過血症:オーバーブラッド

ちびまるフォイ

世界を救うための大切な人材

「おい。鼻血出てるぞ?」

「え?」


慌てて鼻にティッシュを突っ込むと、

みるみる赤く湿っていくのがわかった。


何度もティッシュを入れ替えてもすぐにダメになってしまう。

しまいには大丈夫だったもう片方からも鼻血が出てくる。


「な、なんだこれ!?」


鼻を押さえながら病院に駆け込んだ。

市販の鼻血止めの薬はまるで効果がない。


「ぜ、ぜんぜい。鼻血がどまらないんですが」


「これは……過血症ですね。はじめてみました」


「どういう病気なんですか」


「めっちゃ血が出るってことだけは読んだことあります」


「あてにならねぇ!!」

「興奮しないでください!」


頼りない医者にツッコミを入れた瞬間に手の甲が少し破れ、

血管からドロドロと血が流れていく。


「これなんとかならないんですか!」


「なにせ珍しい病気ですから治すにはまず病気の調査からはじめないと。

 すぐにここにある薬でどうこうできるもんじゃないんですよ」


「それでも構いません、早くお願いします!」


「いえ、それが……」

「え」


「実は、もっと優先すべき世界規模の仕事に追われてるんです。

 なのであなたの鼻血問題なんてそれに比べればたいしたことではないのですよ」


「いや、目の前の患者を救えないで何が仕事ですか!?」


「あなた1人を救うよりも大事なことがあるんですよ!」


「えぇ……」


医療ドラマだったら確実に悪役になりそうな物言いをされてしまい

病院に行ってわかったことは自分でこの病気に向き合うしか無いということだけだった。


とにもかくにも鼻血が止まらないので、

どんな水流でも押し流されないように鼻に詰め物をすると今度は口から逆流する。


「げほっげほげほげほっ!! これはダメだっ!」


鼻と口を閉じれば今度はおしりから出てくる。

どうしても鼻から出しておいたほうが都合がいい。


血流生活がはじまって数日もすると、体の違和感に気がついた。


「あれ? そういえば、トイレ最近行ってないなぁ」


過血症になってからというもののトイレには行っていない。

かといって便秘になったりしていない。


原因はひとつだった。


「この血、ただの血じゃないのか?」


とめどなく流れる血は体の老廃物なども外に出しているらしい。


鼻血が出ていたので気づかなかったが鼻水も出ない。

どんなに感動しても涙も出ない。すべて血で流れている。


最初こそ、いつ血がつきて貧血で倒れるものかと心配していたが

今では常に流れ続けているので慣れてしまい、むしろいいのではと思い始めた。


「こうして手元に洗面器さえ準備していれば、

 いちいちトイレに立たなくていいなんて便利だなぁ。ははは」




……などと、安住の地を見つけたように油断しきっていた俺は過血症の恐ろしさをまだ知らなかった。


朝起きると布団が血まみれでぐしょぐしょになっていた。


「うおお!? なんだこれ!?」


鼻血用に準備していたバケツにはまだ血がたまりきっていない。

別の場所から血が流れていた。


「汗から血が出ている……」


汗腺から血が噴水のように出ていた。

体中に張り巡らされているだけあって全身が血だらけ状態。


こんな血だるまではどこへもでかけやしない。


「過血症が……どんどんひどくなってる……!」


このままでも慣れれば平気とかなめていた。

放っておけばおくほど過血症は進行してより血が流れる。


多量の血が流れば流れるほど俺は目立ち、心配される。


コンビニで買い物する前に、心配されて病院に叩き込まれるかもしれない。

これだけ血を流している人間を見て無視できる人など居ない。


「あ、もしもし!? 医者先生ですか!?」


「はいそうですよ。今は忙しいんです」


「こっちだってピンチなんですよ! 過血症が進行して……どうにもならないんです!」


「前にも言ったでしょう。私は人類の命運を左右するレベルの研究をしてるんです」


「このまま放置したらますますどうなるかわからないんですよ!

 この世界で一番の医者はあなたでしょう!? お願いします!」


「……わかりました、やりましょう」


ハッパかけられたのが聞いたのかついに治療へと至った。

血を流しながら病院に向かうとすでに準備万端。


「それでは手術をはじめます」

「お願いします!」


世界ではじめての過血症治療がはじまった。


 ・

 ・

 ・


自分で自分の手術の結果を待つのは不思議が気分だった。


手術室から医者が出てくると待ちかねたように聞いた。


「先生、俺の病気はどうでしたか!?

 このあとどんなオペをすれば俺は助かるんですか!?」


「検査手術は……失敗です……」


医者は暗い顔でつらそうに伝えた。


「いいニュースと、悪いニュースがあります。

 どちらから聞きますか」


「……え……それじゃ悪いニュースを先に……」


「悪いニュースは、あなたの病気は治療できないということです」


「なっ……そんなに治療の難しい病気だったんですね……」


「いえ、調べてみたらわりと簡単でした」


「はい!? だったらすぐに治してくださいよ!?」


「だから治せないって言ってるじゃないですか!!」


医者の意味不明な言い分に腹が立つ。


「それで、いいニュースの方はなんなんですか?」


「人類が救われました」


「は?」


「あなたのおかげで人類が救われたんですよ。おめでとうございます」


「ちょ、ちょっと!? まったく状況がわからないんですけど!」


医者は拍手しながらうんうんと頷いた。



「いや、実はこの世界にはびこる吸血鬼が最近数を増してきましてね。

 彼らは吸血しないことには生きていけないじゃないですか。

 それをあなたはすべて解決したんですよ!」


「え」


「あなたの過血症をプチ移植することで、

 吸血鬼も自分で血液を供給することができて、

 普通の人間として生活することができたんです! 人類は救われた!」


医者は興奮した顔で俺の両手をにぎった。


「ありがとうございます、すべてはあなたのおかげです!


 これからも迷える吸血鬼のために過血症を保ち続けて、

 たくさんの吸血鬼を人に戻してあげてくださいね!!」



「俺にはどっちも悪いニュースじゃないですかぁ!!」



俺はいまだにこの病気を治療できずにいる。

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