第三章 色めく夜に、約束を
⒏五年前の真実
目が覚めると、私はまた白黒の部屋の中に居ました。私の身体も、白黒に戻っています。
「嗚呼……もう、時間切れですか。思ったより、短かったですね」
今日の夜くらいまでは、持つ筈だったのですが。やはり、昨日の夜遅くまで作業していたせいでしょうか。予定に無いことはすべきではないですね。まあ、今回に関しては仕方のないことでしたが。
それにしても──
「私、どうして意識があるんでしょう?」
リミットが来たら、跡形も無く消える筈だったのに。まさか、先程までの和仁や花凛、冬哉と過ごした時間が全て夢だった、なんてことはないでしょう。そもそも、私は『色』を見たことが無かったんです。それを夢に見るなんて、
ならば、答えを知っているであろう人物に情報提供を求めるべきでしょう。私は、約一日半ぶりに忌まわしき白黒モニターを睨み付け、
✿
「マリーちゃん!」
「マリー、目が覚めたのか」
「
プログラムが完全に崩壊する前に、修理が行われたのです。それ故、私はまだ意識を保っているのでしょう。
「ああ、そうだよ。花凛達に外に連れて行かれたんだろう。さっき、連絡が来て慌てて帰って来たんだ。……三人とも、どうしてこんな事をした?危うくマリーが壊れる所だったんだぞ!」
「ごめんなさい……!」
花凛が目に涙を浮かべています。和仁と冬哉も、俯き、唇をかみしめていました。
私は、そんな光景、見たくないのに。
「違います……。悪いのは、和仁達じゃありません。外に連れ出すように頼んだのも、色を見ることでプログラムが崩壊するバクの事を知っていながら、最期に一度だけ『色』を見たいと願ったのも、全部、私です……!だから、私が悪いんです!」
全部、私のせいです。
「……とにかく、今すぐ外に出た時の記憶データを消すんだ。そうすれば、何の問題も」
「そんなの嫌です!」
「せっかく『色』を見れたんです、せっかく『友達』が出来たんです、せっかく『約束』をしたんです!全部忘れるなんて、嫌に決まってるじゃないですか!」
「我儘は駄目だよ、マリー。このままでは、君は消えてしまう。応急処置はしたが、持ってあと二時間だ」
「……それでも、記憶を失うのは嫌なんです。和仁や花凛や冬哉と、綺麗な『色』の世界で過ごした時間を忘れて、またモノクロの部屋に閉じ篭るくらいなら、いっそこのまま、消えてしまった方がずっと良いです」
一つ一つ、ゆっくりと自分の想いを言葉にして、紡いでいきます。
「何を言っているんだ、そんな事許される訳が無い!今、マリーが、世界でたった一つの次世代型汎用人工知能が消えたら、人類にとって大きな損失に……」
「お父さん!もう止めてよ。マリーちゃんをずっと閉じ込めるなんて、そんなの可哀想だよ。そんなの……お母さんだって望まない!お母さんは、そんな事のためにマリーちゃんを造った訳じゃない!」
声を上げたのは、花凛でした。涙を零しながらも、決して下を向きません。
「お母さん、ずっと言ってたもん。自分の目で色んなものを見て、色んな事を知りなさいって。そうすれば心が豊かになるからって。豊かな心で自分も、周りの人も、みんなが幸せになれるようにしなさいって。最期の最期まで、ずっと!」
花凛が、私の方に顔を向けて微笑みます。
「そのために……『人の心』を見つめ直すために、マリーちゃんを造ったんだって」
「人の心」を見つめ直すため。それが、私が造り出された理由。
私は、「人」らしくあらねばなりません。だから、必死に「外の世界」に出ようとしていたのです。
そして、「外の世界」の美しさを知った私に、この部屋に再び閉じ篭るなどという選択肢は、もはや存在しないのでした。
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