ジュリエットっぽい私、悩む
赤木入伽
ジュリエットっぽい私、悩む
学校の昼休み。
今、藤原月詠こと私は、猛烈にカルピスが飲みたいと思っている。
だから購買の自販機に来た。
ただ、ちょっと躊躇してしまう。
だって、カルピスってどことなく子供っぽいイメージがないだろうか?
いい大人が飲むような飲み物とは思えなくないだろうか?
いや、もちろん普通の高校生なら飲んでいても違和感はないのだが、――私が飲んでも大丈夫だろうか?
学園の――と呼ばれる私が飲んでも違和感はないだろうか?
「見て、月詠先輩が自販機の前でなにか悩んでるわ」
「もしかして、お口に合うものがないんじゃない? ほら、月詠先輩はいつもはハロッズのイングリッシュ・ブレックファスト・ティーとか飲んでいるから、普通のお茶は――」
背後で後輩たちがヒソヒソ話を始める。
しかし私はイングリッシュなんとかなんて知らない。
「月詠先輩、まだ悩んでいるわ」
「せめて、サー・トーマス・リプトンのアールグレイでもあれば」
リプトンは知っているけど、サー・トーマスなんて知らない。
やはり、私が学園の――と呼ばれているせいで、無駄に美化されたイメージが後輩たちを支配している。
となれば、やっぱりそんな私がカルピスを飲むのは諦めたほうが良いのだろうか。
私は小さく溜息をつく。
「見た? 月詠先輩、溜息ついたわ」
「やっぱりお口に合うのがないんだわ。さすが学園の――」
後輩たちはさらに言う。
私の通り名を。
「さすが学園のジュリエットだわ」
それを聞いて、私はまた溜息をつく。
まったく――、昔から可愛いね、綺麗だね、と言われて育った私だけど、こんな見当違いも甚だしいイメージがついたのは生まれて初めてだった。
小さなアパートで暮らす私も出世したものだ。
そう。私はジュリエットなんて通り名がついているものの、バリバリの平民だ。
家での主な飲み物は麦茶、好きな食べ物はたくあん、好きな科目は国語、苦手科目は英語な一般女子高校生だ。
ただ見た目が綺麗で、お嬢様っぽいだけ。
私をよく知る友人に言わせれば、そう言う私は嫌味な奴だが、事実がそうなのだからしょうがない。
そして事実はどうあれ、可愛い後輩たちが私に良いイメージを持ってしまっているのであれば、無闇にそれを壊したくないのも私にとっては事実だった。
となれば、この自販機における候補は三つ。
普通の紅茶、ブラックコーヒー、ミルクティーだが、――私はカルピスが飲みたい。
うぅぅむ……
悩むこと、すでに一分半が過ぎようとしていた。
だがその時――
「お先に失礼」
そんなセリフとともに、横から手が伸びてきた。
その手は素早くICカードを自販機に押し付け、迷うことなく一つのボタンを押した。
「月詠、遅いよ」
そう言ったのは、私の友人――如月である。
だが、ただの友人ではなく、
「きゃ、如月先輩よ。今日もかっこいい」
「月詠先輩と如月先輩が並んでいるわ。ロミオとジュリエットの完成よ」
私がジュリエットと呼ばれるのに対し、ロミオと呼ばれている――如月も女子だけど。
そして私と違って、
「如月先輩が飲むのはカルピスみたい。意外と可愛いわね」
「でも、そういう意外な一面もいいわよね」
如月は、白地に水玉模様の缶――カルピスを取った。
こういうことを堂々としてもイメージを壊さないやつだった。
ちなみに、カルピスのスイッチには売切の赤い文字が点灯していた。
「……」
私は横目で如月を睨みつける。
だが如月はそんな私になど意に介さず、
「さて、それじゃ次は月詠の番だよ――っと言いたいところだけど、ここであんまり悩み続けると、他の子が買えない。ということで、私のおすすめを」
勝手に紅茶を買いやがった。
「月詠先輩は紅茶を飲まれるみたいね」
「やっぱり紅茶が好きなのね」
どうやら、私のイメージは壊れなかったようだが、勝手にこういうことされると腹立たしい。
/
後輩はともかく、同級生――とくにクラスメイトは私にお嬢様なイメージを持っている人は、まずいない。
だから私は教室では堂々と庶民的なタコさんウインナーの入ったお弁当を広げ、
「ああいうこと、勝手にされると、ちょっとムカつくんだけど」
如月に抗議する。
だが如月は私など意に介さず、
「でも、ジュリエットがブラックコーヒーよりいいだろう?」
さらりと言う。
どうやら私のお嬢様イメージが気に食わないらしい。
こいつ……。
べつにお嬢様がブラックコーヒー飲んだっていいじゃない。
だいたい、
「甘ったるいの苦手って前言ってたくせに」
「たまにはいいよ」
如月は紅茶を口に含み、私の手元にはカルピスがあった。
もし私が飲みたかったのが甘くないのであれば交換もできただろうけど。
まったく、腹立たしい。
ジュリエットっぽい私、悩む 赤木入伽 @akagi-iruka
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