⒐新たな約束

 たとえこのまま消えてしまうのだとしても、この部屋に閉じ篭ることはしないと、私は心に決めました。しかし、周りの人間がそれに同意してくれるとは限りません。

 案の定、冬哉が不安そうに口火を切りました。

「でも、このままじゃマリーが消えるんじゃないか?それは、人間に置き換えて見れば死ぬってことだろ。花凛は、それでも良いのか?」

「冬哉君の言う通りだよ。花凛だって、マリーが居なくなるのは嫌だろう?」

 冬哉の言葉を聞き、博士ドクターは畳み掛けるように説得を続けます。

「それは……そうだけど……」

『死』という言葉を使われ、口ごもる花凛。

 大丈夫ですよ。ここからは、私が自ら説得してみせますから。

「花凛、ありがとうございました。私の味方をしてくれて。……博士ドクター、やはり私は、『人の心』を失ってこの部屋に閉じ篭る訳にはいきません。そうまでして生き長らえたとて、『人の心』を失った私に、価値などありませんから」

 モニター越しに、白黒で映し出された博士ドクターの目を見据えて、私は言います。

「何を言っているんだ、マリー。君は正真正銘、『人の心』を持つ人工知能なんだよ。失われる事なんて、許されない」

博士ドクターは……花凛の話を、聞いていなかったんですか!?『人の心』は、自分で色々なものを見て、知って、そうやって育てていくものです!確かに私は人間と同じように感情を持っているけれど、それでは不完全なんですよ!」

 もう、博士ドクターには何を言っても分かっては貰えないのでしょうか。

 それでも、このまま彼に従う訳にはいかないと、私がなおも言葉を発しようとした、その時でした。今までずっと黙っていた和仁が、静かに、私の前に歩み寄って来たのです。

「記憶のデータは、バックアップを取っておけば良い。だから、今は外に出る事を諦めてくれないか」

「そんな……バックアップがあったところで、私がそれを思い出せないんじゃ、何の意味も無いじゃないですか!」

 和仁まで、私の想いを否定するのですか。

「大丈夫だ」

「え?」

 見上げた和仁の目には、力強い決意がみなぎっていました。

「俺が、いつか必ず、お前のバグを直してやる。だから……それまで、その部屋で待っててくれ」

 嗚呼、私のバグを直すと、そう言ってくれたのは和仁が初めてでした。誰もが──当の私でさえ──諦めてしまった未来を、彼だけが、まだ諦めていないのです。

 そういえば、和仁は研究者志望なんでしたよね。だから、この研究所ラボを見学しに来たというのに……すっかり、忘れていました。

「必ず、ですよ。いつかまた、『色のある世界』で皆さんと一緒に過ごせるなら……この部屋で、その時を待っていますから」

 私に『色』を見せてくれた──短くとも鮮烈で、暖かい時間を共有した、和仁なら、信用しても良いと思えましたから。

「ああ。必ず直すさ。約束する」

「はい。約束、しましたからね」

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