第59話 就任式

(さあ! 昨夜の事は考えずに冷静にね、アデラ!)




 アデラは自分自身にそう言い聞かせ、ガッツポーズをとった。


 ロジオン様は王子として、日の目を見ることとなった。

 これから、お命を狙う不届きな奴等が現れないと限らない。

 教育係と言うより、護衛の使命の方が任として重点を置かれているのだろう。


(きっとそうだ、うん)

 アデラはロジオンの自室前まで来ると、ペチペチと気合いを入れる意味で自分の頬を叩く。

 よし!

 きりりと将校顔負けの凛々しい表情を作り、扉を叩いた。


「おはようございます、アデラです。お迎えに上がりました」

「入って」

 直ぐにロジオンから返事が返ってきて、アデラは「?」と首をかしげた。

「失礼します」

 ともかく入ろうかと扉を開け、中に入る。


「後、襟巻きだけだから、待ってて」

 丁度ロジオンが、壁に備え付けられた鏡を見ながら、襟巻きにブローチを付けているところだった。

 ショート丈の濃紺色のダブルボタンジャケットは、立襟でかっちりとした作り。

 少しフィットしたズボンの裾は、膝丈の黒の軍用ロングブーツの中に入っている。

 一般の士官・仕官、兵達は濃緑色の制服を着用するのが決まりだ。

 上官など役職が付いた者は、緋色以外の色なら自由に使用して良いことになっている。

 緋色は陛下と後継者の殿下以外の者は使ってはならないのだ。


 と、言ってもロジオンは王家直系なので、他の者との違いを簡単に分かるようにしなくてはならない。

 服飾のどこかに緋色を加えることで、嫡子だと周囲に注視させるのだ。

 ロジオンのジャケットの袖には、緋色ラインが縫い込まれている。

 白い絹の襟巻きを首に巻き付け、誕生石である薔薇杉の入った琥珀のブローチを付けようと鏡を見ながら悪戦苦闘をしていた。


 元々品のある綺麗な顔立ちだ。

 このようなきっちりとした格好をすると、更に品が良い。

 髪も少し上げて整え、大人びてい見える。


(お、お似合いです! ロジオン様!!)

 アデラは心の中で絶叫した。


 ──て、言うか……。


(どうしてロジオン様お一人なのか?)


 自分が扉を叩いた時点で応答するのは、侍女のはず。

「部屋付きの侍女はどちらに?」

「下がらせたよ、自分の事は自分で出来るし」

 アデラは眉を寄せた。


 上手くブローチを填められない自分の主人の手前で止まり、ピンを刺す。

「そうやって仕事を取り上げてはいけません。ロジオン様の身の回りのお世話をすることを命じられているのですから。叱られるのは侍女達なのですよ?」

「知ってるよ……」

 顎を上げてとアデラがきつく言うと、ロジオンは大人しく顎を上げる。

 そのままの体勢で

「だから……部屋の掃除とかはやってくれるように頼んである」

 と、相変わらずの、ゆるりとした口調で返した。


「いずれ泣かれますよ、直系王族に仕えることが出来る侍女は、選び抜かれた才媛な子女ばかりなのですからね」

「……分かってる」

 説教しながら襟巻きを整えているアデラの額に、ロジオンの溜め息が掛かる。


 ちらりと主の顔を盗み見をする。

 顎を上げているせいか、下を見つめている瞳がアデラ側からは半開きに見え、流し目を送られている錯覚がする。

(──あ、馬鹿! また余計な妄想を!)

 アデラは急激に頭に血が上るのを感じ、早く襟巻きを整えなければと気が焦る。

 だが、焦れば焦るほど襟巻きが上手く整わない。


「ロジオン! 支度は出来たか!?」

 バン!

 と勢い良く扉を開けて入ってきたアリオンは、ロジオンとアデラの様子を見て一瞬硬直した。

 だが、さすが、と言うのか場馴れしているのか(?)


「失礼」

と部屋から出ていこうとするのを


「違う違う!」

 と慌てて止めた二人だった。



**


「侍女はどうしたんだ?  侍女の仕事じゃないか!」

 呆れ半分怒り半分のアリオンに

「下がらせたそうです」

 と、ちらりとロジオンに視線を送りながらアデラは告げた。

 アリオンの濃くて太い眉が上がる。


「ロジオン……侍女の仕事を奪うなよ。彼女達は死活問題になるんだから……」

 怒りを通りすぎて呆れて、溜め息混じりに注意する台詞はもはや懇願である。

「だって……目的が露骨過ぎるんですよ」

 ロジオンは嫌そうに言うと、儀式用の絹製の白いマントを羽織った。

 金の刺繍が豪奢に施されたマントが、ロジオンの背中を覆う。


「おも……!」

「金糸を盛り上がる程、ふんだんに使ったマントですから」

 もう速攻で脱ごうとマントに手をかけたロジオンを制し、アデラは手早く前を閉じる。

「就任式は略式なんですから、直ぐに終わります。それまで耐えてくださいよ」

「ああ、もう……挨拶だけで良いのに」


 既にダルそうにしているロジオンに

「ほとんどそうだろう。これが陛下や殿下だったら、一日はその格好で拘束だぞ」

 とアリオンは言った。

「昨日、就任の書類は受理した。だから今日は形式だけだ。──本来なら、陛下である父上がやるべきなのだが、今日一日、政務が忙しい」

 俺もだが、とアリオンは付け加えた。


「会議がありましたか?」

 ロジオンの問いに

「会議はないが、年末に差し掛かってきているからな。エルズバーグの各地区からの届いた書類に、目を通さなければならん。それに加えて十日ほど殿下が抜けるんだ──全く、エアロンも手伝って欲しいと言うのに、料理の事しか頭に無いときた!」

 と、一気に吐き出した。


 エアロンの部分になると怒りを表面に出してきたものだから、荒立った口調となる。

「殿下は十日も何処に?」

 ロジオンはその怒りを反らすかのように、別の話題を振った。

「新しい鉱石が見つかったとかでな。朝早くエルタミーナ地区に向かったよ」

「ふうん……」


「──さて、アデラ。すまないが、ロジオンのマントの裾を持ってくれないか? もう小祭典場にいかないと」

「はい」


 全く、これも侍女の役目だったのに──と、アリオンの小言は祭典場に着くまで続いた。




**


 略式の就任式は滞りなく終わった。


 魔法管轄処に勤めている者達と、関係者。

 例えば──戦になった場合、共に共戦を張る王国軍、保安警護部隊、騎士団の面々。

 王国軍はアデラがいた部署である。

 保安警護部隊は城下街を含む全体の警備にあたる。

 騎士団は、王国軍と保安警護部隊から引き抜かれたエリート達が在籍している。


 何でも、魔法も施行できる騎士もいるそうだ。

 略式なので、手が空いている重職のみだが。


(だけど……)


 式の参加者を見て、アデラは不安を隠せないでいた。





「芳しくないねえ」

 息子のアリオンから就任式の話を聞いて、父陛下は羽根つきペンを置いた。

「血筋より力の世界ですからね」

「まあ、それは兵士達も同じだしね。あの子がリーダーシップを発揮してくれれば良いけれどねえ」

「駄目ならどうします?」


 アリオンの問いに父陛下は口髭を擦りながら

「直ぐに駄目だと言う判断は下さないよ」

 と、笑顔を作りながら言った。


「あの子は各国を渡り歩いて、色々な組織を見て回っている。短所・長所とか自分なりに分析もしているだろう。──それを生かした部署を作って欲しいねえ」

「見識はあるけど、経験が乏しいですから。それがネックでしょう。──それに」

「それに?」

「筆頭は『魔法使い』ではいけません」


 アリオンの言葉に父陛下は「あー」と初めて気付いたように頷く。

「忘れていたね。ロジオンはまだ魔法使いだったんだ」


 アリオンは整理された書類の中から、『魔法管轄処行き』のファイルを出して、ペラペラと捲る。

 探し物が見つかり、一枚を抜き取ると父陛下に渡した。

「来年、魔導術統率協会が三年ぶりに『魔導師認定考査』を行うそうですよ」

「こちらに示し合わせたように決定したもんだね」


 どうします?

 アリオンの問いに父陛下は、

「決まっているよ。ロジオンは国からの推薦で考査に出てもらう」

 と、答えた。


「だけど……ちょっと……」

「何?」

 ここ、と、アリオンが指を指した条件を読み上げる。


「『自分自身で魔法を創りあげることが出来る者』って書いてあるんです。──確か、ロジオンはまだ創ったことが無いと聞きました」

「その時まで創らせなさい」

「無理だったら?」

「無理でも『創らせなさい』」

「はい」


 父陛下の言っている意味が分からないアリオンではない。

 躊躇うこと無く返事をし、書類を別途の箱に入れた。


 所謂

『優先重要書類』

 入れである。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

イルマギア~無限の魔法使い 鳴澤うた @utatodo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ