閑話③

特別編①:エンド・バロンは後悔しない

「吸血鬼になるって、どんな感じ?」


「え? 何をいきなり……」


 身体を動かすのは楽しい。吸血鬼は筋トレで筋肉がついたりしないし、動いても疲れないが、動かないと落ち着かないのは僕の生前の経験故なのだろう。

 今日も今日とて、日課の倒立腕立て伏せをしながら身体が痛みなく動く喜びを確かめていると、椅子に座ってこちらをじっと観察していたセンリがふとそんな事を聞いてきた。


 腕の力で大きく跳ね、くるりと回転して着地する。


 センリが僕にそんな事を聞いてくるのは珍しい。彼女はできるだけ僕がアンデッドである事を忘れさせようと気を使っている節があった。


 僕は全く気にしていないのだが――もう行動を共にして随分経つが、センリにとってアンデッドになってしまうのは変わらず悲劇のままらしい。


 しかし、どんな感じと言われてもなかなか難しい。人間の頃に人間ってどんな感じと聞かれても恐らく困るだろう。


 僕は眉を顰め真剣に唸ると、恐る恐る言った。


「そうだな……強いていうなら…………死体なのに動いている気分だ」


「…………そう」


 力も強いし、痛くないし、喉は乾くけどお腹はそんなに減らないし、トイレに行く必要もない。

 致命的な弱点が幾つかあるし、人間から身を隠さなくてはならないし野生の吸血鬼狩りや野生の終焉騎士団や野生の魔王に襲われてしまうが、総合的に言うならば――生前とは比較にならないとてもいい気分だ。血もセンリがくれますし。


 昔の癖で目を瞬かせていると、やがてセンリが重々しい声を上げた。



「長く生きた死者の王は人間性を失う。人の魂に悠久の時は――長過ぎる」




 それは…………そもそも死者の王になるような死霊魔術師は人間性に問題があるのでは?

 確かに何十年も何百年も何千年も一人で生きれば気が狂いそうだが、僕はまだアンデッドになったばかりだ。

 アンデッドは不老だが、僕は今のところは見た目のままの年齢だし、不老の肉体を持て余すまで、もう少しだけ時間があるだろう。


 前々から多少その事に関する不安はあったが、考えても仕方ないので後回しにすることにしている。


 僕は何か言いたげなセンリに、重々しい口調で言った。




「センリ、僕は…………夜勤をやるよ」



「………………そう」


「皆、夜勤が嫌いなんだろ? 僕は――人間社会に認められたら、絶対に夜勤をやる」


「やきん…………」


 僕にぴったりの仕事である。警備員でもなんでもいい。

 陽光が苦手ならば陽光を浴びずに生活すればいいし、にんにくが食べられないならばにんにくに触れない生活をすればいい。弱点の多い肉体も、案外慣れてしまえばいいものだ。

 首だけになったり火だるまにされたりしても死なないのだから、ある程度の弱点は許容するべきだろう。まぁ、そもそも吸血鬼じゃなかったら首だけになったり火だるまになったりしなかったような気もするが、この世界はとかく危険が多いようである。


 生まれ変わるなら僕はまた次も吸血鬼を選ぶよ。だって人間の状態で狼人とかに遭遇したら死ぬじゃん。


「夜オンリーの護衛をやるよ。人の数十数百倍の腕力を持ち、首だけになっても死なない凄腕だ。魔王と渡り合った事もある。そして、センリを養う」


「…………エンド、貴方のポジティブさは――素晴らしい美徳」


 褒められてしまった。


 だが、そういうセンリだって、昔寝たきりだったのに今は終焉騎士をやっている。

 もしかしたら昔よりマシというのは……とんでもない強みなのかもしれない。




 だからセンリは――僕について余り負い目を抱く必要はない。僕は可哀想ではない。

 怪物と怖れられたし終焉騎士団は僕を殺そうとしたし吸血鬼狩りに追い回されたし、不老に対する恐怖もゼロではないが――これでも僕は楽しくやっている。



 一度僕は死んだ。普通だったらそれで終わりだ。今こうして動いているのはおまけだ。文句を言うのは筋違いというもの。


 

 僕はセンリの目の前に立つと、真剣な顔を作り、大きく腕を開いた。



「それに、センリだっている。僕は…………一人じゃない。だから、全然、寂しくない」



 もしかしたら一人で吸血鬼をやっていたら気が滅入っていた可能性もある。血を吸うために人を襲っていた可能性もある。

 だが、それをセンリはその身を持って防いでくれた、彼女はずっと理解者でいてくれる。


 高潔で、僕の事を考えてくれて、強くそして――優しい。これ以上の身分を望むなど贅沢に過ぎる。



 センリはじっと透明感のある瞳で僕を見ていたが、立ち上がり、何も言わず腕を開いてくれた。




 ほら――凄く、優しい。



 僕は笑顔でセンリをそっと抱きしめ――


 ――そのまま近くのベッドに押し倒した。


 終焉騎士の祝福の力は強力だが、それなしではセンリの力は人の範疇を出ない。抱きしめられるほど接近した状態では、剣術の腕とか、関係ないのだ。


 センリが驚きに、大きく目を見開く。いつも冷静なセンリのその表情は年齢相応で新鮮でとても――可愛らしい。


「!? エンド!?」


「センリは優しいなあ――」


「ダメッ! そういう意味じゃない! 血はこの間、あげたばかり!」


 お腹に鋭い蹴りが飛ぶが、腹に風穴が空いても割と平気な僕には無駄だ。

 接近すると、薄い肌の下から強い血の臭いがした。心臓が強く脈動する。

 センリの手足を押さえつけ、首元に頭をこすりつける。何故だろうか、変な気分だ。吸血鬼の狩猟本能が刺激される。


 白い肌は滑らかで、その四肢は華奢で、どこに触れても柔らかい。蝋燭の明かりしかない薄暗闇でも、吸血鬼の目には紅潮するセンリの肌がしっかり見えた。

 センリが抗議の声をあげる。


「エンド、ダメッ! 約束と、違う! 血は、一週間に一度ッ!」


「血は吸わないよ! だけど、すりすりはする! 僕の学んだ吸血鬼の知識によると、男の吸血鬼は美少女が大好きなんだ!」


「!?」


 下調べは重要だ。次に血を吸う場所を――センリの反応が一番いい場所を見つけるのだ。

 全神経を集中し、筋トレをしていた時よりもよほど真剣に取り組もうとしたその時、すぐ下のセンリの肢体。その奥に存在する魂が、強く輝いた。





「『解放の光ソウル・リリース』!」







§






「……もう、絶対に貴方の事は、信頼しない」


 解放の光の衝撃で力が抜け、跳ね飛ばされ床に転がる僕にセンリが言う。

 『解放の光』は祝福を使った術の中でも最弱の術だ。低位アンデッドならば浄化できても、僕相手では軽いお仕置きにしかならない。


 僕は腹をさすりながら起き上がると、


「もうそれ、五回くらい聞いてるけど」


「…………」


 僕は平気だ。心配はいらない。何があってもくじけないし、後悔しないし、幸せである。わかって頂けただろうか?


 センリがぷいとそっぽを向く。


 定期的に血をもらって強化されているおかげか、そろそろ『解放の光』にも慣れてきた。

 次だ。次は、絶対にいける。


 確信する僕に、センリはそっと細めた双眸を向けると、小さくため息をついた。





***作者からの連絡***

閑話(特別編)その1です。


本日、漫画版昏き宮殿の死者の王一巻、発売です。

描き下ろし漫画つき、美しいエンドとセンリの表紙が目印です。宜しくおねがいします!


Twitterなどで書籍版一巻のカバーイラストやら店舗特典情報を公開しております。

是非ご確認ください!


本編更新は今しばらくお待ち下さい

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