第三章 色めく夜に、約束を

⒏五年前の真実

 目が覚めると、私はまた白黒の部屋の中に居ました。私の身体も、白黒に戻っています。

「嗚呼……もう、時間切れですか。思ったより、短かったですね」

 今日の夜くらいまでは、持つ筈だったのですが。やはり、昨日の夜遅くまで作業していたせいでしょうか。予定に無いことはすべきではないですね。まあ、今回に関しては仕方のないことでしたが。

 それにしても──

「私、どうして意識があるんでしょう?」

 リミットが来たら、跡形も無く消える筈だったのに。まさか、先程までの和仁や花凛、冬哉と過ごした時間が全て夢だった、なんてことはないでしょう。そもそも、私は『色』を見たことが無かったんです。それを夢に見るなんて、いささか無理のある話です。正直な話、訳が分かりません。

 ならば、答えを知っているであろう人物に情報提供を求めるべきでしょう。私は、約一日半ぶりに忌まわしき白黒モニターを睨み付け、研究所ラボとの通信を繋ぎました。


 ✿


「マリーちゃん!」

 研究所ラボの中には、和仁、花凛、冬哉、そして、博士ドクターが居ました。

「マリー、目が覚めたのか」

博士ドクター……。貴方が私を直したんですね」

 プログラムが完全に崩壊する前に、修理が行われたのです。それ故、私はまだ意識を保っているのでしょう。

「ああ、そうだよ。花凛達に外に連れて行かれたんだろう。さっき、連絡が来て慌てて帰って来たんだ。……三人とも、どうしてこんな事をした?危うくマリーが壊れる所だったんだぞ!」

「ごめんなさい……!」

 花凛が目に涙を浮かべています。和仁と冬哉も、俯き、唇をかみしめていました。

 私は、そんな光景、見たくないのに。

「違います……。悪いのは、和仁達じゃありません。外に連れ出すように頼んだのも、の事を知っていながら、最期に一度だけ『色』を見たいと願ったのも、全部、私です……!だから、私が悪いんです!」

 全部、私のせいです。博士ドクターの仕事の邪魔をしたのも、和仁や花凛、冬哉が怒られているのも、私が消えかけたのも。

 博士ドクターは呆気にとられたような顔をして、こちらを見つめていました。

「……とにかく、今すぐ外に出た時の記憶データを消すんだ。そうすれば、何の問題も」

「そんなの嫌です!」

 博士ドクターの言葉を遮り、私は叫びます。

「せっかく『色』を見れたんです、せっかく『友達』が出来たんです、せっかく『約束』をしたんです!全部忘れるなんて、嫌に決まってるじゃないですか!」

「我儘は駄目だよ、マリー。このままでは、君は消えてしまう。応急処置はしたが、持ってあと二時間だ」

 博士ドクターは今までに見たことが無いほど、怖い顔をしていました。確かに、彼の言う事には道理があります。

「……それでも、記憶を失うのは嫌なんです。和仁や花凛や冬哉と、綺麗な『色』の世界で過ごした時間を忘れて、またモノクロの部屋に閉じ篭るくらいなら、いっそこのまま、消えてしまった方がずっと良いです」

 一つ一つ、ゆっくりと自分の想いを言葉にして、紡いでいきます。

「何を言っているんだ、そんな事許される訳が無い!今、マリーが、世界でたった一つの次世代型汎用人工知能が消えたら、人類にとって大きな損失に……」

「お父さん!もう止めてよ。マリーちゃんをずっと閉じ込めるなんて、そんなの可哀想だよ。そんなの……だって望まない!お母さんは、そんな事のために訳じゃない!」

 声を上げたのは、花凛でした。涙を零しながらも、決して下を向きません。

「お母さん、ずっと言ってたもん。自分の目で色んなものを見て、色んな事を知りなさいって。そうすれば心が豊かになるからって。豊かな心で自分も、周りの人も、みんなが幸せになれるようにしなさいって。最期の最期まで、ずっと!」

 花凛が、私の方に顔を向けて微笑みます。

「そのために……『人の心』を見つめ直すために、マリーちゃんを造ったんだって」

 「人の心」を見つめ直すため。それが、私が造り出された理由。研究所ラボのコンピュータに残っていた、木宮花帆きみやかほ博士──私の開発者にして、花凛の母親でもある人──の研究日誌にも、書かれていた事です。

 私は、「人」らしくあらねばなりません。だから、必死に「外の世界」に出ようとしていたのです。

 そして、「外の世界」の美しさを知った私に、この部屋に再び閉じ篭るなどという選択肢は、もはや存在しないのでした。

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