10.見た目的には甘やかされる側

「……よし、他に人はいないみたいだね。元々そんなに人が来るような場所じゃないけど」


 最初に見かけた時よりも明らかに濃くなっているヘイトリッドの痕跡は、閉じられたゴミ収集庫にこびりつくようにして途切れていた。


「ヘイトリッドはあの中かな……栞里ちゃん。いつ襲われても大丈夫な心構えしておいてね」

「了解」


 七夏はゴミ収集庫に近づき、鉄製の蓋へと慎重に手を伸ばした。

 取っ手に手が届くと、それまでの慎重さとは裏腹に一気に蓋を開け放つ。

 初めはただ、中にゴミが詰まっているだけに思えた。

 しかしそのゴミの隙間の奥で黒く濁ったなにかがうごめいた途端、その中からなにかが七夏の顔にめがけて飛びかかってきた。

 だが、すでに警戒していた七夏にその不意打ちは通用しない。

 彼女は即座に上半身を後ろにそらすことで、飛びつきを難なく回避する。

 そればかりか、彼女は回避した勢いのまま後方宙返りに移行したかと思うと、黒く濁ったなにかが自身の上を過ぎ去るよりも速くオーバーヘッドキックを決めた。

 七夏の人間離れした反応の速さに栞里が瞠目する間に、蹴り飛ばされたそれが栞里の真横にベチャッと無様に墜落する。


「っ……」


 栞里がこのまま七夏と同じように即座に攻撃へ移行できれば、百点満点の上出来と言えただろう。

 が、なにぶんこれは栞里にとって初めて見るヘイトリッドで、初めて経験する戦いの場だ。

 無意識のうちに心のどこかで怯えていたのか。

 私の武器は銃なのだから、まずは距離を取らなければ、と。そんな変哲もない模範解答に則るように栞里は無意識のうちに後ずさってしまった。

 そして栞里は、ゴミ収集庫から飛び出したものの正体をまともに注視する。

 ナメクジのような、という七夏の表現はまさしく的を射ていた。

 細長い二つの触覚。黒く、まだら模様に濁った、ぬめりのある全身。子犬ほどの大きさを持つその醜悪な塊に、生理的な嫌悪感を抱かずにはいられない。

 そしてなによりも、触覚の下。生物であれば顔がある部分が自分の方へと向けられた途端、ぞわりと身の毛がよだつ。

 人の、顔だ。

 無感情に見開いた目。痩せこけたような頬。力なく半開きになっている口。泥のような色合いではあったが、間違いなく顔の形をしていた。


(これがヘイトリッド……人の負の感情が、形になったもの……)


「来るよ! 栞里ちゃん!」


 注意を呼びかける七夏の叫び声から間を空けず、ヘイトリッドの背中がぼこぼこと隆起し始めた。

 そうして三本の触手をかたどると、そのうちの一本を七夏へ、二本を栞里の両側から挟み込むようにして伸ばしてくる。


「照準補正!」


 双銃型の魔法補助具は主に引き金を引いて魔法を発動するが、この照準補正の魔法だけは例外だ。

 これは、栞里が狙った箇所に当たりやすくなるよう自動で照準を修正する。ただそれだけの魔法だった。

 二丁のハンドガンの銃口をヘイトリッドへと向けて、連続で引き金を引く。

 ガゥンッ! ――認識阻害の魔法を使った時とはまるで違う、鈍く重い強烈な銃撃音が鳴り響く。

 音とともに銃口から発生した人の拳ほどの藍色の半透明な銃弾は、ヘイトリッドの二本の触手を撃ち抜いた。

 七夏の方にちらりと視線を向ければ、彼女も難なく触手を斬り伏せている。


(次は本体を……)


 カチャッ、と新たに照準を合わせようとしたところで、さらにヘイトリッドに動きがあった。

 瞬時に新たに触手を生やしたかと思えば、その先端を地面へとつけて、そのしなりによって勢いよく跳び上がったのだ。

 その向かう先は、栞里の方でも七夏の方でもなかった。少し遠くの校舎の壁にベチャッと貼りついて、さらにもう一度、触手を使って跳び上がる。

 そんなことを繰り返しながら、どうやら校舎の屋上へと逃げようとしているようだった。

 だけど、こちらの武器は銃だ。ここからでも攻撃は届く。


「あっ! 栞里ちゃん待って! あっちは撃っちゃダメ!」

「え。で、でも」

「ここは私に任せて!」


 なぜ撃ってはいけないのか。今はその説明を求めている暇がないことは、栞里もわかっていた。

 とにかく今はいつでもヘイトリッドを撃ち抜けるよう照準だけは合わせながら、言われた通り七夏に任せることにする。


「……これでいいかな」


 任せて! なんて言った割に、七夏はヘイトリッドから目線を外していた。

 代わりに七夏が見ていたものは、最初にヘイトリッドが潜んでいた金属製のゴミ収集庫だ。


(いったいなにを……?)


 栞里の疑問をよそに、彼女は二振りある剣のうち、その片方の切っ先をゴミ収集庫に向ける。

 刀身から橙色のオーラが陽炎のように揺らめき、広がって、ゴミ収集庫を包み込んだ。

 しかしこれはおそらく、魔法でもなんでもない。ただ精神のエネルギーである魔力を無駄に垂れ流しているだけだ。

 だけど七夏は自分の魔力がゴミ収集庫全体を覆ったことを確認すると、これでいいと言わんばかりに頷いた。

 そしてゴミ収集庫に向けている方とは逆の手に持つ剣の切っ先を、すでに遠く、屋上にたどりつきかけていたヘイトリッドの方へと向けた。


「――《調和》」


 七夏がそう呟いた直後、ゴミ収集庫がガタンッと少し音を立てて不自然にぐらつく。そして同時に、ヘイトリッドの様子にも変化が訪れた。

 軽やかに跳び回り、屋上まで触手を伸ばしていたヘイトリッドの体が、突如なにか強い力に引きずられるかのように下へ下へと落ち始める。

 触手を増やして周囲の出っ張りを手当たり次第に掴み、その力に耐えようとしたようだったが、それも無意味に終わる。

 校舎からすべての触手が離れ、ヘイトリッドは無様に墜落する。


「栞里ちゃん! 今だよ!」

「わ、わかった」


 最初に対峙した時のような軽やかさは見る影もなかった。

 ぐぐぐ、と一所懸命に体を動かそうとしているようだったが、見た目通りのナメクジ程度の速度でしか移動できていない。

 これで外すわけがない。

 発砲音が一つ。

 ヘイトリッドの体に風穴が空き、最後はなんともあっけなく、戦いに終わりが訪れた。


「おつかれさま、栞里ちゃん」

「……おつかれさま」


 戦いの終わりを実感できず、未だ構えたままだった栞里も、そのやり取りでようやく銃を下ろした。


「へっへーん。どう? どう? 私の《調和》の魔法! すごかったでしょ?」


 戦っている間は引き締まった真剣な表情をしていた七夏だったが、今はもうすっかり元の陽気な少女に戻っていた。

 むんっ! と、あんまりない胸を張って自慢げだ。


「《調和》……そっか。あれが……確か、七夏の魔力が干渉した二つのものの力の大きさを同じにするって……」

「そう! 前に部室で見せた時とおんなじだよ。今回いじったのも重さ。あのゴミ収集庫とヘイトリッドの重量を足して二で割ったんだ」


 なるほど、と栞里は納得する。

 あの時ゴミ収集庫がぐらついたのは、急激に軽くなった影響だった。

 そしてヘイトリッドが急に下へ引っ張られ始めたのは、逆に急に増した自重に耐え切れなくなったからだ。

 ヘイトリッドは完全な精神的存在だ。体重計の上に乗ったところで、その重量を測れるわけではないだろう。

 しかしどんな存在にせよ、地に足をついている時点で、少なからず重力の影響を受けていることに間違いはない。

 元より、ヘイトリッドは天に昇らず地上に残った負の感情の塊だ。物理的に測ることはできずとも、なにかしらの重さの概念があるのだろう。

 七夏はそれをいじったのだ。


「……七夏の魔法って……もしかして意外とすごい?」

「おっ、ようやくわかってくれたっ? そうだよ、私の魔法はすごいんだよ! 全然地味なんかじゃないんだよ!」

「いや地味だとは思うけど。でも、すごい」

「あ、うん……ありがと……」


 別に前言を撤回するわけではない。だって普通に地味である。

 地味ではあるが……すごい。それが七夏の魔法に対する栞里が出した最終的な感想だった。


「でも、いったいいつヘイトリッドにも七夏の魔力を?」


 七夏の魔法は、二つの物体に自身の魔力を擦りつけなければ効果を発揮できない。

 ゴミ収集庫を魔力で覆う場面は栞里も見ていた。

 けれどそうなると、いつヘイトリッドの方にも魔力をつけていたのか。


「ほら。最初、ヘイトリッドがあのゴミ収集庫から飛び出してきた時。私、あのヘイトリッド蹴ってたでしょ?」

「……あの一瞬で?」

「そんなに難しいことじゃないよ。脚に魔力纏わせて蹴っただけだもん。栞里ちゃんでもその気になればすぐできると思うよ」

「……理屈的にはできる、かもしれないけど……」


 今の栞里は自由に魔力を、魔法を使える。だから脚に魔力を纏わせることは、やろうと思えば確かにできるはずだ。

 そして変身している状態では、閉じていた感覚が目を覚ましたかのように感覚が研ぎ澄まされる。

 しかしそれでも、あの時の七夏のように、襲われた瞬間の一瞬でそれができるのかと言われれば、今の栞里では十中八九無理だ。


「じゃあ、あれは? あの、あっちは撃っちゃダメって」


 ヘイトリッドが跳び回っていた校舎の方を栞里が指差すと、七夏は「それはねー」と言いながら、校舎とは別の近くの壁に剣の切っ先を向けた。

 その壁には人の拳ほどの螺旋状の穴が二つほど空いている。


「ヘイトリッドは精神的な存在だから現実の事象に直接影響を及ぼせるわけじゃないけど、魔法は違うからね。魔力を介するからヘイトリッドと干渉し合うって特性はあるけど、基本的に物理現象なの」

「そっか……この穴って、私が撃った魔法の……」


 ヘイトリッドが伸ばしてきた二本の触手。それを迎撃するために栞里は二丁のハンドガンで一回ずつ、計二回引き金を引いた。

 七夏が剣で示した二つの螺旋状の穴は、触手を貫通した魔弾が衝突した場所だった。


「あっちの校舎の壁は窓があるでしょ? もしあれに当たったらガラスの破片が飛び散ることになっちゃう」

「……あの窓の向こうや下に、人がいないとも限らない」

「そう。私たちは人の心を守るために戦ってるんだから、そのために人を傷つけてちゃ意味がない」

「……」


 自分の身を守り、ヘイトリッドを倒そうとすることで手一杯だったのだろう。他の被害なんて栞里は全然考慮できていなかった。


「あ、ちょっと厳しい言い方しちゃったかもだけど……栞里ちゃんが全然ダメだったってわけじゃないからね? むしろ栞里ちゃんは初めてにしてはほんっとによくできてたと思う」

「……そう、なの?」

「うん。普通は最初って、腰が抜けちゃってなんにもできなかったりするから」


 魔法少女とは言っても、元はただ戦いとは無縁の生活を送っていた少女に過ぎない。

 ヘイトリッド。あんなものを前にしてしまえば、七夏が言うような風になってしまってもしかたがない。


「けど、栞里ちゃんは冷静に魔法を使って攻撃までできた。私に頼らず、自分なりにヘイトリッドを倒そうとしてた。こんな子なかなかいないよ」

「そう、なんだ……」

「だからその、えーっと……うん。たいへんよくできましたっ!」


 七夏が注意してくれなければ、窓を撃ち抜いて、誰かに怪我を負わせてしまっていたかもしれない。

 その不甲斐ない事実に、七夏は栞里が落ち込んでいるように見えたようだ。

 腕を大きく広げて、彼女は精一杯栞里を称賛する。

 偉い! すごい! 一〇〇満点!

 語彙がだいぶ怪しくて、褒め方がちょっぴりアホっぽいけれど、必死に元気づけようとしてくれる七夏の姿に、くすりと栞里の頬が緩んだ。


「あ、そうだ! いいこと思いついた……ちょっと腰低くして」

「腰? こう?」

「そうそう。ちょっとそのままでいてねー」


 まるでいたずら好きな子どもみたいに笑いながら、七夏は栞里に手を伸ばした。

 それから、ぽんっ、と。その手を栞里の頭の上に乗せる。


「よしよし。栞里ちゃん、よく頑張ったね」

「あ……」


 それは魔法少女衣装のことで落ち込んでいた七夏を栞里が励まそうとした時と、逆の構図だった。


「栞里ちゃんは栞里ちゃんなりにちゃんとやってくれたよ。心配しないで」


 栞里の頭を撫でながら、七夏は穏やかな口調で続けた。


「今の栞里ちゃんのパートナーは私だし、パートナーを支えるのは当然のこと。それにね、私ってこれでも先輩だから。ふふん。困ったこととか不安なこととかあったら、いつでも頼っていいんだよ。そういうのも先輩の仕事だし」

「ならこれも、先輩の仕事?」

「そう! ちゃんと頑張った可愛い後輩を甘やかすのも、先輩の仕事」


 胸の内側がぽかぽかと温まって、なんだか安心する。

 この感覚には、覚えがある。

 いつかどこかで、これと同じものを味わったような――。

 ……いや、違うか。これは、そんな不確かな記憶ではない。

 この懐かしい感覚を、栞里は今もよく覚えている。


「さて。それじゃ、残った勤めも果たさないとね」


 七夏は栞里の頭から手を離すと、その足先を、崩壊したヘイトリッドの方へ向けた。


「残った勤め?」

「うん。ほら、見てみて栞里ちゃん」


 七夏についていき、指し示された方向にあるヘイトリッドの残骸を見下ろす。

 体の中心に風穴が空き、周囲に魔力の残滓を撒き散らしたヘイトリッド。普通の生物ならとっくに死んでいるところだろうに、未だその体はぴくぴくと動いていた。


「ヘイトリッドって結構しぶとくてね。栞里ちゃんが撃ち抜いたからしばらくは動けないだろうけど、このままじゃそのうちまた再生して動き出す」

「これでまだ生きて……」

「生きてるってのとはちょっと違うかな。元々生きても死んでもいない。ただの負の感情の塊だもん。今はその感情が散らばって弱ってるけど……言ったでしょ? ヘイトリッドはお互いに集い、一つになる性質があるって」

「なら残った勤めっていうのは、このヘイトリッドにとどめを刺すってこと?」


 ほとんど確信を持った質問だったが、返ってきたのは煮え切れない答えだった。


「んー……ヘイトリッドを完全に消滅させるには、実はかなりの力がいるの。魔法少女がそれをやるのは効率が悪すぎるっていうか……」

「……? どういうこと?」

「後始末は別の、ヘイトリッド消滅の専門家に任せた方がいいってこと。で、その専門家さんにあとで渡すためにヘイトリッドを一時的に魔力結晶の中に捕獲するのが、さっき言った残った勤めなの」

「捕獲……消滅の専門家……」


 なにやら、少しはぐらかすような言い方だ。

 後ろめたいことを隠している……とは行かないまでも、なにかをあえて伏せているような。

 栞里が引っかかっていることは気づいているようで、七夏は申しわけなさそうに苦笑いをした。


「ごめん。これは私の口からはあんまり詳しくは言えないや。最初はあの子に直接説明してもらわないとね」

「……なんだかよくわからないけど……わかった。今は聞かない」

「うん。ありがとう、栞里ちゃん。じゃ、早速ヘイトリッドを捕獲しよっか」


 捕獲の魔法。補助具に意識を集中させれば、すぐにそれは見つかる。


「……感情吸収アブソープション


 ヘイトリッドのそばにしゃがみ込み、その残骸に銃口を向け、引き金を引く。

 すると銃口から藍色の渦が発生して、掃除機のようにヘイトリッドの残骸を吸い取っていった。

 それに伴って、ハンドガンに埋め込まれた魔力結晶が、少し濁る。


「この魔法、こうやって弱らせる前に使うのはダメなの?」


 ヘイトリッドの体を構成する負の感情を丸ごと吸収し、結晶の中に閉じ込めてしまう魔法。

 非常に強力な魔法である。おそらく、この補助具に登録されている魔法の中でも一番強力な魔法だ。

 そしてこの魔法は理屈で言えば、別にヘイトリッドを弱らせずとも問題ないはずだった。


「あー……まあ、それでも捕獲できると言えばできるんだけどね。これ、ものすごく強力な代わりに魔力消費がかなり大きくて危険なの。射程距離も短いし……」

「そうなん、だ……?」


 ぐらり、と不意に視界がぐらついた。

 そうなることがわかっていたように、倒れかけた栞里の肩を七夏が支えた。


「あ、あれ。どうして……」

「栞里ちゃんはまだ魔法少女になりたてだからね。今使った魔法の急激な魔力消費に体が……ううん。心がついていけなかったんだと思う」


 栞里は七夏に支えられながら校舎の壁のそばに移動して、促されるまま、壁に背を預け腰を下ろす。


「変身中は疲れとかあんまり感じないから気づきにくいけど、ほら。この魔法使うと、こんな感じに一気に消耗しちゃうんだ」

「……そっか。もし外したりして、下手に調子を崩したら……」

「そう。ヘイトリッドに襲われる致命的な隙を作る。だからヘイトリッドを弱らせた後、一番安全な時に使うべき魔法なんだ」

「なるほど……」

「変身、もう解いていいよ。しばらく休憩にしよっか。栞里ちゃんがヘイトリッドを吸収してくれたぶん、後始末は私がやるから先に休んでて。あ、変身解除すると一気に疲労が来るから気をつけてね」


 七夏は栞里に背を向けると、戦闘の余波で傷ついた箇所を回っていく。

 傷ついた箇所と言っても、栞里が撃った魔弾による螺旋状の傷跡だけだが。


「修復」


 七夏が魔法を発動すると、砕けた破片が集まって、傷ついた校舎の壁を埋めていく。

 変身を解く前に補助具に意識を移して同じ魔法を確かめてみる。

 どうやら、周囲の材質を参照して対象の箇所を修理、修復する魔法のようだ。

 あまりに被害が広範囲に及ぶ場合は応援を呼んでもっと大がかりな魔法を使わなければならないようだが、銃痕程度なら散らばった破片を集めるだけで問題なく修復できるだろう。


(……これ、私の特異魔法・・・・・・とちょっと似てる……)


 栞里の補助具に入っているのは基本の魔法だけだ。

 魔法の種類はいろいろあるようだが、初めのうちは基礎を固めた方がいいというらしいので、そのままにしてある。

 しかし少なくとも、栞里にこの修復の魔法は必要ない・・・・

 今度もっと別の魔法に入れ替えてもらおうと思いつつ、栞里は変身を解く。


「う……」


 七夏の言った通りだった。

 変身を解いた途端、急に全身が鉛のように重くなる。

 ただでさえ急激な魔力消費で消耗していた栞里の体は、あっけなくぱたりと地面に倒れた。


(あんな小さなヘイトリッド一匹退治するだけでも、こんなに疲れるんだ……)


 この疲労も、当然と言えば当然のことなのかもしれない。

 人が全力でコンクリートの壁を殴ったところで、穴が空くわけじゃない。

 しかし変身した魔法少女であれば、簡単な魔弾を撃つだけでもコンクリートの壁に穴は空く。

 人が本来できない芸当をやってのけた反動としては、ただ疲れるだけだなんて、きっと安い方だ。


(とにかく、今は休もう。早く回復して、そうしたらまた七夏と、別のヘイトリッドがいないか探しに行かないと……)


 間もなくしてやってきた眠気に、最初は抵抗していた。

 けれどぼんやりとしてきた思考の中、休憩が終わりになればきっと七夏が起こしてくれるだろうと思い直す。

 瞼を閉じ、ささやかな抵抗をやめた栞里の意識は、すぐに闇に飲まれていった。

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