コマメさん呪い倒す
上屋/パイルバンカー串山
第1話 コマメさん呪い倒す
校舎の裏は思いのほか雑草が茂っていた。
さすがに夏が近いのだろう、高々と生い茂った雑草を傍らに、少年は立つ。
彼――ヤマギシというこれといって特徴のない高校二年男子――相対するはひとりの少女だった。
小柄な背丈、肩までの長さの髪。指導通りに着こなしている制服と、化粧けのない顔。校則を忠実に守ったそのルックスに特徴が見えにくい。
特徴と言えるのは、初夏も近い気温なのに制服の上に被った黒のパーカーぐらいだろうか
「あの、それで、要件は……」
「あ、あの実はコマメさん!」
口を開いた少女――コマメ マリ――に、被せ気味に少年は答える。
「こ、ここに呼び出したのは」
「で、誰を呪って欲しいの?」
「え」
瞬間、時間が止まった。理解に数秒かかる。
「の、呪いって」
「だから誰をどんなふうに呪うの?」
突然にパーカーのフードを被り始める。フードの奥、彼女の眼が暗く座った目つきになっていた。
「え、なんでコマメさんが呪いを……?」
「私、呪い屋やってるんだけど、知らなかったの?」
「いや、初めて聞いたんだけど……」
「え、ヨコタがあたしに声かけてきたから、てっきりまたその依頼かと」
「いや、ヨコタにコマメさん呼んでくれと頼んだのは俺だけど、呪いとかはお願いしてないし……その、ほんとに呪い屋なんてしてるの?」
ヤマギシの言葉に、コマメの目つきがまた悪くなる。
「効果なければ呪い屋なんて成り立たないでしょ。効果が期待できないなら、呪いの方法だけを売ってあとは逃げたほうがお金になるわよ」
そういいながら、彼女はカバンからノートを取り出す。
「はい、これが注文表。安いので1ヶ月の効果で五百円。一番高いので実費込みで二千円ね」
渡されたノート。書き込まれた文字は手書きらしい。
「意外と値段が良心的だね……この五百円の呪いだとどんなのがあるの? 病気になったり?」
「えーと、まずよく頼まれるのはUSB端子の裏表を絶対間違うようになる呪い」
「地味にイライラするね……」
「次に人気があるのは口内炎になる確率が三割上がる呪い」
「ほんとただの嫌がらせだね……」
確実にはならないのか。
「待合室で雑誌探すと最新号を必ず他人が読んでる呪いなんてのもあるわね」
「ああ、たまにあるよねそういうの……それほんとにコマメさんの呪いでそうなるの? ただの偶然に理屈つけてるだけじゃ……」
「何を言っているの、私の呪いは確実に効果があるから呪い屋なんて出来るのよ。こないだも私のスカートに牛乳落としたスギシタ君に呪いかけたわ」
「どんな呪い?」
スギシタ君、コマメさんの隣にいる騒がしいやつだ。
「結構凶悪なやつよ。家の電気代金がニパーセント上がる呪い」
「誤差の範囲で収まるんじゃないかなあ……」
言われないと恐らく気づかないレベルだと思う。
「もうそういう呪い屋とか止めたほうがいいんじゃないかなぁ、お金まで取ってるし、先生とかバレたら大事になるし……」
「家は代々呪い屋の家系なの! 先生にバレた時は『ははっ、呪いなんてありえませんよ非科学的な』とか言っておけばいいのよ。あとお金じゃなくても現物でも受け付けてるし。パンとか学食とか」
「簡単に自分のやってること否定しちゃだめだよコマメさん……ていうか、嫌がらせで利益を取るのが問題なんだよ。止めたほうがいいって、そんな詐欺みたいなこと」
「だから詐欺じゃないって! 再現性と関連性が取りづらいだけで呪いは立派な技術なの!」
詐欺師呼ばわりが腹が立ったらしい。コマメさんは少し怒っているようだ。
「大体呪い屋の仕事じゃないならなんで呼び出したの? 早く要件言いなさいよ、学食終わっちゃうじゃない!」
怒りやすいのは空腹のためらしい。
「え、だから、その呼び出したのは、その」
上手く言えず言葉を濁すヤマギシ、その様が余計火に油を注ぐ。
「イラつくなぁ……そんなに呪いを信じられないなら今からかけて上げるわ! 謝っても遅いからね!」
懐から取り出すは紙袋。その中の白灰をヤマギシへ振りかけた。
「うわ! なにこれ」
彼女の指が伸びる。まっすぐにヤマギシを指し、フードの奥で怪しく光る両眼が彼を捉えた。
直感する。彼女には『力』がある。それがなんなのかはわからない、だが理解と因果を超えた、確実な力の存在を予感する。
「まーてぃんふりーどまんじみへんどりっくすかーとこばーんおじーおずぼーん……」
呪文らしい。
「いやそれギタリストの名前繋げただけじゃ……」
「これは私のかけられる呪いの中でも最も凶悪な呪い! 解除するには私がヒンズースクワット三百回をこなさないと解けないのよ! 覚悟しなさい!」
「わざわざ解除方法教える理由はなに?」
「これも呪いをかける手順の一つよ! これはね……『心から好きになった異性にヒゲが生える呪い』よ! しかも立派なカイゼルヒゲがね!」
「え」
彼女のフードの両端を、雄々しいカイゼルヒゲが突き破った。
△ △ △
「告白なら告白って最初にいってよぉ!」
「……いやゴメン。なんかほんとにゴメンね」
泣きながらヒンズースクワットをするコマメさんとそれをサポートするヤマギシ。
生まれたての小鹿のように脚をガクガクと震わせる彼女を抱え、彼が教室に戻ることが出来たのはすでに午後の授業が始まってから一時間が経過した後だった。
ちなみにこのあと汗だくで足腰ガクガクのコマメをヤマギシが抱えてきたことでなにか色々と深刻な勘違いが巻き起こるのはまた別の話。
コマメさん呪い倒す 上屋/パイルバンカー串山 @Kamiy-Kushiyama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます