文字で読んでいるはずなのに、映像で見ているような気がするくらい情景が浮かんでくる、不思議で、とても素敵な作品です。そして先輩がかっこいい。ずるいかっこいい。もはや惚れるしかない。作中で奏でられている旋律がとても緻密に描写されているので、文字を目で追いながら音が聞こえてくる。そんな感覚に陥ってみたいあなたにぜひお勧めしたい。これは『見る』小説であり、『聞く』小説です。
しのつく雨は霧雨に代わり、窓を流す水滴一つ一つにタバコの煙が写っている。大切に安置された楽器は紙の楽譜に寄り添いつつも、雨音がかすかに室内を揺らす度に弦を震わせた……まるで、破られた頁を惜しむかのように。 そんな情景が浮かんだ私の頭の中では、楽器を弾きこなす先輩の粋な伏し目と、必死に追いつこうとする主人公の輝かんばかりの純粋さが代わる代わる現れる。多分、主人公の心に設けられたメトロノームは永遠に止まらないのだろう。