第2話
寒い。起きて最初に感じたことがそれだ。毛布なんてものは無く、ほぼ床と同義な硬いベッドは朝の到来を自身の温度で示してくれていた。
「起きたか。調子はどうだ?」
微笑を浮かべてそうな声が問いかけてきた。
「悪いな。最悪だよ。全然眠れた気がしないし、首も痛い。毛布位用意してくれてもいいんじゃないか?」
「確かにそうだな。こちらも万全な態勢でいてくれないと困る。無論、もう一度
寝る機会が来たらの話だが」
声色のせいで冗談なのか皮肉なのかわからない。まあ、十中八九皮肉なのだろうが。
「それと......ほら、飯だ。味わって食えよ」
扉の横についている小さい引き渡し口からトレイにのせられた数種類の料理が出てきた。これといって目ぼしい物は無いが、栄養バランスに配慮された健康的な構成だ。昨日の夜食べてないせいでこの一般的な料理も格段にうまそうに感じる。
「それじゃ遠慮せず」
やはり胃は食べ物を欲していたようだ。一食分空けるとこうまで味が変化するものなのか。......あるいは俺がこれを最後の晩餐だと思ったからか。
そこからは噛み締めるように一口一口を味わって食べた。......つもりだったが、
食べ終わった今、味に関して何も記憶していない自分に気付いた。
「ごちそうさま。旨かったよ。本当に」
「ああ、なら良かった。じゃあ少し待っててくれ」
そういうと彼は去っていった。
......次、彼が来たら俺はきっと行かなければならないのだろう。生きれる保証がない場所へ。誰も知らないであろう、未知の領域へ。恐怖はない。というより、死への抵抗はない。生に執着する理由は元々ないのだから。
「.........ッ」
瞬間、脳裏に鋭利な痛みがはしる。何かに抵抗するような、何かを拒絶するような、
そんな印象を抱いた。だが、明確な理由はわからなかった。
「悪い、待たせた......ん?どうした?」
「いや、何でもない......それで、行くのか?」
「今から案内する。道中、対象オブジェクトの説明もしよう」
「オブジェクト?」
「ああ、ずっと"やつら"と呼ぶのもあれだしな。言い方を変えてみた.........よし、
行くぞ」
途端、扉が開かれる。やはり、いざ行くとなると少し抵抗があるものだ。震える足を両手で叩いてごまかし、そのまま立ち上がる。重い足を一つずつ動かし、
前に進む。部屋を出ると、あの硬く、不快なベッドですら恋しい気分になった。
だがそれらより、
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
俺の決意の方がきっと大きい
相も変わらず同じ構造が繰り返される道を前に、一つ疑問に思う。
「これ、内部構造全部覚えてんのか?」
「大体って感じだ。完璧には覚えていない。なんせ広大だからな。今向かっている所だってまだかかる」
「じゃあさっき言ってた、対象オブジェクトってのを説明してくれよ」
「オブジェクトというのは昨日言った通りのことだ。現在、5体が収容に成功している。危険度で分けると、人を殺しかねない要注意な奴1体と、こちらが危害を加えなければなにもしてこない多少監視がいる奴2体と、安全が確認された奴2体だ」
「......俺が調査しなくちゃならんのはそのヤバイ奴じゃないだろうな」
「安心しろ、そいつじゃない。その後の多少ヤバイ奴だ」
「どっちにしろヤバイんだな......」
「まあ、今向かっているのはそいつの所じゃないんだがな。さっき言った"安全が確認された"奴の片方へ向かってる。......お、着いたぞ」
そう言われて前を見てみると、厳重なセキュリティーロックが多くかけられ、更にそんな扉が何重にも設置されているという、これ以上ないほど万全な態勢がとられた場所だった。
「......安全が確認されたって言ってたじゃねぇか」
「君は勘違いしているようだ。これは中に収容しているものに対して、危険を感じてのセキュリティーではない。外部の人間がこれを無断で取れないようにした
対策だ」
「......それは俺たちにとって何か有益なことをしてくれるものってことか?」
「ああ、そういうことだ。こいつが世界中にひろがったら年間死者数は格段に減ることだろう。まあ、数が限られているからそんなことはできないが」
そんなことを聞いている間に厳重なセキュリティーはとかれ、中に入れるようになっていた。
「.........くすり...?」
「そうだ。これはどんな難病でも飲めば未知の力で治すことができる薬だ」
「へえ......すごいな.........で、これをどうすんだ?俺はまだ健康体だが」
「これをお前に一つ持たせる。お前が調査を行っている最中、私は無線で指示を出すだけだ。同伴はできないため、身の危険を感じたら飲んでくれ。だが、本当に重傷の時に、かつまだ動ける時に飲んでくれ」
「それはタイミングが難しいな。というか、そんなに危ない奴なのか。一気に不安になってきたぞ」
「まあ、大丈夫だろう。まだ、あのオブジェクトが明確な殺傷能力を持つのかはわかっていない。知らない故の対策だ」
「その言い方だとそいつはまだ調査されてないってことか?」
「いや、今までに2名が調査を行っている。生きて帰ったのは後の1人だけだ。
その調査を行ったとき、無線を持たせて音声記録を残した。これは貴重な情報源となるので後で聴かせようと思っていた」
「どうせまた長いこと歩くんだろ?その間に聴けばちょうどいいな」
「そうだな.........よし、これだ」
ポケットの中を探り、取り出したものを手渡してきた。なにやらボイスレコーダーのようなものだ。
「中央のボタンを押すと再生される」
言われるがまま、ボタンを押してみた。
『.........ザザッ............無事侵入できたようです。......指示を。』
『うむ。ではまず、周囲の景色、状況を教えてくれ。』
『景色は............これは、おそらく...自分の故郷です。それに加え...驚くほど静かです。』
『ということはそこは■■■■■■か。他に変わった特徴は?』
『......人が.........人が、見当たりません。道理で......』
『周辺を散策してみてくれ。何か見つかるかもしれん。』
『......分かりました。』
そこから数分間沈黙が続いた。
『......ッ!?』
『なんだ、どうした?』
『海......です。...海があります...』
『何?■■■■■■は内陸国だろう?』
『はい......しかし.........ん?』
『......どうした?』
『.........』
『......おい?』
『...ツー ツー』
『......なッ...!』
.........音声はそこで終わった。
「それは初めの調査の時だ。聴いた通り、途中で音信不通となって連絡が途絶えて以来戻ってきていない...いや、正確には違うがまあいい。2回目の時は戻ってきたが、なぜか無線が通じず音声記録を残せていない」
「戻ってきた奴はなんて言ってたんだ?...それとその"正確には違う"ってのは何だ」
「ただ『自分が育った家に戻ったら帰れた』と。あと"正確には違う"っていうのは...そうだな、人は戻ってきたんだ。人は。だが向かわせた奴じゃない......
...赤の他人だ。見た目はおおむね成人だが、なぜか臓器類は1歳児程度しかなく、
まともな意志疎通ができなかった。そいつはまた別の場所に収容している。
ただ、中にこいつらがいたのかはわかっていない。その為の、お前だ」
「なるほど...な」
「......どうかしたか?」
「...なあ............いや、なんでもない...すまん」
顔をしかめる男を前に、俺はまだ黙っておくことにした。先ほど聴いた音声記録に感じた.........あの......
"既視感" を。
なぜか前にも聴いたような気がする......いや、それよりも身近で。
確証なんてない。デジャヴなんてものは普通に生きていてもあるものなのだから。
...ただ.........
「着いたぞ」
その声に今思ったことが何だったのか、忘れてしまった。胸がつかえたような
感覚を押しのけ、眼前にたたずむ重厚な扉を見る。そしていま、開かれる。
「......いくか」
やるべきことは伝えられた......
......後は俺が俺のために進むだけだ。
あるいは俺の飛躍した妄想 @pusk
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