? 男みたいな名前だな」


「あ、それはお父さんがお腹にいた私を男の子と決めつけていたらしくて……名前はその名残なんです」


 もらった干し肉をすべて飲み込むと、男はゆっくりと立ち上がった。


「なるほど、それでリコか。じゃあリコ、助けてくれた礼がしたい。何か俺に出来る事はないか? もっとも、食べ物が欲しいなんてお願いされたらお手上げだけどな」


 ジョージが子供のように笑う、それにつられてリコにも自然に笑みがこぼれた。


「せっかくのご厚意ですけど遠慮します。もうお店に戻らなくちゃいけないので……」


 リコは井戸から水を汲み上げると、バケツいっぱいに水を満たしてヨロヨロと歩き出した。


 しかし明らかに許容限界を超えるそのバケツの重量にリコの足元は定まらない。


「わっ、とと……」


 バランスを崩したリコの足元に小さな石が転がっていた。


「きゃあ!?」


 磁石に反応する砂鉄のようにリコの体は地面に吸い込まれる。


「……っと、大丈夫か?」


 沈んでいくリコの小さな体を大きな腕が包みこんだ。


「あ……ご、ごめんなさいっ!」


 はじけるようにジョージの手の中から離れるリコ。その顔はトマトのように真っ赤になっていた


「そのバケツは嬢ちゃんにはちょっと重すぎるな。どれ……貸してみな」


 ジョージがリコからバケツをひょいと奪い取った。


「あ、あの……」


「どこへ運べばいい? 遠慮するな、ちょっとした恩返しだ」


 そういってジョージはリコの頭をぐりぐりと撫でまわす。


 その手の感触がリコには妙に温かく感じた。


「えっと……じゃあ、ウチまでお願いします」


 普段の活発なリコからは想像もできないしおらしい声で、リコはジョージを案内した。






「ところで、この街に宿はあるかい?」


 酒場へ向かう途中、ジョージが口を開いた。


「あ、はい。うちが簡易宿も経営してますから」


「そうか、そいつは助かるなぁ」


「あの……ジョージさんはどんな用でこの街に?」


「別に、この街に用と言うほどのものでもないんだ。ちょっと場所を探してるのさ」


「場所? どこですか?」


「……死に場所さ。最高の死に場所ってやつをな」


 ジョージの顔色がわずかに曇った。


「え?」


「なんでもない……ほら、酒場ってあれじゃないのか? ん……なんだか妙に騒がしいな」


 ジョージの言うとおり、酒場からは男達の野太い声と共に食器や木材が割れる音が聞こえてきた。


「あっ!! また喧嘩だ! 早く止めないと……またお店が壊されちゃう!!」


 リコの目の色が変わった。先ほどまでのトロンとしたほがらかな目が険しくなった。


「ありがとう、ジョージさん。もういいです、バケツはそこに置いといてください」


 リコはそれだけ言うと、そのまま酒場へと駈け出していった。


「おいおい……一人で酔っぱらいの喧嘩を止める気か?」


 ジョージはポリポリと頭を掻いて走り去るリコの後ろ姿をじっと見つめていた。






「ただいま!!」


 リコが戻ってくると酒場の中はそりゃあもうひどい有様だった。


 掃除したばかりの床には割れた食器と酒とつまみが足の踏み場もないほど散乱して、さらに叩き壊された椅子や机が無残な姿をさらしていた。


「ひどい……」


 その荒れ果てた酒場の中心、そこには顔を赤くした数人の男達が取っ組み合いの喧嘩をしていた


 一人の男が倒れるたびに店の調度品が砕け、一人が誰かを殴るたびにコップが宙を舞う。


 そんな乱痴気騒ぎの中、リコはカウンターの奥で蹲る両親の姿を発見する。


「パパ!! ママ!!」


 酒場を一気に突っ切って両親の前にたどり着く。リコの父親は顔中を痣だらけにして倒れていた。おそらく酔っぱらいの喧嘩の仲裁に入って返り討ちにあったのだろう。


「パパ、大丈夫?」


「あ……ああ、リ……コか。すまんな……止められな……かったよ」


 娘の前でなんとか笑顔を作ろうと父は唇の端を吊りあげた。


 酔っぱらいの喧嘩は酒場にとっては日常茶飯事、いつもなら父であるマスターがうまいこと処理するのだが、まれにこんな手の施しようがない時がある。


「保安官さんはまだ来てないの?」


「今は保安官はこないよ。ロバートさんの護衛をしてるはずだからね」


「でも……私ちょっと見てくる!」


 飛び出そうとするリコの腕を母親が掴んだ。


「やめなさい、今動くのは危険だよ!」


「でもこのままじゃウチが……きゃあっ!!」


 突然、二人の会話を裂くように椅子が飛んできた。


「へへへ。なんだ、こんな所に女がいるじゃねぇか」


 椅子の音に気づいた酔っぱらいがゆっくりとリコに近づいてきた。


 身の丈二メートルに届きそうな巨体、ひとたび暴れれば店が半壊しそうな大男だ。


「や……やめてくれ。娘は……娘だけは……」


 父は酔っぱらいの片脚にしがみつくと残った力を振り絞り男を制止しようとした。


「うっせんだよ! この死にぞこないが!!」


 酔っぱらいの蹴りはリコの父の鳩尾にめり込み、そのまま吹き飛ばされたリコの父は昏倒してしまった。


「パパ!!」


 駆け寄ろうとしたリコの腕を酔っぱらいが乱暴に掴む。


「なんだ~? よく見りゃまだガキじゃねぇか。まぁいい……ちょっと来いよ」


 まるで人形のようにリコを軽く持ちあげた。


「やめて、離して!!」


 必死に抵抗するが大男の怪力の前に手も足も出ない。


「ちょっとあんた!! ウチの娘に何する気だい!!」


 母が震える足を必死に押えながら男の行く先を遮った。


「邪魔すんなこの!!」


 酔っぱらいの裏拳が母の顔を掠めた。母は小さな悲鳴を上げるとそのまま床に倒れこんで動かなくなった。


「ママ!!」


母親の悲惨な姿を見て、リコは最後の手段と言わんばかりに男の腕に思い切り噛みついた。


「い……いででで!!」


 予想もしなかった攻撃、カッとなった大男はリコをそのまま店の壁目がけて投げつけた。


「きゃあ!?」


 壁に叩きつけられたリコ、頭を打ってしまったせいか思うように体が動かない。


「こんのクソガキがぁ……」


 鬼のような顔をした大男が拳を握りしめて近づいてきた。


 丸太のように太い腕から繰り出されるあの拳を受ければひとたまりもない。


「ぶっ殺してやる!!」


 大男の拳がリコ目がけて迫る!!


「……ッッ!!」


 直後にくるであろう痛みを覚悟して、リコは歯を食いしばり目を瞑った。


「…………?」


 しかし予想していた痛みはこない。ゆっくりと、目を開けてみる。


 すると……、


「あいでででで!!」


 リコの目に映ったのは先ほどの大男が苦悶の表情を浮かべている姿だった。


 そして、その後ろには……、


「ジョージさん!!」


 ジョージが酔っぱらいの腕を捻りあげていた。


「いでで……てめぇ、何しやがるこの野郎!! ぶっ殺されてぇか!!」


「おい酔っぱらい。ちょっとばかり、オイタがすぎるんじゃねぇか?」


「うるせぇ!! 早く離しやがれ!!」


 力にまかせてジョージの腕から脱出しようとしているが、なぜかびくともしない。


「ああ、そうかい……じゃあちょっとおねんねしてな!!」


 ジョージは男の腕を掴んだまま壁に向かって駆け出した。


「あ……おい待て!! ちょっ……」


 そのまま酔っぱらいの顔面が壁に直撃! 男は鼻血を流しながら倒れると動かなくなった。


「す……すごい」


 あの大男をいとも簡単に倒してしまったジョージの強さにリコは目を丸くした。


「さてと……ついでに店の大掃除としゃれこもうか」


 ジョージは暴れまわる酔っぱらいの群れの中へ悠然と向かっていく。


 ジョージの拳が風を切るたび酔っぱらいが宙を舞い、コートがなびくたびに男達が床を舐める。


その姿はまるで竜巻、近づくものすべてを切り裂くハリケーンを思わせた。


 気がつけば、十人近くいた酔っぱらい達は全員呻き声をあげて倒れていた。


「本当に……倒しちゃった」


 わずかな沈黙の後、周りの連中から喝さいが起きた。


「見世物じゃないんだがな……」


 帽子を深く被り直すと、ジョージは酒場を出ようとして扉に手をかけた。


「ちょ、ちょっと待って……くれ」


 酒場のマスター、リコの父がジョージを呼びとめた。タオルで顔の血を拭き取るとゆっくりとジョージの前へ歩み寄る。


「私はこの店のマスターだ。店を救ってくれて感謝の言葉もない」


「……なぁに、あんたの娘さんには命を救われてる。ちょっとした恩返しさ」


「あんた、見たところ旅をしているようだが……よかったらしばらくウチで用心棒をしてくれないだろうか? もちろん部屋と食事はこちらで用意する、金も……できるかぎり出そう」


 扉に手をかけていたジョージの動きがピタリと止まった。


 振り返ってマスターの顔をしばらく見つめたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「俺を雇うなら絶対に譲れない条件が一つある」


 真剣な顔をしたジョージのその言葉に圧倒され、マスターは息をのんだ。


 数瞬の沈黙の後、ジョージの口が開く。


「朝食の後には必ずうまいコーヒーを出してくれること、それが条件だ」


 そう言ってジョージはニヒルな笑みを浮かべた。


「…………ああ、うちの女房が入れるコーヒーは最高だ」


 面喰った顔をしたマスターがジョージに手を差し出した。


「よろしく、マスター」


 その手をジョージはしっかりと握りしめたのだった






 ジョージが酒場に住むようになって一週間、今日もジョージは酒場の隅の椅子に腰かけながらタバコを吹かしている。


 常連の一人があいさつ代わりにジョージに声をかけた。


「よう旦那、今日も暇そうだね」


「……俺がヒマなのはいいことさ」


 椅子を傾けてゆらゆらとバランスを取るジョージ、ぼーっと天井を見上げながら白いリングを口から吐き出すその姿は、とてもあの乱闘をおさめた人物には見えない。


 しかしあの事件はこの娯楽に乏しい街においてちょっとした騒ぎになっていた。


 事実、あの事件の後から客足は増える一方、今も店の中はほぼ満員状態。


 あれ以来酔っ払い同士の喧嘩もなくなり店は忙しさにうれしい悲鳴を上げていた。


 閉店後、いつものように父が売り上げの確認を、母が明日の料理の仕込みを、リコが店内の掃除に精を出す。


「それじゃ、店も終わったようだし俺は休ませてもらうぜ」


「うん、お休みジョージさん」


 リコは元気よくジョージに向かって挨拶すると、せっせと自分の仕事に集中した。


 リコが掃除を終えたのはそれから一時間後のことだった。


「掃除終わったよ」


「そうか、じゃあ今日はもう休みなさい。明日もあるからね」


「うん、そうする。おやすみパパ、ママ」


リコは両親にお休みの挨拶を済ませると二階にある自分の部屋へ戻っていった。


しかし部屋の扉を開けようとした時、リコは隣の部屋の明かりが消えていない事に気づいた。


「ジョージさん、まだ起きてるんだ……」


 リコの心になにか言い表せない感情がこみあげた。


 そしてリコはそのこみあげてきた感情に従ってゆっくりとジョージの部屋の扉を開ける。


「あれ?」


 しかしそこにジョージはいなかった。空のベッドにはジョージがいつも身に付けている厚いコートとテンガロンハットが乱雑に置いてあるだけだった。


「……ふぅ、なにやってるんだろ。わたし」


 さっさと部屋に戻ろうと思い部屋の扉を閉めようと思った最中、リコの中に新たな感情が芽生え始めた。


「ジョージさんの服……」


 リコは自分がおかしな事に気付いていた。しかし気付いていながらもその衝動に抗えない、こんな事はリコの人生の中で初めてだった。


 気がつくとジョージの服を手にとって、その埃だらけのコートをじっと見つめていた。


「重い……」


 最初は生地のせいだと思ったけどそれだけではないようだ。コートのポケットが異様に膨らんでいるのがリコの目に入った。


「これは……?」


 リコはコートのポケットに収まっていたものをゆっくりと取り出した。


「……拳銃?」


 取り出したのは拳銃だった。拳銃自体は珍しくもないがその銃はボロボロの錆びだらけ、使い古されてとても整備なしで撃てるような状態ではない。


「こんな時間に何のようだ?」


 突然背後から聞こえた声に、リコは飛び上がった。


「きゃぁ!! ジョ、ジョ、ジョ……ジョージさん!?」


 慌ててコートと銃をベッドに放り投げる。


「おいおい、いくらボロイからって人の物をそんな粗末に扱わないで欲しいなぁ」


 ジョージは銃をコートにしまい込むとそのままコートをハンガーに掛けた。


「それで……何の用だ?」


「え!?」


 突然の質問にリコは固まってしまった。質問に対する返答をリコはまったく持ち合わせていなかったのだ。


「用もなく部屋にきたわけじゃないだろ?」


「あ、え~っと、あのね……」


 しばらく言葉を濁していたリコだったが、先ほどの拳銃が頭に思い浮かんだ。


「あっ、あの拳銃、ずいぶんボロボロだったけど……どうしてかな~と思って……」


 リコは歯切れの悪い質問。しかし……、意外にもジョージの表情に変化があった。


 先ほどまでの笑みは消え去り、代わりに現れたのはどこかさびしそうな顔。


 リコの質問は沈黙によって迎えられた。


「あ……えっと、ジョージさん?」


「……探してるのさ、最高の死に場所ってやつをな……」


「え? ジョージさん、それって……」


 そのセリフ、リコには聞き覚えがあった。そう、ジョージと初めて出会った日に聞いたセリフだ。


「さあ、子供には夢を見る時間が必要だ。もう寝た方がいい」


 ジョージはリコを部屋の前まで送り届けると、心を閉ざす様に扉を閉めてしまった。


 その夜、リコはベッドの中でジョージの言葉について考えていた。


「最高の死に場所……か」


 しかしジョージに対する謎は深まるばかりだった。






 次の日も酒場は大盛況。しかしそんな酒場が一瞬で静まりかえる出来事が起こった。


「よう、元気かいマスター」


 一人の男の来店。それを取り巻く屈強な男たち。


 酒場の入口から現れたのは小太りで髭を生やし、身なりのいい格好をした四十代ぐらいの男だった。


「こ、これはロバートさん。こんなくたびれた酒場にようこそ!!」


 リコの父の態度が一変した。父だけではない、酔っぱらいを含めたほぼ全員が彼を見て態度が変わったのだ。


 男の名はロバート・ウェイン。この小さな街を支配している実質的な独裁者である。


 彼の命令なら保安官ですら逆らえない。


「なんでもこの店には面白い男がいるそうじゃないか」


 ロバートはそのままジョージの前まで歩くと不遜な笑みを浮かべて話しかけた。


「よう、あんたが噂の男だな?」


「……さぁて、何の話だい?」


「てめぇ!! 誰に向かって話してると思ってんだ!!」


 屈強な男たちがジョージを取り囲む。しかしそれでもジョージは動かない。


「止めろお前ら!!」


 ロバートが少し大きな声で取り巻きに告げる、それだけで取り巻きは大人しくなった。


「あんちゃん、ウチの取り巻きに囲まれて顔色一つ変えねぇとは……いい肝っ玉してるじゃねぇか。どうだい? ワシのところに来ないか?」


 ロバートの突然の引き抜き、これには店にいる全員が驚いた。


「こんなちんけな酒場の用心棒はあんちゃんに似合わねぇ。ワシの用心棒になれば金も今の十倍は出そう」


 ロバートが指で合図を送る。すると取り巻きの一人がテーブルの上にずっしりと重みのある袋を置いた。


「ここに五千ドルある。首を縦に振るだけでこれはあんちゃんのものだ」


 店中から驚愕の声が上がった。


 ふらりときた流れ者に五千ドルはおいそれと出せる額じゃない。


「俺みたいな流れ者に五千ドル……随分と高く評価してくれたわけだ」


「ワシも若いころは随分と無茶をした。いろんな相手とも戦った。だからわかる、あんちゃんが只者じゃねぇってことがな」


 ロバートはポケットから葉巻を取り出すと、それに火を付けてゆっくりと煙を吐き出す。


「どうだい? 悪い話じゃねぇだろ?」


 この当時、五千ドルと言えばとんでもない大金。こんなおいしい話を断るバカはいないだろう。酒場の誰もがそう思った。しかし……、


「断る」


「なっ!?」


 雷が落ちた様な衝撃が酒場中を駆け巡った。


「正気か?」「イカれてる!!」 そんな言葉が酒場のあちこちから聞こえてくる。


「今……なんて言った」


 ロバートの声が所々震えている。怒りを抑えるのに必死といった顔をしていた。


「聞こえなかったのか? 断ると言ったんだ」


「こ……こ……このワシの誘いを断るだと!! お前、それがどういう事か分かっているのか!?」


 怒りで顔を真っ赤にしたロバートに対してジョージはあくまでも冷静な態度を崩さない。


「ああ、わかってるよ。この街の支配者だろ?」


「ならばなぜ断る!! いったいどんな理由があって……」


「悪いけどこの店の嬢ちゃんには命を救ってもらった借りがあってね、それを返済するまでは俺はこの店の用心棒だ。それにな……ここのコーヒーはうまいんだ」


「だまれ!!」


 ロバートの拳がジョージの右頬に突き刺さった。唇の端から一筋の赤い液体が零れ落ちる。


「だまれ!! だまれ!! だまれ~!!」


 プライドを傷つけられ怒りに我を忘れたロバートの拳がジョージに降り注ぐ。


「ジョージさん!!」


 リコがジョージを助けようと飛び出した……が、何者かに手を引っ張られ、リコの体は押さえつけられてしまった。


「ママ!!?」


 リコを抱き止めていたのは他ならぬ母だった。


「駄目よ、助けようとすればあんたまで同じ目に会っちまうからね」


「でも……でも……」


「しかたないんだ。この街で生きていくにはあの人の機嫌を損ねちゃいけないんだ」


 身動きのできないリコは一方的に殴られるジョージの姿をただ見ていることしかできない、ジョージの顔が鮮血に染まっていく。


「はぁはぁはぁ……」


 数十発と殴り続けてロバートの息が上がってきた。


 ジョージは一撃も反撃しない。それどころか避ける事もせずにただ黙ってロバートの拳を受け続けた。


「はっ、ははは……。どうした? 一発ぐらい殴り返してみろ!!」


 ロバートの挑発にもジョージはこたえない。


 当然だ。殴り返した瞬間ジョージは間違いなく殺されてしまうんだから。


 周りの人間はそう思った。しかしリコはそうは思わなかった。


「……ジョージさん、私達を庇って……」


 ここでジョージが手を出せばジョージの命はもちろん、雇い主である両親やリコも無事では済まないだろう。


 本当のところはジョージ本人にしかわからない。だけどリコは自分の考えが違っているとは思えなかった。


「おい、もう一度だけチャンスをやる。よく考えて返事をするんだな」


 ロバートがジョージの髪の毛を乱暴に掴む。


「ワシのところへくるのか? どうだ!!」


 数秒の静寂が酒場を包み込んだ。やがてジョージの切れた唇が僅かに動く。


「こ……と……わる」


 そこに居る誰もが耳を疑った。


「そうか、残念だよ。お前たち、可愛がってやれ」


 ロバートの合図と同時にまわりの男達は一斉にジョージに襲い掛かった。


「やめて!! もうやめてぇぇ!!」


 リコの悲鳴と取り巻き達の罵声、そして肉を叩く音だけが酒場に響いた。


 その場にいる全員が声を失うような惨劇はジョージの意識を失うまで続いたのだった。






「屑が!!」


 捨てゼリフを残してロバート達は酒場を去っていった。


 後に残ったのはボロ雑巾のように打ちひしがれて倒れているジョージの姿。


「ジョージさん!!」


 リコが母の手を振り切りジョージの元へ駆け寄る。


「ひどい……」


 体中が内出血でパンパンに腫れ上がり、左腕はあらぬ方向へ曲がっている。顔はまるで別人のように膨れて至る所から血が流れ出ていた。


「誰か……誰かジョージさんを助けて!! このままじゃ死んじゃう!!」


 リコは目の端に大粒の涙を浮かべて酒場の人に呼びかけた。何度も、何度も……。


 しかし手は差し伸べられない。ロバートとの機嫌を損ねたジョージを助ければ、自分が次の標的になりかねないと思ったからから、全員遠巻きに二人を見ているだけだった。


 しかし、そんな中リコの呼びかけに答えた人がいた。


「パパ!! ママ!!」


 それはリコの両親だった。


「とにかくジョージさんを部屋まで運ぶんだ。今ならまだ助かるかも……」


「短い間だけど一緒に暮らした仲だしね、見殺しにはできないよ」


 父がジョージを担ぐ。母が濡れたタオルでジョージの顔についた血と埃を拭き取った。


「ありがとう、パパ、ママ」


 酒場はそのまま店じまいになったが、文句をつける客は一人もいなかった。






 次の日、酒場は通常通り営業を再開した。


 しかし、そこには当然ジョージの姿はない。そしてリコの姿も見えなかった。


「マスター、リコちゃんの姿が見えないけど」


 常連客の一人がラム酒のおかわりを頼みながらリコの父に声を掛けた。


「リコはジョージさんの看病で……」


「看病? マスター、そりゃあやめておいた方がいい。ロバートの耳に入ったらこの店も潰されちまうよ。あいつは今や厄病神だ、とっとと追い出した方がいい」


 マスターは苦い顔をした。


「それでもあの人は酒場の危機を救ってくれた人ですから。とりあえず傷が癒えるまでは面倒見て、動けるようになってから出て行ってもらいます」


「まぁ、マスターがそれでいいんなら……」


 常連客は二杯目のラム酒を一気飲みした。


 その頃、二階ではリコの看病が今でも続いていた。


 昨夜、ベッドに運び込まれたジョージの服を脱がせ、血と汗で汚れた体を綺麗に拭き取ったリコは、そのままジョージの部屋に残り、不眠不休で看病していた。


 何度もタオル絞ったせいで、指はふやけて今にも皮が剥がれそうな状態になっている。


「ふぅ……」


 窓から外を覗くと、いつの間にか太陽はすっかり地平線の向こうに溶けていた。


 あいかわらずジョージは目を覚まさない、時折苦しそうな呻き声を発するだけだ。


「大丈夫、絶対に良くなるよ……」


 ジョージを励ますためなのか、それとも自分に言い聞かせているのか、リコはこの言葉を何度もつぶやいていた。そしてこのセリフを呟くとき、リコは決まってジョージの手を握りしめる。それはリコなりのおまじないのようなものだった。


 一晩中体中を冷やし続けた成果なのか、腫れあがった顔は随分と良くなっていた。


 額のタオルをとりかえようとリコが手を伸ばした時だった。


「…………ジャ……ク………」


 寝込んでいたジョージの口から初めて呻き声以外の言葉が飛び出した。


「ジョージさん!?」


 驚いたリコだがジョージは意識を失ったままだ。


「……置いていかないでくれ、ジャック…………」


「ジャック?」


 リコの知らない人の名前、自分の知らないジョージの過去。ジョージが無意識のうちに声に出したその『ジャック』という人。リコの心の隅にある感情が微かに湧き上がった。


心に靄のようなものが掛ってリコはスカートの一部をギュッと握りしめた。


それはリコに初めて芽生えた『嫉妬』だった。


 しかし、その感情を理解する前に別の感情がリコの体を波紋のように広がっていった。


「んん……こ、ここは?」


 ジョージの意識が回復したのだ。


「ジョージさん!!」


 リコはうれしさのあまり横になっているジョージの胸に飛び込んだ。


「いででで!!」


「あ、ごめんなさい」


 我に返ってリコは慌てて体を離した。


 ジョージは今の状況が理解できないのか、ゆっくりと辺りを見回した。


「そうか、俺は奴に……」


「パパがジョージさんをこのベッドまで運んでくれたの」


 涙でくしゃくしゃになった顔でリコはその時の事を説明した。


「そうか、そりぁマスターに礼をしないとな……いててて」


 ベッドから起き上がろうとしたジョージだったが、体が言う事を聞かないようで上半身を起こすのが精一杯だった。


「無理しちゃダメ、もうすぐお店終わるはずだから……ね?」


「ああ、そうしよう。ところで水を一杯くれないか? 喉が焼けそうなんだ」


「あっ、ちょっと待って……」


 リコはポットに手をかけた。しかしポットの水はすでに空になっていた。


「ごめんなさい。今、水汲んでくるから」


 ポットを抱えてイスから立ちあがるリコ。その時、ふとあのセリフが脳裏によぎった。


 一瞬の静寂の後、リコは勇気を振り絞ってジョージに聞いた。


「あの……ジョージさん? ジャックって……誰?」


 リコの言葉を聞いてジョージから笑みが消えた。


「そうか……俺はそんな事を言っていたか」


 リコは静かに頷いた。


「……コート、取ってくれないか?」


 リコから黙ってコートを受け取ったジョージは、タバコと拳銃を取り出した。


「少し……昔話をしようか」


 タバコに火をつけ一服すると、ジョージは遠い目で語りだした。


「昔々、ある所に薄汚い孤児がいた。餓えて死ぬだけの運命である孤児。ところがどこかの酔狂なガンマンがその孤児を引き取った。男はジャックと名乗った」


 リコが驚いて顔を上げた。


「ジャックに引き取られた子供は銃の使い方を教わった。ヘタクソだったが五年も経つと子供もいっぱしのガンマン気取りになっていた。が、ある日調子に乗った子供ガンマンはジャックに黙ってでかい仕事を引き受けたんだ。内容は野盗達の巣を潰すこと。粋がっていた半人前の子供ガンマンはあっさりと捕まってしまった」


 一瞬の静寂、ジョージのタバコから灰が零れ落ちた。


「子供ガンマンはジャックを呼び出す餌に使われた。ジャックはそれなりに名が通っていたからな。そして野盗の要求通り、ジャックは野盗の巣に現れた。凄腕のジャックだが罠に誘い込まれてはどうしようもない。ジャックは体に十発近い弾丸を浴びた。しかしジャックはそれでも野盗達を倒して子供ガンマンを見事救い出した。ジャックは子供ガンマンと熱い抱擁を交わすとそのまま死んじまった」


 ジョージがタバコを口に運ぶ。ジョージの吐く白い息が部屋を包んだ。


「面白くもねぇ話だ……」


 ジョージは窓の外で輝く月をぼんやりと眺めていた。


「子供は……子供はその後どうなったの?」


 リコが泣きそうな顔でジョージを見つめていた。


「……さぁな。どっかで野たれ死んだんじゃないか?」


 ジョージはそれ以上の事を語ろうとはしなかった。






 ランプとバケツを手に、リコは街外れの井戸まで水を汲みにきていた。


 水を移しながらリコはジョージの過去の事を考えていた。


「ジョージさん、ジャックさんの事をずっと負い目に思っているんだわ。ひょっとしたらあの拳銃、ジャックさんのなんじゃ……」


 ジョージさんがあのボロボロな拳銃を持っているのはあの時の自分を戒めるため?


 そんな思いがリコの中で沸き起こった。


「とにかく、その辺りをジョージさんに聞いてみよう」


 バケツに水を満たすと、リコはできるだけ急いで酒場に戻ろうとした。


 しかし何か様子がおかしい。もう夜だというのにランプがいらないぐらい周りが明るい、そしてこの熱気。ウチに近づくにつれてどちらも強くなっていく。


「そ……んな」


 持っていたバケツが水をぶち撒けながら地面に落下した。


 リコの前でゴウゴウと燃える建物、焼け落ちた看板には『BAR ムーンライト』と確かに記されていた。


「いやああああぁぁぁぁ!!」


 リコの絶叫が夜の街に響き渡る。


「パパぁぁ!! ママぁぁ!! ジョージさぁぁん!!」


 燃え盛る酒場へ向かってリコは駆け出した。


 しかし猛烈な熱気と崩れ落ちる木片がリコの行く手を阻む。


「これくらい……」


 再び業火の中へ飛び込もうとするリコ。


 しかしその直後、リコの後頭部に激痛が走った。


「!!?」


 リコの意識が急激に遠のいていく。


 リコには何がおきたのか理解できなかった。






「……ここは?」


 意識を取り戻したリコが目にしたのは四方をレンガで囲まれた小さな部屋だった。


「私、どうしてこんな所に……」


 立ち上がろうとしてリコは自分の両手が縄で縛られている事に気づく。


 混乱する頭を整理するように考え始めた。


「そうだ火事!! 私、パパ達を助けに行こうとして……」


 リコの顔に絶望の色が浮かび上がった。


「パパ……ママ……」


 リコの目から涙がポロリと零れ落ちた。一滴、また一滴と……リコは泣いた。


 その時、一つしかない木製の扉がゆっくりと開く音が聞こえた。


「……ッ、誰!?」


 慌てて服の裾で涙を拭き取ったリコは視線を扉に向けた。


 扉を開けて入ってきた人物、それは街の支配者ロバート・ウェインだった。


「よう酒場の娘、一人生き延びるとは運のいい奴だ」


「ここはどこ?」


「ワシの家の地下室だ」


 うすら笑いを浮かべるロバートの顔を見て、リコは唐突に理解した。


「お前が!! お前がパパとママを……」


 ロバートの表情が言葉より明確に伝えていた。


 奇声をあげてロバートに飛びかかる……が、リコの両腕がロバートの首に届く前に周囲の取り巻きたちに取り押さえられてしまった。


「おいおい、せっかく助かった命は大切にしろよ。お前に商品価値がなかったらこの場で殺しているぞ」


リコが顔を上げる。


「奴隷として闇市場に売られるんだよ、お前は」


 葉巻を吹かしながらロバートは上機嫌で語る。


「このひとでなし!!」


 殺意を込めた目でリコはロバートを睨みつけた。


「ふん、せいぜい虚勢を張ってるんだな」


 そう言ってロバートは高笑いをあげながら扉の向こうに消えていった。


 再び地下室に静寂が訪れると、リコは祈るような気持ちで呟いた。


「……ジョージさん」


 一人残されたリコは朝が来るまで泣き続けた。






 翌日、取り巻きの一人がリコを地下室から連れ出した。


 もはやリコは抵抗しない。まるで地下室に感情を置いてきてしまったかのように無表情だった。


 太陽がやけに眩しく感じたが、それを表情に出す事もおっくうな様子。


(もう……どうでもいい)


 そんな言葉がリコの頭の中をぐるぐると駆け回っていた。


外には馬車が一台止まっていた。中にはロバートがすでに待機している。


「一晩で随分大人しくなったもんだ。まぁいい、さっさと乗れ」


 リコが取り巻きに促されて馬車に足をかける。


それとほぼ同時に周囲にざわめきが巻き起こった。


顔を上げるリコ、すると遠くに一人の男が立っているのが見えた。


「あ……ああ」


 枯れ果てたはずのリコの目から再び大粒の涙が溢れだした。


 言葉が出てこない。まるで夢か幻でも見ているのではないだろうか?


 だが確かに彼は立っていた、ボロボロの容姿のまま。


「ジョージさん!!」


 リコは叫んだ。


「なんだ、一体どうした?」


「ジョージです!! あの野郎くたばってなかったんだ!!」


「なんだと!?」


 ロバートは慌てて馬車から飛び出すと眼前の男を見た。


「ジョージ!! てめえ生きてやがったのか!!」


 ジョージは答えない、ゆっくりとロバートの所へ向かってくる。


 その手にはあのボロボロの拳銃が握り締められていた。


「かまわん、撃ち殺せ!!」


「だめええぇぇ!!」


 リコの叫びと銃声が街に響き渡った。


 数十発の弾丸がジョージの体に突き刺さり、その命を吹き飛ばした……はずだった。


 しかし、絶命して倒れているはずのジョージの姿がない。


「消え……ぐあ!!」


 取り巻きの一人が胸から血を流して絶命した。


 その先には銃を構えたジョージが立っていた。


取り巻きが狙いを定めたその瞬間、ジョージは近くの家の影に飛び込んだのだ。


「野郎!! かまわねぇ撃て、撃ち殺せ!!」


 鉛玉の雨がジョージに降り注ぐ。


 しかしその場所にジョージはいない、凄まじいスピードで真横に飛びながら銃の標準を合わせていた。


ジョージの銃が火を吹くたびに男の悲鳴が上がる。


一人、二人、三人と……。


「てめぇら!! 死にぞこない相手に何手こずってやがる!!」


 ロバートの怒声も取り巻き達の耳には届いていない。ジョージの猛攻に応戦するのが精一杯といった感じだった。


「何をやっている!! 分散して奴を囲い込め!!」


 今や街の広場は戦争さながらに銃弾の飛び交う危険地帯となっていた。






「はぁ、はぁ……」


 銃声は聞こえなくなった。聞こえるのはジョージの息遣いのみ。


 ジョージの前に十数人に及ぶ男達が転がっていた。どの体からも赤い血が流れ出している。


「ぜ、全滅? たった一人の……それも死にぞこないの重病人相手に、ワシの部下達が全滅? 化け物か……」


 ジョージがロバートの元へゆっくりと近づいてくる。


「ひ、ひぃぃ!? 来るな、来るな来るな!!」


 目を回すロバートの眼前にジョージは銃を突きつけた。


「た、た……助けてくれ!! 金ならいくらでも出す。そうだ!! あんたをこの街の支配者にしてやろう。だから……なっ?」


「……………………」


「本当だ!! 金も女も思いのまま、すべて望むものを用意しよう。だから……」


 黙ってロバートの命乞いを聞いていたジョージが、ただ一言、ロバートに告げた。


「リコの両親にあの世で詫びろ」


 ジョージはそのまま躊躇うことなく引き金を引いた。






 ジョージは何も言わず、リコを縛っていた縄を解いた。


「ジョージさん!!」


リコがそのままジョージに飛びつくと、今までの分を取り戻すように大きな声を上げて泣き出した。


「わりぃな、遅くなっちまっ……て」


 突然ジョージがリコに覆いかぶさった。


「え? ちょ……ジョージさん!?」


予期せぬ事態に混乱したリコは、突然の荷重に耐えきれず、そのままジョージに押し倒されるように地面に倒れこんでしまった。


「あ、いったぁ……」


 この苦しい態勢からどうにか脱出しようとジョージの体を押しのける。すると、リコの手にぬちょりとした感触が伝わった。


「き……きゃあああ!!」


リコの手は真っ赤に染まっていた。ジョージの鮮血によって……。


よく見るとジョージの脇腹の辺りからおびただしい量の血が流れ出ていた。


「ジョージさんしっかり!! 今人を呼んでくるから!!」


 立ち上がり、その場を離れようとしたリコだったが、不意にジョージに手を引っ張られた。


「……いいんだ」


 ジョージの口の端から一筋の血が流れ出た。それは命がもう長くない事を告げているようだった。


「でも……」


 リコの言葉を遮るようにジョージは右腕を持ち上げる。


「こいつを……もらってくれ、形見だ」


 ジョージの右腕には、先ほどまで使っていたボロボロの銃が握り締められていた。


 リコはジョージの手から銃を受け取った。


 リコが問いかけるようにジョージに視線を移したが、もはやジョージの目にリコは映っていないようだ。


 ジョージは太陽を掴もうとするような仕草で空に手を伸ばした。


「……親父、これで俺もあんたと同じ場所に立てる。俺にも見つかったからな。最高の死に場所って奴を……よ……」


 ジョージの目に涙が浮かぶ。そしてゆっくりと目が閉じられると、太陽に向かって伸びていた手は、そのまま力なく崩れ落ちた。


「……ジョージさん? ジョージさん!!」


 返事は返ってこない。そこにもうジョージはいなかった。


「いやあああぁぁぁ!!」


 リコの悲痛な叫び声は地平線の彼方まで響き渡ったのだった。






 あれから五年の歳月が流れた。


 ここ最近、大陸中の酒場であるガンマンの噂が飛び交っていた。


 それは若い女のガンマンで、流れるような金髪のブロンドにテンガロンハットを被り、厚手のコートを着ていてボロボロの銃を持ち歩いている。


そいつは小柄なくせに大男の野盗や大人数の強盗達を次々と倒して回ってる凄腕のガンマン。


 そしてその特徴もさることながら、そいつにはこんな口癖があるらしい。






――さがしてるのさ、最高の死に場所って奴を……

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Gun’s Memory ~受け継がれる魂~ @shirogane-kotetu

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