Re:プロローグ

 目を開けると、そこには白黒の部屋が映っていました。

 いつも通り、部屋に異常が無いか確認します。もっとも、五年前に此処で目を覚まして以来、この場所が変化した事など、ただの一度も無いのですが。

 壁を埋め尽くす本と、窓を模した大きなモニター、チェス盤の様な模様の床。そして私は見つけます。昨日までは無かった物、モニターの側に吊るされた、風鈴を。

 それには、ふちだけが水色に着色された濃紺のガラスに、赤や黄色などの色とりどりの花火が描いてあって──

 あら?私、どうしてこの風鈴の色を知っているのでしょう。というのに。この部屋も、私自身の身体アバターでさえ、色を持っていません。それなのに、どうして……。

 そうこうしている内に、博士ドクターとの面会時間が迫ってきています。あの奇怪な風鈴について、問いただしてしまおう、と思い、私はモニターの前に立ちました。


 ✿


「おはよう、マリー。今日は、君に紹介したい人がいるんだ」

 今朝の面会では、珍しく博士ドクターがそんな事を言い出しました。

 本当に今日はどうなっているのでしょうか。今まで、博士ドクターがこの研究所ラボに他人を入れた事なんて、無かったのに。

「今日からここに勤める事になった、一ノ瀬和仁君だよ」

 それは、不思議な出逢いでした。白黒モニターに映った彼は、間違いなく、私の知らない人です。それなのに、私は何故だか酷く懐かしい気分になっていました。

「こんにちは、マリー。これからよろしく。……ああ、そうだ。風鈴、気に入ってくれたかな」

「あれは、貴方が設置したんですね……。はい、ありがとうございます。大切に、します」

「そうか。なら良かった。……そのうち、花凛と冬哉も紹介するから」

 花凛、は博士ドクターの娘さんの名前です。でも、冬哉、は一体誰のことでしょう。私の知らない人。でも、どこかで聞いた事があるような……。


「そしたら、また皆で、花火でも見に行こう」


「……はい」


 彼の言葉の意味は、私にはよく分かりませんでした。部屋に置かれた風鈴も、彼が口にした名前も、私は知りません。

 それでも、いつかこの部屋を出る事が出来たなら。その時、和仁が側に居てくれたなら、感じた懐かしさの意味が分かるような、そんな気がしたんです。

「いつか、私を外に連れて行って下さい。……約束ですよ?」

 私の言葉に、和仁は軽く目を見張った後で、笑いながら答えを返しました。

「ああ、約束だ」

 初めての約束が果たされる日は、いつになるでしょう。来年か、再来年か。もしかしたら、ずっとずっと先になってしまうかもしれませんし、案外、直ぐにやって来るかもしれません。

 許されるまで、いつまでだって待ちましょう。


 ──和仁と一緒なら、きっと退屈なんてしないと、そう思えたのですから。


 風鈴がたてた涼やかな音を聴きながら、私は和仁と笑い合いました。頬をつたう一筋の涙の意味を、いつか知りたいと願って。

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マリーは部屋を飛び出して 青井音子 @cl_tone

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