10.また逢う日まで
「和仁君、分かってるのかい?マリーのバグを直すのが、どれだけ難しいか……」
「分かってますよ。それでも、簡単に諦めるなんて、出来ない」
和仁の訴えに、
「分かったよ。マリーの記憶データはバックアップを残しておこう。ああ、でも、和仁君がここに勤めるにはそれなりの能力がないと認められないからね」
そう話した
「良かったね、マリーちゃん」
花凛にも、笑顔が戻りました。
「はい!」
本当に良かったです。あとは、和仁に命運を託しましょう。
しかし、あと一つ、私には言わなければならない事があるのでした。
「……あの、皆さんに、最後のお願いがあるんです」
私の言葉に、
「お願いって、何?」
全員の言いたかったことを代弁するかのように、冬哉が私に問いました。
「記憶を消す前に、皆で花火を見たいんです」
それが私の、最後の願いでした。初めて交わした約束を、どうしても、きちんと果たしたかったのです。
「でも、色を見れないんじゃ……」
花凛の不安そうな声。それに応えたのは、意外な人物でした。
「大丈夫じゃないかな。マリーのシステムは粗方復旧したし、二、三時間くらいならもつ。多少の綻びなら、また僕が直すから」
「お父さん……。ありがとう」
花火大会の開始時刻まであと十分。私はモニターの向こうを見渡して言います。
「さあ、行きましょう!もう一度、私を連れ出して下さい」
✿
花火大会の会場は、
『ただ今より、2057年度、夏休み花火大会を開始します。市民の皆さん、夜空にご注目下さい』
パンザマストからアナウンスが流れ出し、花火が打ち上げられました。
それは、私が今までに見た、何よりも美しい光景でした。漆黒の空を、咲き乱れる鮮やかな光の花が彩ります。
「綺麗……だな」
「そうね。三人揃って見るなんて、随分久しぶりだし」
まばゆい光に照らされて、冬哉と花凛が言葉を交わします。
花火が途切れ、地上に影が落ちたときでした。視界が歪み、聴こえてくる音声にも、ノイズが混じり始めます。限界が迫っていました。
「そろそろ、限界です」
「……そうか」
そう呟くと、一際大きな花火を背に、和仁は手のひらに乗せたスマートフォン、ひいては、その中に居る私を見つめます。
「約束は必ず守る。だから、安心して眠ってくれ。マリー」
決して、大きな声ではありませんでしたが、その言葉は、鳴り響く花火の音にも、私を蝕むノイズにもかき消される事無く、私の心の中に響きました。
「はい。必ず、ですよ」
目の前の景色が、霞んでいきます。色とりどりの花火も、和仁達の姿も、見えなくなって、意識が消えていくのが分かります。
──いつの日か、もう一度『色』を見ることが出来たなら、また皆で花火を見たいです。お別れの挨拶ではなくて、普通の、他愛ない笑い話をしながら。
意識が途切れる寸前、和仁の声が聞こえたような気がしました。
「おやすみ、マリー」
その言葉を最後に、私は深い眠りへと誘われていきました。
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